로그인蓮司が苛立ちまぎれにバンバンと荒っぽく窓を叩いた。執事が直接外へ出て注意してやろうと歩きかけたが、数歩も行かないうちにその物音がぴたりと止んだ。観念したのかと思い、念のためドアの方へ引き返すと、ドアにはめ込まれた小窓越しに、またしても蓮司の必死な目とばっちり合ってしまった。執事は内心で顔をしかめた。――このドアにも小窓がついていたことを、すっかり忘れていた。容赦なく小窓のブラインドをシャッと下ろす。これで病室の中を覗ける隙間は、完全に塞がれた。ドアの外の蓮司は絶句した。――高橋のやつ、容赦なさすぎるだろ。これっぽっちの隙間すら残してくれないとは……執事はそのままドアの前に陣取り、再び叩かれたり開けられたりしないよう、見張りを続けた。病室内では、ちらりとドアの方を窺っていた新井のお爺さんも、騒ぎが収まったのを見て視線を透子へ戻した。透子は、最初から最後まで一度も振り返らなかった。ただ、窓に張りついていた蓮司の姿だけは、視界の端に入っていた。……透子はその後も三十分ほど新井のお爺さんのそばで穏やかに話を続け、やがて席を立った。執事が見送りのためにドアに手をかける。しかし、開けた瞬間、何かが勢いよくゴロンと足元へ転がり込んできた。執事はとっさに透子を背後へ庇った。透子もぎょっとして目を落とした。転がり込んできたのは、仰向けに倒れた蓮司だった。その体勢から察するに、ドアに背中をもたれて床に座り込んでいたのだろう。突然ドアが開いたため、支えを失って後ろへひっくり返ったのだ。「透子、お爺様と話し終わったのか?」蓮司は、今しがた人前で無様にひっくり返ったことなど欠片も気にしていなかった。ぱっと立ち上がり、目をきらきらさせて透子を見つめる。執事がすかさず割って入った。さらに、少し離れた場所に控えていた警護たちにも矛先を向ける。「若旦那様、なぜドアの前で地べたに座り込んでおられるのです。危うくお怪我をされるところでした。――お前たちもお前たちだ。なぜ若旦那様に椅子をお出ししない」警護たちは心の中で猛烈に抗議した。――椅子ならとっくに用意してすぐ脇に置いてある。座ろうとしないのはご本人だ。椅子を無視して、わざわざ地べたに座ってドアにもたれかかっていたのだから!「高橋さん、口を挟まないでくれ。俺が
警護たちは再び足を止めた。――若旦那様と旦那様、一体どちらの命令に従えばいいのか。執事は自分の老体がもう限界だと悟り、とっさに機転を利かせた。ベッドの新井のお爺さんの方を向き、声を張る。「旦那様、若旦那様を外へお連れ出ししてもよろしければ、一度まばたきをお願いいたします」警護たちが一斉にベッドへ視線を向けた。――新井のお爺さんのまぶたが、はっきりと一度閉じて開いた。「見たな!さあ早く!相手が若旦那様であろうと、旦那様のご意思が絶対だ!」執事の檄が飛ぶ。もう迷いはなかった。警護たちは一斉に動き、左右から蓮司の両脇をがっちりと抱え込んだ。「傷口には触れるな。慎重にな」執事はようやく体の力を抜き、荒い息の合間にそう念を押した。蓮司はなおも激しく身をよじり、警護たちを怒鳴りつけている。だが彼らは顔色ひとつ変えず、ゆっくりと、しかし着実に蓮司を出口へ向かって――半ば引きずるようにして外へ連れ出していった。抗いようのない力でずるずると引かれ、もうあと数歩でドアの外というところで、蓮司は咄嗟に手を伸ばし、ドア枠にしがみついた。もう暴れもせず、怒鳴りもしない。ただひたすら、すがるような目で透子を見つめている。一秒でも長く顔を見ていたい、一言でも多く言葉を交わしたい――そんな切実さが、全身からにじみ出ていた。「透子、外で待ってるから。俺――」言葉は最後まで続かなかった。執事が無言で歩み寄り、ドア枠にしがみつく蓮司の指を一本ずつ、容赦なく引き剥がしたからだ。警護たちに目配せして外へ出させると、自らドアをピシャリと閉め、迷いなく鍵を掛けた。閉ざされたドアの向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。それに続いて、ドンドンとドアを叩く音が響いた。「透子!高橋さん、開けてくれ!入れてくれ!」開けるはずもない。やがてその声は少しずつ遠のいていった。警護たちに引きずられていったに違いない。病室に、ようやく静けさが戻る。執事は透子に向き直り、深く頭を下げた。「栞お嬢様、大変お見苦しいところをお見せしました。誠に申し訳ございません」透子は再び椅子に腰を下ろし、新井のお爺さんに目を向けた。その瞳にはっきりと詫びの色が浮かんでいるのを見て、やわらかく微笑む。「いいえ、お気になさらず。大丈夫ですよ、お爺様。ちょっとしたハプニングで
