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財閥御曹司との契約恋愛〜婚約破棄した幼馴染が今更後悔しても遅い
財閥御曹司との契約恋愛〜婚約破棄した幼馴染が今更後悔しても遅い
作者: 安野いち

第1話

作者: 安野いち
カーテンの隙間から差し込む朝の光が顔を照らし、遠山絢音(とおやま あやね)はわずかに眉をひそめた。

手を上げて眩しさを軽く遮ると、寝返りを打って無意識に隣へ身をすり寄せた。

伸ばした右手が何も掴めず空を掻き、そこで初めて、ぼんやりと目を開けた。

意識がはっきりするにつれ、昨夜の記憶が脳裏に蘇ってくる。

言葉にできないほどの甘い感情が胸の奥からわき上がり、自然と口元がほころんだ。

昨夜、三年付き合った恋人の島村真尋(しまむら まひろ)から、ついにプロポーズされた。

熱く激しい愛撫の中、きつく抱きすくめられ、身体を震わせ、目尻を赤くする姿を見つめられながら、愛の言葉を何度も言わされた。

ベッドでは真尋はいつも強引で乱暴だが、絢音はそれを嫌だと思ったことはなく、むしろ思い出すだけで顔が火照り、胸が高鳴ってしまう。

なかでも今、一番胸をときめかせているのは、昨夜の歓喜の最中、耳元で囁かれたあの言葉だ。

「絢音、俺と結婚してくれないか」

あの瞬間、こらえきれずに嬉し涙をこぼしてしまった。

この言葉を丸三年も待ち焦がれていたことなど、きっと彼は知らないだろう。

布団に顔を埋め、しばらくしてようやく口元の笑みを押し殺すと、気怠げに体を起こしてベッドを降りた。

真尋はきっといつものようにキッチンで朝食の支度をしているはずだ。

そう思って甘えに行こうとした矢先、部屋のドアの前に着いた途端、向こうから押し殺したような真尋の声が聞こえてきた。

窓際に立つ彼の表情はうかがえないが、その氷のように冷たい声と、電話越しの下劣な嘲笑が、毒蛇が這いずるようなおぞましさで耳の奥にへばりついてきた。

「真尋さん、そろそろっすよね。ぶっちゃけ、あの女を孕ませるなんてちょろいもんでしょ。あれだけ惚れ込んでるんだから、ゴムつけないのはもちろん、中に出しても大して文句言わねえんじゃないすか。

それにあの写真集の件も、あんなお堅い性格じゃ絶対無理だって俺ら思ってたのに、真尋さんが一言頼んだら即OKっすからね。でもまあ、あいつが従順であればあるほど、あのとびきりのプレゼントを受け取った時のツラが見物ってわけっすけど。

で、マジな話、いつあれを公開するつもりなんすか?俺ら、もう待ちきれないんすよ」

電話越しの下品な笑い声に対し、真尋は冷酷に言い放った。

「そう焦るな。ああいうものは、婚約パーティーの席で、遠山夫婦や親戚、友人たちの目の前で晒し上げてこそ最高に面白いんだろうが」

「そりゃそうっすね。あいつが手塩にかけて育てた箱入り娘のあんな淫乱な姿を見たら、あの遠山孝介(とおやま こうすけ)がどんなツラするか、俺もめちゃくちゃ楽しみっすよ」

「その時になれば分かるさ」

その言葉を口にした時の真尋の声は、背筋が凍るほど冷え切っていた。

ドアノブを握っていた絢音の手がみるみるうちに強張り、全身からさっと血の気が引いていった。

扉を開けることなどできず、ふらふらと数歩後ずさると、そのままベッドへへたり込んだ。

頭の中がぐわんぐわんと鳴っていた。

今の言葉が真尋の口から出たとは、到底信じられなかった。

付き合って三年、互いに深く愛し合っているとばかり思っていた。

この耳で確かに聞いてしまった今でも、なぜこんなことになったのか、まるで状況が呑み込めない。

二人は幼なじみで、物心ついた頃からの仲だ。かつて島村の家に不幸があった時も、周りの人間が関わり合いを避けるなか、父だけが真尋を自分の手元に引き取り、我が子のように慈しんで育ててきたというのに。

それなのに、どうしてこんな酷い仕打ちを?

