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週末。仕事が休みのこの日、月島さんにどこかに出掛けないかと誘いを受けたとき、私の胸は喜びと少しばかりの緊張で小さく跳ねた。これまでも休日に仕事の関係で顔を合わせることはあったけれど、私の中で、受け止め方は以前とは決定的に違っている。
「遥さん。今度の休みなんですが……もしよろしければ、花蓮ちゃんも一緒に出掛けることは可能ですか?」
仕事終わりに月島さんに車で送ってもらっている途中、少し緊張したような声で私に尋ねてきた。
「花蓮……と、ですか?」
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遥side直人さんと交際が始まって半年が過ぎた。花蓮も今ではすっかり直人さんに懐いて、週末に彼が迎えにやってくるのを玄関で今か今かと待ちわびるほどだ。仕事の方では、新製品の発売日がいよいよ確定した。今月からネットでの情報公開が解禁され、メディア向けの完成発表会を皮切りに一気に世の中へと放たれ、私や直人さんは、連日のメディア対応に明け暮れることとなった。世界的なAI先駆者としても知られるハリー・ボンド氏と東宮家の共同出資。そのインパクトは世間にとって「特大のニュース」だった。製品の革新性はもちろん、開発秘話や、新社長に異例の抜擢を受けた私と直人さんにもスポットライトが当たり、二人揃って経済誌の表紙を飾ったり、夜のニュース番組でインタビューを受けたりすることも珍しくなくなった。こうして東宮家の令嬢としてメディアに出て以来、二回目の取材やマスコミ対応となった。一度目のマスコミ対応は、東宮家の令嬢として見定められるためのものだったが、今回は違う。一人の経営者として確かな手応えが自信となり、私はかつてないほど意欲的に、そして誇りを持ってカメラの前に立っていた。製品の性能、徹底したマーケティング、そして「東宮」のブランド力。それらが完璧に噛み合い、事前予約の枠は瞬く間に完売し、急遽、一万台の追加枠を設けることが決定した。予約完売の朗報は、すぐにハリーにも伝えられ、翌週末の夜に、ハリーと兄の俊、そして直人さんと私の四人で祝賀会を行うことになった。 直人さんとは今や恋人同士だが、今日はハリーも同席する公的なお祝いの場だ。
遥side週末。仕事が休みのこの日、月島さんにどこかに出掛けないかと誘いを受けたとき、私の胸は喜びと少しばかりの緊張で小さく跳ねた。これまでも休日に仕事の関係で顔を合わせることはあったけれど、私の中で、受け止め方は以前とは決定的に違っている。「遥さん。今度の休みなんですが……もしよろしければ、花蓮ちゃんも一緒に出掛けることは可能ですか?」仕事終わりに月島さんに車で送ってもらっている途中、少し緊張したような声で私に尋ねてきた。「花蓮……と、ですか?」「ええ。休みの日も遥さんと一緒にいたいと思うのですが、それだと花蓮ちゃんからママを奪ってしまうことになる。なので、花蓮ちゃんさえ良ければ三人でどこかへ行きませんか?いきなり長い時間だと花蓮ちゃんも緊張してしまうでしょうから、まずは食事だけでもどうでしょうか」平日は新会社の経営に追われ、仕事中心の生活を送っている。だからこそ、休日はできる限り花蓮との時間を大切にしたいと思っていた。そんな私の気持ちを言葉にしなくても、月島さんは理解してくれていた。彼の方から三人での外出を提案してくれたことが、花蓮も大事にしてくれていることが伝わってきてとても嬉しい。「ありがとうございます。……花蓮にも、聞いてみますね」家に帰り、リビングで絵本を読み終わっ
遥side「遥さん……っ……」月島さんの唇が、私の唇をゆっくりと這う。絡み合うような濃厚な熱が伝わり甘い吐息が漏れた。彼の手が、大切なものに触れるかのように優しく私の頭を撫でる。『愛されている』今まで感じたことのない安心感が、心の奥底から泉のように湧き出てくる。深い愛情に心と身体が満たされ、月島さんの触れた唇や、背中に回された手の平から熱が伝播し、肌が火照っていく。「月島さん……」指と指を絡めながら、互いの存在を確かめ合うように長い長い口付けを交わした。ここは、新しく借り上げたオフィスの静かな休憩室。今は二人きりだが、いつ誰が来てもおかしくない。乱れた呼吸のまま、至近距離で顔を見合わせると、愛しいという純粋な感情と、職場でこれほど感情を剥き出しにしてしまった背徳感が混ざり合い、急に顔が熱くなった。「あの、家まで送ります。……荷物と車を取ってくるので、遥さんはここで待っていてください」月島さんは少し照れたように、言い残すと早足で部屋を後にした。私は、夢でも見ているような脱力感に包まれながら、その後ろ姿を見送った。(私、今、感情のままに動いていたわ&hellip
