Войти「今、広間のほうで、みんな集まって宴会してるんだ。さすがに先生にも顔を出せなんて言わないから、ここに晩メシを運ばせようか? 俺、つき合うから」
「何言ってるんだ。長嶺組の跡目を独占するわけにはいかないだろ。ぼくは、一人でゆっくり過ごさせてもらうから、お前は行ってこい」 一緒にいてほしいという言葉でも期待していたのか、不服そうに唇を尖らせた千尋だが、和彦のほうから唇を吸ってやると、ちらりと笑みをこぼす。「先生、機嫌よくなったみたい」「今なら、お前の多少のわがままでも、笑って受け流せそうだ」「受け止めるんじゃなくて、受け流すんだ……」 離れがたい様子の千尋だったが、和彦が促すと、渋々といった顔で立ち上がる。「オヤジたちには伝えておくから、ゆっくり晩メシ食ったら、風呂に入るといいよ。大浴場からだと、もっとよく海が見えるらしいし」 そう言い置いて千尋が部屋を出て行く。再び一人となった和彦は立ち上がると、窓を開け、海と夕日という贅沢な組み合わせに見入る。そうしていると、毛皮特有の上品な光沢を帯びたロングコートにセカンドバッグという出で立ちは、美貌の怪しい青年実業家という肩書きを実によく演出しており、似合ってはいるものの、いつも以上に胡散臭く見える。 おやっ、と思ったのは和彦だけではなく、中嶋も軽く眉をひそめていた。「部屋を出たとき、そんな格好はしてなかったでしょう。……なんだか、ホストをスカウトしていた頃のあなたに戻ったようですよ」「人と待ち合わせをするのに、目立つ格好のほうが都合がよかったんだ。このコートは、うちの店のホストに借りた」「……面倒くさいことを……。それで、野暮用は片付いたんですか?」 呆れたように問いかける中嶋に対して、秦が一瞬ドキリとするような鋭い笑みを向けた。華やかだが、同時に胡散臭さもつきまとう男を、その笑みはまったくの別人のように見せた。 和彦がよく知る、独占欲と執着心の強い、厄介な男たちのような――。「まあ、片付いたと言えば、片付いたな。予定通り、連れて来ることができたから」 和彦と中嶋は同じタイミングで首を傾げ、数秒後には驚きの声を上げていた。秦に続いて、遠慮がちにカーテンを開けて個室に入ってきたのが、まったく予想外の人物だったからだ。「加藤……」 ぽつりと中嶋が呟く。 トレーナーの上からライダースジャケットを羽織った格好の加藤は、状況がよく呑み込めない様子ながら会釈をしたあと、その場にいる三人を見回す。一体なんの集まりかと問うように視線を向けたのは、中嶋だった。一方の中嶋のほうは、困惑したように秦を見た。 和彦は不穏な空気を感じ取り、ソファの上で動けなくなっていた。秦の鋭い笑みを目にしたあとで、突然の加藤の登場だ。〈偶然〉によって作られた状況のはずがなかった。 秦は悠然とロングコートを脱ぐと、空いているソファに腰掛け、居心地悪そうに立ち尽くしている加藤にも座るよう促す。我に返った中嶋が口を開こうとしたが、秦は片手をあげて制すると、二人を案内してきたスタッフに注文を頼む。 スタッフが立ち去ったあと、今度こそ中嶋が秦に問い
「体調を崩されているようなら、すぐに長嶺組に連絡して、連れて帰ってもらおうかと思ったんですが、違いますよね。――何かありました……ね」 返事は、沈鬱なため息だった。 昨日、総和会本部で守光と夕食を共にとったあと、ある要求をされた。 曰く、来週の金曜日に俊哉が和彦との対面を求めており、そのときは、人目のない場所で父子で時間を気にせず語り合いたいと希望が出されたそうだ。 守光が切り出した時点で、それはもう決定事項で、和彦に否という権利はない。能天気に構えていたわけではないが、再び俊哉と顔を合わせるのはもう少し先ではないかと、切望にも似た気持ちで考えていたのだ。 和彦を一層精神的に追い詰めるのは、俊哉との定期的な対面を考えているという、守光の言葉だった。 間に総和会が入ることで、和彦は俊哉を避けられない。求められるまま、総和会の護衛に守られ――見張られて、俊哉の放つ毒気を浴びることになる。 守光は、疎遠だった父子を結びつけて、ただ偽善的な喜びに浸るような人間ではない。総和会を率いている狡猾な化け狐は何かを計算しているだろうし、そこを十分理解したうえで、俊哉も接触しているはずだ。 聞きたいことはいくつかあったが、何も聞けずじまいだった。聞いてしまえば、さらに厄介な事態に引きずり込まれると考えたからだ。とにかく和彦の立場は、聞けば、従わずにはいられないという弱いものなのだ。 今回は守光から口止めされなかったため、本部をあとにしてすぐに、賢吾に連絡し、報告した。もちろん、二人の権力者による計画を止めてほしかったわけではない。そんなことをすれば、賢吾と守光、長嶺組と総和会との間に要らぬ不和を生み出しかねないと、冷静さを失った頭でもわかる。 電話越しに賢吾に対して何度も、堪えてほしいと和彦は訴えた。賢吾は納得していない様子だったが、不承不承、諾と言ってくれた。守光が決めた以上、賢吾もまた、それ以外の返事を持っていないのだ。 自分が苦々しい思いを味わうのは仕方ないといえるが、同じものを賢吾に味わわせるのは、和彦にはつらかった。「――……君は、両親と連絡を取り合っているか?」
