LOGIN「刑事に復帰したと思ったら、俺のオンナのケツを追いかけ回す。どうした、こいつのケツが、そんなに美味そうか?」
和彦の顔を見つめたまま、賢吾はどこか楽しげに、たっぷりの毒を含んだ言葉を鷹津に向けて垂れ流す。ただ、大蛇を潜ませた目は、こんなときでも静かだ。賢吾は、鷹津と本気でやり合っているわけではない。弄しているだけだ。 抵抗をやめた和彦の唇を賢吾がそっと吸い上げ、囁いてきた。「――お前は、誰のオンナだ? お前が気にするのは、お前を飼っている男の反応だけだ。あとは、誰が何を言おうが、傲然と顔を上げてろ。お前の価値は、俺が決める。……先生は、とびっきりだ」 ズキリと胸の奥が疼き、強い欲情が湧き起こる。うろたえる和彦を煽るように賢吾が唇を啄ばみながら、ベルトを外し始める。あやすように甘く優しい口づけに酔っている間に、スラックスと下着を脱がされそうになる。さすがに我に返って身を捩ろうとしたが、賢吾が意地悪く笑った。「他人に見られるなんて、慣れてるだろ、先生。ただ、見ているのが刑事というだけだ。どうしよう「刺青の前に、先生にはこっちを可愛がってもらおう。美味そうにしゃぶって見せてくれ」 そう命じられ、全身を羞恥で熱くしながら和彦は賢吾を睨みつける。しかし、逆らうことはできなかった。身を屈め、あぐらをかいたままの賢吾の両足の間に顔を埋めた。 浴衣を捲り上げ、反り返ったふてぶてしい欲望に丹念に舌を這わせる。舐め上げるたびに、自分はこの男の〈オンナ〉なのだという想いが強くなる。愛しいという純粋な気持ちからではなく、快感のために尽くしてやりたいという、身を焼かれそうな衝動に突き動かされていた。 口腔に含んだ欲望が瞬く間に逞しさを増していき、力強く脈打つ。賢吾に頭を押さえられて、和彦は喉につくほど深く呑み込む。苦しさに耐えながら吸引していると、手荒く髪を撫でてから掴まれた。無言の求めに応じてゆっくりと頭を上下に動かしながら、欲望に舌を絡め、唇で締め付ける。 和彦の口淫をじっくり堪能してから、賢吾は口腔で達した。放たれた精を舌で受け止めて嚥下すると、次の瞬間には和彦は、浴衣を剥ぎ取られて布団の上に突き飛ばされる。賢吾も浴衣を脱ぎ捨てて、のしかかってきた。「あっ……」 両足を抱えるようにして大きく左右に広げられ、賢吾が顔を埋めてくる。和彦のものはいきなり熱い口腔に含まれたかと思うと、容赦ない愛撫に晒される。痛いほど強く吸引され、舌先で先端を攻められたかと思うと、括れを唇で締め付けられる。「うあっ、あっ、もう少し、優しく、してくれ――」 和彦は震えを帯びた声で訴えるが、賢吾は聞き入れる気はないようだった。それどころか、加虐的なものを刺激されたのか、先端に歯列を擦りつけてくる。和彦は、感じすぎるからこそ、この攻められ方が苦手だ。 反射的に腰を揺らして愛撫から逃れようとしたが、執拗に先端を攻められると、もう体が動かない。まるで大蛇が牙を突き立てているようだと思った。牙から毒は出てこないが、反対に、和彦の先端から透明なしずくが滲み出てくる。大蛇は嬉々として舌で舐め取り、もっと出せといわんばかりに攻め立ててくるのだ。 和彦の体から力が抜け、愛撫に身を任せるのを見計らっていたように、賢吾が動く。枕の下から何か取り出したのは見えたが、それがな
和彦は勢いよく立ち上がる。覚悟を決めた以上、のぼせそうになるまで湯に浸かっているわけにもいかない。和彦がどれだけ迷い、悩もうが、大事なのは賢吾がどう反応するかなのだ。 なんといっても、和彦を〈オンナ〉扱いした最初の男だ。よくも悪くも、和彦にとって賢吾は、特別な存在だった。 浴衣を着込むと、髪も乾かさずにまっすぐ賢吾の部屋へと戻る。すでに二組の布団を並べて敷いてあった。その中央に、浴衣に着替えた賢吾があぐらをかいて座っていた。 賢吾に軽く手招きされ、和彦は緊張しながら布団の上にあがる。すかさず腕を掴まれて強引に引き寄せられた。よろめき、倒れ込みそうになるが、その前に賢吾の両腕の中に閉じ込められ、背後からがっちりと抱き締められた。力強い腕の感触に和彦は、怯えではなく心地よさを感じた。