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第2話

作者: 安野いち
階下へ降りると、すでに玄関先には運転手が待機していた。

真尋は相変わらずスマートな振る舞いで車のドアを開け、乗り込む際に頭をぶつけないよう、さっと手を添えて庇ってくれた。

しっかりと座席に落ち着くのを見届けてからドアを閉め、反対側から乗り込んできた。

そんな彼の姿を横目に、鼻の奥がツンと痛んだ。

ずっと隣にいた愛しい人が、あんな恐ろしい企みを抱いていたなんて、やはり信じられなかった。

いまこの瞬間でさえ、心のどこかで彼を庇う言い訳を探し、すべては何かの間違いであってほしいと願ってしまっている。

しかし、もしこれが誤解だとしたら、一体どんな事情があればあんな言葉を吐けるというのか。

婚約の席で自分と父の顔に泥を塗り、さらには子供を人質に取るような真似を。

考えを巡らせば巡らせるほど背筋の凍るような悪寒に襲われ、顔からはさっと血の気が引いていった。

反対側から乗り込んできた真尋は、ぼんやりと上の空になっている絢音にすぐ気がついた。

元々透き通るように白い肌が、日の光の下ではひどく青ざめて見え、どこか病的な痛々しさすら漂わせていた。

真尋は微かに眉をひそめ、瞳に心配の色を浮かべると、思わずその手をそっと握ってきた。

だが彼が動いた瞬間、絢音はひどく怯えたように、ビクッと身体を震わせてしまった。

「どうしたんだ?どこか具合でも悪いのか」

そう問いかけ、うっすらと涙ぐんだ赤い瞳と目が合った瞬間、真尋の顔に一瞬、痛ましそうな色がよぎった。

「私……」

言葉に詰まりながらもこみ上げるものを必死にこらえ、深く息を吸い込んでからゆっくりと首を横に振った。

「なんでもない。マリッジブルーみたいなものかもしれない」

そう誤魔化しつつ、真剣な眼差しで真尋を見上げる。

「よく聞くじゃない。結婚した途端に人が変わってしまうって。真尋もそうなるの?

ネットで言われてるみたいに、手に入れたらもう大事にしてくれなくなっちゃうの?」

その問いかけに一瞬呆気にとられた真尋だったが、すぐさま呆れながらも甘やかすような仕草で腕を伸ばし、ぐっと絢音を抱き寄せてきた。

苦笑いを浮かべながら言い出す。

「馬鹿だな、何を馬鹿なことを考えてるんだ。そんなわけないだろう」

身を乗り出して両手で優しく頬を包み込み、まっすぐに視線を合わせてきた。

「俺がどれだけ君のこと愛してるか、本当に分からないのか?

絢音は俺の命そのものなんだよ。自分の命を粗末にする奴なんていないだろ?

まったく……ネットの変な書き込みばかり見てるから、毒されてるんだよ」

さらに愛おしむような仕草で、真尋は優しい声で言葉を継いだ。

「俺たちの絆は他の奴らとは違う。君は俺の人生の光であり、救いなんだ。君がいなかったら、今の俺は存在しなかったかもしれない。

戻ってきて再び君に巡り会えたこと、こうして一緒にいられることが、俺にとって何よりの幸せなんだ。

だから安心しろ。結婚しようがしまいが、これから何年経とうが、君への思いが変わることなんて絶対にありえない。これっぽっちも変わらないさ」

その瞳に宿る真摯で揺るぎない光を見つめているうち、本当は彼を信じたい、すべてが真実であってほしいと心底願ってしまった。

だけど……

ぐちゃぐちゃに掻き乱される胸の奥をどうにか押さえつけ、少し躊躇った後、ついに問いかけた。

「それなら、あの時どうして突然家を出ていって、どこで何をしていたのか、今なら教えてくれる?

