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離婚した君に、十年越しの想いを
離婚した君に、十年越しの想いを
Autor: 萌木しい

第1話

Autor: 萌木しい
白石瑞希(しらいし みずき)が家に帰ると、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。

ちょうど二階から、若い女性が下りてくるところだった。腕には、西園京介(にしぞの きょうすけ)の着替えを抱えている。

瑞希に気づくと、女性は少し緊張した様子で口を開いた。「瑞希さん、こんにちは。京介社長の新しい秘書になった小川美咲です」

瑞希は軽く笑った。「知ってるわ。京介の新しい恋人でしょ?先週も海外旅行に連れて行ってもらったそうね」

小川美咲(おがわ みさき)は慌てて手を振った。「瑞希さん、誤解です!瑞希さんは社長の奥さんですし、社長が裏切るようなことをするはずありません」

美咲が本当に何も知らないのか、それとも無邪気なふりをしているだけなのか、瑞希にはわからなかった。

自分たちのことは、社交界では周知の事実だった。かつては誰もが羨むおしどりカップルだった二人も、今では夫婦という形だけを残し、すっかり冷え切った関係になっていた。

京介が浮気をして女を作るのは、もはや珍しいことでもない。かつては誰よりも大切にされ、愛されていた自分も、今では彼に疎まれるだけの妻になり果てていた。

十八歳で出会い、二十八歳になった今まで。

二人が過ごしてきた十年間は、もう取り返しのつかないほど壊れてしまっていた……

「あなた、特別なのね。京介がほかの女をこの家に連れてきたことなんて、一度もなかったわ」

若葉苑は、五年前、瑞希と京介が結婚したときに購入した新居だった。

美咲の目に、かすかな喜びが浮かんだ。彼女はすぐに取り繕うように、柔らかな声で説明した。「社長、かなり酔っていらしたので、私が車でお送りしたんです」

上司の接待に付き合ったはずなのに、酔ったのは上司だけで、自分は一滴も飲まずに運転して帰ってきたというのか。

そもそも、京介には専属の運転手までいる。

それでも瑞希は何も言わなかった。わざわざ嘘を暴く気にもなれなかった。

京介とは、もう二か月も会っていない。

二か月前、瑞希が二十八歳の誕生日を迎えた日。

彼女は一人で高級ホテルのレストランに食事に来ていた。そこで偶然、京介が若いモデルと二人きりで食事をしているところを目撃した。二人のテーブルにはキャンドルまで灯っていた。

