「ねぇ、鍛冶師ってどんなイメージ?」
突然の質問に、カイラムが首をかしげる。
「そうだな……腕っぷしが強くて、無口で、鉄を打ち続けるような男か?」
「正解!でも正解すぎて困るわ!」
エリシアは困ったように髪を掻いた。
その日、村の端に“流れ者の鍛冶師”が現れたという報告を受けた彼女は、さっそく応対に向かったのだが――
「よう。ここが噂の新国家か?」
振り返ったその声の主に、エリシアは軽く引いた。
がっしりとした体躯に、裸に革のエプロン。額には巻かれた布、背には巨大な金床を背負っている。すでに暑苦しい。
そして、その男はにやりと笑って言った。
「おう、名乗りが遅れたな。俺の名はヴァルド=アイアンフィスト。鍛冶師だが、建国とか国家とか聞くと血が騒いじまってな。」
「……うん、すっごく面倒くさそうな予感しかしない!」
その予感は、見事的中した。
◆◆◆
「火力が足りねぇ!炉を3つに増やせ!」
「水だ!水持ってこい!このままだと……。」
「村ごと燃えるぅうううう!!!」
数日後、グランフォード領の鍛冶場予定地では、軽いパニックが発生していた。
爆ぜる火花、黒煙、逃げ惑うメイド達、叫ぶ魔族。
「ちょっと!なんで鍛冶場で火事になってるのよ!」
「違う!これは計画通りだ!これは“儀式”なんだ!」
「儀式!?何の!?建国炎上の!?」
止めに入ろうとしたエリシアが、煙に巻かれ床に倒れる直前――ふと見えた。
ヴァルドの作った武具。その表面は魔力を透過する美しい文様に覆われ、明らかに並の鍛冶とは一線を画していた。
「……なにこれ、すっご……。」
そして、煙の中から立ち上がるヴァルドは、自慢げに言い放った。
「見たか?これが俺の技術。“魔炎鍛造”ってやつよ。魔力を通す鉄を作れるのは、今や俺だけさ。」
「……でも村は燃えたわ。」
「それは……次から気をつける……。」
「いやまず謝って!!」
◆◆◆
その夜、落ち着いた鍛冶場跡で、ヴァルドがぽつりと呟いた。
「……俺の故郷も、昔は火で消えた。魔物が落とした炎の粉ひとつで、全て燃えちまった。」
「……。」
「それでも、火でしか作れないものがある。だから俺は、火を恐れない。“守るための火”にするって決めてんだ。」
その言葉に、エリシアの中に何かが響いた。
「……じゃあ、次は燃えない鍛冶場、作ろっか。」
「おう、任せろ!燃えない火を見せてやる!」
「いやその理論、ちょっと怖いわ……」
こうして、鉄火の鍛冶師ヴァルドは、国家の技術屋として迎え入れられた。
彼の炎は、国を燃やすことなく、“未来”を鍛えていくのだ――たぶん。
◆◆◆
「ねぇ、カイラム。うちの国、娯楽って何があるっけ?」
「……パンがうまい。」
「それ、娯楽じゃなくて主食!!」
エリシアの嘆きに、リビアがこっそり手を挙げた。
「実は、最近、謎の踊り子が村の端で踊ってるという報告が……。」
「もっと早く言ってよそれ!!うちの国の広報アイドル候補じゃないの!」
そんなわけで、エリシアはすぐさま“謎の踊り子”の元を訪ねた。
そこにいたのは、月明かりの下で静かに舞う、一人の女性。
長い黒髪に、翡翠のような瞳。しなやかな肢体を絹のような衣装が包み、動くたびに鈴の音が微かに鳴った。
「……あら、お客?」
微笑んだその人こそ、後にグランフォードの“情報と芸術”を司る者となる、ネフィラ=リィン。
◆◆◆
「あなた、何者?」
「旅の踊り子よ。ただし、踊るだけが能じゃないの。」
ネフィラは、さらりとポケットから何かを取り出す。王家の使う通信用の紋章印――つまり、王族の関係者。
「……スパイ?」
「ご名答。だけど今は、亡命者よ。」
そう言って、彼女は自らの素性を語り出す。
彼女はかつて王家に仕えていた“影の舞姫”。宴で踊る一方、裏では密命を受け、各地で動いていた諜報員。
