LOGIN和彦は最後の抵抗とばかりに、抱えられた両足を振り上げ、なんとか南郷の顔か肩を蹴りつけようとする。南郷は煩わしそうに顔をしかめると、柔らかな膨らみに手を伸ばした。
「暴れると痛い目をみるぞ、先生」 手荒く揉みしだかれて甲高い声を上げる。的確に弱みを弄られて、ささやかな抵抗は完全に封じられてしまった。 南郷が、指にたっぷり垂らした唾液を内奥の入り口に施してから、再び欲望を押し当ててくる。濡れた肉をわずかにこじ開けられたところで、堪らず和彦は細い声を上げる。無意識に片手を伸ばしてさまよわせると、その手を掴まれ、南郷の脇腹へと導かれていた。 ごつごつとして硬い腹筋を指先でまさぐると、逞しい体がブルッと震える。 気味の悪い百足の刺青になんとか触れまいとしたが、それを南郷は許さなかった。しっかりとてのひらを押し当てることを求められ、今にも内奥を犯されそうになりながら和彦は、百足を撫でた。 ああ、と南郷が吐息を洩らす。この瞬間、和彦の中で湧き起こる感情があった。 ある意味、馴染み深い感情ではあるが、南郷に対して「元気だけど、忙しくて。今度、知り合いと一緒にネイルサロンを始めるんだー」「へえ、ネイル好きだったんだ」 由香の爪はきれいに手入れされて、淡いピンク色をしているが、ラメやストーンがついているわけではない。「うーん、共同経営者、ってやつで、お店を切り盛りするのは他の人。そもそも、派手な爪って、難波さん好きじゃないんだよね。でも、若い娘が経営しても不自然じゃないからって、ネイルサロンに決まったんだよ」 愛人である由香に過保護な昭政組組長の難波が許可したとなると、事情があるようだ。和彦も表に出せない事情をたっぷり抱えているため、由香からは仲間と認められているのだろう。ちらりと舌を出してから、こんなことを言われた。「オープンしたら、佐伯先生も来てよ。男の人でも、爪のお手入れきちんとしないと。あと、ここのスタッフの人たちにも声かけて」 今日の差し入れは、しっかり営業活動らしい。クリニックをオープンしたとき、由香には特に気にかけてもらったので、恩返しはさせてもらうつもりだ。 美容外科クリニックで取り扱っている美容液を試してみたいということなので、肌の調子を見てから問題ないと判断する。一回目の施術のあと、次回の予約を入れてから由香は可愛らしく手を振って診察室を出ていった。 このあとはのんびりと――暇な時間を持て余していたが、夕方近くなってから、クリニックの電話が鳴り、今からカウンセリングを受けたいと問い合わせがあった。大丈夫だと和彦が頷き、電話を受けたスタッフが相手の名前や年齢、何を目的としてカウンセリングを受けたいかなどを尋ねている。「――学生さんで、ニキビ跡の治療について相談したい、か」 電話を切ったスタッフから、話した内容を簡単に書き留めたメモを見て、和彦はふむふむと頷く。「もう近くまで来られているそうです」「だったら今日最後の患者さんかな」 カウンセリング用のタブレットを準備してから、美肌治療の資料をすぐに出せるよう自分のパソコンでファイルの確認をしていると、来院を告げるベルが鳴る。近くまで来ているということだったが、思っていた以上に早い到着だ。 診察室のドアを開けたままにしていると、応対するスタッフ
「不満というか、たっぷり甘やかしたのに、お前は俺の刺青を撫でているほうが満足げな顔をしているなと思って」「ぼくを甘やかしたのも、背中に刺青を入れてるのも、あんたじゃないか」「肝心なところで男心がわかってない」 ときどき妙な理屈を捏ねるときがあるなと、和彦は苦笑する。賢吾のこういうところに、千尋とやはり父子なのだなと実感するのだ。 つき合っているとキリがない。有無を言わせずサマーセーターを脱がせて、賢吾の上半身を露わにすると、ベッドにうつ伏せにする。今度は和彦が背に覆い被さった。オンナの特権とばかりに、間近から大蛇の姿をじっくりと観察する。「なんだ。俺にもマッサージをしてくれるのか?」「あんたの頑丈な体にそんなことしたら、ぼくの指のほうがおかしくなる」 剣に巻き付いてこちらを見据える大蛇にゆっくりと指先を這わせる。意地が悪いが、南郷は触れることができない大蛇だと思うと、優越感とも同情ともつかない感情が湧き起こり、それが強い欲情へと変化する。 賢吾の背に顔を伏せ、唇を押し当てる。さらに舌先を這わせ始めると、賢吾に問われた。「興奮してるか?」「当たり前だろ。