Share

第7話

Auteur: ちゅっ
あの電話のあと、湊から連絡がくることは、しばらくなかった。

私も海外で新しい生活を始めて、絵を描くのが好きになった。

そんなある日、直美からメッセージが届いた。

【あなたのせいで、社長は仕事に集中できず、ミスを連発しています。とうとう人事にも呼ばれたんですよ!】

【はっきり言って、社長みたいな素敵な旦那さんがいるのに、大事にしないなんて信じられません。みんなそう言ってますよ!】

【そんなんだったら、さっさときっぱり別れて、思わせぶりな態度はもうやめてください!】

あまりに馬鹿馬鹿しくて、直美に返信する気にもなかった。

でも、隣にいた葛城隆(かつらぎ たかし)が、興味深そうに私のスマホをのぞき込んできた。

「へぇ、こいつが例の、君の元夫にちょっかいかけてた女?」

私は彼をじろりと睨みつけた。

隆は同じ絵画教室の生徒で、偶然にも、国内にいたころは高校の同級生だった。

海外に来たばかりの私を、彼がよく美味しいお店や景色のいい場所に連れて行ってくれた。

そんなこともあって、私たちはだんだん​親しくなっていった。

「それにしても、こんなあからさまな下心があるのに、気づか
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 通りすがりのさよなら   第9話

    湊は直美と大喧嘩した後、むかし優香と暮らしていた家へと戻った。がらんとした部屋は、優香がもう二度と帰ってこないという事実を、彼に突きつけているようだった。ソファに座っていると、優香と過ごした日々の思い出が、映画のように頭の中を駆け巡った。自分のために、両親と口論してくれた彼女の姿……直美のことで、何度も自分を問い詰めてきたこと……エプロン姿で、いつもキッチンで忙しそうにしていたこと……湊は、力なく髪の毛をかきむしった。この家に引っ越してきたばかりの頃は、優香と二人で、輝かしい未来を夢見ていた。この手で優香を幸せにできると、世間にも、彼女の両親にも、証明したかったんだ。二人の生活はこれからどんどん良くなるはずだった。でも、それも全部、自分がこの手で台無しにしてしまった。ずっと、変わってしまったのは優香の方だと思っていた。異常なまでに束縛して、理不尽に直美を罵るようになった、と。でも今になって気づいた。変わったのは自分の方だったんだ。自分が何度も彼女を責め、何も説明しなかったこと、直美に仕事以上の距離で接してしまったことで、優香の不安をどんどん大きくしていったんだ。優香を傷つけたのは、自分だったんだ。自分を責める気持ちと後悔が、夜になると何度も湊を襲った。そして、次第に夜も眠れなくなっていった。しまいには注意力が散漫になり、仕事でも大きなミスを繰り返すようになった。役員に呼び出され、「素行不良」を理由に、自分から辞めるよう促された。血のにじむような努力をして、やっと手に入れたこの地位。それを見つめながら、湊はぼうぜんとしていた。すっかり気力をなくし、彼は自ら辞職を申し出た。その後、心療内科を訪れると、重いうつ病と不安障害を患っていると診断された。毎日、睡眠薬を飲まなければ眠れない体になっていた。そしてついに、医師の勧めもあって、最後に一度だけ優香に会おうと、湊は家を出た。彼女の生活を邪魔するためじゃない。ただ、元気にしているか、それだけを確かめたかった。そうして、ある日のよく晴れた午後。湊はとある画展で、優香の姿を見つけた。優香は新進気鋭の画家として、壇上でまぶしい笑みを浮かべていた。そして客席には、一人の爽やかな青年がいて、彼女に向かって夢中で拍手を送っていた。青年が優

