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第8話(4)

작가: 北川とも
last update 게시일: 2025-12-03 20:00:13

「仲良くしてもらってますけど、けっこう謎が多いんですよ、秦さんは。だからいまだに、秦静馬が本名なのかどうかすら知らない。俺は、実は秦さんが妻子持ちだったとしても、驚きませんね。本当のところ、いろんな組とのつき合いも、どこまで深いものなのか、よくわからない」

「……物腰は柔らかで紳士だが、実際はヤクザそのものみたいな男でも驚かない、か?」

「まあ、見た目通りの人だったら、したたかに組と渡り合うなんてできないでしょう。だけどその面を、秦さんは他人に見せない。ちょっと怖いですよね。そう考えると」

「でも、慕っているんだろ」

 和彦の言葉に、真剣な顔で中嶋は頷く。

 中嶋と秦と飲んだとき、二人はあくまで仲のいい先輩・後輩、もしくは友人同士に見えたのだが、中嶋の話を聞いて、表情を見ていると、そう単純なものでないことがわかる。崇拝という言葉が頭を過りもするが、それよりむしろ、シンパというほうがより近いかもしれない。

 中嶋は、秦という男に何か共鳴するものを感じ、それを守ろうとしているのだとしたら、献身的と
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  • 血と束縛と   第50話(14)

     まるで毒のように注ぎ込まれた言葉がじわじわと神経に浸み込んでいく。自分が激しく動揺しているのだとわかった。だが、賢吾の離婚歴など当然把握していながら、いまさら動揺する理由を、和彦は自分の中で探す。「オヤジととことん気が合わない女でな、結婚生活はこの部屋で送っていたんだ。おかげで俺は、ここと本宅を行き来する生活だった」「……結婚、生活……」「愛の巣、ってやつだ」 皮肉げな口調から、かつては甘い生活を送っていたという素振りはうかがえないが、それでも、和彦の胸を苦しくする威力は十分あった。 基本的に和彦は、賢吾の女性関係は特に詮索してこなかった。口出しできる権利はないと思っているからだ。性質のよくない好奇心を持っていると自認している和彦だが、無意識のうちにその好奇心をシャットアウトできていたようだ。何かあっても見て見ぬふりを貫くつもりではあったが、賢吾のほうも気をつかっているのか、深い仲の女性と鉢合わせだとか、痕跡を匂わせられるという状況にはなっていない。だから、意識せずに済んでいたというのもある。 賢吾の立場を考えれば、和彦以外の誰かと肉体関係を持たないというのは無理があるのだ。しかも本人は、いまだ男盛りと言っても過言ではない容色と体躯の持ち主で、まとう危険な香りすら魅力的に感じる女性はいるはずだ。 どうして、と和彦は心の中で自問を繰り返していた。賢吾ともっとも深い仲であったはずの女性の存在を、今この瞬間まで意識してこなかったのか。千尋の口から〈母親〉として語られたことはあったが、そのときも心に留め置くこともなかった。あまりに本宅に微塵も気配が残っていなかったからだ。「どうして――」 とうとう声に出して呟いてしまうが、実のところ和彦には、自分が何を言おうとしているのかわかっていなかった。賢吾は勝手に解釈したのか、和彦の喉元に手をかけたまま続ける。「離婚したあとも、しばらくは住まわせていた。千尋がまだ母親を恋しがる歳だったしな。本宅から近いここは、使い勝手がよかった」 強張ったままの和彦の顔を見下ろし、何を思ったか賢吾は一気に話し始めた。「お前には、俺の結婚と離婚につ

  • 血と束縛と   第50話(13)

    「――厄介なものだな。怒りのままにお前を怒鳴りつけて、なんなら頬を二、三発張るぐらいしたいと思うのに、こうしてお前が目の前にいると、一気にそんな気が萎える。〈これ〉は、大事に可愛がるものだと、頭じゃ俺もわかっているんだ」 突然語り始めた賢吾に、和彦は目を丸くしたものの黙って聞き入る。「お前の淫奔な性質ごと受け止めているし、それを利用もしている俺にも、地雷……というべきか、喉に刺さった魚の骨のような存在があることに気づいた。南郷は気に食わない男だが、それでも同業だ。オヤジの側で息をして、オヤジのために尽くしている。どうしたって通じるものがあるんだ」 気に食わない男だが、と念入りに再度賢吾が付け加える。和彦は、南郷が賢吾に対して抱えた、思慕というにはあまりに屈折してドロドロとした感情を思わずにはいられなかった。賢吾がこんなふうに言っていたと知れば、南郷は喜ぶだろうか。「だがな、伊勢崎玲はダメだ。お前と関係を持つ他の男たちとは、匂いが違う。いや、違うな。お前と匂いが近いんだ」「匂い……」「堅気としてまっとうできれいな精神を持ち合わせてるが、周りをヤクザに囲まれてる。そういう特殊な環境で生きてる人間特有の匂い。――俺が逆立ちしても持ち得ないものだ」 忌々しげに軽く鼻を鳴らして、賢吾は自分が入れたお茶を一口啜る。つられて和彦も口を湿らせる。緊張で口腔に強い乾きがあった。「お前が最初に伊勢崎玲と関係を持ったことは、遊びとしてやり過ごすことができた。秋滋が側にいて、煽られたせいもあるだろうしな。それが、向こうは上京した途端に、お前の周りをちょろちょろし始めた。高校を出たばかりにしては度胸がありすぎる。それとも、父親がお膳立てをしてやってるのか? ……と、あれこれ思索する自分にムカつく。たった一人の、高校出たてのガキに煩わされているということだ」 わざとなのかずいぶん言葉が明け透けだ。「……ぼくは、玲くんとは――」「ああ、やめろ、やめろ。お前の気持ちは聞きたくない。俺が、ダメだと言ってるんだ」 賢吾の語気が荒くなる。テーブル

