第706話

彼がそう言いかけて、ふと口をつぐんだ。

そして悠良の前に置かれた、空になったワインの瓶に視線を落とす。

「......全部飲んだのか？」

悠良はまだ自分は酔っていないと思っていた。

軽く頷く。

「うん、このお酒けっこう美味しくて」

伶は額に手を当て、口元に苦笑を浮かべた。

本当に呆れ笑いするしかなかった。

「美味しいのは確かだけど、アルコール度数もかなり高いんだよ」

「そうなの？」

悠良は瓶を手に取ってラベルを覗き込む。

「でも、そんなに強い感じはしなかったけど」

「今はな。あと十数分もすれば、そんなこと言えなくなる」

「どういう意味？」と彼女が眉をひそめる。

伶は詳しくは言わず、椅子から立ち上がった。

「とりあえずベッドで横になってろ。俺は大久保さんに話がある」

「大久保さん、もう寝てるんじゃない？」

「大丈夫だ。あの人はこの時間帯によく起きるから」

悠良はそれ以上何も言わず、彼に任せた。

伶はついでに水を一杯汲み、リビングへ降りる。

ちょうどトイレから出てきた大久保が彼を見て、思わず声を上げた。

「え、旦那様！驚かせないでくださいよ。どうしたんです？お腹でも空きましたか？軽く何か作りましょうか」

「いや、いい。酔い覚めのスープを作ってくれ」

大久保は思わず問い返す。

「小林さんがお飲みになりすぎたんですか？」

「ああ、俺がちゃんと見てやれなかったせいで」

大久保は意味深な笑みを浮かべた。

「心配ありませんよ。若いご夫婦なんですから、たまにはお酒を楽しむのもいいことです」

伶は何も答えない。

大久保は彼の性格をよく知っている。

こういう話題では相槌など打たないことを。

彼は水を手に取って階段へ向かったが、大久保が呼び止めた。

「旦那様」

「まだ何か？」

大久保は小声で続けた。

「本当は口を出すことじゃないのは分かってます。でも、どうしても一言だけ言わせてください。小林さんは本当に良い方です。

もしお二人が気持ちを通じ合わせることができるなら、早く子供を持った方がいいと思います。

私もまだ体力がありますから、将来少しは子育てもお手伝いできるかもしれませんし」

伶は彼女の善意だと理解していた。

「大久保、俺と彼女の関係はまだそこまでいってない。子供の話なんて、さすがに気が早すぎるだろう」