「二神さんは、何か気になることがあるのですか? ……火曜日の夜のことで」 自分で口にして、なんとなく見当はついた。そして、外れてはいなかった。「――伊勢崎組長との食事会では、わたしは隊長の護衛は外れていました。副隊長という立場上、四六時中、隊長についていることは不可能で、今日も別々の場所でこうして仕事をこなしているわけですが……。火曜日は、隊長に休みを申しつけられて、動けませんでした」「ああ……、そういえば、姿が見えませんでしたね」 我ながらぎこちない台詞回しに、和彦の視線は泳ぎそうになる。二神は何かを察したように、ふっと口元を緩めた。「食事会の様子は、護衛についていた隊の者でもわかりません。佐伯先生と隊長と……伊勢崎組長の三人だけで楽しまれていたということですから。――そのあとのことも。せめて、食事会はどうだったか、一緒にいた佐伯先生からお聞きできないかと思ったんです」「御堂さんは、なんと?」「肉ばかり勧められて、佐伯先生が四苦八苦されていたとだけ。つまり、はぐらかされたわけです」「御堂さんも苦労されていましたよ。伊勢崎さんは、ずいぶん御堂さんの体調を気にされていて。……和やかな雰囲気で食事をしていたと思います。会話も弾んでいましたし。ぼくは、お二人の詳しい事情は知らないので、能天気にそう感じただけかもしれませんが」 慎重に言葉を選んで話す和彦に、二神はいきなり頭を下げた。驚いた和彦はソファから腰を浮かせる。「二神さんっ?」「申し訳ありません。佐伯先生に気を使わせてしまって。それに、つまらないことで引き止めてしまいました」 気にしないでくださいと、もごもごと応じた和彦だが、ただ、これだけは言わずにはいられなかった。「……御堂さんのこと、本当に大切にされているんですね。二神さんの気持ちも、しっかり十分伝わっていると思います。あくまで、ぼくの勘ですけど」 頭を上げた二神が穏やかな表情で頷いてくれたので、和彦はほっとする。
第一遊撃隊の詰め所前まで来たところで、なんとか平常心を取り戻し、自分の頬を軽く撫でる。ドアをノックすると、少し間を置いて、御堂の護衛として見かけたことのある男が顔を出した。御堂に会いたい旨を伝えると、数瞬、困惑の表情を見せたあと、一旦中に引っ込み、すぐに今度は二神が出てきた。「申し訳ありません、佐伯先生。隊長は今、総本部のほうに行ってまして。今日はもう、こちらには顔を出さないと思います」 本部を訪れて短時間の間に、二人の男から謝罪されてしまったと、和彦は心の中で苦笑する。「こちらこそ、申し訳ありませんでした。事前の約束もしていないのに、図々しいお願いをして」「図々しいなんて、とんでもない。隊長がここにいたら、喜んでお会いになっていましたよ。よろしければ、今から連絡を取って――」 それこそとんでもないと、和彦は首を横に振る。すると二神が、ふっと眼差しを和らげた。隙がなくて、どことなくとっつきにくい雰囲気が漂う二神だが、こうして相対してみると気さくな人柄をうかがわせる。実際、総和会の中では、数少ない話しやすい相手ではあるのだ。「御堂さんと少しお話ができればと思っただけなので、わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではないんです」「伝言がありましたら、遠慮なくおっしゃってください。伝えておきますから」 せっかくなので、御堂への礼を託けようとした和彦だが、ここであることに気づく。火曜日の龍造との食事会のとき、御堂の護衛の中に二神の姿はなかった。そこに御堂の配慮めいたものを感じるのは、あてにならないオンナの勘か、考えすぎなのか。 ひとまず、自分から食事会の話題は出さないほうがいいと、和彦は判断した。「大丈夫です。本当に大した用事があるわけではなかったので」 ふと、奇妙な沈黙が二人の間を流れる。 二神は室内を振り返ったあと、慎重な口ぶりでこう切り出してきた。「佐伯先生、お時間があるなら、少し話せませんか」「ぼくと、ですか……?」 一体何を言われるのかと身構えつつも、微笑を浮かべる二神から厳しく叱責されるとも思えず、和彦は頷く。 応接室に通されソファに腰掛け
