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第6話

作者: タロイモ団子
成哉の視線が部屋をゆっくりと走り、瞳に落ちる陰りは、時間とともに深さを増していった。

しばし沈黙の後、彼はすぐには頷かなかった。

その間に、望美が芽依の小さな手をそっと取って、気遣うように柔らかく言った。

「ありがとう、芽依ちゃん。でも大丈夫よ。私はどこでも平気だから。もし紬さんが嫌なら、私のほうが出ていくわ」

そう告げた瞬間、ガラス玉のような彼女の淡い瞳に、ちょうどよい塩梅の寂しさが掠めた。

「だめ!」

「だめだよ!」

焦りを帯びた二つの子供の声が、同時に空気を震わせた。

悠真の幼い顔が悩ましげにゆがむ。

ママに会いたい気持ちはあるけれど、ママがいつ帰ってくるのかは分からない。

それなら、せっかく帰ってきた望美さんを、一時的にママの部屋に泊まらせるくらい……きっと大丈夫なはずだ。

「望美さんは絶対に残らなきゃ!ママはケチなんだから、出ていくべきなのはママのほうよ!」

ママのことになると、芽依の小さな頬はふくれっ面になる。

ママはもうここにいないくせに、どうしてまだみんなに迷惑ばかりかけるの?

芽依は成哉の袖を強く引き、懇願するように見上げた。

「パパ、何か言ってよ!あの部屋はもともと望美さんのだったんだから、パパは望美さんのことが一番好きなんでしょ?」

望美は耳の先をほのかに赤く染め、恥ずかしそうに芽依の口をそっとふさぎ、柔らかく声をかけた。

「芽依ちゃん、もういいの……どうしてもだめなら、私、芽依ちゃんと一緒の部屋でいいから」

「いや、それはできない」

成哉はわずかに眉を寄せ、迷いのない口調で言った。

「望美に芽依との相部屋を強いるなんてありえない。君を子供たちの世話役として呼んだのではないから」

望美は白くほっそりとした首を上げ、赤みを帯びた澄んだ瞳で成哉を見つめた。

「大丈夫……私は辛くないわ」

その姿に、成哉はひと瞬きした。かつてのあの少女の面影が、不意に目の前の彼女に重なったのだ。

気づけば、成哉の手は望美の頭に伸びていた。

「部屋ひとつのことだ。泊まればいい」

紬が戻ってきたら、自分と同じ部屋に住まわせればいい。

フッ、それくらい紬にとっても都合がいいだろう。

そうして、成哉が最終決定を下した。

「イェーイ!」

芽依は二人の手を左右に取り、歓声を上げてぴょんと跳ねた。

ママなんて、永遠に帰ってこなければいいのに。

そう思った次の瞬間、ほんの少しだけ胸の奥が沈んだ。

あの口うるさいママのことだ、どうせそう長くはかからずに邪魔をしに帰ってくるに違いない。

前にママをブロックしたから、今ごろきっと必死に電話をかけてきているはず。

芽依はスマホを取り出し、誇らしげにブラックリストを開いた。

着信拒否の列までスワイプすると、表示されたのは、紬が最初にかけてきた数件だけで、新しい拒否履歴は0件。

芽依の瞳が一瞬固まった。

心の奥に、正体の知れない不安が細い影となって差し込む。

ママから、一度も電話が来ていない?

