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第36話(4)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-06-19 11:00:10

 半ば引きずられるようにして歩きながら、この青年は一体何者なのだろうかという疑問が、わずかに働く思考を占める。自分と御堂しかいないはずの家にいるということは、侵入者なのかもしれないが、そのわりには浴衣など着ているし、何より態度が落ち着いている。まるで、この家の一員のように。

「部屋の場所、わかりますか?」

「わからない、けど、障子を開けたまま出てきたから……。それに、電気もついてる」

「だったら、わかるかな……」

 独り言のように呟いた青年に連れられて、和彦は無事に元いた部屋へと戻る。慎重に布団の上に座らされると、そのまま前のめりに突っ伏しそうになったが、すかさず肩を掴まれて支えられる。

「もう少しがんばってください。すぐに水を持ってきますから」

 こくりと頷いた和彦がようやく顔を上げたとき、部屋を出ていく青年の後ろ姿が一瞬見えた。スッと伸びた背筋からうなじのラインに鮮烈な若々しさを感じ、だからこそ、彼のような存在がなぜここにいるのか、やはり気になる。

 
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  • 血と束縛と   第50話(3)

     玲の前にはすでにアイスコーヒーがあったため、速やかにドリンクバーを注文した和彦は、自分の分のオレンジジュースを入れてくる。改めて席についてから、辺りを見回す。「店の中にはいませんよ。父さんのところの組員は」 玲のこの言い方は少し新鮮だった。同じく組長の一人息子である千尋ならしない言い方なのだ。現役の大学生とヤクザの違いだなと、和彦は一人納得する。 そして、正面に座る玲の顔を改めてじっくりと見つめる。さきほどは言えなかった言葉が口から出ていた。「垢抜けたね」 途端に玲が複雑そうな表情を浮かべる。世辞ではなく、実際そうなのだ。白いシャツの上からジャケットを羽織り、細身のパンツを身につけた姿は、シンプルな組み合わせながら野暮ったくないうえに育ちのよさも感じられる。「あっ、いや、ごめん。前に会ったときは純朴な高校生だったから、そのギャップをどう表現していいか……。女の子からよく声をかけられるんじゃないか?」「そんなこと、ないです」「大学で友人はできた?」「俺と同じように地方から出てきた男子たちと、よく一緒にいます。友人……と言っていいかな」「サークルか部活には入った?」「……いえ、どちらも入ってないです。なかなか忙しくて」 玲の微苦笑を目にして、和彦は自省した。「あー、これじゃあ、事情聴取だね」「というより、うちの母さんと同じこと聞いてますよ、佐伯さん」 乾いた笑い声を上げた和彦だが、すぐに深々と息を吐き出す。「本当に、君が希望していた大学に合格できてよかったよ。ぼくが悪影響を与えたんじゃないかと心配だったんだ」「――地元を離れられて、父さんの希望も叶えられたら一石二鳥だという程度にしか考えてなかったんです。今は、いい選択をしたと思っています」「大学生活に満足してるんだ」「それもありますけど、こうして佐伯さんに会えるようになったことが、何より嬉しいです」 はっきりと玲から言われ、和彦は即座に反応できなかった。 じっと玲が見つめてくる。熱

  • 血と束縛と   第50話(2)

    「今のところニキビもシミもシワもない肌に、施術はもちろん、あえてアドバイスも必要ないと思いますね。……あっ、脱毛は興味ありませんか?」 和彦はぐいっと身を乗り出し、玲の顔を間近から覗き込む。数秒の間を置いて、玲は視線をさまよわせてから顔を赤くした。「いえ、あの……、脱毛は、いいです、かな……」 玲が赤面した理由にうっすらと思い当たったところで、和彦の頬もじわりと熱くなってくる。それを悟られる前にカウンセリングを終えた。「興味のある施術がありましたら、またお気軽にどうぞ。今日のように説明させていただきますね」 スタッフがドアを開けて一旦診察室を出る。玲がそれに続こうと、立って見送ろうとした和彦の側を通り過ぎる。ほんの一瞬の出来事だった。「あっ……」 和彦が思わず声を洩らしたときには、右手に小さな紙片を押し付けられていた。危うく落としそうになり反射的に握り締めたが、ハッとして顔を上げたときには玲は診察室を出て行ってしまう。あとを追いかけるわけにもいかず、動揺を押し殺しながらイスに腰掛ける。 一人となっている今のうちにと、そっと紙片を開くと、細かい字がびっしりと書き込まれている。内容は、クリニックが終わったあと、和彦と二人きりで会いたいというものだった。しかも場所まで指定されている。行動を制限されがちな和彦に一応気をつかってくれたのか、ときどき通っているクリニック近くのファミリーレストランだ。 面倒なことになるのは目に見えているので無視するのが賢明なのだろうが、ご丁寧なことに、来てくれないなら毎日クリニックに通うと書かれていては、こちらが取れる手段は限られる。 和彦は大きくため息をつくと、紙片をスラックスのポケットに突っ込んだ。** 和彦の立場上、誘われたからといって無防備に出向くわけにもいかず、速やかに長嶺組の護衛に予定の変更をメッセージで伝え、次に、賢吾には判断を仰ぐメッセージを送る。こちらは文章を考えるのに少々頭を捻った。賢吾が玲に会うなと言えば従うしかないが、できれば二人で話してみた

