LOGINカレンはローファーを脱いで、アルフレッドの横に座る。
「後で必ず片付けるから、見ていて」
アルフレッドは指をパチンと鳴らす。
突然、部屋の明かりが消えた。月明りだけの室内はかなり暗い。
(真っ暗。何をするつもりなのかしら)
次にアルフレッドは右手を上に伸ばして、呪文のようなものを唱え始めた。
(これは……、もしかして、魔法!?)
ブワンと風を切るような音がした次の瞬間、天井から桜の花びらがひらひらと舞い落ちて来る。
「―――――す、凄い!!! 綺麗……」
カレンとアルフレッドを花びらが包み込む。その幻想的な風景にカレンは感動し、目の奥から溢れ出て来る涙を止めることが出来なかった。
「ああ、綺麗だろう?」
カレンの顔を覗き込んだアルフレッドは、彼女の頬を伝う涙に気付く。そして、手の届くところにあった布で、カレンの涙を拭った。
「殿下、これ&hell
最近カールは皇帝の補佐のような仕事をしており、しばらく屋敷に帰ってない。「屋敷に戻っても可愛い娘はいないし、レダも……。というか、どうして、殿下は私の家族と一緒に暮らしているんだ?」 心の声がつい漏れ出てしまう。 どう考えてもおかしい。 カレンとアルフレッドは婚約者同士ではあるが、結婚式の予定もない。 なのに、義理の母も一緒に三人で同居? ズルすぎるだろ! カレンの夜間護衛? レダがいるのに護衛が必要なのか!?―――腑に落ちない。「カール、どうした? 険しい顔をして……」 ニックこと皇帝ニコラスは微笑みながら彼に問う。 聞かなくても理由は分かっているが……。少しでもピリピリとした執務室の空気を改善したかったのである。「陛下、ご子息をどうかしてください。私だけのけ者です」 カールはアルフレッドのことをワザとご子息と言った。殿下と言いたくなかったからである。「うちの息子がすまない。カレン嬢に夢中で……」 ニックはレダの名を出さなかった。これ以上、拗らせたくなかったからだ。「夢中……。だからといって、婚前に同居なんて……」「ああ、それなら、いっそのこと結婚させるか?」 ニックは子供たちの結婚式を想像した。 皇后に似て、綺麗な顔立ちをしているアルフレッドと、レダと瓜二つのカレンが並んでいる姿は人々を魅了するだろう。 最近、良くないニュース続きのニルス帝国としても、おめでたい報告を国民に出来るのは非常に良いことだ。「結婚……? 早すぎる!!」 反対の言葉と共にカールは勢いよく立ち上がった。ニックは驚いてビクッとする。「そ、そうか? 二人とも成人しているのだから、そんなに早くもないと思うのだが&hel
カレンは相手を知らないので、相手に見つけてもらうしかない。 正直なところ、もう半分くらい無理かもと思い始めている。それくらいアデンの丘の広場は人でごった返していた。 カレンはサクロの丘の上にある皇宮の方を見る。 巨大な皇宮は闇夜のなかでも、多くの明かりが灯されて、とても美しく浮かび上がっていた。 (殿下の生まれ育った皇宮……。私も今後はあの宮殿で暮らしていくことになるのよね) カレンはボーッと巨大な建物を眺める。 (殿下から、あれだけ毎晩一緒がいいと粘られたら、私が皇宮から『レダの家』に通った方が良さそうな気がする……) 「アルは明日帰って来るのかしら」 海軍の演習は一週間とアルフレッドは言っていた。 