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第8話(25)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-08 08:00:28

 夜、中嶋の部屋に向かう手順は前回と同じだ。二度目とはいえ、さすがにマンションの前からタクシーに乗り込むまでは、緊張のあまり指先が冷たくなって痺れていた。

 しかも、いざ中嶋の部屋の前まできても、違う緊張感が和彦を襲う。

 秦がまた、何か仕掛けてくるのではないか――。

 それを予期していながら、こうして部屋を訪れるのは、まるで自分が何かを期待しているようで、嫌でたまらなかった。だが、中嶋と約束したため、いまさら引き返すわけにもいかない。

 これが、和彦の甘さだろう。ヤクザにいいように利用されるとわかっていても、持って生まれた甘さは容易に捨てられないのだ。

 合鍵を使ってドアを開けると、玄関に電気はついていたが、廊下やダイニングは暗かった。どうやら秦は眠っているようだと見当をつけ、和彦は気配を殺して靴を脱ぐ。

 秦が使っている部屋を覗くと、こちらも電気は消えていたが、テレビはついていた。ただ、ベッドに秦の姿はない。

「先生――」

 突然、背後から声をかけられて、和彦は
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     念を押すように賢吾に問われ、顔を背けながら和彦は頷く。ここで一旦賢吾が体を起こし、ベッドに沈められそうな圧迫感から解放される。だが、ほっとはできなかった。顔を背けたままの和彦の耳には、しっかりと衣擦れの音が届いていたからだ。 再びのしかかられ、今度はしっかりと素肌同士が重なる。全身で感じる賢吾の体の重みと熱さに和彦は、一気に高まった高揚感から眩暈に襲われる。その間にも膝を掴まれて両足を広げられると、逞しい腰が割り込まされる。擦りつけられた賢吾の欲望は、すでに猛っていた。「先生、俺を見ろ」 傲慢に命令され、和彦はおずおずと従う。見上げた先で、賢吾は唇に薄い笑みを浮かべていた。かつては酷薄そうに見えていた笑みだが、今は違う。ひどく官能を刺激される魅力的な表情だと思った。「あっ……」 こちらの求めがわかったように、賢吾に唇を吸われる。和彦は箍が外れたように賢吾の唇を吸い返しながら、夢中で両腕を広い背へと回し、てのひらで存分に大蛇を撫で回す。口づけの合間に賢吾に問われた。「――こいつが愛しいか?」 和彦は息を喘がせながら、賢吾の目を覗き込む。背だけではなく、この男は身の内にも大蛇を棲まわせている。残酷で獰猛なくせに、蕩かしそうなほどオンナを甘やかしながら、底知れない強い執着心と独占欲を持つ生き物だ。だからこそ、己の手から離れると知ったとき、この生き物は容赦なく、オンナの首をへし折ってしまうだろう。他人の手に渡るぐらいなら、と。「そんなわけ……ない。こんな、怖いもの……」「だが、欲しいだろ?」 甘く優しい声で囁かれ、和彦は賢吾を睨みつける。しかし賢吾の唇が瞼に押し当てられると、もう抗えなかった。「……欲し、い」 指にたっぷりの唾液を絡めた賢吾が身じろぐ。予期したとおり、濡れた指が内奥の入り口をまさぐり始め、和彦は反射的に腰を揺らしていた。内奥をこじ開けるようにして指を挿入され、堪えきれず呻き声を洩らしていたが、賢吾は冷静に和彦の内を探る。 きつい収縮を繰り返す内奥から指を出し入れし、確実に入り口を解してい

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     ここで和彦は、この寝室にはまだ盗聴器は仕掛けられているのだろうかと思い至り、布団に頭まで潜り込む。いつでも意識するのは、賢吾の存在だ。「少し引っかかっている。穏便に済ませたいという気持ちは、確かにあるんだ。だけど、当事者のぼくに相談する前に、穏便に済ませるためのお膳立てが、会長と組長の間ですでにできていているようだった。ぼくは、上手く誘導されて頷いただけのようで――違うな。そうじゃない。こういうやり方で回っている世界だと知っているし、理解もしているんだ」 そもそも、自分のことで揉めないでほしいと望んでいたのは、和彦だ。長嶺の男たちの行動は、組織同士の無用な対立を避けるためであるだろうが、和彦の望みも叶えてくれている。それでも釈然としないのは、きっと自分のわがままなのだろう。「組長が何を考えているか、まったくわからない。南郷さんのことで、ぼくのことを迂闊だとか、隙がありすぎるとか、そんなふうに責められてもないんだ。……仕事の一つとして、南郷さんとのことを淡々と処理されたように感じる」 ここまで話したところで三田村は、和彦自身ですら輪郭を掴みかねている気持ちを、しっかりと言葉で掬い上げてくれた。『――先生は、組長の感情的な姿を見たかったんだな』「えっ」『俺の〈オンナ〉に何をしやがる、と言ってほしかったと、今の先生の言葉を聞いていたら、そんな心の声も聞こえてきた。……もしかして俺は、自分が思っているより酔っているのかもしれないから、そんなことと、笑ってくれてもいい』 真っ暗な布団の中で、和彦はゆっくりと目を瞬く。三田村の指摘に、自分でも驚くほど納得していた。「……そう、なんだろうな。ぼくは、自分でも呆れるほど、図太い神経をしているかもしれない。人を脅迫して、職場どころか、普通の生活まで奪った男に、そういうことを望むなんて」『組長は本当は、激情家なんじゃないかと、感じるときがある。背負うものがあって、危険な立場に身を置いているから、常に感情を律しているが。先生に直接意見を求めなかったのは、組長なりに危惧したからじゃないか』「危惧?」『先生が怯

  • 血と束縛と   第6話(22)

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  • 血と束縛と   第6話(29)

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