しかし、狂喜乱舞している蓮司の目に、そんな冷ややかな視線が入るはずもなかった。ずかずかと大股で病室へ踏み込んでくる。だが執事は、新井のお爺さんの目配せを見逃さなかった。蓮司が透子まであと三歩というところまで迫ったその瞬間――執事は音もなく体を滑り込ませ、蓮司の正面に立ちはだかった。蓮司は慌てて踏みとどまったが、あやうく執事と衝突しかけた。「高橋さん、何すんだよ」彼は怪訝な顔で問いかけながら、返事も待たずに横から透子の方へ回り込もうとする。左へ動けば、執事の右手がすっと伸びてくる。右へ寄れば、今度は左手が鉄壁のように塞ぐ。――わざとだ。完全にわざと通せんぼしている。蓮司はようやく事態を理解した。「高橋さん!」苛立ちで声が跳ね上がった。「失礼いたしました、若旦那様。栞お嬢様は旦那様の大切なお客様でございます。どうかお客様とは節度ある距離をお保ちください」執事は眉ひとつ動かさず、ひどく事務的に告げた。蓮司は信じられないものを見るように目を見開いたが、おとなしく引き下がるはずがない。強引に突破しようと身を乗り出す。その手が執事の肩にかかり、力ずくで退けようとした瞬間――執事の手が蓮司の手首を万力のようにがっちりと掴み、びくともしない力で封じ込めた。「これ以上お聞き入れいただけないようでしたら、多少手荒にはなりますが、病室の外へご退室いただくことになります」静かで低く、しかし有無を言わせぬ凄みのある声だ。蓮司が素直に従うわけがなかった。手首を振りほどこうと激しくもがきながら、首だけを不自然にねじって透子の方を向き、必死に声を張り上げる。「透子、今日来てくれたのか?!来るなら連絡してくれよ、迎えに行ったのに!まだ出国してなかったんだな。昨日お見舞いに来てくれた後、すぐに発つんだとばかり思ってた。透子、会えて本当に嬉しい。今の俺がどんなに……」彼は執事と激しく揉み合いながらも、首だけは透子に向け、満面の笑みで語りかけ続けた。その姿はまるで、大好きな飼い主を見つけた大型犬が、尻尾をちぎれんばかりに振っているようだった。もし背中に尻尾があったら、プロペラのように回転してとっくに天井を叩き割っていただろう。新井のお爺さんは、もう見ていられなかった。身内の恥ずかしさに完全に顔をそむけ、「こんな見苦しい
新井のお爺さんは執事からの報告を聞きながら、頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。橘家が国内に留まるのは、一時的な措置なのか、それとも長期的な決断なのか。そもそも、なぜ一度決めた海外移住をわざわざ取りやめたのか。そして――最も気がかりな問題に思い至る。透子がこの街に残るということは、あの馬鹿な孫がまた彼女にまとわりつき、執拗に迷惑をかける機会が生まれるということではないのか。自分は今、半身が動かず、口もきけない体だ。あやつがまたどうしようもない真似をしでかしたとしても、力ずくで止める術がない。新井のお爺さんの胸は、たちまち不安と焦りでいっぱいになった。執事か義人に頼んで蓮司を厳しく監視させたいのだが、それを伝える方法がない。いくら懸命にまばたきをしたところで、そんな複雑な意思まで読み取ってくれる者はいないのだ。執事はベッドの傍らに立ち、新井のお爺さんの表情を静かに窺っていた。透子の来訪を知って喜ぶどころか、かえって眉間に深い皺を刻んで物思いに沈んでいる。その真意を正確に読み取ることはできなかったため、執事はひとまず透子へ了承の返信を送り、到着時刻に合わせて病棟の入り口へ出迎えの者を手配した。なお、透子が見舞いに来ることは、あえて蓮司には知らせなかった。昨日、彼女からまた連絡先をブロックされたばかりなのだ。