遠山家が彼に何か恨まれるようなことをしたとでも言うのだろうか。

わざわざ盛大な婚約パーティーを準備してまで、大勢の面前で辱めなければならないほどに。

思考がぐちゃぐちゃに絡まり合い、何の答えも出せないでいると、外から足音が近づいてきた。

どんな顔をして彼と向き合えばいいのか分からず、慌てて布団に潜り込み、寝たふりをするしかなかった。

部屋に入ってきた途端、その足音はそっと息を潜めた。

まだ眠っていると思ったのか、真尋はくすりと笑い声を漏らし、ゆっくりとベッドの傍らへ歩み寄ってくる。

どう反応すべきか迷っていると、いつものように、温かい唇が額にそっと触れた。

身体が微かにこわばり、目頭が熱くなるのを堪えきれず、たまらず目を開けてしまった。

すると真尋は身を屈め、鼻先をちょんと指で弾き、甘い声で言った。

「寝坊助さん、そろそろ起きる時間だぞ」

胸の奥が締め付けられ、今にも声を上げて泣き出してしまいそうだった。

だが、彼に悟られるわけにはいかない。

誤魔化すように目をこすりながら、静かに尋ねた。

「どうしてこんなに早く起きたの?」

「決まってるだろ。今日はドレスの試着の予約が入ってるじゃない。忘れたの?」

そう語りかける声は、相変わらずどこまでも優しい。

ほんのり赤い目元に気づくと、真尋は愛おしそうに身を屈め、頬を優しく撫でた。

「昨日は少し激しすぎたかな?疲れた?試着の時間、変更しようか」

甘く囁くようなその言葉に、以前なら照れ隠しで軽く叩いていたはずだった。

だが今の頭の中には、昨夜の光景ばかりがこびりついている。

真尋にすべてを支配され、後半は思考すらどろどろに溶かされ、意識は完全に飛んでいた。

だから、彼がきちんと避妊してくれていたかどうかなんて、まるで分からない。

背筋にじわりと冷や汗がにじんだ。

布団の中で両手を強く握りしめ、必死に感情を押し殺して、どうにか取り乱しそうなのを堪えた。

なぜ真尋がこんな真似をするのかは分からない。

だが、あの電話の内容を聞いてしまった以上、賭けに出るわけにはいかない。自分の一生と家族の誇りを、ひとりの男のちっぽけな真心などに委ねるなど、絶対にできない。

もしもこの三年間の愛情が、遠山家への復讐のために演じられた茶番劇だというのなら、その幕引きは自分の手でやらなければならない。

「変更しなくていいよ。せっかく取れた予約だし。少し待ってて、着替えてくるから」

そう言って布団を跳ね除け、ウォークインクローゼットへと向かった。

思考はまだまとまらない。

しかし背後から彼が近づいてくる気配がして、ぐずぐずしてはいられなかった。急いでクローゼットから適当なワンピースを引っ張り出し、さっと袖を通す。

着替え終えた途端、真尋が扉を押し開けて入ってきた。

後ろからすっぽりと抱きすくめられ、大きな手が華奢な腰をなぞり、そのままゆっくりと下腹部へと滑らせていった。

「どうしてこんなに細いんだ。全然お肉がついてない」

真尋は愛情たっぷりに、とろけるような声で囁いた。

「こんなに細いんじゃ、ここに赤ちゃんができたらどんな風になるのか、想像もつかないな」

以前から彼は好んでこういう台詞を口にしていたが、今回ばかりは心臓が跳ね上がるほど恐ろしかった。

無理やり笑顔を取り繕い、彼を軽く押しやりながら努めて明るい声で言った。

「もう、早く行きましょ。あのデザイナーさん、なかなか予約が取れないんでしょ?婚約のドレス、妥協したくないの」

その言葉に優しく頷いた真尋が、背を向けて歩き出した瞬間、絢音の瞳から笑みはすっと消え失せた。

婚約パーティーまで、残された時間はわずか十日。

この十日の間に、一体何が起きているのか、事の真相をすべて突き止めなければならない。

だが結果がどうあれ、あの電話で彼が口にしていた事態だけは絶対に阻止してみせる。

この十日間で、真尋に握られている弱みをすべて消し去る必要がある。

何より最優先すべきは、あの写真集のデータと、妊娠しているかどうかの確認だ。

だから今日、どこかで隙を見て彼のもとを抜け出し、病院へ検査に行かなければ。

そしてあの婚約パーティー。

もし彼が本当に自分を貶めようとしているのなら、その舞台をそっくりそのまま、彼への痛烈なお返しにしてやるつもりだ。

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