Se connecter【彼女】と【あの子】の骨を引き取る。
【彼女】には身寄りがないから、それは簡単に叶う願いだと俺は思っていた。
でも、簡単にはいかなかった。
思った以上の時間がかかった。
それは、俺と【彼女】が何の証明もない関係だったからだ。
元恋人という関係は、公的な記録にない。
元恋人という関係は証明する手段はなく、そんな関係に法的な力はない。
病院、役所、葬儀社相手に、俺はそれを思い知った。
役所でも、葬儀社でも、最初に確認されるのは俺と【彼女】の関係性だった。
「ご家族ですか」という問いに、俺はいつも一拍遅れて「いいえ」と答えた。
婚姻関係のない俺たちは他人。
家族ではない記録ばかりが証明できる関係だった。
――恋人だったという、なにかこう、証明みたいなものは?
警察のほうも、困っていた。
このままでは彼女の骨は無縁仏として埋葬することになる。
でも目の前に俺がいて、名の知れた企業の御曹司で、できれば面倒は避けたいというのが彼らの顔にありありと出ていた。
写真の一枚でもあれば特例として認めないでもない。
そんな空気があったが、彼女と恋人だったときにとった写真は一枚もなかった。
スマホ本体の中の写真は俺自身が消していた。
綾子から結婚前にきちんと関係を清算してほしいと言われ、それも当然だと思って削除した。
メッセージアプリから彼女とのトーク履歴も連絡先も消した。
スマホの写真はクラウド上に自動的にバックアップが取られているが、そちらも消えていた。
彼女といった店の写真。
彼女が可愛いと言って撫でようとしてた道端の猫の写真。
彼女といたという記憶は俺の中だけで、彼女が写っている写真は一枚もなく俺は彼女の元恋人であることも証明できなかった。
若い警察官は、自分も別れた恋人の写真は見るのもつらくて削除するとか、その場の空気を軽くしようと軽口を叩いてくれた。
俺は彼に、気を使ってくれたことに感謝の言葉を言った。
「お偉いさんっていつも“やってもらって当たり前”って態度なのに、草薙さんは違うんすね」
そう思ってくれたなら、【彼女】のおかげ。
【彼女】のおかげで、俺はそういう人間になれた。
でも、それも俺と【彼女】の関係の証明にならなかった。
【あの子】の骨も、同じだった。
俺の子だというのは、あくまでも可能性が高いというだけの話。
骨という、ある種の身柄を俺に渡すには、可能性では足りなかった。
父親であることの証明が必要だと言われ、DNA鑑定を受けることになった。
【あの子】の小さな骨から取られたDNAと、俺の血のDNAが比べられた。
検査には時間がかかった。
その間に、所定の遺体の保管期間が終わってしまい、俺たちの関係は「他人」のまま、【彼女】も【あの子】も火葬されて骨になった。
――洋輔さん。
【彼女】の声を思い出しながら、俺は【彼女】と【あの子】の体が煙になって空に溶けていくのを見ているしかできなかった。
あと四日だった。
火葬から四日後、俺はあの子の父親だと証明することができた。
たった四日。
その気持ちはまだ俺の胸に巣食っている。
あのときも、俺はその気持ちを抱えたまま家庭裁判所に行った。
骨を引き取るには、法に則った譲渡の手続きが必要だと言われた。
【あの子】の父親だと証明されても、法的に父親ではない俺は、紙と印鑑と親子関係の鑑定結果をもとにした審査が必要だった。
俺と【彼女】が夫婦だったなら不要だったものは多い。
全てが不足、決定的なものが足りない。
本当に、俺はいろいろ足りなかった。
草薙家の後継者として周りの人間を審査してふるい落としてきた俺。
【あの子】の骨を受け取るのに足る人物か、それを他人に決められることは初めてだった。
緊張と不安を抱えて、俺はそれを証明した。
裁かれたわけではない。
法的に問題はないか、申請書類の内容を照らし合わせるだけの手続き。
ふたりはもう死んでしまっているのに。
もう骨なのに。
そう叫びたい気持ちだったが、それは無駄だとも分かっていた。
制度としては、何も間違っていないのだ。
でも、焦れったかった。
俺に許可が下りるまで、ふたりの骨はどこにも行けなかった。
俺が預かることもできず、ふたりの骨はずっと無機質な飾りのない部屋に保管されていた。
俺が夫であれば、こんな手続きはいらなかったらしい。
せめて並んで写った写真の一枚があれば、特例という形ではあるが、全てはもっと簡単だったという。
【彼女】との関係が証明できなかった、俺が悪い。
俺が、ふたりを守らなかった。
【彼女】を信じなかったのは、俺。
だから、今度は制度が俺を信じなかった。
.
