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第308話

Auteur: 桜夏
これでは、聡の出る幕はないな、と翼は思った。

「怒らないでください、悪気はなかったんです」

翼は慌てて言った。

「分かっています。ただ、どうしてあんなことを言ったのか不思議だっただけです」

透子は言った。

翼が自分と聡をくっつけようとしていたことには触れなかった。それを口にしてしまえば、次に聡と顔を合わせる時、気まずくなるに決まっているからだ。

もっとも、次に会うのは一度きりかもしれないが――カフスボタンを渡して、礼を言う、その時だけだ。

「僕は、その、はは、まあ、どうかしてたと思ってください」

翼は少しどもりながら答えた。

「あるいは、あなたと話すための口実だった、とかね。裁判も終わってしまったし、他にあなたと話すきっかけがなかったからです」

仲介に失敗した気まずさをごまかすため、彼は自ら汚名を被ることにした。自虐に走った方が、まだましだと判断したのだ。

電話の向こうで、透子はその答えをあまり信じてはいなかったが、それは重要ではなかった。

それよりも、あの話題に踏み込まなくてよかったと安堵した。翼の方も、その件には触れたくないようだったからだ。

「いつでもお話し相手になりますよ。でも、私は退屈な人間なので、うまくおしゃべりを楽しませてあげられないかもしれませんが」

透子は相手の話に乗って、そう返した。

「はは、そんなことありませんよ。如月さんは謙遜しすぎです。あなたはとてもユニークな人だと思います。聡明で美しくて、それにストレートな物言いをする。すごくいい友人になれますね」

翼は笑って言った。

こうして話題は逸れ、先ほどまでの気まずく、問い詰めるような雰囲気はすっかり消え去った。

二人はさらに二、三言、社交辞令を交わしてから通話を終えた。

アプリを切り替え、理恵に音声通話をかけると、向こうはすぐに出た。開口一番、こう言った。

「今日、どうしたのよ。話の途中で二回も切れるし、かけ直したら話し中だったじゃない」

「また藤堂さんよ」

透子は返した。

理恵はそれを聞いて一瞬固まり、眉をひそめて言った。

「またあの人?最初にご飯に誘われて断ったんでしょ?まさか、また誘ってきたの?あの人たち、夕食の時間、そんなに遅いの?」

「彼が……」

透子は言葉を選び、口ごもった。

翼が自分と聡の「仲人」をしようとしていた、などとは絶対
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