「数えきれないぐらい抱き締めているのに、飽きねーな、先生の体の感触は」 耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンに囁かれる。ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け上がり、和彦は小さく声を洩らしていた。「――先生が旅行に出かけた日、この感触をオヤジが味わっているのかと思ったら、さすがの俺も胸の奥がザワザワした」「えっ……」 思いがけない賢吾の言葉に反射的に和彦は振り返ろうとしたが、耳朶に歯が立てられて動けなかった。一瞬感じた痛みは、すぐに肉の疼きへと姿を変える。湯上がりの和彦の体は、熱が冷めるどころか、燃えそうなほど熱くなっていく。「先生の存在は、オヤジにとっても特別なようだ。いままであの〈化け狐〉は、俺が誰と寝ようが興味を示したことはなかった。それこそ、息子のオンナに手を出すなんざ、天地がひっくり返ってもありえないことだった。――先生が現れるまではな」 話しながら賢吾の手は油断なく動き、浴衣の裾を割って、両足の奥へと入り込んでくる。内腿を撫でられたかと思うと、無遠慮な手つきで下着を脱がされる。さすがに和彦は拒もうとしたが、もう片方の手が喉にかかり、軽く圧迫される。それだけで和彦の抵抗の意思は潰えた。「俺も、自分の息子の〈恋人〉に手を出して、体よく取り上げたんだ。しかも、千尋と違って、単なる色恋だけで行動したわけじゃない。先生に利用価
「それと、旅先でおもしろい話をしてやると言われていたんだ。あんたと千尋も知らない話を……」 ほお、と賢吾は声を洩らす。どんな話かと聞かれなかったが、隠すほどのことではないので、和彦は端的に告げた。「昔会長は、ぼくの父親が抱えた揉め事を解決したんだそうだ。会ったのはほんの数回らしくて、ぼくのことを調べたときに、父親のことを思い出したと言っていた」 守光が言っていたことは本当だったようだ。賢吾は驚きを隠そうともしなかった。しかしすぐに、意味ありげに目を眇めた。「本当に、食えないジジイだ。千尋が先生とつき合い始めて、それで俺が先生に目をつけたときも、オヤジは何も言わなかったんだが、そのときにはいろいろと企んでいたんだろうな」 どんな企みなのか気にはなったが、尋ねることはできなかった。なんとなく、毒気が強そうな話を聞かされそうだと思ったからだ。 自覚もないまま和彦が軽く眉をひそめていると、揶揄するように賢吾が問いかけてきた。「父親のことを聞いて、長嶺との見えない縁を感じたか?」「……ああ、嫌になるほど物騒な縁を」「気分転換がしたいからという理由で、総和会会長との旅行について行った先生が、物騒なんて言葉を言うのか?」 賢吾の物言いは柔らかだが、和彦の神経をチクチクと刺激してくる。愚鈍ではないつもりの和彦は、賢吾が言外に含んだ皮肉を感じ取っているし、自身の罪悪感の痛みであることも知っているのだ。「もし、ぼくが事前に旅行のことを相談したら、あんたは引き止めたか?」 上半身裸のまま賢吾が目の前を通り過ぎる。惜しげもなく晒された大蛇の刺青に和彦の目は釘付けになったが、じっくりと眺める前に隣の部屋へと行き、姿が見えなくなる。ただ、賢吾の声だけは耳に届いた。「しっかりオヤジを骨抜きにしてこいと言って、送り出しただろうな」 和彦は苦笑しつつも、賢吾らしい――いや、長嶺の男らしい発言だと思った。長嶺の男は、三人とも見事に食えない。 賢吾が再び姿を見せたとき、すでにセーターを着込んでおり、大蛇の刺青を見ることは叶わない。それを残念だと思った和彦は、次の瞬間