しかしある日、“魔王の遺産”を探す任務の過程で、“禁じられた書”を見てしまったという。
「そこに書いてあったの。“遺産は力ではなく記憶”。そして、“王はそれを改ざんしようとしている”って。」
「記憶……?」
「うん。この世界の根幹を変えるほどの、大きな記録。それが“魔王の遺産”の正体かもしれない。」
重くなる空気。カイラムが珍しく、鋭い声を発した。
「記憶……つまり、世界そのものを書き換える力、ってことか。」
「……っぽいわね。」
その力を求め、王家の一部が動き出している。記録を“都合のいい真実”に書き換えるために。
ネフィラはそれに抗い、命からがら逃げてきたというのだ。
◆◆◆
「で?今後どうするつもり?」
「もちろん――あなたたちの“舞台”で踊らせてもらうわ。」
ネフィラはにやりと笑う。
「私の踊りは戦でも外交でも使える。情報も流通も、裏の仕事もお手の物よ?」
「うちの国、思ったよりスパイ向きね……。」
「でも条件があるわ。」
「条件?」
「舞台をちょうだい。“舞姫ネフィラ”として、この国で堂々と生きる場所を。」
エリシアは一瞬黙り――ぱんっ!と手を叩いた。
「よし!なら国家行事第一弾は、“ネフィラ就任記念・初ステージ公演”よ!」
「ちょっ、そんな突然!?」
「いいじゃない、目立った方が情報も集まりやすいでしょ?」
こうして、ネフィラは“表の踊り子・裏の諜報官”として、国家に組み込まれることとなった。
◆◆◆
公演当日。
夜空の下、灯籠が揺れる会場に、ひときわ大きな拍手と歓声が響く。
「ネフィラ様、きれい……。」
「すごい……涙が……。」
その中に、ただ一人、感動で鼻水をすすっている少女――
「うぅ……か、完璧すぎて嫉妬できない……!」
「だからお前はどっちなんだエリシア!」
カイラムの冷静なツッコミが響く中、ネフィラのステップは夜空を切り裂くように輝いていた。
舞の中、彼女の目は確かに“陰謀の気配”を捉えていた。
(王家の影が動いてる――この国を壊す前に、踊り切ってみせるわ)
――そして舞は続く。国家の運命と、過去の真実が絡まりながら。
——〈次話〉“世界を繋ぐ旅人と、届かぬ書状”
どうも、エリシアです。王都広場で「黒い王の影法師」を倒してから数日。でも私たちは全然安心できなかった。むしろ逆。「黒い囁きの本体は、まだ眠っている」リビアの言葉が、胸にずっと引っかかってる。——その夜。「王宮の地下に、封じられた“旋律の間”がある」そう言ったのはレオニスだった。「古くからの伝承で……王族さえ詳しくは知らない。ただ“音を封じた石室”と呼ばれている」「怪しいに決まってるじゃん!」私は即答。「そうだな」カイラムが渋い顔で腕を組む。「囁きの源泉があるならそこだ」ユスティアは地図を開きながら首をかしげる。「しかし記録には“旋律の間”の位置が抜け落ちている……意図的に消されたのかもしれません」「消された記録と囁きの契約……どっちも怪しさ満点」私はパンをかじりながら言った。——翌朝。私たちは王宮の一角、古い礼拝堂に足を踏み入れた。壁はひび割れ、長年使われていないせいで埃まみれ。「ここに地下への入口が……」セリオが壁を押すと、石板がずれて階段が現れた。「やっぱり隠してたんじゃん!」「うむ、腰に悪い階段だ」父が腰をさすりながらぼやく。地下に降りると、空気がひんやりしていて、かすかに音が響いていた。——いや、音じゃない。“耳の奥に届く気配”。「従え……差し出せ……」また来た!囁き!私は思わず叫ぶ。「パン食べろーっ!!」全員が慣れた様子でパンをかじる。……もうこれ儀式みたいになってきたな。奥へ進むと、大きな石の扉が立ちはだかった
どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。