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第4話

作者: るるね
last update 公開日: 2026-08-03 23:29:48

「それは……!」

 星奈がなおも口を開きかけた、その声を遮るように、

「何があったの? さっきからずいぶん騒がしいけど……」

 一階の騒ぎを聞きつけた恵子が、二階から慌てて下りてきた。

 今日は教室のない日だった。

 普段なら二階で新しい作品を作っている時間だ。このところ、コンクールへ出品する陶芸作品の構想がまとまらず、恵子はずっと制作に没頭していた。

 少しでも制作に集中してもらいたくて、星奈は店番を一人で引き受けていた。

 こんな騒ぎになるとは、夢にも思わなかった。

 一階へ下りてきた恵子は、変わり果てた店内を目の当たりにし、息を呑んだ。

「星奈ちゃん!」

 青ざめた顔で星奈の名を呼ぶ。

 店内には見知らぬ男が二人。

 身なりを見るだけで、裕福な家の人間だと分かった。

 恵子は警戒を露わにすると、すぐに星奈のもとへ駆け寄り、庇うように自分の背中へ隠した。

「お二人とも、私の店でいったい何をなさっているんですか?」

 恵子はもともと穏やかで、礼儀を重んじる人だった。

 大切な店をここまで荒らされ、怒りで震えているはずなのに、その口調にはなお相手への節度が残っている。

 恵子が現れると、純生はようやく店を壊す手を止めた。

 大股で恵子の前まで歩み寄り、星奈を庇うように立つ彼女を不快そうに睨みつける。

「お前が店主か。この女を拾ったのもお前なんだな。後ろにいる女がどれだけ最低な人間か、知ってて――」

「その方は」

 恵子は眉を寄せ、厳しい声で純生の言葉を遮った。

「星奈は私の友人であり、大切な仕事仲間です。本当に優しい子なんです。そのような言い方は、おやめください」

「優しい……?」

 とんでもない冗談を聞かされたかのように、純生は目を見開いた。

「こいつが、優しい子だって……?」

 怒りのあまり言葉が追いつかないのか、星奈を指さしたまま何度も口を開くものの、喉の奥で言葉が途切れてしまう。

「お前は何も知らないから、そんなことが言えるんだ。こいつが……この女が、何をしたのか……」

 純生の呼吸は目に見えて乱れ始めた。

 浅く、速く、息を繰り返す。

 異変に気づいた純希はすぐに弟の腕をつかみ、そっと背中へ手を添えた。

 純生はもともと短気で、感情を抑えることが苦手だった。激しく興奮すると、過呼吸を起こしてしまうこともある。

 とはいえ、ここまで取り乱すことは滅多にない。

 純生が呼吸もままならなくなるほど感情を乱したのは、これまで一度として星奈と無関係だったことはない。

 当時の弟の姿が脳裏をよぎり、純希は恵子の後ろにいる星奈へ鋭い視線を向けた。

 星奈は相変わらず、何も分かっていないような顔をしている。

 悪びれる様子もなく、不安そうにこちらを見つめ返すだけのその姿に、純希の胸の奥からどす黒い憎しみが込み上げた。

 今すぐ腕をつかんで引きずり出し、純生にしてきたことを一つ残らず償わせてやりたい。

「純生、落ち着け。ゆっくり息をしろ」

 純希は弟の背中をさすりながら、低い声で言い聞かせた。

 苦しそうに呼吸を繰り返す純生を見て、恵子も案じるように声をかける。

「あの……大丈夫ですか?」

 純希はその問いには答えなかった。  

 冷淡な眼差しを恵子へ移す。

「あなたが、この店の店主ですか?」

「……そうです」

 警戒を隠さず答えた恵子を見て、純希はかすかに笑った。その視線が、再び星奈へ向けられる。

 見つめられた星奈は、わずかに顔を上げて純希の目を見返した。  

 星奈に深い意味はなかった。

 純希が自分を見ていたから、視線を返した。ただ、それだけだった。

 だが、その怯えも罪悪感も感じられない態度は、純希には何ひとつ反省していないようにしか見えなかった。

 そのことが、胸の奥に燻っていた憎しみへ、さらに油を注いだ。

「分かりました、店主。今日この店に出た損害は、すべてこちらで弁償します」

 純希は淡々と言い終えると、恵子の後ろにいる星奈をまっすぐ見据えた。

「ただし――そこにいる女を、この店に置き続けるつもりなら、俺たちは毎日ここへ来ます。あなたの店が営業できなくなるまで、何度でも」

「なっ……」

「もちろん、そのたびに生じた損害も、すべてこちらで弁償します」

 純希は終始、穏やかな口調を崩さなかった。

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