**** 普段であれば、どこか粛然とした空気が漂い、騒々しさとは無縁である総和会本部が、和彦が足を運んだこの日は様子が違った。 いつもとは違う駐車場へと回されたときから、おやっ、と思ったのだが、車から出た途端、空気を震わせるような重々しい音が聞こえてくる。 一体何事かと周囲に視線を向けていると、わざわざ出迎えにきてくれた吾川が傍らに立った。「申し訳ありません、佐伯先生。うるさくしていて」「いえ。……何をやっているのか、聞いてもいいですか?」 その問いかけに重なるように、敷地への人や車の出入りを厳重に監視している出入り口の門が、左右に大きく開け放たれる。入ってきたのは二台のダンプカーだった。意外な車両の登場に、和彦は目を丸くする。「今、テニスコートを潰して、整地をしている最中なんです。けっこうな広さがあるので、何か有効利用できないものかと、この施設を買い取ったときから話は出ていたのですが、ようやく計画が進み始めまして」「ああ、そういえば、前に会長がそんなことを話されてました。若い人たちが詰められる建物でも作ろうかと……」「長嶺会長は、もっと早くに工事に取り掛かりたかったようですが、場所が場所ですから、慎重な準備が必要なのです。いきなり工事車両が出入りするようになると、周辺の住人の方が不安がりますし、警察も、ここをさらに要塞化するのではないかと勘繰って、あれこれ詮索してくる可能性が高いですから」「……つまり、根回しをしていた、ということですか?」「そういうことです」 吾川が頷き、和彦も一応納得したものの、内心では口にするのもはばかられる疑問を抱いていた。 普通の工事に取り掛かるときでも、周辺の住人に粗品などを持って挨拶回りをすることがあるが、では、世間に悪名を轟かせる総和会の場合はどうなのか。地域社会に溶け込んでいると謳ってはいるが、総和会の人間が粗品を持って挨拶に回っている姿は、容易には想像がつかない。まるで、性質の悪い冗談のようだ。 そんなことを考えながら、いつ
龍造がきっぱりと言い切り、低く声を洩らして笑った。人によっては不快と感じる笑いかもしれないが、和彦は、奇妙な既視感に襲われる。何かと思えば、和彦にとっては馴染み深い、〈オンナ〉と関係を持つ男特有の、悪意のない傲慢さを、龍造からも感じ取ったのだ。 龍造の理屈に危うく流されそうになり、寸前のところで弱々しく抗弁する。「それは……、伊勢崎さんの話で、玲くんの場合とは違うはずです」「違わない。俺たちの理屈ではな。玲についても、あいつは事情を知ったうえで、自分の意思で〈オンナ〉に手を出した。悪いオヤジである俺は、そのことを利用しようとしている。現に、あんたが断れないことをわかっていて、こうして呼び出した。一度繋がった縁を断ち切らないようにな。だから佐伯先生、あんたは罪悪感なんてものを感じる必要はない。性質の悪い父子と縁を持っちまったと、むしろ舌打ちしてもいいぐらいだ」 どう返事をするべきかと、戸惑いながら御堂を見ようとして、すかさず龍造に言われた。「言っておくが、見かけによらず、秋慈も食えない奴だぞ。俺の気質を十分知ったうえで、それでもあんたを誘ったんだ。こいつも、あんたを利用する気満々ってことだ」 龍造の言葉を肯定するように、御堂の横顔に一切の表情はなかった。和彦なりに、御堂のしたたかさは知っているつもりで、自分と同類というのもおこがましい。御堂は、極道として生きている男なのだ。 ふっと息を吐き出した和彦は、ようやく表情を和らげる。「はい、罪悪感は捨てました。理由もわからないまま優しくされるより、利用したいと言われたほうが、すっきりします。……警戒もできますし。ぼくの警戒なんてあてにならないと、賢吾さ……、長嶺組長は、渋い顔をするかもしれませんが」「一度、会って話してみたいもんだなあ。長嶺組長に。昔、遠目に見かけたことがあるんだが、そのときは、傍らに怖いオヤジがいて、近づくこともできなかった」「そんなことを言いながら、もうあれこれと算段をしているんでしょう、あなたは。わたしと佐伯くんは巻き込まないでくださいね」 御堂の言葉に龍造が唇を歪めるようにして笑い
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する







