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第26話

Author: 神雅小夢
last update Last Updated: 2025-06-20 13:33:46

……なんだ、龍太郎、やっぱモテんじゃん。私はなんだか面白くなかった。

「鈴山さん、真剣にこの仕事のこと考えてみませんか? 私、この仕事で介護福祉士まで取ったんですよ」

山地さんが私に顔を向けた。幸せオーラが滲み出てる。

「え? そうなんですか。すごいですね」

あんまりよく知らない世界の話だが、介護福祉士の国家試験が難しいのだけは知ってる。なんかのニュースで耳にした。

「あんまり深く考えないで、やってみようかぁ……ぐらいの気持ちでやってみても、いいかもですね。まぁもちろん無理にとは言いませんが、鈴山さん、まだ若いから色々チャレンジするのもいいかもで~す」

山路さんの発言は、私の柔軟性のかけらもない思考に響いた。行動もしないうちから、頭でっかちになりがちなのが私だ。

「……少し考えさせてください」

かといってホイホイ決められるものでもないので、一旦保留で。

「お~い! 山路ちゃん!」

私たちが座っている向かいの席から、山路さんを呼ぶ声がした。

その声の方に視線を移動させると、杖を持った八十代ぐらいの男性が、こちらに満面の笑みを向けて椅子に座っていた。

「あ、こんにちは。椎原《しいはら》さん! もうすっかり元気ですねぇ~!」

山路さんが椎原さんの方に歩いていき、彼の隣にしゃがんで座り、明朗快活な口調で話した。

しゃがんだのは、目線を椎原さんに合わせたようだ。

「本当にありがとうね。また今回も軽い誤嚥性肺炎《ごえんせいはいえん》だったわい。抗生剤でなんとかなったから、よかったものの、年寄りの一人暮らしは不安だらけじゃよ……」

椎原と呼ばれた男性が眉をへの字にして、困った声を出した。

「椎原さん、先生から指導があったと思うんですけど、しっかり噛んで、ゆっくり食べること。食べた後、すぐに横にならないことで予防はできますよ。いざという時はここのクリニックもありますから、大丈夫!!」

山路さんがガッツポーズで椎原さんを励ましていた。

さすが介護のプロだなぁ……と私は思った。

自分もこんなふうになにか、自分だけの特技なるものを見つけたいと、山路さんを見ていてつくづく感じた。

山路さんと話した椎原さんは、すっかり元気になっていた。

「山路さん、すごいですね。あんなにハキハキと話せて……」

私は隣に戻ってきた山
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