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第7話

Auteur: 酔夫人
last update Date de publication: 2026-01-08 11:01:02

【彼女】と【あの子】の骨を引き取る。

【彼女】には身寄りがないから、それは簡単に叶う願いだと俺は思っていた。

でも、簡単にはいかなかった。

思った以上の時間がかかった。

それは、俺と【彼女】が何の証明もない関係だったからだ。

元恋人という関係は、公的な記録にない。

元恋人という関係は証明する手段はなく、そんな関係に法的な力はない。

病院、役所、葬儀社相手に、俺はそれを思い知った。

役所でも、葬儀社でも、最初に確認されるのは俺と【彼女】の関係性だった。

「ご家族ですか」という問いに、俺はいつも一拍遅れて「いいえ」と答えた。

婚姻関係のない俺たちは他人。

家族ではない記録ばかりが証明できる関係だった。

――恋人だったという、なにかこう、証明みたいなものは?

警察のほうも、困っていた。

このままでは彼女の骨は無縁仏として埋葬することになる。

でも目の前に俺がいて、名の知れた企業の御曹司で、できれば面倒は避けたいというのが彼らの顔にありありと出ていた。

写真の一枚でもあれば特例として認めないでもない。

そんな空気があったが、彼女と恋人だったときにとった写真は一枚もなかった。

スマホ本体の中の写真は俺自身が消していた。

綾子から結婚前にきちんと関係を清算してほしいと言われ、それも当然だと思って削除した。

メッセージアプリから彼女とのトーク履歴も連絡先も消した。

スマホの写真はクラウド上に自動的にバックアップが取られているが、そちらも消えていた。

彼女といった店の写真。

彼女が可愛いと言って撫でようとしてた道端の猫の写真。

彼女といたという記憶は俺の中だけで、彼女が写っている写真は一枚もなく俺は彼女の元恋人であることも証明できなかった。

若い警察官は、自分も別れた恋人の写真は見るのもつらくて削除するとか、その場の空気を軽くしようと軽口を叩いてくれた。

俺は彼に、気を使ってくれたことに感謝の言葉を言った。

「お偉いさんっていつも“やってもらって当たり前”って態度なのに、草薙さんは違うんすね」

そう思ってくれたなら、【彼女】のおかげ。

【彼女】のおかげで、俺はそういう人間になれた。

でも、それも俺と【彼女】の関係の証明にならなかった。

【あの子】の骨も、同じだった。

俺の子だというのは、あくまでも可能性が高いというだけの話。

骨という、ある種の身柄を俺に渡すには、可能性では足りなかった。

父親であることの証明が必要だと言われ、DNA鑑定を受けることになった。

【あの子】の小さな骨から取られたDNAと、俺の血のDNAが比べられた。

検査には時間がかかった。

その間に、所定の遺体の保管期間が終わってしまい、俺たちの関係は「他人」のまま、【彼女】も【あの子】も火葬されて骨になった。

――洋輔さん。

【彼女】の声を思い出しながら、俺は【彼女】と【あの子】の体が煙になって空に溶けていくのを見ているしかできなかった。

あと四日だった。

火葬から四日後、俺はあの子の父親だと証明することができた。

たった四日。

その気持ちはまだ俺の胸に巣食っている。

あのときも、俺はその気持ちを抱えたまま家庭裁判所に行った。

骨を引き取るには、法に則った譲渡の手続きが必要だと言われた。

【あの子】の父親だと証明されても、法的に父親ではない俺は、紙と印鑑と親子関係の鑑定結果をもとにした審査が必要だった。

俺と【彼女】が夫婦だったなら不要だったものは多い。

全てが不足、決定的なものが足りない。

本当に、俺はいろいろ足りなかった。

草薙家の後継者として周りの人間を審査してふるい落としてきた俺。

【あの子】の骨を受け取るのに足る人物か、それを他人に決められることは初めてだった。

緊張と不安を抱えて、俺はそれを証明した。

裁かれたわけではない。

法的に問題はないか、申請書類の内容を照らし合わせるだけの手続き。

ふたりはもう死んでしまっているのに。

もう骨なのに。

そう叫びたい気持ちだったが、それは無駄だとも分かっていた。

制度としては、何も間違っていないのだ。

でも、焦れったかった。

俺に許可が下りるまで、ふたりの骨はどこにも行けなかった。

俺が預かることもできず、ふたりの骨はずっと無機質な飾りのない部屋に保管されていた。

俺が夫であれば、こんな手続きはいらなかったらしい。

せめて並んで写った写真の一枚があれば、特例という形ではあるが、全てはもっと簡単だったという。

【彼女】との関係が証明できなかった、俺が悪い。

俺が、ふたりを守らなかった。

【彼女】を信じなかったのは、俺。

だから、今度は制度が俺を信じなかった。

 .

家庭裁判所の静かな部屋で俺は淡々と説明を受けた。

必要書類の記入方法。

手続きの流れ。

決定が出るまでの目安の期間。

自分の子どもの骨でさえ引き取るには時間が必要だという事実だけが積み重なっていった。

そして結果を待つ日々。

その間に――。

.

「あの子の骨は見つかったの?」

母さんの声で、現実に戻った。

「いや、まだだ」

俺は首を振る。

【彼女】はどこかに消えた。

 .

家庭裁判所での手続きが終わり、ようやく【あの子】と、引き取り手がいないという特例で【彼女】の骨も手にできるときのこと。

【あの子】の骨と一緒に保管していたはずの、【彼女】の骨がなくなっていた。

骨の引き取りに関する手続きは家庭裁判所にとって初めてのことではない。

規定通りきちんと管理していたと彼らは俺に説明した。

そこにあったのは、ふたりの骨だけではない。

それらは全部あった。

でも【あの子】の骨の隣、【彼女】の骨だけがなくなっていた。

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