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お互いの心の内

Author: 吉乃椿
last update Huling Na-update: 2025-06-04 21:22:49

彼の背中が完全に視界から消えた瞬間、梨央は小さく息をついた。

(……また、あの時と同じ)

見送る側にいる自分。手を伸ばせば届く距離だったはずなのに、声をかけることも、気持ちを伝えることもできず、ただ黙って背中を見送るしかなかった、あの記憶が――胸の奥で、確かに疼いている。

(あの夢の中で、私は……彼に、置いていかれた)

そして、彼は自分を守るように剣を振るった。

本当にあれは夢だったのか。

それとも、過去にあった“何か”なのか。

心の奥でくすぶり続ける違和感が、日常の中で静かに広がっていく。

ふと、スマホの通知音が鳴った。

ディスプレイに浮かぶのは、何の変哲もないチームのチャット通知。

なのに、そこに書かれた「明日の打ち合わせ、有馬さんと篠原さんで進行よろしくです!」という文字列に、胸がざわめいた。

(また、ふたりきり……)

動悸が速くなる。嫌な予感じゃない。けれど、恐怖とも違う。

誰かに手を引かれているような、不思議な感覚。

夢の続きが、静かに現実を浸食してくるようで……

その気配が、胸の奥で密かに脈を打っていた。

梨央は机に肘をつき、そっと顔を手で覆った。

冷たい指先が、頬の温もりを拾っていく。

(……この感情の正体を、ちゃんと見なきゃいけないのかもしれない)

過去の自分も、今の自分も――見て見ぬふりでは、もう済まされない気がしていた。

***

有馬真一・視点

仕事が終わり、資料の山をデスクに置いた瞬間。

ふと、彼女の後ろ姿が、ガラス越しに目に入った。

何気ない動き。何でもない仕草。

それなのに――どうしてこんなに、目が離せないんだ。

(……あの瞳。あの声。あの震えた指先)

打ち合わせの最中、ふと交わった視線。

触れそうで触れなかった、あの指先。

ほんの一瞬だった。けれど、忘れられない。

あの時の、胸の奥の軋み――まるで何かが、疼くような。

(……夢の中でも、あの目を見た気がする)

そうだ。昨夜も、いや、ずっと前から何度も見ていた。

炎の中で、彼女は泣いていた。

俺は、剣を持ち――何をしていた?

(違う。俺は、あの時……彼女を守ろうとしたんじゃなかったか?)

記憶か幻想かも分からない感覚が、現実の輪郭を滲ませる。

彼女を見るたびに、過去の“何か”が胸にせり上がってくる。

(また惹かれている……いや、また?)

自問する。けれど
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