Mag-log in「私たち……お付き合いしているのですわ!」 よくある断罪劇の一幕で、聖女リリエルが放ったまさかのお付き合い宣言。それは、悪役令嬢ローザリアを断罪させないための、咄嗟の言い訳で―― 転生聖女リリエルは知っていた。 この世界は乙女ゲームで、抗えない“強制力”に支配されていることを。 けれど諦め気味のリリエルが学園で出会った悪役令嬢ローザリアは、ゲームとはどこか違っていて。 これは、この爆弾宣言に至るまでの舞台裏。 リリエルは自分の“現実”を一つずつ選んでいく。
view moreこれはよくある断罪劇の一幕──の、はずだった。
煌めくシャンデリアの光が降り注ぐ大広間。
その中心には、王太子と貴族の子弟たち。 正義と信仰を掲げる若者たちが並び立ち、場はまるで神聖な裁きを思わせた。前に立たされたのは、公爵令嬢ローザリア・フォン・クロイツ。
金の髪が波打ち、紅玉の瞳が静かに光を返す。 こんな場面に立たされているというのに、怯えも動揺もなく、そこにあるのは、ただ、威厳と美。「ローザリア・フォン・クロイツ!
お前の罪は明白だ!」王太子の声が大広間に響き渡った。
張りつめた空気のなか、ざわめきが広がる。「聖女リリエルを妬み、数々の嫌がらせを仕組んでいた。
──違うとは言わせない!」王太子の断言に、視線が一斉に移る。
そこに立つのは、淡い金髪に光を宿し、エメラルドの瞳を凛と輝かせた少女。可憐な花のように立つ彼女の肩が、かすかに震えた。
「可憐なリリエル……可哀想に、こんなに震えて」
王太子が彼女の肩を抱き寄せる。
それを側近の魔術師と騎士が取り囲み、向かい合うように立つローザリア。 光と影が対峙するような、その光景はあまりに完璧な構図だった。舞台の上ではそれぞれが役割を果たし、観衆は息を詰めて“結末”を待つ。
それは、望まれた予定調和。
だが──
その夜、観衆の誰もが想像しなかったセリフが響くことになる。◇
(もう!ローザ様はどうして何も言わないのよ!)私――聖女リリエルは、頭の中で必死に叫んでいた。
背中にはじっとりと嫌な汗が伝っている。「嫉妬に駆られて聖女を陥れ──盗賊事件でも、魔力暴走でも、必ずお前が現れた!」
「本来ならば、安全なところで守られるべき聖女を──お前は自ら危険に追いやり、都合よく救うことで信頼を得たのだ!」 「そうだ、聖女を狙って事件を仕組んでいたとしか思えぬ!」王太子たちは、いかにも重大そうに罪状を並べ立てている。
――こんなの、証拠というにはお粗末すぎるのに、どうしてだれもつっこまないの。視線をやると、当のローザリアは完璧な微笑みを浮かべていた。
「さすが公爵令嬢」「動じないわ」なんて囁かれているけれど──あの表情を私は知っている。
余裕なようでいて――ただボーっとしているだけの、あの顔。たぶん何も考えていないか、今日のデザートのことでも考えているのだろう。(ねぇ、ほんとしっかりしてよ! 自分のことだってわかってる?
なにこれ、やっぱり私がどうにかするしかない感じ?やっぱりそうよね!? でもどうする?強制力を全部ぶち壊す何かいい案は………)私の脳裏に、これまでの光景がよぎる。
──あのときも、助けてくれたのはローザリアだった。盗賊にさらわれた夜。
恐怖で膝が震え、声も出せなかった私の前に、彼女は躊躇なく現れた。月明かりを浴びた金の髪が揺れ、赤い瞳は宝石のように輝いていた。
彼女の放った魔法は、盗賊たちを一瞬で薙ぎ払って――「リリィ、遅れてごめんなさい」
そういって、半泣きで私を抱きしめた彼女。魔力暴走に巻き込まれた時だって……
自分の制服の裾が燃えているのになんでもない顔をして、私の前に立ち続けてくれた。強制力には抗えないからと諦めていた私を守ってくれたのは、いつも彼女。
(だめ、このまま断罪なんて──!)