あの時、お父さんもお母さんも気が狂いそうなほど心配して、警察にも届けて探し回ったのに、何の手がかりもなかったのよ。

三年前、突然目の前に現れてくれた時、私がどれほど嬉しかったか分からないでしょう?お父さんたちだって、あなたが無事で、しかも若くして成功を収めた立派な実業家になっているって知ったら、絶対に喜んでくれるはずよ。

それなのに、どうして二人には内緒にするよう言ったの?どうしてずっと隠し続けて、婚約パーティーの日まで教えちゃいけないの?」

冷静に振り返ってみれば、兆候はとっくにいくつも現れていた。

ただ、幼い頃に焦がれた初恋の思い出を美化しすぎていただけだ。

だからこそ、姿を消してから五年、彼が眩いほどの成功を引っ提げて再び目の前に現れたその瞬間、抗うことなどできるはずもなかった。

かつての初々しい少年は、今や揺るぎない地位に就いている。

外で見せる、人を寄せ付けない冷徹さも、その冷ややかな気高さも、ずっと間近で見てきた。

だからこそ、昔と少しも変わらない優しさに溢れた瞳で愛を囁かれた時、突き放すことなどできるはずもなかった。

この三年間、二人は深く愛し合ってきた。

だがよく考えてみれば、十八歳以降の真尋について、何も知らないに等しい。

彼が五歳の時、島村家は突如として悲劇に見舞われた。

資産をライバルに奪われ、会社は倒産し、さらには父である島村征一郎(しまむら せいいちろう)が交通事故で命を落とし、立て続けの不幸に耐えきれなかった母の島村君江(しまむら きみえ)は、すっかり正気を失ってしまった。

当時、周囲の大人たちは口を揃えて「征一郎が関わってはいけない裏の人間を怒らせたからだ」と噂し、疫病神のように君江と真尋を避けて通った。

普段は兄弟分だと豪語していた連中も、蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、ただ一人、絢音の父親だけが救いの手を差し伸べた。

君江を安全な施設へ落ち着かせた後、真尋を自分の家へ引き取り、我が子のように慈しんで育て上げた。

当時の絢音はまだ四歳だった。

だから二人は、文字通り一つ屋根の下で一緒に育った。

当初は何もかもがうまくいっていた。

両親は彼を我が子のように可愛がり、絢音も、島村の家から来たこのお兄ちゃんが大好きで、真尋も絢音をとことん甘やかしてくれた。

家族には常に笑顔が絶えなかった。

そして人を好きになる年頃になった時、ごく自然な流れで、この兄のような存在に恋に落ちた。

彼は凛々しくて、明るく、優しくて、絢音のことをどこまでも大切にしてくれた。

しかし、指折り数えて待ちわびた十八歳の誕生日、成人を迎えるその日に想いを告げようと決心していた矢先、真尋は忽然と姿を消してしまった。

その後二年余りの歳月をかけ、孝介はあらゆる伝手を頼って捜索を続けたが、結局その足取りを掴むことはできなかった。

時間が経つにつれ、最悪の事態を覚悟したほうがいいと同情顔で忠告してくる者さえいたほどだ。

それでも決して諦めきれなかった。

真尋に万が一のことがあったなんて受け入れられず、いつか必ず再会できると固く信じ続けていた。

だから三年前、彼が本当に目の前に戻ってきてくれた時、狂おしいほどの喜びと興奮のあまり、あらゆる不自然な点から無意識に目を背けてしまっていた。

今、改めてあの空白の五年間に触れたからには、真尋から何かしらの納得のいく説明が返ってくることを心から願っていた。

「どうして急にそんなことを?その話はしない約束だったはずだろう」

口調こそ優しいままだったが、その裏に潜むかすかな苛立ちを、はっきりと感じ取った。

以前は彼の機嫌を損ねたくなくて、言われるがままに過去には触れなかった。

だが今となっては、彼が口を閉ざせば閉ざすほど、疑惑は深まるばかりだ。

だから今回ばかりは引き下がれない。

絢音は両手をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締めるようにして口を開いた。

「もうすぐ婚約するのよ。隠し事なんて必要ある?

安心させるためだと思って教えて。あの五年、一体どこで何をしていたの?

どうして黙って出て行ったの?どうして五年間も一度も連絡をくれなかったの?

あの五年間で、一体何があったのよ?」

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