家庭裁判所の静かな部屋で俺は淡々と説明を受けた。
必要書類の記入方法。
手続きの流れ。
決定が出るまでの目安の期間。
自分の子どもの骨でさえ引き取るには時間が必要だという事実だけが積み重なっていった。
そして結果を待つ日々。
その間に――。
.
「あの子の骨は見つかったの?」
母さんの声で、現実に戻った。
「いや、まだだ」
俺は首を振る。
【彼女】はどこかに消えた。
.
家庭裁判所での手続きが終わり、ようやく【あの子】と、引き取り手がいないという特例で【彼女】の骨も手にできるときのこと。
【あの子】の骨と一緒に保管していたはずの、【彼女】の骨がなくなっていた。
骨の引き取りに関する手続きは家庭裁判所にとって初めてのことではない。
規定通りきちんと管理していたと彼らは俺に説明した。
そこにあったのは、ふたりの骨だけではない。
それらは全部あった。
でも【あの子】の骨の隣、【彼女】の骨だけがなくなっていた。
「とりあえず、働きたいというのなら働かせてあげるわ。女の子にかまける時間が減れば、私の苦労も減るしね」母さんが何かに迷うそぶりを見せた。「田沢家から、綾子さんと洋輔の婚約を打診されていたの。あなたの下半身のクズっぷりに、綾子さんに番人をしてもらうのもいいかなって思ったけれど……」「考え直してほしい」母さんが首を傾げる。「悪い話ではないと思うのだけど?」「絶対にやめてくれ。もし綾……彼女との婚約話を進めるなら、俺は草薙家とは縁を切る」俺の言葉に、母さんは吃驚した。それは、そうだろう。先ほどまで草薙グループで働かせてほしいと言っておきながら、手のひら返すような発言だ。「わか、ったわ……でも、あなた。本当にどうしちゃたの?」どうしたの、か。―― あなたが大人の男になったと感じたのは、あの子に恋をしたからだったのね。そう言えば、前の母さんはこんなことを言っていたっけ。「好きな人ができたんだ」母さんの顔が、もっと吃驚したものになる。好きな人ができたと言って、ここまで驚かれる俺って……いや……俺と母さんの関係では、こんなことを話すこと自体が変か。「……花江、さん」母さんが、傍にいた花江さんを呼んだ。どうやら、母さんはパニックを起こすと花江さんに頼るくせがあるらしい。「あらあら、まあまあ、今夜はもう作ってしまったので、明日お赤飯にしましょうね」「……そうね。あまりお赤飯は好きではないけれど、祝い事ですものね」「いや、別に、好きでないなら赤飯なんかじゃなくても。寿司とかでもいいんじゃない? そうすれば花江さんの手間もかからないだろう? 寿司、特上で、花江さんも入れて三人前頼もうよ」あらあらと、花江さんの目じりが下がる。花江さんが寿司好きなことは知っている。「それでしたら大旦那様にもお知らせしませんと」……祖父さん?「ああ、そうか。祖父さん、まだ生きているんだっけ」「まあ、洋輔さんたら酷い言い草。大旦那様は検査入院しているだけではありませんか」検査入院……そうだった。この頃、最近疲れやすいと言っていた祖父さんは周りに検査を進められて、そこで癌が見つかったんだっけ。祖父さんが生きている。時間が戻ったって、初めて実感した気がする。だから唯も……。 * 「いない?」俺が復唱した言葉に、児童養護施設「ひかりの丘」の理
時間が、本当に戻っていた。いまの俺は、この四月から大学生になる。以前の俺はこのあと無難に大学生活を送り、草薙グループに就職して実務経験を積んだあと、三十歳手前で、母に言われてオックスフォードに留学してMBAを取得した。グループの経営に加わるためにオックスフォードへの留学をすすめられたが、結婚を迫る綾子から距離を取るのに丁度良かった。こうして思い返せば、前の俺の人生は全て受け身だ。いまの俺はまだ十八歳。五歳年下の唯は、まだ十三歳の中学生。今度は時間を無駄にしないため、考える。まずやることは、綾子と婚約話を白紙化すること。 *「母さん、お帰り」仕事から帰ってきた母さんを出迎えると、母さんは驚いた顔をした。俺の顔を見て、自分の腕時計を見て、もう一度俺の顔を見て……。