  • 血と束縛と   第50話(12)

    ** どんなおどろおどろしい場所に連れて行かれるのかと身構えていた和彦だが、目の前に建っているのはごく普通のマンションだった。いわゆる低層マンションというもので、三階建てだ。外観は小洒落たデザインで、よく手入れされた樹木が、エントランスの出入口の両サイドを彩っている。「入るぞ」 さっさとオートロックの操作パネルを押した賢吾が、そう言ってエントランスの扉を潜る。荷物持ちの組員と、護衛担当の組員たちと一緒に乗り込んだエレベーターは三階まで上がる。 エレベーターから一番遠い部屋のドアをさっさと賢吾が開ける。部屋に最初に入ったのは荷物持ちの組員で、買い込んだものを手早く室内に置くと、速やかに出てきた。賢吾に腕を掴まれた和彦は玄関に押し込まれ、先に中で待っているよう言われる。どうやら共用通路で何か打ち合わせたいらしい。 和彦は仕方なく部屋に上がる。至って普通の2DKのようで、自分以外に人がいないことを確認するため、部屋のあちこちを遠慮しつつ覗いて回る。すぐに違和感を覚えて首を傾げる。一通りの家具や電化製品が揃っていながら、生活感が乏しいのだ。 二つある部屋はどちらも、ベッドとサイドテーブルに小さなワードローブが置かれている。どこかで見たことがある光景だなと思ったら、ビジネスホテルの一室だ。余計なものがない。 観察し甲斐のない部屋から目を逸らし、買ってきたものをとりあえず仕舞おうと冷凍庫を開ける。こちらは、袋入りの氷しかなかった。まさかと思って次に開けた冷蔵庫も、水のボトルしかない。日常的に使っていないのは一目瞭然だ。おそらく今日はこの部屋に宿泊するはずだが、一体どういう場所なのかまったく予想がつかない。 手早く作業を終えても賢吾が部屋に入ってくる様子はない。室内が少し暑いと感じた和彦は、通りに面した窓を開ける。ベランダに出てみたかったが、履き物が置いてない。それでも外の景色を眺めることはでき、つい本宅がある方向を身を乗り出して見てみる。 住宅街の一角に建つ、特別なものなど何もないマンションだ。その周辺も同じで、ありふれた光景が広がっている。正直、本宅の周辺一帯は組員たちが目を光らせていることもあってある意味安全ではあるが、独特の緊迫感のようなも

  • 血と束縛と   第50話(11)

    「ちょっと軽率すぎるんじゃないか。堂々と通りを歩くなんて」「ほお、お前からその言葉を聞くとはな」 ニヤリとする賢吾の軽い皮肉に、残念ながら和彦は反論できない。 向かったのは、古めかしい外観の小さな定食屋だった。昼休みの時間帯前とはいえ、中に入ると席は埋まりかけている。かろうじて二人掛けのテーブル席につくことができ、注文は賢吾に任せる。慣れた様子から、かつてこの店に通っていたのだろうと推測できたからだ。「――俺が通ってた頃は、年寄り夫婦が切り盛りしてたんだが、さすがに代替わりしたようだな」 座っている場所から見える厨房では、中年の男女が忙しく立ち働いている。「通ってた?」「ああ。本宅でメシを食うのが煩わしい年頃でな。そもそも、たまに銃弾が撃ち込まれたり、トラックが門に突っ込んだりして、何かとにぎやかな頃だった」「それ……、にぎやかで済む話じゃないだろ」「オヤジの代の頃は、しょっちゅう本宅は改築してたな。その結果、今のような造りだ。門から玄関までが少し離れていて、建物の中もちょっとわかりにくい構造になった」 活気があるというより緊張感に満ちた毎日だったようだが、話す賢吾はどこか楽しげだ。和彦も、過去の組や本宅の様子を聞けるのは新鮮で、食事時に交わすにはどうかと思うが、少なくとも会話は弾んだ。 仲良く焼きサバ定食を食べ終えて店を出ると、すでに目の前には車が停まっており、流れるように乗り込む。次はどこに向かうのかと思えば、大型書店だった。画集でも欲しいのだろうかと思ったが、賢吾は一階の雑誌売り場で週刊誌を何冊か手に取る。「時間潰しにいいかと思ってな。お前も、欲しい本を持ってこい」 賢吾が一緒なら、のんびりと他の階を見て回るわけにもいかない。新刊が並ぶ台で文庫本を数冊選ぶと、賢吾に渡してまとめて支払ってもらう。書店を出るとさらに車で移動して、次はスーパーだ。賢吾はカートを押しながら、カゴに次々とアルコール類や水、手軽に食べられる冷凍食品やつまみになりそうな乾物などを放り込んでいく。つられて和彦もちょこちょこと商品を入れていくが、そもそもなんのためにこうして買い物をしているのかがわからない。