ぼんやりと画面を見つめる芽依に気づいた望美は、わざと彼女の小さな手を包み込んだ。

「芽依ちゃん、行きましょ。まずは夕食ね。夜は一緒にパズルをしよう?」

「望美さんが一番大好き!」

芽依は不安の影を一気に振り払い、スマホの画面を消した。

――ママが電話してこないなら、それでいい。全然、気にしないんだから。

永遠に私を煩わせなければいい。望美さんがいれば、それで十分なんだから。

……

夜八時。海原の空に、しとしとと細かな雨が降り始めた。

「和香百景」が終盤に差し掛かったころ、美咲は急用で先に帰った。

紬は見送りを済ませた後も、一人静かに展示を回り続けた。

その間に、業界の若手有望株たちといくつも連絡先を交換し、得られた収穫は予想以上だった。

長く離れていたというのに、再びこの世界に触れると、自分の血がまだこんなにも熱く沸き立つとは思わなかった。

さまざまな場所から集まった人々との語らいは、長年乾いていた心に、まるで新しい息吹を吹き込んでくれるようだった。

まだ何もかも、手遅れじゃない。

イベントが終わると、紬は入口で車を待っていた。

そのとき、一台の黒いSUVが静かに道端に滑り込み、窓がするりと下がった。

「紬さん、雨が強くなってきましたね。お送りしましょうか?」

顔を上げると、紬の視線は親切なまなざしと交わった。

今日、連絡先を交換したばかりの男性――小林慎吾(こばやし しんご)。

木彫りの無形文化財の継承者で、その技は評判に違わず卓越していた。

紬が微笑み、丁寧に断ろうと口を開いた、その瞬間。辛辣で嘲るような女の声が、鋭く雨の夜を裂いた。

「フン、お母さんの面倒を家でまともに見ないと思えば……心が浮ついてたのね。お兄ちゃんに隠れて男遊びなんて、いい度胸じゃない」

紬は眉をひそめ、後ろに現れた人物へと振り向いた。「あなたが思っているようなことじゃない」

凛花は鼻で笑い、侮るような視線を紬から車内の男性へと移した。「これがあなたの言う『用事』?お兄ちゃんから離れた途端、センスまで落ちたのね」

かつて紬は、成哉に薬を盛り、無理やり肉体関係を結ばせた――そう噂されてきた。

それでも成哉は、紬の体面を守るため方々で彼女を庇い、できちゃった結婚へと踏み切り、その結果望美を言葉にできない苦境へ追いやった。

まさか、ほんの数年で、紬が機会を見つけては外で男とイチャつくようになるなんて。

こんな売女じみた女、見るだけで吐き気がする。

凛花はあからさまな嫌悪を浮かべて言い放った。

「紬さん、自分の立場を忘れないで。芽依ちゃんと悠真くんが、あなたが外でこんなことしてると知ったら、母親だなんて認めるわけないでしょう?他の男と遊びたいなら、さっさとお兄ちゃんと離婚することをお勧めするわ!」

紬のまつ毛が震え、胸の奥に苦いものがじわりと広がった。

天野家に嫁いだ数年間、紬は「ふしだら女」と烙印を押され、無理やり全ての交友関係を断たれてきた。

だが、あの夜――紬もまた、不意に薬を盛られたのだ。

警察に通報しようとした時、成哉は紬を抱き締めた。ほとんど焼けつくような体温だった。

そして「責任は取る」の一言で、あの夜の過ちと、結婚後六年間に及ぶ、果てしない――流刑のような冷遇が始まった。

成哉の言う責任とは、紬と結婚し、彼女を「天野成哉の妻」という枷に閉じ込めることだった。

それなのに、この数年間、紬は愚かにもそれを甘んじて受け入れていた。

紬は胸の内で自嘲しながら、力なく口を開いた。「あなたの望み通り、もう離婚は切り出したわ」

凛花は一瞬驚いたが、すぐさま呆れた顔に戻った。「そうだといいけど?」

紬のように、誰かに絡みついて生きる蔦のような女が、お兄ちゃんに離婚を切り出す?

笑わせないで。

本当にそんな日が来たら、海原のゴールデンロードで一晩中ストリップダンスを踊ってやってもいいくらいだ。

凛花は振り返ることなく車に乗り込んだ。

紬は顔をそむけ、無理に慎吾へ笑みを作った。「お見苦しいところをお見せしてしまって、本当にすみません」

「きっと何か誤解があるのでしょう。紬さんがご自分を責める必要はありません」

慎吾は静かに頷き、紳士の礼儀で彼女を慰めた。

彼はそれ以上詮索せず、紬の車が到着したのを確かめて、静かに去っていった。

風に吹かれ、雨に濡れたせいか、車に乗り込んだ途端、紬は鋭い頭痛に襲われた。

そのうえ、少し前のインフルエンザもまだ治りきっておらず、全身が冷えきり、顔色は血の気を失っていた。

「お嬢さん、大丈夫ですか。病院にお送りしますか?」

運転手は心配してアクセルを普段より強く踏み込み、車は速度を上げた。

紬はスマホを握り締め、呆然と画面を見つめていた。

芽依が、いつの間にか紬をブロックリストから外し、珍しく一枚の写真をSNSに投稿していたのだ。

写真には、望美が悠真と芽依を腕に抱き、満面の笑みを浮かべていた。その背後に立つ成哉の眼差しは、優しく望美へと向けられている。

そして決定的だったのは、四人が身に着けているクマの親子パジャマ。

それは、紬がデザインの世界から離れたあと、家族のためだけに唯一手ずから仕上げたパジャマだった。

縫い目の一つひとつまで百回以上も修正し、心を込めたもの。

だがあの日、紬が期待に満ちて子どもたちに見せた瞬間、二人は満面の拒絶を示した。

芽依は即座に拒否した。「こんなの幼稚すぎるよ。着たくない」

いつもは聞き分けの良い悠真でさえ泣き叫んだ。「こんなの全然かわいくない!僕も着たくない!うわーん!」

紬が必死になだめても、芽依はその場で大泣き。

成哉が帰宅すると、芽依は不満げに告げ口し、成哉はハンガーのパジャマを冷たい目で一瞥して言い放った。

「紬、お前は何歳だ?」

そして今。あの時、みんなに嫌われたそのパジャマが、夫と子どもたちの身体を包み、別の女のもとで笑い合っていた。
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