Beranda / BL / 血と束縛と / 第40話(1)

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第40話(1)

Penulis: 北川とも
last update Tanggal publikasi: 2026-07-17 20:00:50

 呼出し音が途切れてまず和彦の耳に届いたのは、非難がましいため息だった。そんなものを聞かされて平静でいられるほど、人間ができていない和彦は、反射的に電話を切りたくなった。

 もともと大してあるわけではない勇気を、これでも振り絞って電話をかけたのだ。自分の兄――英俊に。

「……都合が悪いなら、かけ直すけど」

 控えめに提案すると、再びため息が返ってくる。いつになく英俊の機嫌は悪いようだが、そもそも自分の前でよかったことなどなかったなと、自虐でもなんでもなく、淡々と和彦は思う。

「携帯に着信が残っていたから、気になったんだ。用がないなら、別に――」

『父さんから聞いた。……昨日』

 一瞬、意味がわからなかったが、英俊の声から滲み出る静かな怒りで察しがついた。

 今度は和彦がため息をつく番で、書斎のイスに深く腰掛けると、視線を天井に向ける。素早く計算したのは、俊哉と対面してから昨日までの日数だった。

「昨日……」

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  • 血と束縛と   第48話(44)

    「割れ鍋に綴じ蓋とは、あの夫婦のためにあるような言葉よ。お母さんに足りないものを、お父さんが補ってた。わたしは、お母さんのようにはなりたくなかったけど、ああいう夫婦にはなりたかった」 綾香は、姉妹でまだ和泉家で暮らしていた頃のことを話してくれる。厳しく躾けられていたわけではなく、欲しいものはなんでも買い与えられ、どこにでも遊びに連れて行ってもらってはいたものの、総子が団欒の場にいたことはあまりなかったのだという。家を守っていたのは正時で、外に出て交渉事に臨むのは総子と、役割が完璧に決まっていたのだろう。 正時はいつでも優しく穏やかだったと綾香は言った。日頃から、姉妹のどちらかが婿を取り、家を継ぐよう告げられてはいたものの、正時のような伴侶とならそれもいいかもしれないと、綾香は考えていたそうだ。「――だけど、わたしにはできなかった。そういう性分ね。自分一人の力でどこまで行けるか知りたくなって、試したくなった。若い頃は順調だったからこそ調子に乗ってたのね。気がつけば、男社会の中で行き詰って、立ち尽くしていた。そんなとき実家に顔を出してみれば、紗香は何も変わらず……、変わらないまま、幸せそうにしてた」 紗香のために見合い相手を見繕っていると総子から聞かされたとき、綾香が感じたのは、実家から切り離されたという失望感だったという。その後、綾香は俊哉と出会い、互いに家格が理想的であると認識し合い、結婚した。そこから先の話は、和彦も知っている。「英俊がいなくなった家で、あの人と二人きりの生活が送れるのか、ずっと考えているの」「それって、父さんと……、別れたい、とか……?」「そうなったら、あなた、俊哉さんと二人で暮らせる?」 ぎょっとするような問いかけに和彦は返事に詰まる。いまさら自分が佐伯家に戻るなど、まったく考えていなかった。「……あの人との関係に波はないの。知り合ったときも、紗香とのことがあっても、ずっと一定。あの人も同じように感じているのかもしれない。だから一緒にいられる」 いつでも実家に戻ってきなさいと綾香は続けた。すべてを知った今の和彦

  • 血と束縛と   第48話(43)

    「でもぼくは、母さんがどう感じているか、聞きたいんだ。和泉の家について、母さんも関係者なんだし」「今言ったでしょう。権利はないと。わたしはもう、和泉の家の相続に関しては一切なんの権利もないの」 綾香の言った言葉がすぐには理解できず、首を傾げる。綾香は自嘲気味に唇を歪めた。「――……和泉の家を出てから、あの家からの援助は受け取らないつもりで生きてきた。だけど家同士の繋がりは、そんなに簡単にはいかない。姓は変わっても、結局わたしを守ってくれたのは和泉の家だった。だったら……、利用するしかないでしょう」 息子のために、と綾香は呟いた。もちろん、英俊のことだ。 詳しく話を聞くと、綾香は英俊の出馬に関して便宜を図ってもらうため、自分が将来相続するはずの和泉家の土地を利用したのだという。もちろん綾香の独断でどうにかなる話でもなく、当然総子と正時が承諾した結果だ。「和泉と佐伯の家から、英俊が離れられるなら、悪くない取引でしょう」「そのこと、兄さんは……?」「そう、とだけ。あの子の優秀さは俊哉さんに似ているけど、神経が細やかすぎる。紗香のようで、ときどき不安になるの……。あの子には、二つの家の名は重すぎる」 そんな人間に、政治家と、主張の強く奔放そうな女性の夫という役割は務まるのだろうかと、ふと和彦は思う。しかも背負うのは、大企業の創業者家の名だ。実家に里帰りをしたとき、初めて英俊と衝突したが、何かの拍子に簡単に折れてしまいそうな危うさを感じた。英俊は苦しんでいる。 綾香がわが子にしていることは、かつて綾香たち姉妹が和泉家から受けた、息が詰まるような過保護さと何が違うのだろうか。 そう指摘できなかったのは、和彦が、綾香の実子ではないからだ。「和泉の家が贖罪として何かを譲ると言うなら、あなたの思うとおりにしなさい。どういう事態になろうが向こうは織り込み済みでしょう。いまさら、わたしが心配したところで――……」 和彦はため息をつくと、すっかり氷が溶けたオレンジジュースを一口飲んだ。

