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第19話

Auteur: 聞くな
穂香はその場で呆然と立っていた。

玲人は入口に立つ穂香に気づき、振り返って彼女へとやさしく微笑む。

「起きたの?」

穂香はただ玲人を見つめるだけだ。

その目が少し赤くなっていることに気づくと、玲人は慌てて立ち上がり、彼女の前まできた。

不安そうに顔を覗き込みながら言った。「どうした?どこか具合が悪い?それとも誰かに何かされた?」

穂香が何も言わないので、玲人はさらに焦りを見せる。

けれど穂香は突然、彼にぎゅっと抱きついた。玲人は一瞬、全身が固まった。

宙に浮いたままの腕を、どこに置けばいいのか分からない。

泣き声が聞こえてきた瞬間、ようやく彼はそっと腕を回し、穂香を抱きしめ返した。

彼は優しく穂香の髪を撫でながら、柔らかい声でたずねた。「どうした?何があった?」

「あなた、前にも私を助けてくれたよね?」

穂香の声が詰まったように聞こえた。玲人は彼女が思い出したことを理解し、隠す理由もなくなり、軽く「うん」と息を漏らした。

「どうして言ってくれなかったの?」

「感謝で一緒にいてほしくなかったから。それに、覚えてるか分からないけど、大学では同じサークルだったんだ」

穂香は顔を上げ、玲人の顔をじっと見つめる。

大学の時、助けてくれた先輩の顔と重なっていく。

そうして、彼女はやっと思い出した。二人は、ずっと前から知り合いだった。

玲人は、彼女がまだ思い出していないと思い、続けて説明する。「体調のせいで、サークルにもほとんど出られなかった。覚えてなくても仕方ないと思ってた」

「覚えてたよ」穂香は彼の言葉を遮った。「私たち、こんなに前から知ってたんだね」

玲人はそっと彼女の涙を指で拭い、やわらかく頷いた。

「じゃあ、どうして私のところに来てくれなかったの。どうして今なの」

思わず甘えてしまうような声音だったことに、本人は気づいていなかった。

玲人は穂香の頭を軽く撫でる。「当時の僕は、いつどうなるか分からない状態だった。それに、君はもう雨宮と一緒だった。いつまで生きられるかわからない僕が、君を巻き込む資格なんてなかった」

穂香は胸が締めつけられるように眉を寄せ、涙がまた溢れそうになる。

玲人は慌てて彼女の背中をとんとんと軽く叩く。「でも今は違う。今は、こうして君のそばに来てる」

それでも穂香の涙はこぼれ落ち、彼女は切ない声で言っ
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