――あんたに触れてるのに」 賢吾がいきなり体を起こしたせいで、和彦は簡単にひっくり返る。そこに賢吾がのしかかってきた。「お前は、俺を煽るのが上手すぎる」「……そういう、つもりは……」「無自覚はもっと性質が悪いぞ」 賢吾によって下肢を剥かれ、敏感なものをてのひらに握り込まれる。性急に扱かれて腰をくねらせるが、強引に両足を開かされて賢吾の視線にさらされると、抵抗の意思は瞬く間に消えてなくなる。「うっ、あぁ……」「今日はお前の疲れを癒してやるつもりだったんだが、こういう姿を見せられたら、仕方ねーよな?」 感じやすい先端を指の腹で擦られながら、和彦は軽く賢吾を睨みつける。「ぼくはなんて答えたらいいんだ」「心のままに」 ヌケヌケと言い放つ賢吾に呆れたあと、堪らず和彦は笑みをこぼす。唇を啄んでき
**** 鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌ぶりで、賢吾が足の爪に触れている。和彦は、自分の足の爪ではなく、賢吾の顔を見ていた。 ベッドに腰掛けた和彦に対して、賢吾は床に座り込む姿となっている。やや高い位置から賢吾を見下ろす格好となっており、この角度は新鮮だ。「……改めて言うまでもないけど、ぼくは痛いのは嫌だからな」「俺も、大事で可愛いオンナを痛めつける趣味はない。まあ、ときどき、妙な気分になるときはあるが――」「おい」 冗談だと、賢吾が低い笑い声を洩らす。親指の爪に爪切りが当てられるとさすがに身が竦み、自分の足先を凝視する。これは本能的なものなので、信頼とは別の話だ。 パチン、パチンとゆっくりと爪が切られていく中、和彦は賢吾の足の爪を切ったときのことを思い返す。あのときの賢吾は身構えている様子はなく、ひたすら悠然としていた。怖くなかったのだろうかと、今になって聞いてみたくもある。「深爪にはしないでくれ」「わかってる」 応じる賢吾の声は笑いを含んでおり、何が楽しいんだかとやや呆れる。 丁寧に爪やすりをかけては、賢吾は何度も爪を撫でて感触を確かめている。ついでとばかりに足のマッサージまで始め、最初はただくすぐったいだけだったが、次第にそわそわとして落ち着かなくなってくる。足の指と指の間をまさぐられる感触は、慣れていない分刺激が強い。「……おもしろがってるだろ、あんた」「初心な反応をするお前が可愛くてな」「三十過ぎた男に、いい加減、『可愛い』はないだろ……」「覚悟しろよ。四十を過ぎても、五十を過ぎても言ってやるから」 ただの軽口だとわかっていながら、胸をつかれた。 最後の小指の爪まで切り終えた賢吾が、満足げに和彦の足先を撫でる。代わりに和彦は、賢吾の頭を撫でる。「ふふ、今のところぼくだけかもな。長嶺組組長の頭を堂々と撫でられるなんて」「ご利益があるぞ」 ベッドにひっくり返って和彦が爆笑していると、当然
「それじゃあ、次はどうやってお前を癒してやろうかな。――何かリクエストはあるか?」「いや、特には……」「よし、マッサージをしてやろう。何日か前に首を痛めてたようだしな」「あれは寝違えただけで、もうよくなった――」 今日はやたらサービス過剰な賢吾に、半ば強引に寝室に連れ込まれ、ベッドに放り出される。 和彦がバタバタと暴れていたのはわずかな間だった。うつ伏せにひっくり返された体に馬乗りになられると、もう抜け出す術がない。「……あんた、マッサージのやり方なんて知ってるのか? 素人が迂闊に揉み解しなんてやったら、かえって筋や筋肉を痛めるんだからな」「そこまで本格的なことはやらねーよ。俺だって、お前を壊したくない」 人の背に乗っかって恐ろしいことを言うなと、和彦は呆れてため息をつく。 おずおずと体の力を抜くと、まず賢吾の手が肩にかかる。すかさず指摘された。「肩、凝ってるぞ」 ぐっ、ぐっと肩を揉まれて声が洩れる。最初は少し痛いと感じたが、次第にその力加減が心地よくなってくるから不思議だ。首の付け根は優しく揉まれ、髪の付け根をまさぐられたときは、背筋にゾクリと疼きが駆け抜ける。 投げ出した両腕はおろか、てのひらまで丹念に揉まれたところで、賢吾の重みが移動して、今度は腰に手がかかる。「誰かにしてやってたのか? 上手すぎるんだが……」「気になるか?」 顔は見えなくても、この瞬間、賢吾がニヤニヤしているのは容易に想像できた。「大事で可愛いオンナを労わろうという気持ちが、伝わってるんだろうな」 聞こえなかったふりをして返事をしなかったが、かまわず賢吾はマッサージを続ける。腰を揉まれるだけでなく、背は指で押さえられながら、筋肉を解すように丁寧に動かされる。 全身を賢吾に委ねきったところで、あくまで世間話のようなさりげなさでふいに言われた。「――で、南郷と情を交わしたのか?」 鋭い刃を喉元に突き付けられようで、和彦は一瞬息を詰める。相変わらず賢吾の手は動き続け、そこに