いつでも呼び出していいと言われたが、カレンは彼に連絡を取っていない。 手すりに頬杖をついて、アルフレッドのことを考える。 彼と離れていても、カレンの心はいつもあたたかな毛布で包まれているようだった。彼の底なしの優しさと愛情の毛布に。 「私もアルにぬくもりを与えられる?」 (少しは素直になりたい。殿下のように……。心をポカポカと温められるような愛の言葉を私も言えるようになるかしら) ボーン。 カレンが考え事をしていると午前0時を知らせる鐘が鳴り響いた。 (あ~、日付が変わった。ええっと……、私は何時までここにいたらいいの? まだ、夜と言えば夜だけど……) 夜に来て欲しいとカードに書かれていたため、カレンは終わりの見極めに悩む。 「!?」 後方から、誰かがカレンのフードを引き下ろした。サラサラサラと金髪の長い髪がフードの外へ零れ落ちる。 (誰!? お手紙をくれた人? それとも、人違い?) カレンはゆっくりと振り返った。 「あ、えっ?」 目を見開く、カレン。 後ろに立っていたのはアルフレッドだった。 (何で正装なの!? 猛烈に目立っているのだけど!!) 周囲も皇太子が現れたとザワツキ始めている。 (ああああ~、大きな騒ぎになってしまう) 「殿下、早く立ち去りましょう」 カレンはアルフレッドの袖をつかんで、小声で囁く。 しかし、彼は首を横に振って、彼女の提案を断る。 (―――どうして?) 次の瞬間、アルフレッドは彼女の前に跪いた。 一瞬だけ、周りから悲鳴が上がったものの、
アルフレッドはカレンの涙にくちびるを寄せて優しく吸った後、羽が触れるくらいの軽い口づけをした。「カレン、やはり一週間も留守にするのは心配だ。毎晩、転移魔法を使って帰って来ようか?」(また、私のことを心配して、そんなことを……)「心配してくれてありがとうございます。でも、司令官がお仕事を抜けて家に帰るのは良くないですよ」「―――そうだな。だが、寂しい時は無理をしないでくれ。何とかするから」「はい」 カレンは涙を手の甲で拭って笑顔を作ってみせる。「途中で会いたくなったら、レダどのに頼んで俺を呼んでくれ。直ぐに帰ってくるから……」 アルフレッドはカレンをギューッと抱き締めた。「一人で泣いたりするなよ」「―――はい」(そんなに優しくされたら……)「では、行ってくる」「―――はい」 アルフレッドはカレンの頬にくちづけをしてから、部屋を出て行った。―――ポタ、ポタッ、ポタ……。 大粒の涙が床に落ちる。 もう我慢の限界だった。涙が止め処なく溢れて来る。「うっ、うううっ」(何も言えなかった……。『気を付けてね』の一言も……)♢♢♢♢♢♢♢ アルフレッドが出かけてから五日後の朝。 いつものようにマーガレットが一番乗りで占いにやって来た。「レダ、見習いちゃん、おはようさん! そろそろ新月だね~。新月は夜中に目が覚めたときに何も見えないから困るんだよ~」(ああ~、新月! あの手紙のことをすっかり忘れていたわ!!) カレンはマーガレットの世間話で差出人不明の手紙のことを思い出す。―――マーガレットが帰った後、カレンはレダに尋ねてみた。「レダさん、次の新月って何日ですか?」「ん?