  • 血と束縛と   第48話(42)

     正面のイスに腰掛けた綾香はメニューを開くことなくアイスティーを注文する。そして、和彦が飲んでいるものを見て、ふっと表情を和らげた。「相変わらずオレンジジュースがお気に入りなのね」 覚えていたのだと、素直に驚いた。「ごめん。今から会いたいなんて、いきなり連絡して……」「和泉の家のことでしょう。最近、うちにも連絡が来るの。話すのは、ほとんど俊哉さんとだけど」 綾香の表情にわずかに苛立ちの色が浮かぶ。それを目にした和彦は、自分が和泉家の資産を継ぐことに、きっと綾香はいい感情は抱いていないだろうなと思った。「確信はあったのよ。あなたはきっと、あの家に取り込まれると」「取り込まれているわけじゃ――」「あなたには、いいおばあ様でしょう。和泉総子という人は」「……うん。優しかったよ」「昔からよ。英俊にはそんなに関心を示さなかったのに、あなたに対しては甘いおばあ様だった。英俊は長男だから、何があっても手放すことはないとわかっていたんでしょう。だからわたしはずっと、あなたは実家に連れていけなかった。子供に何を吹き込んでも、不思議じゃない人だったから。わたしの母親は……」 昔、家族揃って和泉家に出かけていた中、自分だけが置いていかれていた光景がふっと蘇った。 ここでアイスティーが運ばれてきて、一旦会話が止まる。「いろいろ聞いたよ。ぼくを産んだ女性のこと……。写真も何枚かもらったんだ。母さんにそっくりだった」「普通の女の子だったのよ。将来は何になりたいとか、そのためにどこの学校に行きたいとか。夢見がちで、自由だった。だけどわたしが、弁護士か官僚になるために進学したいと言い始めたことで、何もかも変わった。当然、両親とも反対したけど、わたしは家を出たの。紗香にすべて押し付けて」 綾香は俊哉と知り合い結婚した。そこから何が起こったのか、今の和彦ならわかる。「わたしのわがままが、結果として紗香を壊した。あの子が残したたった一つの宝物も奪ってしまった」 綾香の唇が微かに

  • 血と束縛と   第48話(41)

     優也がシャーペンを置いたので、和彦がコピー用紙を覗き込もうとすると、素早く裏返しにされた。「さっきから何を書いてたんだ」「あんたが相続するというビルの家賃収入をざっと計算してみた」「……数字に強いって、そういう……」「冗談。話の要点を書いてただけだよ。相続税ぐらいなら計算してあげてもいいけど、周りから心配しなくていいと言われてるなら、あんたは知る必要はないだろ」 それはわかっているんだがと和彦が口ごもると、優也がため息をつく。「そもそも相続の話は年始にされて、しっかり弁護士先生からも説明受けたんだろ? いまさら何にうろたえてんだよ」「なんだろう……。自分でもよくわからない。状況の理解はしているのに、本当にぼくに権利はあるのかって――」「あんたが受け取らないなら、誰に権利がある。母親が遺して、息子が継ぐ。しかも祖父母は乗り気。どこもおかしいところはないけど」」「ぼくは、母親が二人いるんだ。生んでくれた人と、育ててくれた人と。そして、二人は姉妹なんだ。育ててくれた人は存命で、戸籍上の母親となってる」 書かないと気が済まない性分なのか、優也はコピー用紙に簡単な家系図を書き、そこに和彦は修正を加えつつ、育ての母親との仲について説明する。円満な仲とは言いがたいということを。 家系図を眺め、優也は一声唸った。「なんかさー、あんたがウジウジするのもわかる気がするわ。込み入ってる度合いがこっちの想像を超えてる」 そう言って優也が、コピー用紙に書いた綾香の名を指先で示す。「あまりうまくいってないとか言ってたけどさ、この人の意見を聞くのはどうよ。相続について同意するにしても、嫌がるにしても、どう思ってるのか確認するのは大事だと思うぜ。法的なことは弁護士先生に丸投げできるけど、感情的なものは本人同士で話すしかない」 ため息が出たのは、先日実家で綾香と顔を合わせたときのことを思い出したからだ。そのとき、相続についても話すつもりだったのだ。なのに和彦はその場から逃げてしまった。「……気