遥side私の手首を掴む月島さんの手の温度だけが、異常なほど熱く感じられた。その指先からは、彼がこの十日間、私と同じように……あるいは私以上に葛藤し、苦しんでいたことが痛いほど伝わってくる。「……あの、遥さん。この前、あなたを困らせたり、嫌な思いをさせてしまったなら、本当にすみませんでした……」月島さんの低いけれど温かい声。この声をしっかりと聞くのは、なんだかとても久しぶりな気がする。いつしか月島さんが隣にいるのが当たり前になっていて、こうしてゆっくり話すことを避けていたのはたった十日間だというのに、ひどく前のことを思える。「そんなことありません……。私の方こそ、花蓮のことをずっと黙っていて……。月島さんに不快な思いをさせてしまい、すみませんでした」久しぶりに話をしたというのに、私の声は震えている。月島さんの顔を直視することができず、私はシーツのしわを見つめたまま、絞り出すように謝罪を口にした。でも、これだけでは、月島さんに気を遣わせてしまう。小さく唇を噛みしめてから、今度は少し声を明るくして精一杯強がって言葉を振り絞った。「……新会社も始まったばかりですし、これからも仕事は今まで通り願いします」靴を履き、繋がれた手を振りほどこうと一瞬だけ月島さんの顔を見ると、月島さんは、まるで深い傷を
遥side(月島さんの中では、昨夜の告白はなかったことにして欲しい……ということなのかな。そうよね、子どもがいるなんて知ったら、想いが冷めても無理はないわ)会議室を出てオフィスに戻ろうとする私の背中に、月島さんが追いかけて話しかけてきた。「遥さん、今、大丈夫ですか? 午後は会議で予定が詰まっているため、もしお時間があるようでしたら、今のうちにオフィスの案内をしてもらえると嬉しいのですが……」(今、月島さんと二人きりになったら、午後の重要な会議に響くかもしれない。会社の社長としてしっかりしなくちゃ……)「ごめんなさい。午後の会議資料に、まだ完全に目を通せていなくて。案内は、開発チームのリーダーにさせるよう頼んでおきますね。男性同士の方が、私では入れない場所も入って案内することができるでしょうし……」そう言って、私は月島さんと二人きりになることを避けた。仕事の話はするし、業務に支障をきたすようなことは絶対にしない。それに、周りに誰かがいれば仕事モードになり、集中することが出来た。月島さんの出した答えを受け止めるなんて言いながら、傷ついている自分がいることに気がついた。だけど今は、仕事が大事で何よりも優先すべき事項だ。傷ついている場合ではない。仕事を忙しく
遥side朝、太陽の光が庭の木々たちの隙間を抜けてカーテン越しに私を照らし、新しい一日のはじまりを教えてくれる。昨夜、月島さんの腕の中で感じたあの熱い鼓動や、彼に打ち明けた花蓮のことや父親の秘密。その重みが、まだ微熱のように体に残っている。けれど、世界は止まらない。悲しくても、嬉しくても、どんな時でも朝は必ずやってくる。そして、今日という日は、東宮グループの新しい子会社の社長として、多くの社員の人生を背負う立場になる、私にとって人生の『特別』な日だ。鏡の前に立ち、ライトグレーのパンツスーツに袖を通す。このスーツは、俊が新しい門出にと贈ってくれたものだ。「花蓮、ママ、お仕事に行ってくるわね」「ママ、かっこいい! 頑張ってね!」玄関で花蓮が弾けるような笑顔で手を振ってくれる。執事たちの温かい眼差しに見守られながら、私は新生活への一歩を踏み出した。会社設立といっても、父や俊の計らいでオフィスの場所は変わらず、フロアが移動しただけで、ワンフロアすべてが私たちの新会社となった。窓が大きく、開放感のあるオフィスに、プロジェクトメンバーたちは歓声を上げて喜んでいる。午前十時。月島さんも交えて全員での顔合わせが始まった。 会議室に集まったメンバーたちの顔には、自分たちが積み上げてきた努力が「会社」という形になったことへの誇りが溢れている。そんな中、共同代表を務める
奏多side社長室のデスクに肘をつき、指先でこめかみを強く押さえつける。視界の端には完璧に整えられていた準備の痕跡が虚しく映っていた。今夜のために仕事を詰め込み、午後の予定をすべて空けた。デスクの上の書類は一通残らず決裁を終え、鞄の中身も整理し、コートを羽織ればすぐにこの部屋を後にできるよう準備に準備を重ねてきたのだ。 すべては、監査を終え
遥side「遥さん、お待たせしてすみません。ハリーからはシステムの質問でしたが、無事終わりました。……遠目で遥さんと住吉社長がお話しされているのを見ましたが、監査の件で何か問題でもありましたか?」月島さんは心配したように私の顔を覗き込んでいる。その落ち着いた声が、張り詰めていた私の神経をふっと緩ませた。。
奏多side土曜日、朝食を終えて着替えを済ませてからクローゼットの中を見渡すと、一昨日届いたばかりの新品のスーツと鞄だけが美しく並んでいた。ゆとりの感じられる風通しのいいクローゼットは、見ていてとても清々しい。「さて、神山に移動させた荷物の場所を聞いて確認するか……」階段を降りて執事の神山を探すと、電話をしている最中だった。受話器を両手で持ち、時折深く頭を下げながら対応していてまだ時間がかかりそうだ。「奏多様、いかがなさいましたか?」神山の様子を伺っていた俺に、古くからこの屋敷に仕えている家政婦の一人が声をかけてきた。「ああ。一昨日からクローゼットの整理を頼んでいたが、出した荷物が
麗華side「奏多に送ったメッセージ、既読にはなったけれど返信はないわね。どうせ買ったら駄目なんて言わないだろうし、事後報告でもいいわよね」返事を待ってから購入しようとは一応思っていたけれど、奏多の連絡よりも先に外商が私のマンションに来る時間になってしまった。『限定品』という言葉は、抗えない魔力を持っている。今日を逃したら、次の時にはもう販売されていないかもしれない。私の気持ちは買い一択だった。「星野様、よくお似合いになっておられます。星野様の細くて綺麗なデコルテが、このネックレスを纏うことでより洗練された美しさになりますね」