要するにアルフレッドは従来のルールを覆そうとしているのだ。カレンと一緒に居たいがために……。「殿下、今後もここから皇宮へ通い続けるというのは流石に……どうかと思いますよ。。皇子宮の方々も主が毎晩不在では困るでしょう? どう考えても、私がここから皇宮に出勤した方がスマートですよね?」「それは別居婚ということか!?」 アルフレッドはカレンの肩に乗せていた頭を上げて、カレンを見つめる。(近い、近い、近いわ!! しかも、目が怖い……。殿下、怒ってる?)「絶対に嫌だ!! 離れて暮らすくらいなら、俺はこのレダの家を破壊する!!」「な、何を言い出すの? そんなこと……」「俺なら出来る!!」(殿下がいうと本当に出来そうな気がして……怖いわ) カレンは悪寒がした。 なにより『レダの家』には多くの秘密が詰まっている。それに……。「ダメです!! このお家が無くなったら、レダさんはどこに住むのですか!!」「シュライダー侯爵邸でいいだろ!」 アルフレッドは即答する。「それは!」 カレンは反論するために勢い良く最初の言葉を口にしたものの、―――後が続かない。 シュライダー侯爵邸でレダが暮らすのも悪くないと思ってしまったからだ。(実はお父様とレダさんが屋敷で一緒に暮らすのは、何の問題もないのよね~。本当の夫婦だし)「―――そうかも」「だろう」「ただ、そうなってくると……。マーガレットさんが困りますよね~」「ああ、あのご婦人か!」 アルフレッドの脳裏にマーガレットの顔が浮かぶ。―――未だにアルフレッドはマーガレットのことをレダの仕込みではないかと疑っている。 留守番中のカレンへ世間の情報を届けるために用意された駒だったのではないかと……。「ランチメニューを考えるだけだろう。心配なら、皇宮のランチメニューを一か月分ずつ伝えておけばいいんじゃないか?」「それはダメですよ。いつもマーガレットさんが朝市場で仕入れたものを聞いて、メニューを一緒に考えているのですから」「案外、大変だな……」 アルフレッドは密かに『料理が出来なくても、メニューを考えることは出来るんだな』と思ったが、もちろん、口に出さない。「はい、大切な仕事です」「でも、毎日一緒に寝たいから、別居は嫌だ!」 話は結局、振り出しに戻ってしまう。「殿下、珍しく粘りますね」 カレン
ある日の朝、カレンが目覚めると枕元に一通の手紙が置いてあった。 厚みのある赤い封筒に金の封蝋。カレンは破かないようにと指先で丁寧に開けていく。 カレンの部屋にはペーパーナイフがないのである。(これからもここで生活していくのなら、一度、シュライダー侯爵邸(実家)に戻って、必要なものを取って来た方がいいわね) カレンは何を取って来ようかなと考えた。幼少期にレダがカレンに贈ってくれたぬいぐるみのデュラは是非持って来たい。 封蝋を剥がし、中にある紙を取り出すと便箋ではなくカードだった。紙からフワリとローズの甘い香りが漂ってくる。(なんてオシャレな演出なの? 封筒には差出人の名前が記されていないわね。カードの方に書いてあるのかしら) カードにはお決まりの挨拶文もなく、短いメッセージだけが記されていた。『カレンへ。つぎの新月の夜、アデンの丘で』「えっ、これはどういう……」 あまりにも情報が無さ過ぎて、カレンは困惑してしまう。 結局、名前はどこにも記されてなかった。「誰からの手紙なの……?」 つぎの新月の夜の日付は確認すれば分かるだろう。―――しかし、夜というのは……?(一体、何時に行けばいいの? 陽が沈んだ後? それとも夜中???) カレンは他に何か書いていることがないか、カードをくまなく確認する。すると、右下に小さな文字で他言無用と書いてあった。「他言無用!? 怪しいわね……」 最初は両手で丁寧に持っていたカードを、カレンは右手の親指と人差し指で摘まんだ。(どうする? 怪し過ぎるから無視する?) フルフルとカードを揺らしながら、指定された場所へ行くか、行かないかを悩む。―――と、そこへコンコンとドアをノックする音が聞こえて来た。「カレン、起きているか?」 アルフレッドの声だ。カレンは手に持っていた