本宅で笠野に作らせたというサンドイッチを和彦が食べている間に、賢吾はバスタブに湯を張り始めた。普段はあまり使わない入浴剤をいくつか出してきてテーブルに並べると、どれがいいかと和彦に選ばせる。そして、食事を終えたタイミングでバスタブに放り込み、ついでに和彦も放り込まれた。「ゆっくり温まってこい」 そんな言葉とともに。 わけがわからないと呟きながらも、他人が準備してくれた風呂にはありがたく浸からせてもらう。 全身を弛緩させ、ぼんやりと天井を見上げる。発汗作用のある入浴剤だったらしく、いつも以上に汗が噴き出してくるが、それが気持ちいい。 そういえば、ここ何日かはゆっくりと入浴する時間が惜しくて、ほぼシャワーで済ませていた。「不精を見抜かれたか……」 風呂の準備をしてもらったこと以上に、長嶺組組長をたっぷり待たせるという贅沢を味わいながら、和彦は時間をかけて全身を洗う。最後に冷たい水を浴びてさっぱりしてバスルームを出ると、なんと替えの部屋着まで用意されていた。「至れり尽くせりだ」 ダイニングのイスに腰掛けた和彦は、グラスで差し出された水を飲んで吐息を洩らす。賢吾は目の前でニヤニヤしていた。「……やけに今日はサービスがよくて、なんだか怖いんだが……」「俺はいつでも、お前にだけはサービスがいいだろ」「そうだったかなー」「物忘れがひどいのは、まだ疲れているせいだな」 白々しいことを言いながら賢吾はさっとドライヤーを取り出し、和彦の濡れた髪に温風を当て始める。髪を搔き乱していく指の動きが気持ちよくて、ますます体から力が抜けていく。「――……あんたこそ、忙しいんじゃないのか。ぼくが倒れても有能な人材が揃ってるからなんとかなるだろうけど、あんたの場合はそうもいかないだろ。しっかり休んでもらわないと、ぼくが組員たちから恨まれる」「俺が忙しいと、どうして思うんだ」 いつでも忙しそうにしているだろうと返すのは簡単だったが、和彦は自分の言葉を改めて考えてみる。なぜ、今の賢吾は
「本当に、平気なんだ。ただ疲れて横になってただけで……。ああ、昼を食べてないから、ちょっと低血糖かもしれない……けど、間違っても息が止まるようなことはないから」「お前は、放っておくと、勝手に弱ってそうな印象が強すぎる」 さすがにそこまではと言いかけて、まだ賢吾が怖い目を向けてくるので、やめておいた。「心配して、わざわざ来てくれたのか?」「仕事を終えたあとのお前が、いつになく疲れきっていたと報告を受けてな。――ここのところ、忙しすぎたか」 和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振る。「その前に、ゆっくり過ごしすぎた。久しぶりの平常運転で、体がまだ慣れてないだけだ」 仕事が忙しくて目を回すなど、社会人の大半は経験しそうなことだ。少し過保護すぎだと思うが、わざわざ駆けつけてくれた賢吾の行動が嬉しくないわけではない。それどころか――。 賢吾がベッドに腰掛け、和彦の肩を抱き寄せてくる。素直に身を任せると、首筋に顔が寄せられた。「シャワーを浴びてないから、汗臭いと思う……」「なら、俺がよく知っている匂いだな」 賢吾の腹に拳を軽く入れてやった。「――……仕事以外で、気にかかることがあるんじゃねーのか」 魅力的なバリトンが耳に注ぎ込まれる。和彦は間近から賢吾の目を覗き込んだ。「南郷から無理難題でも――」「大丈夫。あの人との問題は、たぶん片付いた」 ほお、と賢吾が声を洩らし、両目に冷たい光を宿す。「どんな問題があって、どう片付いたのか、気になるな」「これについては、あんたは知らなくていい」「それは……おもしろくないな。俺のオンナが、俺の気に食わない男と一緒に隠し事をしてるってのは」 やはり南郷のことをそんなふうに思っているのかと、賢吾の声が怖い響きを増していく中、まずそれが気になった。和彦としても、別に南郷の好感度を上げてやろうなどとお人好しなことは考えていない。 賢吾の目を見据えたまま噛み締めるよう







