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第34話(10)

مؤلف: 北川とも
last update تاريخ النشر: 2026-06-08 14:00:30

 ひたすら慌しかった盆休みが終わり、和彦にとっての日常が訪れた。

 クリニックに出勤しているほうが人心地つけるというのも妙な話だが、盆休みの間、長嶺組や総和会の事情に振り回され、極道の空気というものを堪能した身としては、スタッフや患者たちに囲まれていると、身に溜まった〈毒〉が薄まっていく気がするのだ。

「毒、か――……」

 遠慮ない表現が自分でおかしくて、車の後部座席で笑いを噛み殺す。だがすぐに、あることを思い出し、今度は苦虫を噛み潰したような顔となってしまう。

 自分の中に何度となく注ぎ込まれている毒が、ドロリと蠢いたようだった。守光は〈血〉だと言ったが、きっと毒気を帯びている。

 こんなことを考えて暗澹たる気分になるのは、きっと気分転換をしていないせいだ。宿に泊まり、海で泳いだではないかと言われるかもしれないが、それでも気は抜けなかったのだ。身近に守光や賢吾がいるということは、心強い反面、息苦しさもある。

 これはわが
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  • 血と束縛と   第41話(7)

     そしてもう一つ、夜更けにもかかわらず、里見の部屋に誰かが訪れた気配を、和彦は電話越しに感じ取ったことがあったが、おそらく英俊だったのだろう。 それぞれの出来事は他愛なく、気にかけるほどでもなかったが、積み重ねていくことで、和彦から否定の言葉を奪ってしまう。 どうしてそんなことを自分に告げるのかと、すがるように俊哉を見る。すでに、いつもの穏やかな笑みを口元に湛えた俊哉だが、口にしたのは苛烈きわまる内容だった。「――わたしは、里見がお前に向ける恋着と執着を買った。お前をこちらに連れ戻すには、相応の〈情〉が必要だろう。それを持っているのが、里見だ。子供だったお前を大事に守りながら、大人にもした特別な男だ。お前も、彼には特別な想いがあるだろう」「だからって、里見さんを巻き込むなんて、危険すぎるっ」「綺麗事を言う前に、考えてみたらどうだ。大事な男を、さんざんお前を痛めつけてきた英俊に奪われていいのか?」 俊哉の囁きには、異様な力強さと熱がこもっていた。和彦の中から、どす黒い感情を引きずり出そうとしているかのように。 頭と心が掻き乱される。ふいに吐き気を覚えた和彦は咄嗟に顔を背け、きつく目を閉じる。考えたくもないのに、一緒にいる英俊と里見の姿が次々と瞼の裏に映し出され、胸が痛くなった。「里見のことは、総和会に連絡しておこう。わたしの代理人として接し、手出しはするなと。あの化け狐も、否とは言うまい。なんといっても、わたしが誠心誠意、頼むんだ。ふふっ、〈そういうこと〉が好きな男だ、あれは」 ここで、引き戸の向こうから急かす声がする。のろのろと首を巡らせた和彦は、俊哉を見ることなくコートを取り上げる。自分の中で処理しきれる情報と感情の容量を超えてしまい、言葉が出てこなかった。 そのまま部屋を出て行こうとすると、背後から俊哉に言われた。「年末年始に、お前とまた会えることを楽しみにしているぞ。みんな、な」 和彦は振り返ることなく、黙って部屋をあとにした。** 表と裏の世界の境界が曖昧になっていく――。 俊哉の垂らした毒液がじわじわと、今、和彦が生きている世界を侵食しているのだ。息

  • 血と束縛と   第41話(6)

     その情報の何分の一かでも里見に耳に入っているのかと思うと、今になって強い羞恥に苛まれる。そこに、里見から向けられる強い眼差しも加わり、居たたまれない。 重苦しいが、どこか甘さも含んだ独特の空気が二人の間を流れる。それをなんとかしたくて、ふと思い出したことを問いかけた。「……里見さん、さっき何か言いかけていたよね。おれは、君の――、って。それに、どんな最低なことをしているのかも、気になる」 伸ばされた里見の手に、指先を掴まれそうになったが、ちょうど仲居が通りかかったこともあり、和彦はさりげなく距離を取った。「ねえ、里見さん、教えて」 それは、と言いかけて、里見は苦しげに顔を歪めた。いつもの和彦なら、無理をしてまで言わなくていいと制止していたかもしれないが、この瞬間、とにかく聞き出さなければいけないという義務感に駆られていた。 しかし、里見と会話が交わせたのは、ここまでだった。 落ち着いた雰囲気の料亭に似つかわしくない、慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。誰かと思えば、第二遊撃隊の隊員二人だった。どうやら、南郷から指示を受けて、店の中に踏み込んできたらしい。 まさか里見を連れて行く気なのかと警戒したが、男たちは里見に目もくれず、和彦に声をかけてきた。「佐伯先生、外で車を待たせています。すぐに我々と一緒に来てください」「どういうことですか? 今晩は、時間は決められてなかったはずです」「不測の事態が起きた場合は、すぐに佐伯先生を連れて戻るよう言われています」 隊員の一人が敵意のこもった鋭い視線を里見に向けた。すべてを理解した和彦は、反論はしなかった。その代わり、控えめに尋ねる。「父がいる部屋に、コートを取りに行っていいですか?」 隊員の一人がついていくことを条件に許され、挨拶もできないまま里見と別れる。 部屋に戻ると、さすがに隊員は中にまでは入ってはこなかった。引き戸を閉め、顔を強張らせたまま振り返ると、俊哉は悠然と食事を続けていた。 その姿に一瞬だけ忌々しさを覚えたが、すぐに和彦の心を占めたのは、焦燥だった。「里見さんのことが、総和会