  • 血と束縛と   第50話(1)

     心の準備を整える間もなかった。和彦はぎこちない動きで診察室に玲を招き入れると、他の患者に対するようにイスを勧め、記入してもらったアンケート用紙を眺めながら簡単な質問をする。 診察室は二人きりではなく、看護師資格を持つスタッフも補助のために同席するため、当然、個人的な会話は交わせない。玲もその辺りは心得ているのか、生まじめで初々しい様子で、和彦の質問に答えていく。 相対していると、大学生になって髪型がおしゃれになったとか、少し表情が柔らかくなったとか、服装に気を使っているのだなとか、さまざまなことがわかる。それらは、元々際立っていた玲のきれいな顔立ちをより特別なものに見せ、こんな子が構内にいたらさぞかし目立つだろうなと想像してしまう。 自覚もないまま口元を緩めていたらしい。玲が不思議そうな顔をしたので、慌てて和彦は表情を取り繕う。「今回はカウンセリングということでよろしかったですか」「そうです。――今年、田舎から出てきて大学に通ってるんですが、友達がみんなおしゃれなのもあるけど、肌とかピカピカで。俺も気をつけたほうがいいのかなって」 玲の率直な物言いに、思わず和彦は笑みをこぼす。最後に会ったときから変わっていないのだなと、安堵していた。おかげで、少しばかり口が滑らかになっていた。「大学は楽しいですか?」 これはまだ緊張を解くための会話として通じるはずだ。傍らにちらりと視線を向けると、スタッフも表情を緩めている。「楽しいと実感するには、入学してからまだあまり時間が経ってなくて。高校とはまったく違うし、俺は田舎から出てきたばかりなので、都会での生活に慣れるのも大変です」 そうはいっても玲の場合、生活をサポートする人員が揃っているはずだ。誰かと同居しているのだろうかとふと気になって、つい和彦はこんな質問をしていた。「今は一人暮らしを?」 スッと表情を消した玲を見て、しまったと思った。他愛ない質問のつもりでも、玲にとっては自分の――というより父親である伊勢崎龍造の動向を探られていると受け止めるかもしれない。「ああ、すみません。立ち入ったことを聞いて」「いえ。一応一人暮らしですけど、世話焼きな身内が多いも

  • 血と束縛と   第49話(46)

    「元気だけど、忙しくて。今度、知り合いと一緒にネイルサロンを始めるんだー」「へえ、ネイル好きだったんだ」 由香の爪はきれいに手入れされて、淡いピンク色をしているが、ラメやストーンがついているわけではない。「うーん、共同経営者、ってやつで、お店を切り盛りするのは他の人。そもそも、派手な爪って、難波さん好きじゃないんだよね。でも、若い娘が経営しても不自然じゃないからって、ネイルサロンに決まったんだよ」 愛人である由香に過保護な昭政組組長の難波が許可したとなると、事情があるようだ。和彦も表に出せない事情をたっぷり抱えているため、由香からは仲間と認められているのだろう。ちらりと舌を出してから、こんなことを言われた。「オープンしたら、佐伯先生も来てよ。男の人でも、爪のお手入れきちんとしないと。あと、ここのスタッフの人たちにも声かけて」 今日の差し入れは、しっかり営業活動らしい。クリニックをオープンしたとき、由香には特に気にかけてもらったので、恩返しはさせてもらうつもりだ。 美容外科クリニックで取り扱っている美容液を試してみたいということなので、肌の調子を見てから問題ないと判断する。一回目の施術のあと、次回の予約を入れてから由香は可愛らしく手を振って診察室を出ていった。 このあとはのんびりと――暇な時間を持て余していたが、夕方近くなってから、クリニックの電話が鳴り、今からカウンセリングを受けたいと問い合わせがあった。大丈夫だと和彦が頷き、電話を受けたスタッフが相手の名前や年齢、何を目的としてカウンセリングを受けたいかなどを尋ねている。「――学生さんで、ニキビ跡の治療について相談したい、か」 電話を切ったスタッフから、話した内容を簡単に書き留めたメモを見て、和彦はふむふむと頷く。「もう近くまで来られているそうです」「だったら今日最後の患者さんかな」 カウンセリング用のタブレットを準備してから、美肌治療の資料をすぐに出せるよう自分のパソコンでファイルの確認をしていると、来院を告げるベルが鳴る。近くまで来ているということだったが、思っていた以上に早い到着だ。 診察室のドアを開けたままにしていると、応対するスタッフ