  • 血と束縛と   第50話(10)

     とっくに把握しているだろうが一応話しておいたほうがいいかと、玲には伊勢崎組の護衛――というより世話係がついていることと、御堂による第一遊撃隊の監視がついていることも報告したが、賢吾は特に表情は変えなかった。ただ、龍造が和彦に会いたがっていたという件では、何事か考えるようにあごに手をやる。「お前の存在がお守り代わりになると本気で考えるほど、楽天的な男ではないと思うが。少なくとも、お前を怖がらせたという点で、俺の、伊勢崎父子に対する印象はなかなか最悪だ」「直接脅されたわけじゃないんだけど……」「お前は、自分の立場というものをもう一度じっくりと噛み締めるべきだな」 それに、と賢吾は続ける。「無自覚に怖い男を骨抜きにする、自分の性質の悪さを」「なっ……、に、言って……」 ふん、と軽く鼻を鳴らした賢吾は、ここでやっと少しだけ不機嫌な横顔を見せる。それでいて、手は握ったままなのだ。「今日は、美術館に行ったあと、昼メシを食ってから少しぶらついて、ぜひともお前を連れて行きたい場所がある。今日は、そこで泊まりだ」「どこに?」「ここでバラしたらつまらねーだろ。せっかく俺が趣向を凝らしたんだ。――お前を楽しませるために」 魅力的なバリトンが、吐息のような囁きによって一層威力を増す。しかし和彦が感じたのは寒気で、反射的に手を抜き取ろうとしたが、ぐっと力が込められ叶わない。 やはり賢吾は、玲と再会してしまったことを怒っているのだと、さすがに察した。執着心の強いこの男が、素知らぬ顔をするはずがなかったのだ。そもそも、玲との再会以前に、和彦は南郷とも共に時間を過ごした。あのときも、賢吾の反応は穏当ともいえるものだったが、内心ではどう感じていたのか和彦にはうかがい知れない。 如何なる目に遭うにしても覚悟を決めるしかないと、和彦はぐっと唇を引き結んだ。** どんな無茶で振り回されるのかと、最初は全身を強張らせて緊張していた和彦だが、その状態は長くは続かなかった。 提案通りに、前回とは別の美術館に連

  • 血と束縛と   第50話(9)

    **** 土曜日の午前中に姿を見せた賢吾は、いつになく色艶がよかった。血色がいいといえばそうなのだが、しっとりとした艶をまとっているようで、男前ぶりが普段より二割ほど増して見える。珍しいことに白の薄手のニットを着ており、車内にあってもハッとするほど鮮烈に目に映る。 ずいぶん寛いだ姿に瞬きを繰り返す和彦に、後部座席のシートにゆったりと身を預けた賢吾が軽く手招きをしてくる。「早く乗れ」 ぎくしゃくとぎこちない動きで指示に従うと、和彦がシートベルトを締めるのを待って静かに車は発進する。 和彦は背筋を伸ばしたまま、隣の賢吾をうかがう。特に不機嫌なようには見えないが、土曜日の午前中から連れ出された理由は一つしかないため、嫌でも緊張する。すると賢吾が、口元に笑みを浮かべた。「別に、お前を取って食いやしない。そう怖がるな。それとも――何か心当たりがあるのか?」「……性格悪いって言われないか」 玲と会ったあと、御堂に続いて電話をかけてきた賢吾に、有無を言わせず土日の予定を押さえられた。おかげで今日まで胃が痛くて仕方なかったが、自業自得だという自覚はあるため文句はない。 だからといって恐ろしいわけではなく、いよいよ折檻でもされるのではないかと、最悪な想像をした和彦はそっと身を震わせる。追い打ちをかけるように賢吾が言った。「お前とじっくり話すために、土日は仕事の予定を入れてない」「二日も必要なのか? 忙しいんだろ」「俺のオンナに関することだ。いくらでも融通は利かせる。張り切りすぎて、朝からサウナに行ってきたぐらいだ」 だから色艶がいいのかと納得したと同時に、嫌でも和彦は覚悟を決める。「それで、今からどこに……」「ひとまず美術館に行くか。せっかくだから俺ものんびりしたい」 ご自由にと答えて、ようやく和彦はシートにもたれかかる。あくまでさりげなく賢吾が切り出してきた。「――久しぶりに伊勢崎玲と会った感想はどうだ」 鼓動が一回だけ大きく跳ねたが、動揺は表に出さない。和

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