**** 長嶺の本宅に足を踏み入れたとき、和彦は奇妙な違和感を覚えて一瞬戸惑っていた。玄関の風景も、出迎えてくれる組員たちの顔ぶれも変わっていない。だが、何かが変わっていると感じた。 持っていたコートとアタッシェケースを組員に預けて靴を脱ぐ。廊下を歩きながら中庭に目を向けると、きれいに手入れされた庭木たちが、ずいぶん成長しているように感じた。春が近づきつつある証か、色づき始めている。 ほんの何日か本宅へ立ち寄らなかっただけなのだが、こうして中庭の様子を目にすると、ずいぶん足が遠のいていたように思えてくるから不思議だ。 そこで和彦は、自分が感じた違和感の正体をわかった気がした。 総和会会長の〈オンナ〉という立場になって初めて、この家を訪れたのだ。後ろめたさと羞恥が、和彦の心をざわざわと落ち着かなくさせる。覚悟を決めてきたはずだが、それでも、冷静ではいられない。 夕食の準備で慌しいダイニングを素通りして、まっすぐ賢吾の部屋へと向かう。 今日は、賢吾から呼ばれて本宅に立ち寄ったわけではない。クリニックからの帰りに、和彦が言い出したのだ。自分なりに気持ちが落ち着いたと判断し、これ以上、賢吾と顔を合わせない不自然さに耐えられなくなったためだ。 賢吾は、ただ和彦からの反応を待っていた。大蛇の化身のような男らしく、じっと身を潜め、しかし獲物から目を離すことなく――。 冷たい蛇の目が脳裏に浮かび、和彦は小さく身震いする。たまらなく賢吾が怖いくせに、同時に胸の奥では、無視できない妖しい衝動がうねっていた。 賢吾の部屋の前まで行き、呼吸を整えてから声をかける。中からの返事を待って障子を開けると、賢吾はちょうどジャケットを脱いだところだった。反射的に歩み寄った和彦は、賢吾の手からジャケットを受け取る。「帰ったばかりなのか?」「いや、三時頃には戻っていたんだが、客と会ったりしていたら、なんとなく着替えるタイミングをなくしてな」 賢吾と自然な会話を交わせるだろうかと、頭であれこれ考えていたのだが、いざとなると身構えるまでもない。いつも通りの会話を交わせていた。和彦はほっと息をつくと
『だけど、君が佐伯家に生まれなければ、わたしは知り合うことはできなかったし、近い存在になることもできなかった。君が佐伯家の中で抱えた人恋しさに、わたしがつけ込んだとも言えるが』「見かけによらず、悪い大人だったよ、里見さんは」 受話器を通して里見の笑い声が聞こえ、つられるように和彦も口元に笑みを浮かべる。それだけで、塞ぎ込んでいた気持ちがわずかだが軽くなった気がした。里見と話すことで、やはり気持ちは舞い上がり、正直、嬉しいとも思ってしまう。この気持ちはどうしようもなかった。 すると、今しかないというタイミングで里見が切り出した。『――少しだけでも、佐伯家に顔を出す気はないのか?』「ぼくが身を隠しながらも、きちんと仕事をして生活していると、澤村やあなたを通して知っても、それでも佐伯家がぼくに会おうとしている理由がわかるまで、顔を出す気はない。少なくとも、ぼくから手の内を晒すマネはしない」『だったら、わたしとは?』「そう言われると、なんだか怖いな。のこのこと出かけていったら、そこに兄さんがいたりして――」『わたしは、騙まし討ちのようなことはしないよ。君からの信頼をなくすのは、何より怖い』「……口が上手いな」『英俊くんとは今、官民共同のプロジェクトを手がけていて、よく顔を合わせるんだが、そのたびに君のことを聞かれるんだ。電話で話しただけだからと誤魔化すんだが、それが気に食わないみたいでね。早く和彦と会って、首に縄をつけてでも佐伯家に連れて来い、と言われている』 見た目も内面もクールな英俊だが、ときおり底知れない激しさを見せることがある。和彦は、その英俊の激しさの一番の被害者だと自負していた。どうやら、相変わらずのようだ。 それより和彦が気になったのは、里見が英俊と今も顔を合わせているという発言だ。つまり、二人が一緒に歩いていた姿には納得できる理由があったということだ。「兄さんが、里見さんの職場に出向くことはあるのかな?」『あるよ。特に今は、仕事の引継ぎのこともあるから』「引継ぎって……」『国選出馬の本格的な準備に入る前に、プ