もしこのまま断罪されれば、ローザリアは修道院送りだ。
そう、"決まっている"。 彼女が洗濯や料理なんてできると思う?無理に決まっている。まだ辺境の地へ追放なら、クマくらい軽く倒して、逆に大活躍だろうけど……って、いやいや。(そういう問題じゃないのよ!)
広間にいる誰もが、私を心配そうな瞳で見つめている。 それに、さっきの王太子のセリフ。……笑わせないで。
私が震えていたのは、恐怖とか、心配とか、そんなんじゃない。 怒りと、どうにかしなくてはという焦り。 私の中で、答えはひとつしかなかった。 強制力なんて、知らない。 私が、ぶち壊してやる。 ――私は深く息を吸い込んだ。 心臓はうるさいほど打ち鳴らしている。 (やるのよリリエル。ローザ様を守れるのは、私しかいないのよ!) 喉の奥から突き上げてくるものを、そのまま声に変える。 「──お待ちくださいませ!」 大広間の空気が張り詰め、一瞬にして静寂に包まれた。(声震えなかった。奇跡!!)
場内の視線が一斉に突き刺さる。
背筋に冷たいものが走るけど、もう退くつもりはない。「そのような事実は一切ございません!」
観衆の間に、静かな波紋が広がっていく。
張り詰めた空気を切り裂くように息を吸い込む。 「なぜなら――」 誰もが息を呑み、次の言葉を待っていた。 「わたくしたち……お付き合いしているからですわ!」 ――爆音のようなざわめきが広間を揺らした。 「お付き合い……!?」 「まさか聖女様が……!」 「ローザリア様と……!?」観衆のざわめきは波のように押し寄せ、誰もが信じられないという顔をしている。
聖女リリエルは堂々と胸を張っていた。
……ように、見えていたと思う。(……言っちゃった――!!!)
心臓が跳ね上がり、背中にじっとりと汗が伝う。
もう引き返せない。 顔だけは冷静を装って、私は胸を張り続けた。 「わたくしは、何度もお伝えしたはずですわ。 その“証拠”とやら── もう一度、きちんと検証なさってくださいませ。 それが意図的に作られたものではないと、 胸を張っておっしゃれるのならば、ですけれど」 「こ、恋人……!?」 「嘘だろ……聖女様とローザリア様が?」 「やっぱり!あの二人、いつも一緒にいたもの!」 「でも、王太子殿下は……」 憧れの眼差しと困惑の声が交錯し、場は混乱の渦に巻き込まれる。 そりゃそうよ、私だって混乱してる。「り、リリエル、一体どうしたのだ」
王太子が血相を変える。後ろに控えている二人が顔を見合わせたのがわかった。
「ふ、ふざけるな! ローザリアが仕組んだに違いない!」
騎士が声を荒げ、隣の魔術師は淡々と睨みつける。
「自らの罪を覆い隠すために、聖女を巻き込むとは……」
(そう。あくまでこの茶番を続けるというのね)
緊張していた心が、逆に冷たくなっていく。
当のローザリアは──赤い瞳を大きく見開き、言葉を失っていた。 「リ、リリィ……!? ちょ、ちょっと待って……っ それ、どういう……っ」 しどろもどろになり、耳まで真っ赤に染まっていく。 赤い瞳は泳ぎ、唇はかすかに震えて――なんだか、ちょっと可愛い。 (なんで照れてるのかわからないけどナイスよ!そのまま余計なことは言わないで!!) 観衆は一斉に息を呑み、やがてため息混じりの声を漏らした。「ご覧なさい、ローザリア様が……照れておられる!」
「いつも余裕を崩さないお方が……! なんて初々しい……」 「尊い……!」 「並ぶと絵のような完璧さ……」 ……うん。 自分が言ったことだけど、なんかこれ、大丈夫かな。でもおかげで優勢なのはこちらのようだ。
「……こんな茶番、うんざりですわ。ローザ様、行きますわよ」 修道院、という言葉はまだ発せられていない。 ここは混乱に乗じて逃げてしまおう。私は強気に言い放ち、ローザリアの腕を取る。
観衆は割れるように道を開けた。 その視線はもはや、まるで祝福を送るかのようだ。 「ど、どうしたんだい……リリエル……!」 混乱した様子の王太子が声をかけてくる。見た目も魔力も兼ね備えた、完璧と名高い王子様。