瑞希は彼のもとへ歩み寄ると、思いきり頬を打った。「最低。ほんっとに気持ち悪い!」

怒りに任せてそう罵ると、京介は冷ややかに笑った。「瑞希、君こそ鏡を見てみろよ。今の自分がどんな顔をしてるか、わかってるのか?」

そう言うと、彼はモデルの腰に腕を回し、そのまま最上階のスイートルームへ向かった。そして、その夜はモデルと一夜を共にした。

あの夜、瑞希は誰もいない家に帰ると、目につくものを片っ端から壊した。

そして、鏡に映った恨みと怒りに満ちた自分の顔を見つめているうちに、突然、声を上げて泣き出した。

どうして、どうしてこんなふうになってしまったのだろう。どうして自分は、夫の浮気に取り乱し、感情をぶつけることしかできない女になってしまったのだろう。

あの日を境に、瑞希はこの家を出たが、京介が彼女を探しに来ることはなかった。ただ、その後まもなく、彼があのモデルと別れたという話だけは耳に入ってきた。

まさか、こんなに早く次の女ができていたとは。

瑞希が今日ここへ戻ってきたのは、離婚協議書を取りに来るためだった。

京介はまだシャワーを浴びていた。

美咲は浴室の前まで行くと、ドアを軽くノックした。「社長」と甘えるような声で呼びかける。

ほどなくして浴室のドアが開いた。瑞希の視界の端に、美咲が頬を赤らめながら京介に着替えを差し出す様子が映った。

瑞希は何も言わず、そのまま二階へ上がった。

……

荷物をまとめていると、瑞希は引き出しの中から、京介とおそろいの結婚指輪を見つけた。

五年前、京介はこの指輪を手に、片膝をついてプロポーズしてくれた。あの日は瑞希の二十三歳の誕生日で、京介は一生幸せにすると、真剣な眼差しで熱く誓ってくれた。

あの頃の瑞希は、五年後の誕生日に、二人が顔を合わせるのも嫌になり、言葉を交わすことさえ煩わしく思うようになるなんて、想像もしていなかった。

そんな過去を思い返しながら、瑞希は結婚指輪を引き出しに戻した。

再下に降りていくと、京介はゆったりしたパジャマ姿でソファに身を預け、長い脚を組んでくつろいでいた。

美咲は酔い覚ましにと用意したお茶を運び、京介に差し出した。すると京介は美咲の腰に手を回し、自分のほうへ引き寄せた。美咲は頬を真っ赤に染めていた。

「京介、離婚協議書にサインして」瑞希は落ち着いた声で切り出した。

お茶を飲んでいた京介の手が止まった。彼は顔を横に向け、瑞希を見た。

美咲の腰に回していた手を離し、ようやくテーブルの上の書類に気づくと、鼻で笑った。「今度は何のつもりだ?」

「もうあなたに時間を使うつもりはないの。サインしてくれれば、お互いすっきり別れられるわ」

「お互いすっきり、だと?」京介は、まるでとんでもない冗談でも聞いたかのように笑った。

「子どもも産めないくせに、何年も俺の時間を無駄にしておいて、離婚協議書にサインさせるだけで簡単に出ていけると思ってるのか?」

瑞希は表情ひとつ変えず、すかさず言い返した。「あなたとの子どもなんて、産まれた途端に性病をうつされそうで嫌だわ」

相手が一番傷つく言葉を選び、容赦なくぶつけ合う。そんなとき、瑞希も京介も決して引けを取らなかった。互いを思いやる気持ちなど、とうに失っていた。

瑞希はとっくに慣れきっていて、今さら何を言われても心は動かなかった。

京介もまた、冷たい目で彼女を見つめていた。

「社長……」隣にいた美咲が、おずおずと声をかけた。「お二人のお話の邪魔をしてもいけませんし、私はそろそろ失礼しますね」

京介は大きな窓の向こうに目をやった。外は一面の銀世界で、雪が激しく降り続いていた。

「この雪じゃ、道も凍ってるだろ。車で帰るのは危ない。今夜はここに泊まっていけ。空いてる部屋を使えばいい」

美咲は瑞希のほうをちらりと見て、困ったように眉を下げた。「でも……いいんでしょうか。瑞希さんもいらっしゃるのに……」

「別に構わないだろ」京介は美咲の言葉を遮った。

それから瑞希に目を向け、感情のこもらない声で告げた。「書類は一度こっちで確認する。そのあと弁護士を通して連絡するから、もう帰っていい」

……

若葉苑出た途端、吹きつける雪が目に入った。溶けた雪が目元を伝い、肌を刺すような冷たさが鼻先まで広がる。瑞希の目も鼻も、すっかり赤くなっていた。

ふと、京介と付き合い始めた頃のことを思い出した。

あの年も、今日のような大雪だった。

ちょうど学校が休みに入る時期だった。前の晩、京介に「すごく会いたいよ」とメッセージを送った。

すると翌朝、家の前には、肩や髪に雪を積もらせた京介が立っていた。自分を見つけると、彼は嬉しそうに笑い、両腕を広げて迎えてくれた。

おまけに、雪だるままで作ってくれた。真っ白で丸い雪だるまの頭には、自分がプレゼントした野球帽がかぶせてあった。

それなのに、今はもう。

あのときの雪だるまはとっくに溶けてなくなり、自分を愛していた京介も、もうどこにもいなかった。

激しい雪で視界が悪く、路面も滑りやすくなっていた。

瑞希は慎重に車を走らせていたが、ついていないときは何をしてもうまくいかないものだ。とうとう前を走るベントレーに追突してしまった。

車を降りると、ベントレーの運転手が後部座席のドアを恭しく開けた。中から降りてきたのは、全身黒のスーツに身を包んだ男性だった。

相手の顔がはっきり見えると、どこか見覚えがあり、瑞希は一瞬、動きを止めた。

「冬弥?」

藤沢冬弥(ふじさわ とうや)は、京介が特に親しくしている友人の一人だった。

幼い頃から何不自由なく育った、いわゆる裕福な家の御曹司たちとは違い、冬弥は貧しい家庭の出身だった。大学時代は奨学金や学費免除だけでは足りず、いくつものアルバイトを掛け持ちして生活費を稼いでいたほどだ。

そんな彼が、今ではかつての仲間たちをはるかにしのぐ、数兆円もの資産を持つ大富豪になっている。誰も、彼がここまで成功するとは想像していなかった。

瑞希と京介の結婚式にも冬弥は出席していた。しかも、新郎の友人代表まで務めていた。

物静かで、どこか近寄りがたい雰囲気の彼が、瑞希にかけてくれた言葉はたった一つだった。「結婚おめでとう」

あれから五年。

冬弥は以前にも増して冷たく、鋭い雰囲気をまとっていた。

雪と風の中を歩いてきた彼は、瑞希の前で足を止めた。静かに彼女を見つめるその目は、降りしきる雪の白さの中で、いっそう黒く鋭く見えた。

「どうして一人で出てきたんだ?京介はどうした?」

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