ログイン(妊娠をきっかけに姉と瑛斗を完全に引き裂くチャンスかもしれない……。)
翌日、私は朝食の席で父と母の前で姉のことを話題に出した。
「お父様とお母様は、最近お姉ちゃんと連絡を取っている?私、何度連絡しても繋がらなくて心配しているの。……それでね、心配し過ぎだとは思ったんだけど瑛斗さんに連絡をしたら瑛斗さんも連絡が取れなくて家にも帰ってきてないらしいの」
「なんだって?玲?本当か?」
父は驚いて椅子から立ち上がり私の顔を覗き込んだ。
「ええ。だから私、すごく心配していて……」
華がいないことが分かれば、父は瑛斗に確認の連絡をするだろう。そして、事実と分かれば必死になって居場所を突き止めるはずだ。
空くんから何も教えてもらえなかったので、父の力を借りて瑛斗たちの持っている情報をこちらにも流してもらおうと企てた。
案の定、父は食事が終わるとすぐに瑛斗に電話をして事実確認をしていた。
空side「それにしても、なんで今になって部門の収益を聞いてきたんですか?過去のデータを見れば一目瞭然なのでは?」成田の質問には不満と警戒が混じっていた。「それにチェックをするのなら実際に処理を行っていた僕らが互いをチェックするのではなく、第三者に見てもらった方が客観的に見れるのでは?」松本も続けて言葉を選びながらも反論している。「ああ、二人の言う通りだ。実は、社長が『ある問題』を懸念されていてね。徹底的に洗い出すようにと強く言われている。しかも急ぎでやって欲しいとのことだ。そのため、元々の内容が分かる君たちにしか頼めないんだ。力を貸してもらえるか」「問題ですか?それはどんな内容でしょう?」「ある問題」という言葉に成田が反応してすぐさま聞き返してきた。松本も息をのんで僕からの返答を待っている。「申し訳ないが、それは僕からも詳しく話せないんだ。実際に君たちがまとめた資料を見て、社長が直接整合性を確認するらしい。あとこのことは私たち三人だけで進めるから、他のメンバーには話さないでくれ。資料の取り扱いにも気を付けてくれ」ただならぬ空気を察して二人は頭を小さく縦に振ったが、その表情は蒼白だった。互いに顔を見合わせるその瞬間、二人の間に明確な不信感が
空side「成田くん、松本くん。少しいいかな」この日、俺は二人を呼び出して、それぞれ新しい仕事をお願いすることにした。玲さんとの繋がりについてはまだ分からないから危険人物ではあるが、このまま本性を出してくるのを待っているだけでは時間ばかりが経過してしまう。これは小さな賭けだった。二人の前に、新しいファイリングボックスと監査に必要な資料を広げた。「社長に、君たちが以前いた部門の収益の詳細に確認して欲しいと言われてね。実際に処理を行っていた君たちが確認をするのが最も適任だと思ったんだ。お願いできるかな」「分かりました……。自分が処理した内容を見返せばいいのですね」松本が、いつものように慎重に言葉を選んで確認してきた。「ああ、そうだ。だが、今回はチェックの意味合いも兼ねて、以前やっていた業務内容を互いに確認しあって欲しい。つまり成田くんは松本くんがやっていたことを。松本くんは成田くんがやった処理について整合性を見てもらえるかな?」俺の提案に、二人の間に明確な緊張が走った。「えっ……自分がやっていたこととは違う内容を確認するということですか?」
瑛斗side翌日、出社してしばらくすると彩菜から昨日のお礼の電話が入ってきた。電話口から聞こえる声は、落ち着いているがどこか含みを持っている。「一条社長、昨日の会食、ありがとうございました。父も一条社長とゆっくりお話が出来て喜んでいましたわ。是非、今後とも友好的なお付き合いをお願いしたいですわ」「……ご丁寧にありがとうございます。いえいえ、芦屋グループとは何かしらのカタチで事業でご一緒できればと思っていますので、また情報交換など出来れば幸いです」彩菜の言葉に、今回のリゾート事業での提携は見送りたいこと、そして会うのは情報交換であくまでもビジネスとしての付き合いだと線引くように答えると、俺の意図が分かったようで、彩菜のクスクスと笑う声が聞こえてきた。「一条社長ってハッキリと物事を仰るのですね。私は、回りくどい方よりも好きですが」「そういうつもりでは。提携するのなら、既存事業に乗っかるのではなく一から創出した方がお互いの強みや利点を生かせると思ったまでです」苦し紛れだが俺がそう言い訳すると、それ以上は言及してこなかった。俺の拒絶を理解しつつも動じない冷静さを彩菜は持っていた。「まあ、いいですわ。今日は、それとは別件で話がありまして。海外富裕層ビジネスのけん引役として注目されている王氏の有料講演会