でも私から見たら――(そうよ。何をしても、何を話しても、勝手に自分の理想通りに見ようとしていたのはあなたたち)
それが、ゲームの強制力だったのだろうけれど。
(もしかして、断罪が崩れたせいで、それも弱くなってきているのかしら)
そのままローザリアの腕をとって、颯爽と会場を後にする。 ……堂々と、見えていたならいいのだけれど。 会場を後にすると、なんだかとんでもないことをしてしまった気がしてきた。隣のローザリアはまだ耳まで真っ赤にして、完全に固まっている。
(……うん。
まずは、こっちの誤解を解くところからか)ふぅ、と何度ついたかわからないため息をつく。
(きっと殿下が今の私の表情を見たら、ローザ様が私を困らせている、と言うんでしょうね)
それでも。 私は、初めて「自分が変えた」という達成感に、胸が高鳴るのを感じていた。(大丈夫よリリエル) すっかり高く上った月を見上げながら、自分に言い聞かせる。 結局、私は藁に包まれるようにして横たわることにした。少し冷え込んできたし――やはり転落は恐ろしい。 ゲーム通りなら、ここで死ぬことはない。それはわかっている。 それでも山道を登っていくにつれ、身体は恐怖で勝手に震えてしまう。(魔法が使えないから、生身で放り出されるのよね。 どうか、落ちている途中で気絶できますように!) 震えながらも現金なことを考えてしまうのは、きっと私の防衛本能だ。 遠くでオオカミの遠吠えが聞こえる。(――そろそろだわ) 来たるべき衝撃に備えて目をつぶったその時。 ――空気がひりつくように震えた。 山道を吹き抜けていた風が、急に熱を帯び、肌を刺す。 何かが来る、と理解するより早く、耳に届いたのは私の名前だった。「リリィ──!」 あり得ない方向からの、聞き覚えがありすぎる声。 月明かりを裂くように、赤と金の光が走る。(えっ…… えぇぇぇぇぇ!???)「ローザ様!!???」 ローザ様の放った魔法は、音すら置き去りにして、盗賊たちを薙ぎ払った。 悲鳴が上がるより先に、彼らの身体は地面へ叩きつけられ、まるで最初からそこに存在しなかったかのように動かなくなる。(うそ……) ――すごい。いや、それよりも。「ローザ様!それ、まさか……!!」「待っててリリィ!今行くから!!」 遠くから届いたその声が、まだ耳に残っているうちだった。 ごう、と低い唸りが地の底から響き、足元の感触が、突然、失われた。 崖道が軋み、岩が割れる音が連なって、視界が大きく傾く。 息が、止まった。(――落ちる!!) そう思った次の瞬間、身体は宙に放り出されることもなく、強い衝撃に包まれた。 炎を孕んだ風が、全身を覆う。 熱を宿した
神殿での用事は、思ったよりも早く終わった。 護符の流通管理についての確認と、いくつかの帳簿のすり合わせ。 神官長は終始真面目な顔だったけれど、特に揉めることもなく、淡々と話は進んだ。 ある程度の管理方法が確立してきたから、今後は月に一度程度のすり合わせで十分だろう。 私はと言えば、細かな帳簿の話になったところで一旦席を外して、追加の護符をさくっと三百枚ほど作ってしまった。 完成度もかなり高い自信作だ。「お疲れさまでした。 お忙しいところ頻繁に足を運んでいただいて。 お陰様で混乱も少なく進めております」 神官長にそう言われ、私は軽く頭を下げる。「いえ。問題が起きてからでは遅いですから、 当然ですわ」 ローザ様はいつもの仕事の顔でそう返した。 ――さっきまでの天然はどこへ行ったのかと思うほど、切り替えが早い。 神殿の石段を下りながら、殿下がふと足を止めた。「そうだ、神殿から街の露店あたりまではまだ確認していなかったね。 少し歩いてみないかい? せっかくローザリアもいることだし」「あ、それなら、昨日の護符飾りも見ていいですか?ちょうど街の入り口あたりですよね。 ローザ様、どう?」「いいわね。せっかくここまで来たんだし、 見ていきましょうか」 ふいに昨日の視察が頭をよぎる。 露店、広場、そして――あの路地。(でも、今日は三人だし、 護符飾りの露店はあそこからは遠いしね) そう思って、警戒しかけた思考をそっと押し戻した。 神殿の正門を抜けると、空気が変わった。 石の静けさから、生活の匂いへ。 午後の遅い時間で人通りは多いが、昨日ほどの熱気はない。 3人並んで歩く。ローザ様もいつも通りだ。「ふふ、私の護符は3色あるから…… 護符飾りもあえてカラフルにしようかしら。 リリィはどうするの?」