  • 血と束縛と   第49話(45)

    「不満というか、たっぷり甘やかしたのに、お前は俺の刺青を撫でているほうが満足げな顔をしているなと思って」「ぼくを甘やかしたのも、背中に刺青を入れてるのも、あんたじゃないか」「肝心なところで男心がわかってない」 ときどき妙な理屈を捏ねるときがあるなと、和彦は苦笑する。賢吾のこういうところに、千尋とやはり父子なのだなと実感するのだ。 つき合っているとキリがない。有無を言わせずサマーセーターを脱がせて、賢吾の上半身を露わにすると、ベッドにうつ伏せにする。今度は和彦が背に覆い被さった。オンナの特権とばかりに、間近から大蛇の姿をじっくりと観察する。「なんだ。俺にもマッサージをしてくれるのか?」「あんたの頑丈な体にそんなことしたら、ぼくの指のほうがおかしくなる」 剣に巻き付いてこちらを見据える大蛇にゆっくりと指先を這わせる。意地が悪いが、南郷は触れることができない大蛇だと思うと、優越感とも同情ともつかない感情が湧き起こり、それが強い欲情へと変化する。 賢吾の背に顔を伏せ、唇を押し当てる。さらに舌先を這わせ始めると、賢吾に問われた。「興奮してるか?」「当たり前だろ。――あんたに触れてるのに」 賢吾がいきなり体を起こしたせいで、和彦は簡単にひっくり返る。そこに賢吾がのしかかってきた。「お前は、俺を煽るのが上手すぎる」「……そういう、つもりは……」「無自覚はもっと性質が悪いぞ」 賢吾によって下肢を剥かれ、敏感なものをてのひらに握り込まれる。性急に扱かれて腰をくねらせるが、強引に両足を開かされて賢吾の視線にさらされると、抵抗の意思は瞬く間に消えてなくなる。「うっ、あぁ……」「今日はお前の疲れを癒してやるつもりだったんだが、こういう姿を見せられたら、仕方ねーよな?」 感じやすい先端を指の腹で擦られながら、和彦は軽く賢吾を睨みつける。「ぼくはなんて答えたらいいんだ」「心のままに」 ヌケヌケと言い放つ賢吾に呆れたあと、堪らず和彦は笑みをこぼす。唇を啄んでき

  • 血と束縛と   第49話(44)

    **** 鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌ぶりで、賢吾が足の爪に触れている。和彦は、自分の足の爪ではなく、賢吾の顔を見ていた。 ベッドに腰掛けた和彦に対して、賢吾は床に座り込む姿となっている。やや高い位置から賢吾を見下ろす格好となっており、この角度は新鮮だ。「……改めて言うまでもないけど、ぼくは痛いのは嫌だからな」「俺も、大事で可愛いオンナを痛めつける趣味はない。まあ、ときどき、妙な気分になるときはあるが――」「おい」 冗談だと、賢吾が低い笑い声を洩らす。親指の爪に爪切りが当てられるとさすがに身が竦み、自分の足先を凝視する。これは本能的なものなので、信頼とは別の話だ。 パチン、パチンとゆっくりと爪が切られていく中、和彦は賢吾の足の爪を切ったときのことを思い返す。あのときの賢吾は身構えている様子はなく、ひたすら悠然としていた。怖くなかったのだろうかと、今になって聞いてみたくもある。「深爪にはしないでくれ」「わかってる」 応じる賢吾の声は笑いを含んでおり、何が楽しいんだかとやや呆れる。 丁寧に爪やすりをかけては、賢吾は何度も爪を撫でて感触を確かめている。ついでとばかりに足のマッサージまで始め、最初はただくすぐったいだけだったが、次第にそわそわとして落ち着かなくなってくる。足の指と指の間をまさぐられる感触は、慣れていない分刺激が強い。「……おもしろがってるだろ、あんた」「初心な反応をするお前が可愛くてな」「三十過ぎた男に、いい加減、『可愛い』はないだろ……」「覚悟しろよ。四十を過ぎても、五十を過ぎても言ってやるから」 ただの軽口だとわかっていながら、胸をつかれた。 最後の小指の爪まで切り終えた賢吾が、満足げに和彦の足先を撫でる。代わりに和彦は、賢吾の頭を撫でる。「ふふ、今のところぼくだけかもな。長嶺組組長の頭を堂々と撫でられるなんて」「ご利益があるぞ」 ベッドにひっくり返って和彦が爆笑していると、当然

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