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第580話

Author: 桜夏
美月がそう思った矢先、相手からメッセージが届いた。

【安心して。君のことは、父さんたちにあまり詳しくは話さない】

美月は途端に口元に笑みを浮かべた。彼女は、話が通じる人間と接するのが好きだった。

とはいえ、演技は続けなければならない。彼女は文字を打ち込んだ。

【ありがとうございます、お兄さん。気持ちの整理がついたら、お父さんとお母さんにすべてを打ち明けます】

【過ちは認めます。ただ、私を嫌いにならないで、見捨てないでくれたら、それでいいです】

メッセージを送信し、さらに泣いている猫のスタンプを二つ付け加える。演出は完璧だ。すると、相手からはほぼ即座に返信が来た。

【ありえない。そんなことは絶対にない。僕たちは一生、君を愛している】

美月は抱擁のスタンプを返信し、雅人が最後に送ってきたその一文を眺めた。

橘家は二十年間も「妹」を探し続けていたのだ。罪悪感と後悔は、もはやピークに達していた。

だから、何かあれば「見捨てられるのが怖い」と言うだけで、それはまさに切り札であり、免罪符だった。

美月は小さく笑い、橘家に溶け込むことに絶対の自信を持っていた。

今の自分は、立場が違う。まだ蓮司には会っていない。

もし会ったら、相手はどんな顔をするだろう?自分を疎ましく思っても手出しはできず、ただ耐え忍ぶしかない、そんな表情だろうな。

そこまで考えると、美月はたまらなく面白い気分になった。

それだけではない。彼女は復讐もするつもりだ。ただ蓮司に我慢させるだけで、彼女の気が済むはずがない。

ああ、それと柚木家のあの兄妹も。自分が十五日間も留置所に入れられたのは、あいつらのせいだ。

美月は怒りに目を細めた。この三人は、真っ先に仕返しすべき相手だ。

モデル事務所の責任者や、あのモデルたちも……

ふふ、一人も逃がさないわ。

……

翌日、土曜日。

透子は早起きした。今日が聡に料理を作って「お礼」をする日だということを、忘れてはいなかった。昨日、二人はまだ「言い合い」をしていたというのに。

自分の二度目の離婚裁判で、彼が力になってくれたことを思い出す。翼が手配してくれた人脈ではあったが、自分もその助けを受けた。

本来なら感謝すべきだったが、その前に、彼にからかわれて困らされるという出来事が起きてしまった。

透子は、これでお互い様だと考えることに
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