ここで中途半端に顔を合わせたところで、どうせぬか喜びに終わってまた落ち込むだけだろう。……午後三時。透子は時間通りに、新井家が押さえているプライベート病院に到着した。今日は一人でのお見舞いだったため、車の運転手に手伝ってもらい、持参した手土産を運ぶ。待機していた警護の者たちが恭しく出迎え、運転手から荷物を引き取った。透子は運転手を先に帰らせ、警護に案内されて病棟の奥へと進んだ。病室のドアは開いていたが、透子は礼儀正しく二度、軽くノックをした。室内の新井のお爺さんと執事が同時にそちらへ顔を向け、彼女の姿を認めるなり、パッと顔をほころばせる。新井のお爺さんは自ら迎えに立てないため、執事が代わりを務めた。警護が透子から受け取ったたくさんの手土産を抱えているのを見て、執事は笑顔で声をかけた。「栞お嬢様、お気遣いが過ぎますよ。昨日もたくさん頂戴いたしましたのに、またこれほどのお品をいただきまして、誠に恐れ入ります
「だから透子、君が謝ることなんて何もないんだ。むしろ俺の方が感謝しているくらいだよ。チャンスをくれたこと、俺と一緒にいることを受け入れてくれたことにね」その優しく誠実な言葉に、透子は無意識のうちに指先をぎゅっと丸めた。二人はそれからしばらく他愛のない会話を交わし、聡がさりげなく夕食に誘うと、透子も素直にそれに応じた。そうして通話は終わった。オフィスにて。聡はスーツのジャケットを脱ぎ、レザーチェアに深く身を沈めた。もっと、自分から動かなければ……透子の気持ちが再び蓮司へ向いてしまう前に、なんとしても自分の方を向かせなければならない。蓮司には今回、海に飛び込み、銃弾から身を挺して彼女を守ったという強烈な「実績」がある。だが、透子は根が理性的で聡明な女性だ。過去に受けたあの深い傷を、そう簡単に帳消しにできるはずがない。とはいえ、自分がこのまま手を打たなければ、いつか透子が再び蓮司の存在を受け入れる日が来てもおかしくはなかった。だからこそ、その心の隙間に確実に入り込まなければならないのだ。蓮司に代わって透子のそばに立ち、あやつに二度と巻き返す余地を与えないために。……翌日。昨日、再び透子にブロックされているという残酷な事実を知らされた蓮司は、一晩中、そして今日に至るまでずっと魂が抜けたような状態だった。新井のお爺さんの病室へ見舞いに来ても、椅子に座ったまま完全に上の空で、心ここにあらずといった様子だ。新井のお爺さんは、そんな孫の異常な様子をはっきりと見て取っていた。いったい何があったのかと問い質したいのだが、まばたきで懸命に合図を送っても、この馬鹿な孫はまったく気づく気配がない。ただ木偶の坊のように椅子に腰掛けたまま、虚ろな目で宙を見つめ、ぶつぶつと独り言を呟いているだけなのだ。新井のお爺さんの忍耐は、とうとう限界に達した。呆れと苛立ちのあまり盛大に白目を剥いてみせるが、悲しいかな、うつむいて視線を合わせようとしない孫には、その怒りすら一ミリも伝わらない。やがて、執事が保温ポットを手に病室へ入ってきた。主の苛立った目つきを即座に察した彼は、蓮司のそばへ歩み寄り、やんわりと声をかけた。「若旦那様、本日のお見舞いはこのあたりにされてはいかがでしょう。旦那様が少しお疲れのご様子ですので」蓮司はそこでビクッと我
透子は親友の気持ちが切り替わったのを察し、それ以上その話には触れず、別の話題に付き合った。同じ頃、瑞相グループ国内支社、社長室にて。雅人はパソコンの画面に向かい、電子決裁の書類を確認していた。時折キーボードを叩き、承認コメントを書き込んでいく。一見すると、いつも通り真剣に仕事をこなしているように見える。だが、もしスティーブがこの場にいれば、社長の仕事の効率が明らかに落ちていることに即座に気づいたはずだ。普段なら一目十行で片づける男が、今日は二行読むごとに手が止まっていた。それだけではない。一ページ確認し終えてスクロールするたびに、視線の端が――無意識のうちに――デスクの上に置かれたスマホへと向かってしまうのだ。あの通話が終わってから、すでに十分が経過していた。――聞かなかったことにしよう。何も起きなかったことにする。