  • 通りすがりのさよなら   第8話

    アトリエに戻ると、隆が話しかけてきた。「話、どうだった?」私は何でもないふりをして、絵筆を握った。「全部ちゃんと話してきた。あとは、彼が早くサインしてくれたらいいんだけど」隆はかすかに口もとをゆるめると、とっておきみたいに、かばんから綺麗なケーキを大事そうに取り出した。「食べてみて。こっちの人は、気分が落ち込んだ時、みんな甘いものを食べるんだよ。最近SNSで話題のお店なんだ。2時間も並んだんだから、ぜんぶ食べてくれよ!しかも、君がいちばん好きなピスタチオ味」一口食べると、とろけるような美味しさに、私は思わずこくりとうなずいていた。隆も、私を見てにっこり笑った。数日後、また直美からメッセージが来た。【ねぇ!なんで社長があなたのところへ行ったあと、私への態度ががらっと変わったわけ?】【しつこい女!私と社長の仲を邪魔できるなんて思わないでよね!】わけがわからずにいると、湊のもう一人の秘書で、私と仲の良かった人からメッセージが届いた。【優香さん、泥棒猫の陣内はバチが当たったみたいだよ】【彼女の父親の会社が潰れた。それに、取引先のすごく大事な商品名を間違えて、みんなの前で社長に怒鳴られて、クビにするって言われてた】私は、二人のバカげた騒動には関わりたくなかった。ただ静かに自分の生活を送りたかっただけ。それからすぐ、湊から離婚に同意するという連絡が来た。私は手続きをするために、東都へ戻ることにした。市役所の入り口で、ヨレヨレの服を着て無精ひげを生やした湊と、また顔を合わせた。彼は、まだ最後のあがきをしようとしているようだった。「優香、もう直美はクビにした。あいつとはもう、本当になんでもないんだ」「入ろう。そろそろ私たちの番のはずだから」湊が本気で後悔しているのはわかった。でも、その気持ちはあまりにも遅すぎた。私たちが市役所から出てくると、外で待ち構えていた直美がいた。その目には隠しきれない喜びが浮かんでいて、有無を言わさず私を脇へと引っ張った。「あなたたち、とうとう離婚したんですね。正直に言うと、この日が来るのをずっと待っていました」「だったら、湊のところへ行けば?私に何の用?」私は、無表情で直美を見た。「あ​あ、そうそう、ずっと言いたかったんですけど、前に私たち

  • 通りすがりのさよなら   第7話

    あの電話のあと、湊から連絡がくることは、しばらくなかった。私も海外で新しい生活を始めて、絵を描くのが好きになった。そんなある日、直美からメッセージが届いた。【あなたのせいで、社長は仕事に集中できず、ミスを連発しています。とうとう人事にも呼ばれたんですよ!】【はっきり言って、社長みたいな素敵な旦那さんがいるのに、大事にしないなんて信じられません。みんなそう言ってますよ!】【そんなんだったら、さっさときっぱり別れて、思わせぶりな態度はもうやめてください!】あまりに馬鹿馬鹿しくて、直美に返信する気にもなかった。でも、隣にいた葛城隆(かつらぎ たかし)が、興味深そうに私のスマホをのぞき込んできた。「へぇ、こいつが例の、君の元夫にちょっかいかけてた女?」私は彼をじろりと睨みつけた。隆は同じ絵画教室の生徒で、偶然にも、国内にいたころは高校の同級生だった。海外に来たばかりの私を、彼がよく美味しいお店や景色のいい場所に連れて行ってくれた。そんなこともあって、私たちはだんだん​親しくなっていった。「それにしても、こんなあからさまな下心があるのに、気づかない男なんているわけないだろ?」隆の言葉に、絵筆を握る手がぴたりと止まった。そうだよね。湊が気づかないわけない。それなのに彼は、私の考えが汚れてるって責めてきた、自分の気持ちをごまかすために。私はふっと笑って、また絵を描き始めた。それから一週間後、湊が海外まで私を訪ねてきた。マンションの前で待っていた彼はひどくやつれていて、真剣に話がしたいと言った。私たちはカフェで向かい合って座った。目の前の湊は目の下がくぼんでいて、とても疲れているように見えた。「優香、こっちでの生活はどう?」「元気にやってるよ」私は湊ににっこり笑った。長い沈黙のあと、彼がやっと口を開いた。「もう一度……もう一度だけ、チャンスをくれないか?俺たちの今までの時間を無駄にしたくないんだ。今度こそ、会社を辞めて、直美とはきっぱり縁を切るから」私はコーヒーを一口飲んで、目の前の湊を見た。「もう遅いよ、湊、あなたは私と陣内さんの間で、いつも彼女を選んできたじゃない。あなたは、自分の気持ちが揺らいでいるのを隠すために、陣内さんへの特別扱いを当然のことだと言った。そして、私が