貴族の家では社交に忙しい実母のために乳母を雇うのが一般的だ。そのため、産まれてくる子供を乳母に育ててもらっても何の問題も無い。 また、ニックも生まれてくる子は必ず守ると何度もレダに言ってくれた。 レダはカールとニックの心強い励ましに勇気づけられ、天から授かった子を産む決意をしたのである。 ♢♢♢♢♢♢♢ 「そこからは……、ご存じ通りの別居生活だよ。母親が死んだという話は当初、使用人たちの中でこっそりと噂されていたことなんだけどね。誰かが、幼いカレンに告げてしまって、そのままに事実のようになってしまったんだ。一日も娘のことを想わない日は無かったよ。それにアルフレッド、子供のころから変わらず、カレンを大切にしてくれてありがとう」 レダの感謝の言葉を、アルフレッドは胸に手を当てて丁寧に受け取った。 「レダさん、その見た目って本当に今のレダさんなのですか?」 「ああ、そうだよ」 「ということは、私も年を取らないってこと?」 「多分ね」 「どうしよう!! 殿下が先に死んじゃう~!!!」 カレンは頭を抱える。 「いや、いやいや、カレン。そこは『お父様が先に死んじゃうのは悲しいわ』って、いうのではないのかい?」 「お父様は……、どうでもいいです!」 カレンはクールに言い放つ。 「娘が冷たい……」 シュライダー侯爵は悲しそうな表情を浮かべて、レダに抱きつく。 (お父様、もう開き直っているわね。娘の前で堂々とレダさんに甘えるなんて!) 見た目だけは帝国一のハンサムと言われているシュライダー侯爵、そして、カレンと同じ顔をしているレダ。二人がイチャついている姿をみているとカレンは変な感じがしてしまう。 (私とレダさんの見た目が似過ぎているのが問題なのかしら……) 物思いに耽っていると肩をトントンと叩かれた。 「カレン、大切なことを忘れてないか?」 「えっ、何を?」 「俺はこの国の皇帝になる。―――ということは?」 (皇帝……、そうだった! 殿下は次期皇帝……。で、銀狐の皆さんみたいに退位後もニルス帝国のために働くのよね……って、あ!) 「寿命が長い?」 「そう、その通り。だから、俺たちがお別れすることはない」 カレンは「良かった~!!」と安堵の笑みを見せる。 シュライダー侯爵はカレンとアルフレッドの様子を眺めていた。彼の耳元へ、レダ
カレンは仲良く寄り添っているシュライダー侯爵とレダを指差す。「ああ、知っている」「どうして、教えてくれなかったんですか!!」「いや、口止めされていたから……」 アルフレッドは素直に答えた。シュライダー侯爵とレダの両方から口止めされていたのは事実だからだ。―――カレンはアルフレッドに近寄って、小さな声で話し掛ける。「(お父様は)独身なのだから、付き合っていることをわざわざ隠す必要なんてないと思うのだけど……。もしかして、娘に知られるのが恥ずかしかったのかしら?」「は?」
カレンは人差し指をスッと上に引き上げて、魔力の放出を止めた。続けて、しっかりと冷えているかどうかを手で触って確かめる。「っ、冷たっ!!」 キンキンに冷えていた。ちなみに中に入っている紅茶は液体のままだ。(大成功だわ!) 上手く行ったことに酔いしれる間もなく、カレンはもう一つのグラスを手に取る。(ゆっくりしていたら、最初のグラスの中身がぬるくなってしまう。急ごう……) 同じ手順を繰り返し、無事に二つのアイスティーが完成した。 カレンはふたつのグラスを
ほんの少し前まで、マーガレットがランチメニューを占いに来ていた。 レダは相変わらず彼女と最低限の会話しかせず『今日のランチはイカのフリットとチーズリゾットがいいだろう』と、占いの結果を淡々と告げる。 それを聞いて、マーガレットは満足げに帰っていったのだが……。(ご主人の容体が気になって仕方がないのだけど! 今はレダさんの助手としてここにいるから、むやみに話し掛けられないのよね~) カレンはレダの流れ作業のような対応にモヤモヤしてしまう。マーガレットは常連なのだから、もう少し寄り添っても良いのではないかとついつい思ってしまう
カレンは視線を感じて、エマと騎士(元皇帝)たちのいる方へ目を向ける。「エマ……」 騎士たちはいつの間にかエマに猿轡を嚙ましていた。彼女はもう声も出せない状態だ。 なのに、鋭い視線でカレンを睨みつけている。―――敵意は削がれていないらしい。(エマはまだ私を蹴落とそうとしているのね。もう、手札もないくせに……) カレンはいくら睨まれても、もう怯まない。 背中に心地よいぬくもりを感じているから……。