かつて守光は、総和会会長の立場では、長嶺組の〈身内〉の処遇について命令はできないと言った。今ならこれが、言葉のうえだけの建前でしかないと理解できる。命令はしなくとも、和彦が選択するよう仕向ければいいだけの話なのだ。そして和彦は、選んだ。 男たちの思惑に搦め取られていくうちに、果たして自分はどこに行き着くのか。 考えたところでわかるはずもなく、それがまた和彦の気分を沈み込ませる。何か、しっかりとした支えに掴まっていなければ、今度こそ気持ちを立て直せない危惧すら抱いてしまう。 一度は横になりながらも眠れる心境ではなく、結局和彦は寝室を出る。コーヒーでも入れようかとキッチンに行きはしたものの、カップを出そうとしたところで動きを止める。 一瞬にして芽生えた衝動を必死に抑えようとしたが、できなかった。手早く服を着替えると、財布と部屋の鍵を掴んで玄関を出た。 部屋に引き返したほうがいいと、頭の片隅で弱々しく理性の声がする。しかしそんな声で足を止められるはずもなく、和彦はエレベーターに乗り込む。 マンションを出たときには、これが最初で最後だからと、自分自身に言い訳をしていた。 周囲をうかがいながら小走りで向かったのは、近くのコンビニだった。正確には、コンビニの外に設置された公衆電話に用がある。家から電話をかけると、盗聴器を通して会話を聞かれる恐れがあった。 つまり、組の人間に聞かれたくない電話をかけたいのだ。 慎重に辺りを見回してから受話器を取り上げる。電話番号は、携帯電話に登録したり、メモを手元に残しておくわけにもいかず、頭に叩き込んであった。 番号を押し、呼び出し音を五回聞いたところで受話器を置こうと、心の中で決める。これで、もう縁は切れたのだと諦められると、和彦は思った。 しかし決意とは裏腹に、〈彼〉との縁はそう脆いものではなかったようだ。 三回目の呼び出し音が鳴る前に、あっさりと彼が――里見が電話に出た。『もしもし?』 電話越しに里見の声を聞いた瞬間、和彦の胸は切なく締め付けられる。自分が高校生だった頃の感覚に引き戻されるが、その一方で、自分の今の生活が脳裏を過ぎる。先日里見と会ってから、さほど日は
『天気もいいことだし、会うのは外だ。人目があれば、いくら俺でも、〈あんなこと〉はしないぜ? お前の飼い主と違って、人が見ていると萎える性質なんだ』 知るか、と口中で吐き出した和彦は、視線を襖に向ける。この襖の向こうで、総和会の男二人が待ち構えている。密室で二人がかりで説得されては、どんな迂闊なことを口走るかわからない。 人と会うというのは、この場を穏便に抜け出すためには、いい口実なのかもしれない。「――会ってやってもいいが、会ったら、一発殴らせろ」『殴ってもいいが、次の瞬間に、お前にキスするぞ。濃厚なのを。……俺
カップを置いた和彦は髪を掻き上げてから、鷹津に問う。「秦は、何者なんだ」「俺も知らん」 冗談を言っているのだろうかと思ったが、無精ひげの生えたあごをしきりに撫でる鷹津の表情は真剣だ。そして、和彦をじっと見つめながら、思いがけないことを話し始めた。「――俺が警官になったばかりの頃、秦そっくりの顔をしたガキは、他のガキどもをまとめ上げて、いろいろと悪さをしていた。頭の切れる奴で、少年課が目をつけていたが、尻尾を掴めなかった。それに、ヤクザともつき合いがあると噂になっていた。が、見た目はあの通り、きれいなツラをして、いい物を身につけたお坊ちゃま
**** 開けたドアから心地いい風が入り、待合室を吹き抜けていく。空気の入れ替えも兼ねて、待合室に面している部屋のドアや窓はすべて開け放っているので、風の通りは抜群だ。 髪を掻き上げた和彦は、ページの端を折った医療用品のカタログをテーブルに置き、周囲にぐるりと視線を向ける。運び込まれた備品から小物に至るまで、一応、収まるべきところに収まり、照明器具も設置した。おかげで、ぐっとクリニックの待合室らしくなった。 医療機器を入れるまで人が出入りすることもないため、当分の間、和彦はここを一人で自由に使える。部
自分では、何がどうなっているのか判断すらできなくて、頭と気持ちがオーバーフロー気味だ。こめかみを指で軽く押さえた和彦は、テーブルの上に置いた小物入れに目を留める。そこに、処方してもらった安定剤が入っているのだ。 千尋に倣うわけではないが、少し横になろうかという考えに、強く惹かれる。だが、和彦にはわかっていた。安定剤で一時の眠りを手に入れて何も考えなくなったところで、自分の体にこびりついた不快さは消えないと。 安定剤の入った袋ではなく、再び子機を取り上げ、登録してある番号の一つにかける。呼出し音を根気よく聞き続けていると、ようやく途切れた。『――どうか