  • 通りすがりのさよなら   第6話

    メッセージを送ると、私はふーっと長いため息をついた。でも、スマホはひっきりなしに震えつづけた。最初は無視しようと思った。でも、鳴りやまない振動にイライラしてきて、私はしかたなく電話に出た。「もしもし?」「優香、子供みたいに意地を張るのはやめてくれないか?戻ってきて、ちゃんと話し合おう」湊の声は、どこか焦っているようだった。「もし直美のせいなら、約束する。もう二度と……」「彼女のせいじゃない」私は湊の言葉を、冷たくさえぎった。「あなたと一緒にいたくないの。もう愛していない、ただそれだけ」電話の向こうは、長い間沈黙していた。私が通話を切ろうとした、ちょうどそのとき、受話器から湊の震える声が聞こえてきた。「ありえない……嘘だろ、優香!俺のこと、愛してないなんて、そんなわけないだろ!」そうよね、どうして急に愛せなくなったんだろう。かつての私は湊のために、会社との約束を破って、大事なキャリアも将来も全部捨てた。ただ一緒にいたかったから。彼を両親に認めてもらうために必死だった。しまいには、縁を切るとまで言って脅したこともあった。お金に困ったことなんて一度もなかった私が、湊との結婚のためのお金を、一緒に貯めてあげていたのに。日当たりの悪い安いアパートで一緒に暮らした。食べるのはいつもカップラーメンで、服はセール品ばかり。湊は、仕事の邪魔をされるのが嫌いだった。だから私は、彼のやり方を尊重していた。でも、直美が現れた。彼女は仕事の報告をしながら、平気で湊に冗談を言ったり甘えたりできた。湊のデスクには、もともと私の写真が飾ってあった。でもその場所はいつのまにか、直美が贈った置物に変わっていた。夜中に、報告書の数字がひとつわからないだけで、湊を呼び出す。彼は何十キロも車を飛ばして、わざわざ直美に教えに行った。それはどれも、私が一度もしてもらったことのない、特別な扱いだったのだ。湊の直美への特別扱いは、鋭いナイフになった。とっくに傷だらけだった私の心を何度も刺して、私を心身ともに疲れ果てさせた。そしてついに、湊への愛は私の中から消えてしまった。彼と直美が楽しそうにしていても、私の心にはもう、何の波も立たなくなった。私は、きゅっと眉間を揉んだ。「湊、本当に、もう愛してないの。役所の手続き