「なぜ家にいるの?」「……ここ、俺の家だろう?」「そうだけど……覚えていたのね」そんなことを言いながら靴を脱ぐ母さんを見ていたら、母さんがパッと顔をあげた。「洋輔、何かやらかしたの?」「……なんで、何かをやらかした前提なんだ?」「どこの誰を妊娠させたの?」「聞いてよ。なんで妊娠させた前提で話し進めているんだよ」前の俺って、こうだったのか?……いや、確かに間違っていない気はする。家に帰りたくなくて、誘ってきた年上の女性の家を転々として、そこでワンコ扱いされて……思い返せば紐みたいなクソな生活。「違うって。俺も四月から大学に行くから、ちゃんとしようと思って」「……花江さん」母さんが俺の言葉に応えず、俺の後ろにいる花江さんを見た。振り返ってみると、花江さんは肩を竦めていた。信じていない、二人とも。前の俺がどれだけ馬鹿だったのか思い知らされる。.「大学と並行して、うちで働きたいですって?」「そう。どんな子会社でも都内ならどこでもいいから、実績を積みたいんだ」「実績って……どうしてそんなに急ぐの? 大学では勉強に集中したらいいでしょう?」「でも、草薙グループを継ぐためにはMBAは取得しておいたほうが良いだろう?」前の俺の口からは出なかったであろうMBAという単語に、母さんが驚く。驚いている顔を隠せないくらい、驚いている。「それは、そうだけど……あなた、まさか……」母さんが、ハッとした顔をする。母さんもMBAを取得しているから、俺のやろうとしている
リン……リン……·鈴の音?どこから?なぜだ?·辺り一面が、暗い。ここは、どこだ?俺は、何をしていた· リン……リン……·ああ、そうだ。小林陽翔との話に疲れて、家に帰った。でも、人と話す気にならず、一人になりたくて、温室にきたのだった。父が使っていた、今では誰も使わないベッドに俺は寝転んだ。そう。カジュマルの木に、見下ろされている感じがしたんだ。 ペトリ「……っ!」湿ったなにかが、俺の頬に触れた。小さな、手?犬?猫?いや、毛の感触はなかった。それなら、人間?でも、こんな小さな手を知らない。……いや、知っている。あの子の手は、小さかった。「洋輔さん」花江さんの声?どこから?あれ……痛い……。 !「洋輔さん。こんなところで寝ていたら、体を悪くしますよ」……寝ていたら?俺、寝ていたのか?体を起こそうとしたら、手のひらに砂の感触……俺、ベッドで寝ていたんじゃ? ペトリ「うわっ」顔に触れた何かの感触に、俺は思わず声をあげた。ぼんやりしていた視界がクリアになる。胸元に一枚……これは、カジュマルの葉?……ああ、そうだ。俺は、温室で……あれ?「お目覚めになりましたか?」「ああ、うん……」……なんだ?「花江さん、化粧を変えた?」「どうしたんですか、突然」「いつもより、若く見える」俺の言葉に、花江さんが照れて俺の背中を叩いた。思いのほか、力が強い。痛い。「娘が誕生日にくれた化粧品の効果でしょうかね」……いや、そういうレベルの話じゃない。違う。変だ。俺の知っている花江さんは、年をとったお婆さんだ。これは、夢か?いや、夢なら、痛みは感じないとよく言う。だから、きっと、夢ではない。「春ですからね、のんびりお昼寝したい気持ちもわかりますよ」「……春」「でも、来週には四月になりますよ。気合い入れてくださいませ。奥様も期待していらっしゃるのですから」「奥様って、綾子が?」花江さんが、首を傾げた。「田沢家の、綾子様ですか? ご婚約が決まったのですか?」田沢、綾子?婚約?戸惑う俺とは対照的に、花江さんは首を縦に振る。何か分かったように、ウンウンと頷いている。「ここだけの話ですが、奥様は洋輔さんの女性関係に疲れておられましたから。ご婚約者をお決めになって、奥様を安心させること