「で? どこを回ったの?」 ローザ様は椅子に肘をついて、身を乗り出した。 その距離が近くて、思わず瞬きをする。 視察の翌日。 珍しくローザ様が私をチラチラ見ているなぁと思ったら、休み時間になった途端、私の前の席に座って振り返った。 きっと戻ってきた子はびっくりするだろう。「露店の辺りかな。目貫き通りから広場に抜けて……」「まぁ、いいわね。あのあたり、美味しいクレープ屋さんがあるのよ」「それ、行ったわ!すごくおいしかったぁ……。 私はバターと砂糖にオレンジソースがかかっているクレープを食べたのだけど」「まぁ、それ、私も好きなクレープだわ。 あそこのバターはね、ふふ、 クロイツ領のバターなのよ」「ええ!知らなかった! もう、殿下、教えてくれれば良かったのに」「殿下はキャラメルソースかしら?」「そう!さすがローザ様!二人は良く通ったの?」「そうね。殿下が学園に入ってからはないけれど、昔はよく行ったわね」「へぇ。ね、じゃあ今度ローザ様一緒に行かない? ほかにも食べたいクレープが沢山あって……」 言いながら、昨日見た露店の光景が浮かぶ。「そうだ、護符につける飾りも沢山売っていたのよ!それもローザ様と選びたいなぁ」「やだリリィ、せっかくなら殿下と選んできたらよかったのに」「……え?で、でも、私はローザ様と……」 最後まで言い切る前に、きん、と澄んだ音が教室に響いた。 授業開始のチャイム。 ローザ様は「あら、もうこんな時間」と軽く笑って席を立つ。「ランチの時もまた話しましょ、リリィ」 何事もなかったように去っていく背中を、私はただ見送るしかなかった。(ローザ様の誤解って、どうしたら解けるのかしら) ラン
それから何を見てもさっきのフードの男が頭から離れなくて、殿下と並んで歩く間、私はずっと頭の片隅で“誘拐された場合のシミュレーション”を回していた。(もし腕をつかまれたら……魔力を流して抵抗? ううん、騒ぎになったら関係ない人を巻き込むかもしれないわ。 どうせ起こるんだから、素直に連れていかれるべきよね) どんどんおかしな方向にいく思考を慌てて止めたとき。(……あ) 視界の端に、“この事件が起こるはずの地点”が自然と飛び込んできた。 露店の並びが一度途切れ、建物が曲がって死角になる狭い路地。 頭上には古い渡り廊下がかかり、昼でも奥が見えない。 人通りは多いのに、なぜかその角だけぽっかり空いている。(ここ……イベントの現場だ) 足が止まりかけて、慌てて歩調を合わせた。(落ち着いて。まだ何も起きてない) そう言い聞かせるのに、心臓だけが先走る。 視界が、ほんの少しだけ狭くなった。 ――人の流れはいつも通り。 露店の呼び声も、笑い声も、何一つ変わらない。 なのに、この路地だけが、舞台装置みたいに整いすぎている。 あのフードの男が潜んでいてもおかしくない。 不自然にならない程度に、あたりを見回した。『眠り薬をかがされ、そのまま抱えられていく』そんなテキストが脳裏に浮かぶ。(っていうか、この状態でどうやって誘拐するの? 殿下が何かを見ている隙に? ううん、殿下はそんな無能じゃないわ。 ……あれ?それじゃあ私が殿下から離れるべき?) 緊張で身体は強張るのに、矛盾した思考の堂々巡りが止まらない。 ――けれど、視察の流れでそこを通り過ぎても、何も起こらなかった。 背中に向けられているはずだった視線は感じない。 気配も、魔力の揺れも、何も。(……通り過ぎちゃった) 安堵より先に、拍子抜けが来た。 準備していた分だけ、力が抜ける。