そうすれば、次に会った時に理恵さんも気まずい思いをせずに済むだろう。……透子の一家は海外移住を取りやめることになった。理恵は透子との電話を切ったあと、すぐに兄の聡へメッセージを送った。【お兄ちゃん、海外赴任の申請、取り下げて大丈夫だよ。私も海外に行かなくなったし。よかったね】聡はちょうど会議を終えたところだった。スマホに妹からの通知が表示されたのを見て、真っ先に透子とのトーク画面を開き、メッセージを送った。数秒後、透子からの返信が届く。妹から聞いた内容とほぼ同じだった。少し考えてから、聡はやはり電話をかけることにした。文字を打つより、直接話した方が早い。透子が電話に出ると、聡は単刀直入に切り出した。「最初はあんなに決意が固かったじゃないか。どうして急に気が変わったんだ?」「あの時の決意は、結局のところ外からの事情に押されてただけだったの。本心では、そこまで海外に行きたかったわけじゃなくて」透子の穏やかな声が返ってくる。聡は「外からの事情」という言葉に引っかかった。ほぼ瞬時にある人物の顔が頭をよぎり、わずかに唇を引き結んだ。聡は半拍の間を置いて、さらに踏み込んだ。「新井のことか。透子、もしかして……あいつへの気持ちが変わったのか。もう嫌悪も拒絶もしていなくて、あいつとやり直す気になったとか……」聡が言い終わる前に、透子はきっぱりと遮った。「違うわ。国内に残るのは、彼とよりを戻すからじゃない
「まあいい、たかが食事一回のことだ。あやつも随分と食い下がっておるようだしな」執事は、新井のお爺さんの態度が軟化したのを見て、特に蓮司のことは心配しなかった。新井のお爺さんの蓮司に対する愛情は、あの隠し子へのそれとは比べ物にならない。執事は相槌を打った。「おそらく、旦那様との関係を深め、孝行の心を示したいのでしょう」新井のお爺さんは答えなかった。彼が認める孫は蓮司ただ一人だが、もちろん、悠斗に対してそこまで非情になるつもりもなく、何も与えないわけではない。遺産や子会社の名義変更については、弁護士に見直させるつもりだ。だが、多くを与えるつもりはない。何しろ、実の息子の博明でさ
スティーブは、蓮司が過去に透子を深く傷つけたことや、今もなお彼女に執着して手放そうとしないことを知っていた。だからこそ、彼は新井蓮司という人間に強い拒絶感を抱いていた。しかし、今まさに命を懸けて透子を救ったのも、また彼だった。生死の境で、他人のために自分の命を投げ出せる者などそうはいない。骨の髄まで惚れ抜いていなければ、これほど勇敢で身を顧みない真似はできないはずだ。彼は認めざるを得なかった。蓮司が透子を傷つけたのは事実だが、彼女を愛しているのもまた真実なのだと。この矛盾する二つの事実が同時に存在しているからこそ、スティーブの心は複雑だった。道中の前半は、彼は一言も発さず、
義人はそれを聞き、冷ややかな表情を浮かべた。彼はもともと、博明という「義弟」のことを少しも認めていなかった。警察署で博明が、蓮司が薄情だと喚き散らして濡れ衣を着せようとしているのなら、いっそ事実にしてやればいい。義人が考えを伝えると、大輔は少し躊躇した。「社長の方は問題ありません。もともとあの父親を認めていませんから。ですが、法的に親子関係を断絶するとなると、新井家や会長様にとっては……」家族の名誉に傷がつくだけでなく、一族の跡取りの問題もある。新井のお爺さんはこの局面を見たくはないはずだ。そうでなければ、蓮司はずっと前に博明と完全に縁を切っていたはずで、ただ放置す
スティーブは尋ねた。「社長、今後も悠斗と協力関係を続けるのですか?」雅人は無表情で答えた。「その時になってみないと分からないな」スティーブは雅人の顔色を窺ったが、その真意は読み取れなかった。これは、もう蓮司への攻撃をやめるという意味なのだろうか?しかし、悠斗は明らかに劣勢だ。本社に戻ったとはいえ、蓮司の相手ではないだろう。スティーブは、今回の件が不完全燃焼で終わったように感じていた。逆に蓮司が悠斗に強烈な反撃を加えたことで、彼自身もどこか悔しい思いをしていたのだ。だからこそ、スティーブは雅人に次の手を打つか尋ねたのだが、却下されてしまった。いつもあれほど透子を溺愛し