「ねぇカイラム、郵便制度って今どこまで整ってるの?」
「……ハトと足の速いおっさんだな。」
「時代が交差しすぎてて情報が消化できない!!」
グランフォードの発展が進むなか、次なる課題は「通信」だった。
美食、衣装、教育は順調に整備されつつあるが、外との“情報の流れ”はまだまだ未熟。
密偵として働くネフィラの報告によれば、すでに他国にも建国の噂が漏れ始めているという。
「となると、今後は他国との交渉や商談も視野に入れなきゃいけないわけよ!」
「それ以前に、ハト以外の選択肢が必要だな。」
「……いや、ハトも大事だけどね?」
そんな折、グランフォード領に一人の旅人が訪れた。
灰色のコートに、背中には巨大な革のリュック。
腰には無数の巻物とインク瓶、そして片手に地図。
「どうもどうも、ごきげんよう。お初にお目にかかります、新国家の方々!」
その青年の名はミィル=リスレイン。
各地を回って言語、風習、地理、政治を記録し続ける“記録者”だった。
◆◆◆
「へぇ、国の“記録”を残す専門職があるのね。」
「正確には、好きでやってるだけですよ。ですが、真実は誰かが残していなければ風化します。」
「……“記憶こそが遺産”ってやつ?」
ミィルは目を細め、意味ありげに頷いた。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。“記録”は力にも、呪いにもなりますからね。」
「なにその怖い前置き!?」
「では、証拠を見せましょう。」
ミィルが取り出したのは、一通の古びた封書。
それは王家の紋章と、すでに消えかけた魔法の封蝋に閉ざされていた。
「本来、これはとある国の次期王に届けられるはずだった書状です。内容は不明ですが、伝承によれば“歴史の鍵”が封じられていると……。」
「でも“届けられなかった”?」
「そう。なぜか封は切られず、届け先も途絶えました。そしてその周囲では、数々の記録が“不自然に”失われている。」
「……記録ごと、“歴史”が消されたってこと?」
「可能性は高いでしょう。だから私は、この国に来たのです。」
ミィルは言う。
「この国には、真実を記録し、守る“意思”がある。だから、私はここで“記録官”として仕えたい。」
「……いいわ、歓迎する。うちの国家理念、“美味しく楽しくしっかりと”だからね!」
「……最後だけ怪しいですが、信じます。」
こうして、旅人はグランフォードの一員となった。
◆◆◆
その夜、カイラムとエリシアは静かに話していた。
「記録の書状……まさか王家が真実を隠していたなんてね。」
「あの書状、俺には何となく“気配”が感じられる。……俺の中にある魔王の力と、似たような……。」
「なら、開けるべきかもね。“届かなかった”ものの意味を、私たちが繋げるの。」
封蝋に手をかけるエリシア。だが、蝋が微かに光った瞬間――
「……っ、やばっ、魔力が跳ね返った!?」
「これは……“持ち主”じゃないと開かない封印魔術……?」
「じゃあ、あの書状の“本当の持ち主”って……。」
そのとき、遠く森の方角で狼煙が上がった。
「報告です!南の森に未知の来訪者、複数!小隊規模の集団、武装あり!」
「……動いたわね、敵。」
記録と、戦の気配が交差する夜。
エリシアは刀を握り、カイラムは静かに目を閉じた。
「届かなかった書状――その意味が、この戦で明らかになるかもしれない。」
◆◆◆
「未確認の集団が南の森を突破中。武装は軽装、先遣部隊と思われます!」
報告を受け、グランフォード領の主力メンバーが集まっていた。
「偵察なら牽制だけで済むけど、万が一に備えてこちらも布陣を……。」
「え、えーと、兵士は……魔人10人とメイド4人、執事2人と……私の両親?」
「まさかのファミリー構成!?お前んち国家運営がホームドラマすぎるだろ!」
「安心しなさい!母の爆裂魔法は今朝も快調だったわよ!」
「不安が加速した!!」
バタバタと準備が進む中、カイラムは静かにミィルの持っていた封書を見つめていた。
(この封蝋……見覚えがある。いや、“知ってる”という感覚が近い。まるで、自分の記憶のどこかに――。)