  • 通りすがりのさよなら   第5話

    湊宛の封筒、その差出人が私だとわかると、直美は興味津々で彼のデスクの前から離れようとしなかった。「わあ、社長。奥さんはロマンチックですね。直接言えばいいことを、わざわざお手紙でなんて」直美のその言葉に、噂好きの同僚たちはみんな、ぴんと耳を澄ませた。湊も不思議そうな顔をしていた。でも彼が封筒から取り出した書類には、【離婚協議書】という大きな文字が、はっきりと印刷されていた。その場の誰もが、思わず息をのんだ。「社長……これは、奥さんの冗談ですよね?」湊は何も言わなかった。ただ険しい顔で、離婚協議書に書かれた私の署名をじっと見つめているだけだった。湊はきっと、私が離婚を切り出すなんて夢にも思っていなかっただろう。だってこれまでずっと、私は彼の後を必死で追いかけるばかりだったから。……湊はふと、優香と入籍した日のことを思い出していた。あの頃の彼は、地方から出てきたばかりの、しがない平社員にすぎなかった。優香の家は、特にお金持ちではなかったけど、代々この街に住む家の一人娘だった。だから彼女の両親は、湊のことを快く思っていなかった。両親に認めてもらうため、優香は自分のお給料で二人の好きそうなものをたくさん買った。そして、全部湊からのプレゼントということにしてくれたんだ。そんな優香の頑張りのおかげで、彼女の両親はついに折れて、結婚を許してくれた。入籍した日、湊は優香を高級レストランに連れていってあげたかった。でも、彼にはそんなお金の余裕がなかった。湊の気持ちを察したように、優香は、「あったかいお鍋が食べたいな」と自分から言ってくれた。結婚指輪でさえ、彼女は雑貨屋で売っているような安いものを選んだ。優香はいつもそうやって、罪悪感で傷つきやすい湊の心を、彼女なりのやり方で慰めてくれた。「もー!そのかわり、将来お金持ちになったら、ちゃーんと2カラットの大きいダイヤの指輪、買ってよね!ううん、やっぱり5カラットがいい!」あの頃の湊は、そんな優香をいつもすぐに抱きしめた。赤くなった自分の目を見られたくなかったからだ。「優香、愛してる」でも今は、もうあの頃には戻れない。「社長?」直美の声に、湊ははっと我に返った。湊は黙って書類を封筒に戻した。それを見た直美は、少し不満そうに彼をかばうように

  • 通りすがりのさよなら   第4話

    次の日、湊の姿は見えなかった。聞いた話では、直美は誰かにつけられているのに気づいて、すごく緊張して足をひねってしまったらしい。それで湊に病院へ運ばれたとか。たいしたことはなかったみたいだけど、湊はほとんど毎日、直美のところへお見舞いに行った。しかも、普段は家事なんて一切しない彼が、直美のために自分で料理までするようになった。私はそんな様子を静かに見ていたが、心にはもう何の感情もわかなかった。そんなある晩、湊が珍しく早く帰ってきて、私の部屋のドアをノックした。彼は私を見て、少し目をそらした。「直美のことだけど、うちから帰ったあとでケガをしたんだし、会社としてもお見舞いしないと……」私は湊の言葉をさえぎった。「わかってるわ。あなたもここ数日大変だったでしょ。早く休んで」そう言ってドアを閉めようとした。でも湊は、ついに我慢できなくなったみたいに、ドアをぐっと押さえてきた。「優香!いつまでそんな態度を続けるつもりだ!」私はため息をひとつ吐いた。「私が何をしたっていうの?あなたのこと、ちゃんと信じてるじゃない」湊は一瞬言葉につまって、ためらいがちに言った。「お前は……まだ、子どものことで俺を責めてるのか?」私は冷たく笑った。「じゃあ聞くけど、私があなたを責めちゃいけないっていうの?」あの日、湊とケンカしたあと、急にお腹がものすごく痛くなった。だからすぐに彼に電話して、病院に連れて行ってほしいって頼んだ。でも湊は、私の話を最後まで聞こうともしないで電話を切った。直美を家まで送っていかないと、って急いでいた。それで、私がひとりで痛みをこらえながら救急車を呼んで、病院に運ばれたときには、もう手遅れだった。医師は、ため息をつきながら私と湊にこう言った。「あと数分でも早く来ていれば……はぁ……」湊は私のベッドのそばで震えながらひざまずいた。そして何度も自分の顔を叩いて、許してくれって泣きついた。その日から、湊は直美とわざと距離を置くようになった。それどころか、自分からスケジュールを報告してきたり、誰と一緒にいるかまで教えたりするようになった。でも私の心の中には、もうひとつの思いしかなかった。湊と別れて、この家を出ていこう、と。私は海外行きの飛行機のチケットを買った。私が出発す

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status