「唯の死を知り、あの者たちに復讐をしようと思いました。でも五人も殺すのは難しい」確かに。日本の警察は優秀だ。「しかも綾子は草薙夫人として普段から守られていますからね。どうしようかと悩みましたよ」「それで祈祷師か」小林陽翔はにこりと笑った。 「最初は、墨田聡に近づきました。あなたの使いの振りをして。森川唯が死んだこと、三沢加奈から墨田聡が森川唯を暴行したと聞いたが本当か、と」当然、墨田聡は否定した。それでも、何度も小林陽翔は「本当か」と墨田聡を問い質した。小林陽翔のしたことは、それだけ。三沢加奈を殺せとも、何も言っていない。しかし、三沢加奈は死んだ。墨田聡の単独か、それとも風間夫婦も協力したのかは分からない。 「次に、風間奈美に近づきました。三沢加奈の遺族から頼まれた弁護士だと言って、墨田聡について彼女に尋ねた。当然知らないと風間奈美は否定したが、三沢加奈から聞いているとだけ言って、墨田聡について聞き続けた」三沢加奈のときと同じ。ただ小林陽翔は聞いただけ。そして墨田聡は死んだ。風間奈美か風間太一の単独犯か、それとも夫婦で協力したのかは分からない。「私は風間奈美と風間太一、別々に接触した。風間奈美にはそのまま三沢加奈関連の弁護士として、不審な金の流れがあるから警察が風間太一を探っていると伝えた。風間太一には警察と名乗って、不審な金の流れがあるから風間奈美について捜査していると伝えた」金については、唯のノートに書いてあった。金のために、自分の人生はめちゃくちゃになったと。風間奈美の前で、風間太一は唯を犯した。二人の間に”愛”はないと、小林陽翔は思ったのだろう。すでに殺人を犯すという禁忌の域にあった二人は、それぞれ相手を殺そうと思った。だから、別の毒。同じタイミングで死んだのはただの偶然。
「こんにちは、最近すっかり涼しくなりましたね。持明院に行きましたか? あの傍に、とても広いすすき畑があるんです。その時期になると見ごたえがありますよ」どうやら俺の行動は小林陽翔にお見通しらしい。唯の骨のありかについて、早く知りたいという思いもある。しかし、焦る必要はない。唯の骨がどこかに捨てられたなどと思う必要はないからだ。小林陽翔が盗んだのなら、どこか安全な場所にある。「先日の話の続きを聞きに来ました。あと、本の差し入れを数冊。唯が好きだと言っていた映画の原作です」「それは楽しみですね。私はヒューマンドラマが好きなんですよ」「そうでしたか。唯が好きなのはホラーだったので、お気に召さなければ言ってください」小林陽翔の顔が少し強張り、俺は留飲を下げた。 「虫の知らせとでも言うのでしょうか。私は翌日、唯に会いにいくことにしました。心配だと言って煩わせるのは嫌でしたが、買い物だと言って誤魔化そうなどと思いながら、事故処理中の現場を通過しました」そのとき唯が事故に遭ったと気づいても、事故処理中では何もできなかった。警察から、おそらく唯は即死だと聞いている。即死であってほしい、そう思っている。「唯から、何かあったときのためにと家の住所と、その鍵をもらっていました。私はあの子の部屋を見て、愕然としました。唯が帰ってきたら、どこか食事に連れていこうと思いながら、近くの駐車場で唯が帰ってくるのを待ちました」ふう、と小林陽翔はため息を吐く。「夜になっても帰ってこないから心配になって、あなたの結婚式でショックを受けていましたし、何か手掛かりはないかと、またあの子の部屋に入りました。そして、ノートを見つけたんです」「ノート?」警察の捜査で、そんなものは見つかっていない。つまり、小林陽翔が持ち出したということになる。「まだ新しいようなのに表紙はぐしゃぐしゃで、ところどころページが歪んでボロボロで、日
「結婚を考えている人がいる。そう書かれた唯からの手紙を受け取りました」それを思い出したのか、小林陽翔が顔を緩める。「手紙はいつもの白いシンプルなものだったのに、あのときは、花柄の便せんでした」ただ手持ちがそれだったという可能性もあるが、それだけ唯はその結婚を喜んでいるのだと、小林陽翔は思ったという。 「どんな人と結婚するのか。相手の男性に会ってみたいと思いましたが、まるで父親のようなことを言うのも憚られ、どうしたものかと考えているとき、突然唯が訪ねてきたのです」「それは、もしかして……」「そうです。