そのとき、戦場を走る風が微かに魔力をはらんだ。
◆◆◆
「目視確認!フードを被った者が三名、先頭は……少年!?」
「少年?」
エリシアは身を乗り出す。
確かに前を歩くのは十代半ばほどの華奢な体格。だがその手には、鋼で編まれた不思議な杖と、輝く瞳。
「交戦、回避できるなら話を聞きたいけど……。」
「来たぞ!」
風が鳴った。杖の先端から雷光が弾け、こちらに迫る。瞬時にカイラムが前に出て、障壁を展開。
「警告もなくいきなり雷撃とは……ずいぶんと短気なやつだな!」
だが少年は冷静に返した。
「そちらが“封蝋を解こうとした”瞬間に、座標を割り出しました。これは“警告”です。」
「つまり……お前が、この書状の持ち主か。」
「その通り。そしてその記憶には、“世界を再構築するコード”が内包されています。」
「再構築……?」
ミィルが呟く。
「記録じゃない。記憶そのものを、誰かが“改変しようとしていた”。君の持っていた書状は……そのバックアップだったんだ。」
「つまり、都合の悪い真実を隠すため、記録ではなく“人間の記憶”そのものを書き換えていた?」
「それを止めるために、俺は動いてる。“記憶保守機構”の管理者として。」
少年はそう名乗った。
「コードネーム:ユスティア。……本名は失われたが、それは“記憶の改変”によるものだ。」
◆◆◆
激震が走る中、エリシアは問う。
「なら、王家が探している“魔王の遺産”って……。」
「記憶の書き換え装置だよ。」
「……っ!」
「王家の一部はそれを使って“歴史をやり直す”つもりだ。そして君たちは、その存在に最も近づいてしまった。」
重い言葉だった。だがエリシアは笑った。
「……そんな大それた計画に巻き込まれてるのに、何この国のユルさ……。」
「いや、お前のせいだからな?」
「でもさ――。」
真っ直ぐに少年に向かって言った。
「もしそれを止めたいなら、うちに来ない?」
「は?」
「うち、建国したばかりでさ。管理者とか、記憶とか、そういうの強そうな人って貴重なのよ。あと、年齢近そうだし友達いなさそうだし!」
「い、いらん世話だ!!」
赤くなる少年。その隣でカイラムが呟く。
「またひとり、“めんどくさいの”が増えるな……。」
かくして、“記憶を繋ぐ旅人”と、“記憶を守る管理者”が国家に加わることになった。
真実を知った彼らの道はまだ始まったばかり――
——〈次話〉“仮面の使者と、開かれた鏡”
どうも、エリシアです。王都広場で「黒い王の影法師」を倒してから数日。でも私たちは全然安心できなかった。むしろ逆。「黒い囁きの本体は、まだ眠っている」リビアの言葉が、胸にずっと引っかかってる。——その夜。「王宮の地下に、封じられた“旋律の間”がある」そう言ったのはレオニスだった。「古くからの伝承で……王族さえ詳しくは知らない。ただ“音を封じた石室”と呼ばれている」「怪しいに決まってるじゃん!」私は即答。「そうだな」カイラムが渋い顔で腕を組む。「囁きの源泉があるならそこだ」ユスティアは地図を開きながら首をかしげる。「しかし記録には“旋律の間”の位置が抜け落ちている……意図的に消されたのかもしれません」「消された記録と囁きの契約……どっちも怪しさ満点」私はパンをかじりながら言った。——翌朝。私たちは王宮の一角、古い礼拝堂に足を踏み入れた。壁はひび割れ、長年使われていないせいで埃まみれ。「ここに地下への入口が……」セリオが壁を押すと、石板がずれて階段が現れた。「やっぱり隠してたんじゃん!」「うむ、腰に悪い階段だ」父が腰をさすりながらぼやく。地下に降りると、空気がひんやりしていて、かすかに音が響いていた。——いや、音じゃない。“耳の奥に届く気配”。「従え……差し出せ……」また来た!囁き!私は思わず叫ぶ。「パン食べろーっ!!」全員が慣れた様子でパンをかじる。……もうこれ儀式みたいになってきたな。奥へ進むと、大きな石の扉が立ちはだかった
どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。