  • 血と束縛と   第48話(40)

    **** テーブルに頬杖をついた和彦は、斜め向かいに座っている優也の様子をじっと見つめる。手土産の桜餅を食べながら。 最近、人と会う機会の多さに伴い、手土産も頻繁に選んでおり、すっかり和彦も楽しんでいる。今日はあえて和菓子を選んでみたが、優也はひょいひょいと口に運んだあと、手ずから淹れた渋めのお茶をぐいっと飲み干してから、黙々と和彦の話を聞いて、ときおりコピー用紙に何かを書き込んでいる。その合間にさりげなく、残りの桜餅が入った箱をテーブルの下に隠していたが、和彦は気づかないふりをする。気に入ってくれたのなら何よりだ。 ここは、優也の部屋だった。和彦が初めて足を踏み入れたときはひどい有り様だったが、今はすっかり片付いており、開け放たれた窓からは心地よい風が入ってくる。玄関に通されたときにさりげなく確認したが、城東会の組員によって切られたドアのチェーンは新しいものに取り換えられていた。 引きこもりから脱したのを物語るように、ハンガーラックには春物の服がかかっており、白のスプリングコートが特に目を惹く。 優也によく似合いそうだなと思ったときには、ふっと疑問が口をついて出ていた。「あの白のコート、自分で選んだのか?」「んあ? ああ、コート……。叔父さんが買ってきたんだ。出歩くようになったから必要だろうとか言って」「趣味がいいな」「あの人、結局のところシスコンなんだよ。僕の母さんが、似た色のコートを着てて似合ってたとか語り出してさ」「おとなしく聞いてたんだ」 和彦がニコニコしながら言うと、気恥ずかしそうに優也が視線を伏せる。 ひどい風邪で痩せ細って荒んでいた優也の姿しか記憶になかったのだが、久々に顔を合わせてみると、実年齢よりずっと若く見える彼のことを、叔父の宮森が過保護にするのもわかる気がした。 こけていた頬はいくらか肉がついており、血色のよさもあってずいぶん健康的に見える。それでいて華奢なあごのラインはそのままで、すっきりとした一重の目や、桜餅を二口で食べたとは思えない小さな口のおかげで、小動物のように愛らしい印象を受ける。人によって

  • 血と束縛と   第48話(39)

    「ヤバイ。俺もその場にいたかった。楽しそう」「……お前ならそうだろうな」 こちらは心臓に悪かったと、無表情で店内の備品を破壊し尽くす烏丸の姿を思い返し、少し遠い目をする。 庭を通り抜け、玄関前に戻ってきたところで、さらりと千尋に問われる。「気に入った? いつか和彦のものになるというビル」 この問いに答えるのはおこがましいなと、曖昧に笑って返す。本来は、紗香のものであったビルなのだと、そんな思いがどうしても拭えない。それに、総子と正時の決断次第では、綾香のものとなっていたかもしれないのだ。言葉は悪いが、棚ボタだと他人から謗られても和彦は反論できない。「何もかも急すぎて、本当に大丈夫なんだろうかと不安になる。……おばあ様が急ぐ気持ちもわかるんだけど」 先日実家に出向きながら、綾香の前から逃げ出した自分の行動を悔やむ。自分の口から、綾香に報告したいことがありすぎる。そして綾香の口からは、自分を産んだ女性のことを聞いてみたい。 紗香のことを考えるとき、和彦の心は頼りなくふわふわと揺れる。思い出にもなりきれない、しかし記憶というほどはっきりとした輪郭を持たない〈母親〉の存在に、いまだにどう寄り添えばいいのか戸惑うのだ。 敷地内の散歩を続行しながら、千尋はまだスマートフォンで地図を眺めている。転ぶぞと窘めると、聞こえているのかいないのか、千尋は首を傾げている。「千尋?」「――ビルがある辺りの住所、聞いた記憶があるんだよなー。けっこう前に、じいちゃんが話してたような……」「楽しい話題で出たと言ってくれ……」「いや、じいちゃんが電話で誰かと話してるのをちらっと聞いたぐらいで、そんなのを覚えてた俺の記憶力をまず褒めてよ」 和彦はおざなりに千尋の頭を撫でてやる。「……ここ、ヤクザの抗争とかある場所なのか?」「聞いたことないなあ。昔、地域の洗浄とか言ってヤクザが一掃されたらしいんだよね、そこからまた、いろんな組織が入り込んでぐっちゃぐちゃになって問題になっ

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