瑛斗side「そうなりますと、ホテル事業についても芦屋グループを普段から利用している層を中心に展開していくのも一案になると思います。芦屋の子ども向けサービスや接客対応は評判がいいですので、宿泊も芦屋なら安心と思っていただける、かつ再利用しやすい価格帯で最初は展開するのがいいかと」俺が展開しているリゾートホテル事業は、海外富裕者向けで一泊二日で五万円以上する。食材にもこだわっており、料理人は都内の一流ホテルで料理長を務めていた人をヘッドハンティングしてきたのだ。原価率は高くつくが、その分宿泊費をプレミアム価格にすることで採算をとっている。要するに芦屋とは全く逆の営業展開だ。「我々の店舗を利用してくれている客層ですか。実は新規顧客層の開拓を狙ってリゾートホテル事業に興味を持ったんです。ここなら富裕層を取り込むことが出来る」芦屋会長の戦略は、言っていることは分かる。富裕層は客単価が高いため、数をたくさんこなさなくても利益が出るため旨味は多い。うちと組むことで芦屋はリゾートホテルにも食材やメニューの提供をしているとなれば、その名前に箔がつくだろう。一方の一条グループは、安さ重視の芦屋と組むことは、現在展開中のハイクラスホテルのブランドイメージを崩しかねない。提携をするのなら、想定顧客をミドルクラスに落として、今とは違う場所で展開した方が良さそうだが、それでは新たなブランド構築が必要になり、コストがかさむ。
瑛斗side「芦屋グループの新規事業の焼肉が好調のようですね。海外のメディアでも取り上げられていると聞きました」「ああ、おかげさまで。最近はインバウンドで海外からの客も来ていて、一部の地域では観光地化しているんですよ。団体旅行での予約も入りましてね。一条グループのホテル事業も好調と伺っています。さすが一条社長だ」会食が始まってしばらく、俺と芦屋会長は、互いの事業の成功を称え合う言葉が交わされていた。彩菜さんは終始穏やかに微笑み、会話には加わらない。「おかげさまで。飲食業界を牽引している芦屋グループの会長に褒めて頂き、光栄です」気合を入れて臨んだ会食だったが、話題に上がるのは事業の話ばかりで縁談のことは出てこなかった。あくまでも家族ぐるみの付き合いになるほどの親密な関係を希望するという比喩として言ったのかと不安が和らいでいた時だった。「是非ともその経営手腕を、娘の彩菜にも手ほどきして欲しいくらいです。一条社長ほどの人物は、なかなかおりませんから」芦屋会長は、ここにきて一気に本題へと切り込んできた。(そうきたか……)「いやいや。彩菜さんもご活躍されているじゃないですか。女性目線の事業展開は、我々にはない視点や発見があり、とても勉強になります。と
瑛斗side火曜日、この日は父である会長と一緒に、芦屋家の会長と娘の彩菜さんと会食のため、都内のホテルへと車で向かっていた。後部座席にどっしりと構えて座る父は、ビジネスマンとしての威厳と風格があり、息子であるのに話しかけることを躊躇してしまう。車内は、重苦しい静寂に満ちている。「今日はお前の手掛けたリゾートホテル事業について話があがるだろう。あと縁談についてもな」俺の顔を見ることなく、父は真っ直ぐに前だけを向いて落ち着いた口調で話しかけてきた。その声には、反論を許さない冷徹さが宿っている。隣に座る父の方に顔を向け、強い覚悟を持って、俺は自分の気持ちを口にした。「はい。その件ですが、やはり私としてはその話を受け入れることはできません。私には華と子どもたちがいます。華と再婚して家族としてやり直したいです」俺の決意は予想の範疇なのだろう。父の表情は変わらず、無表情で前を向いたままだ。「そうか。私からは縁談を進めるような発言はしない。だが、芦屋グループは、リゾート事業の強力なパートナーになり得る。お前の私情で一条グループの利益を損なうようなことは許さない。あとはお前がうまく話をまとめるんだ、いいな」「はい、