当時の私は北海道にいました。私のところにきた唯は、ゲッソリとやつれていました。なにがあったのかと問えば、結婚はなくなったと。でもその男の子どもを妊娠しているから、産もうと思うと言っていました」寒いのが嫌いな唯が、なぜ北海道に行ったのかがこれで分かった。 「男女のことにいろいろあるのは、私も分かっています。住職として地方の寺にいたので、金を使うこともなく貯まっていたことから、寺にいてくれていいと唯には言いました。却下されましたけれどね。こんな山奥の寺で産気づくのは怖いと言ってね」「……山奥?」俺の問い掛けに、小林陽翔は遠い目をした。「北海道で私が派遣されたのは山奥にある寺でした。あの地は雪深く、春の雪解けまでは唯と会うことはできず、ただ時折届く『元気だ』というメッセージを信じていました」俺の頭に、唯が住んでいた北海道のアパートが浮かんだ。家具もないガランとした部屋。あった家電は据え付けのエアコンと炊飯器。冷蔵庫すらない部屋。「雪があらかた溶けて、寺の食料の買いだしも兼ねて唯に会いにいこうと思った矢先に、あの子が寺にきたのです。腹も大きく、何かあったらこんな山奥では不安だというあの子がなぜ来たのか」あの日は……。「SNSで、あなたの結婚式を見たそうです。一人ではいたくなかっ
「今日、僕がここに来たのはこの人のことを聞きたいからなんです」僕がトレゾアの画面を見せると、麗香ママの顔は少しだけ考えるものになって「そうか」と察した顔になった。先日も思ったが、流石一流のクラブの麗香ママとなると内蔵されている人間の情報量が半端ない。僕が聞いたこの人は「田沢壮一」。僕の養母である綾子夫人の父親。大量の写真データから田沢壮一を見つけ出したのはトレゾアである。僕も洋一さんも田沢壮一を探し出せとは言っていないが、トレゾアが綾子夫人と実家である田沢家について調べていることは薄々気づいてはいた。 「田沢さんも曜子さんも写真嫌いだったから、大丈夫だと思っていたのに……年甲斐
「あら、喜介君。今日は一人? 草薙社長はどうしたの?」 その週の金曜日、僕はもう一度、今度は一人でクラブ・夜香蝶にきた。麗香ママは僕を覚えていて、洋輔さんパワーの名残で僕は上座のテーブルに案内された。クラブの二番人気の女性に奥に案内される青二才。どこの御曹司かと探る客の目、僕は意図して堂々と振舞う。 「洋輔さんが来られないなんて残念だわ。また来てね、と伝えてね」「先日こちらで飲んで養父は大変楽しかったようで、飲みすぎてドクターストップです」「またまた」麗香ママは冗談だと思いつつも、でも満更でもなかったようで楽しそうに笑ったが、僕にとっては笑いごとではない。ドクタ
トレゾアが風間奈美を探し出した。僕が頷くと、退屈を紛らわせる振りをして洋輔さんがパソコン画面を覗き込む。その目が一瞬、獲物を見つけた獣のように獰猛になった。「この女性、いいなあ」でも、口調は軽薄な男そのもの。「どんな子なのかしら」さり気ない風を装いつつも、洋輔さんを押しのけるように麗香ママがパソコンの画面を横から覗き込む。洋輔さんも「ひどいなあ」なんて口で言いつつも、素直に麗香ママに場所を譲った。麗香ママに風間奈美を見てもらうのが目的だからだ。そのために浩市さんにも頑張ってもらったのだ。思わず僕もパソコン画面を、さり気ない風を装って麗香ママのほうに向ける。 「あら、|風
「まあ、草薙さんったらお口が上手」六本木の高級クラブ・夜香蝶の麗香ママが機嫌のいい声をあげる。周りで華やかな装いをした女性たちが囃し立てるような声をあげる。「嫌だな、本当のことを言っているだけなのに」洋輔さんはにっこりと笑う。顔面偏差値ってやつだろうか、酸いも甘いも嚙み分けていそうな女性たちが頬を染めた。 「すごいな、天職じゃないか?」「これが天職って、仕事は何です?」褒める浩市さんに、思わず冷たく返してしまう。いや、浩市さんは洋輔さんの要望通り体をはって頑張ってくれた。 風間奈美がホステスをしていた六本木の高級クラブ・夜香蝶に入店する前、僕たちは計画を立てた。綿密で