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第3話

مؤلف: 南のさかな
片や優里は、黙って純一の後ろ姿を見つめていた。窓の外は日が落ちかけていて、夕暮れの光が彼の輪郭を金色に縁取る。それなのに、純一の姿はなぜか、どんどん知らない人のように見えてくるのだった。

電話は1分もかからずに終わった。

純一は振り返ると、申し訳なさそうに困った顔をしていた。

「優里、すまない。会社で急用ができてしまった。取引先の担当者が急にフライトを変更して、今夜会わないといけなくなったんだ。家の使用人に来てもらうように頼んでおくから、それでもいいかな?」

優里はすぐには返事をしなかった。

彼女は純一の目を見て、かすかな声で尋ねた。「行かなきゃだめなの?」

純一は、引き留められるとは思っていなかったのか、一瞬、表情をこわばらせた。「この提携は……本当に大事なんだ。下半期の大きな契約がいくつか、これにかかってる」

「私よりも大事なの?」

優里は、落ち着いた声で、そう重ねて聞いた。

すると純一はそばに歩み寄ると、優里の顔を両手で包み込み、額にキスをした。「バカだな。もちろん、お前が一番大事に決まってるだろ。でも仕事で稼がないと、お前にいい暮らしをさせてやれないだろ?だから、わかってくれよ。話が終わったら、どんなに遅くなっても必ず戻ってくるから」

優里は、潤んで赤くなった目で純一を見つめると、彼の手を掴んだ。

「もし私が、今日はどうしても、ここにいてほしいって言ったら、どうする?」

純一は掴まれた自分の手に目を落とした。そして、優しく、しかし有無を言わせぬ強さでその手を振り払った。「優里、困らせないでくれ。本当に行かないといけないんだ。ゆっくり休んでて。明日の朝一番で、また来るから」

そう言って彼は財布からクレジットカードを一枚抜き取って、ベッドサイドのテーブルに置いた。「欲しいものがあったら、これで何でも買うといい。遠慮はいらないから……じゃあ、行ってくる」

病室のドアの前まで来ると、純一はもう一度振り返った。

そして、優里に優しい笑顔を向けて、「愛してるよ」とつぶやいた。

だが、ドアが閉まった瞬間、二人はまるで二つの世界が完全に隔てられてしまったかのようだった。

優里はベッドの縁に座ったまま、身じろぎ一つしなかった。

窓の外はすっかり暗くなっていた。病室の明かりは消えていて、医療機器のランプだけが、かすかな赤い光を放っていた。

しばらくして、優里はスマホを手に取り、メールの受信ボックスを開いた。

そこには、一通のメールが静かに届いていた。添付ファイルの名前は、【離婚協議書――葛城優里・葛城純一】と、ごくシンプルだった。

優里はそのファイルを開くことなく、ただファイル名をじっと見つめていた。

それから、彼女は別の番号に電話をかけた。

「ある人を調べてほしいの。その人に関する情報を、全部」

1週間後、優里は退院して家に戻った。

純一が自ら迎えに来て、帰り道もずっと優しく、体調を気遣ってくれた。

そして、家の前に車が停まると、純一は助手席側に回り込み、ドアを開けて優里を支えようと手を差し伸べた。

しかし、優里はその手を避けるように、自分で車から降りた。

純一の手は宙で一瞬止まったが、彼は何も言わなかった。ただ笑顔で優里の後ろをついて歩きながら、「食事をもう用意させてあるから、栄養をつけてね」と言った。

だが、優里は何も答えず、目の前に建つ邸宅を、ただ複雑な思いを込めた目で見つめた。

その見慣れた家はこれまでと変わらず、同じ我が家のはず。

内装も、家具や飾ってある絵も、すべて彼女が一つ一つこだわって選んだものだった。

なのに、今日この家に入ると、優里は今まで感じたことのない違和感を覚えた。

空気に、知らない香水の香りが混じっている。彼女のものではない、甘い香りだ。

リビングのテーブルにはファッション雑誌が置かれていた。開かれたページには、ある高級ブランドの新作バッグが載っていて、ページの角が折られている。その横には口紅でハートマークが描かれていた。

優里はそんな些細な変化を見逃さなかったが、表情には一切出さなかった。

「先に休んでて。俺は書斎で少し仕事をしてくる」

純一は彼女をソファに座らせ、頬に軽くキスをすると、階段を上がっていった。

一方優里はソファに座ったまま、部屋の中をゆっくりと見渡した。

そして、彼女の視線は隅に置かれたゴミ箱に吸い寄せられた――

それはデザイン性の高い革製のゴミ箱で、いつもは書斎に置いているはずなのに、なぜかリビングに移されていた。

優里は立ち上がってゴミ箱に近づき、中を覗き込んだ。

一番上にあったのは、彼女が去年の誕生日に純一へ贈ったプレゼントだった。

それは、手編みしたマフラー。

灰青色のカシミヤの毛糸で、3ヶ月もかけて一目一目、心を込めて編んだものだ。

あの時、純一は優里を抱きしめて、こんなに温かいプレゼントは初めてだと喜んでくれた。「この冬は毎日つけるよ」と、そう言ってくれたのに。

今、そのマフラーはゴミ箱の中に無造作に捨てられていた。端の方には、口紅かジュースのような、赤黒いシミまでついているのだった。

そして、マフラーの下には、使い終わったコンドームの包みがいくつか押し込まれていた。

それを見て優里は、ぐっと目を閉じ、息を深く吸い込んだ。

震える体を必死に抑えながら、彼女は階段を上った。主寝室ではなく、まっすぐ書斎に向かって。

書斎のドアは少しだけ開いていた。中からは、今まで聞いたこともないような優しい声で話す、純一の声が漏れてくる。「いい子だから、拗ねないで。今夜は必ず行くからさ。プレゼントも買ってきたんだ。きっと気に入るよ……」

そんな中優里は、そっとドアを押して開けた。

だが、純一はドアに背を向け、窓際に立っていたから、優里が入ってきたことには全く気づいていないのだ。

彼は電話口で話し続けていた。「あいつ、今日退院したんだ。だから、一応は体裁を整えないとだろ?つらい思いをさせてるよな、ごめん。でも、もう少しだから。な?」

そこまで聞くと優里は音を立てずに部屋を出て、主寝室へと戻った。

すると、彼女のスマホが一度震え、知らない番号からメッセージが届いた。

【優里さん、今日退院されたそうですね。お加減はいかがですか?純一が、あなたは物分かりが良くて、困らせるようなことは絶対しないって、うらやましいですね。私みたいに、いつも彼を困らせちゃう子とは大違いですね】

そのメッセージに続いて、もう一通。

それは、一枚の写真だった――

写真には、眠っている純一の端正な横顔が写っていた。枕元には、女の人のものらしい、茶色い長い髪が散らばっている。そして、ベッドサイドのテーブルには、優里が彼にプレゼントした腕時計が置かれ、冷たく光を放っていた。
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