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     ハッとしたように里見は目を見開いたあと、苦しげに、すまない、と洩らした。一方の南郷は、皮肉たっぷりにこう言った。「元刑事といい、先生は厄介な犬を躾ける才能があるな。あっという間におとなしくなった」 二人の男が放つ殺気に当てられて、神経がざわつく。これ以上、毒気を含んだ南郷の言葉を、〈堅気〉である里見に聞かせては危険だと判断して、和彦は里見の腕を取る。「一旦中に戻ろう。――構いませんよね?」 敵意を込めた和彦の問いかけに対し、南郷は肩を竦める。「このままおとなしくしてくれるなら、あんたたちが店の外に出ていたことについては、見なかったことにしよう。ただし、その男前の身元について、あとで先生から教えてもらえると、こちらがあれこれ調べる手間が省けていい」「それは……」 言い淀んだ和彦に代わり、返事をしたのは里見だった。「――なんなら、名刺を渡しておきましょうか?」 挑発的に応じた里見は、さっそくスーツの内ポケットから名刺入れを取り出す。南郷はニヤリと笑って、里見から名刺を受け取ろうとしたが、それは和彦がさせなかった。南郷の手に渡りかけた名刺を素早く奪い取り、里見に押し返す。「やめて。この人は、すごく怖い人なんだ。関わらないほうがいい。……わざわざ、この場にいた証拠を残す必要はないよ」「まあ……、怖い人というのは、一目瞭然だが」 まだ何か言いたげな様子の里見にかまわず、和彦は腕を引っ張る。南郷の言動はいつものことだが、里見が冷静さを失っている。 南郷がさらに煽ってこないうちにと思ったところで、二人の背にこんな言葉が投げつけられた。「〈オンナ〉に守ってもらうとは、なかなかの紳士だな。俺たちのような輩がうろついているとわかっていながら、それでもあえてこの場に来たということは、よっぽどそこの先生に会いたかったんだろう? あの佐伯俊哉が同行を許したぐらいだ。本当のところ、あんたの正体がかなり気になっている。それに、その先生との関係も」 和彦は、里見の腕をぐっと掴む。足を止めた里見が、次の瞬間には南郷に飛びかかると思っ

  • 血と束縛と   第41話(4)

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  • 血と束縛と   第41話(3)

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  • 血と束縛と   第41話(2)

     里見の真意はわかっているつもりだ。生々しい話をするのに、俊哉の耳を気にしたくないということだ。和彦も同じ気持ちではあるが、逡巡する。 今晩は俊哉と二人で話をするために場が設けられたはずなのに、里見がいて、さらに部屋を抜け出そうというのだ。俊哉の反応も気になるが、それ以上に、南郷に知られたときが怖い。「佐伯さんには事前に相談して許可はもらったし、店にも協力を取り付けてある。ここは、いろんな立場の人間が密談で使っている店だ。抜け出してもバレないはずだ」 里見にここまで言われて、結局和彦は頷いていた。 取られた手を引かれるまま、里見が待機していた部屋から、来たときとは違う廊下へと出る。客同士が顔を合わせないよう、かなり配慮した造りになっているようだ。 廊下を通っていくと、狭い玄関へと出る。隣には板場があるらしく、威勢のいい声がときおり聞こえ、仲居も出入りしているが、客である和彦と里見の姿を見ても、驚くでもなく会釈をして通り過ぎていく。こっそりと客がここから出入りすることに、どうやら慣れているらしい。 並んで置かれたサンダルを履いて外に出ると、緩やかな勾配の坂があり、そこを下ると車がやっと通れるほどの道に出られる。辺りに人影はおろか、通りかかる車もなく、街中だというのに非常に静かだった。「――今なら、怖い連中に悟られることなく、君を連れ去ることができる」 坂の途中まで下りたところで、ふいに里見がそんなことを言い出す。和彦はピタリと足を止め、先を歩く里見の背を凝視した。 体つきが変わったことを、よりはっきりと感じられる後ろ姿だった。会わないままに流れた十三年という年月に思いを巡らせたが、あまり時間がないことを思い出す。 和彦は意を決して、同じ質問をもう一度里見にぶつけた。「ぼくたちのことを、父さんに話したんだね……?」 ゆっくりと振り返った里見は微苦笑を唇の端に刻み、首を縦に動かした。「話した。だけど、君のお父さんは――、佐伯さんは、全部知っていたよ」 思いがけない告白に、和彦は絶句する。そんな和彦の顔を、里見は気遣わしげに覗き込んでくる。「驚いたよね。わたしは、

  • 血と束縛と   第11話(20)

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  • 血と束縛と   第11話(22)

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  • 血と束縛と   第6話(22)

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  • 血と束縛と   第4話(27)

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