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第2話

Auteur: ロリポップ

私はうなずいた。

「いいの」

彼はそれをただの拗ねた台詞だと思ったのだろう。

これまでも私は、何度も「いいの」と言ってきた。

誕生日は祝わなくていいの。

迎えに来なくていいの。

私のために母親と争わなくていいの。

そのたびに、彼は私の言葉をそのまま真に受けた。

私はいつも自分の感情を完璧に押し殺してしまい込んできたからだ。

今回も同じ。

私はバッグを肩に掛け、入り口へと歩いた。

あのランプは、まだショーウィンドウの脇で輝いている。

暖色系のランプシェードは彼が選んだもので、台座には一行の文字が刻まれていた。

【霧が晴れたら、家に帰ろう】

私は一瞬足を止め、手を伸ばしてその灯りを消した。

背後から駿の声が追ってくる。

「杏、どこへ行くんだ?」

振り返らなかった。

外へ出ると、スマホが小さく震えた。

ウエディングプランナーからのメッセージだった。

【椎名様、先ほど宇佐美様より、挙式日程は現時点で未定との確認がございました。

会場の仮予約は、このまま維持なさいますか?】

私はその文字をじっと見つめた。

長い沈黙の後、返信を打った。

【もう要りません】

……

駿が私を訪ねてきたのは、その日の夜十時だった。

彼はドアの前に立ち、私がよく食べる店の弁当を手に下げていた。

以前の彼は、こういうものを滅多に買ってこなかった。

だが、私を怒らせた後だけは、いつも決まって買ってくる。

ドアを開けたが、彼を中に入れようとはしなかった。

彼は玄関に目をやった。

「まだ怒っているのか?」

「怒ってないわ」

駿は眉をひそめた。

「杏、今日のお前の態度のせいで、莉奈は傷ついたぞ」

私はその弁当に目を落とした。

ビニール袋の内側には水滴が滲み、まるで晴れることのない霧のようだ。

私は尋ねた。

「だから、彼女のために文句を言いに来たの?」

「ただ、そこまで頑なにならないでほしいだけだ」

彼のトーンは相変わらず平坦だ。

「彼女は離婚の傷が癒えていない。とても傷つきやすいんだ」

「私は傷つかないとでも?」

彼は一瞬、言葉に詰まった。

それは無視できるほど、ごくわずかな間だった。

やがって、彼は口を開いた。

「お前は、彼女とは違う」

思わず笑みが漏れた。またその台詞か。

私は彼女とは違う。

彼女は泣くから、優しくあやす必要がある。

私は泣かないから、我慢して物分かりよくいるのが当然なのだ。

駿は弁当を差し出してきた。

「まずは何か食べろ。胃が弱いだろう」

私は受け取らなかった。

「私の胃が弱いことは覚えていて、もっと大事な結婚式は覚えられないの?」

彼の腕が空中でぴたりと止まった。

「結婚式は延期になっただけだ」

「これで何回目?」

彼は黙り込んだ。

私は彼の代わりに答えた。

「三回目よ」

一回目は、会社の資金調達に問題が生じたとき。

二回目は、彼の母親が体調が悪いと言い出したとき。

三回目は、莉奈が帰国したから。

そのたびに、もっともらしい理由があった。

そしてそのたびに、私は譲歩してきた。

駿は声を低めた。

「埋め合わせはする」

「今まで、何を埋め合わせてくれたっていうの?」

「杏、どうして今日はそんなに棘のある言い方しかできないんだ?」

私は彼を見つめた。

「じゃあ、どう言えば満足なの?」

彼の返答よりも先に、スマホの着信音が鳴り響いた。

画面には「莉奈」の文字。

駿は一瞥したものの、出ようとはしなかった。

「出たら?」

「いい」

通話が切れた。

次の瞬間、莉奈から音声メッセージが届いた。

駿がそれを再生すると、スピーカーから漏れ聞こえてきたのは、泣きそうな声だった。

「駿、私、また迷惑をかけちゃった?

杏さんに嫌われちゃったかな……

本当に、わざとドレスを着たわけじゃないの……」

駿の眉間のシワがさらに深くなる。

私はドアを少し広めに開けた。

「もう行って」

「杏ちゃん」

「彼女、傷つきやすいんでしょ?」

彼の言いたい台詞を、私が先に奪ってやった。

駿の目の瞳から温度が消えた。

「そうやって皮肉を言わないと気が済まないのか?」

私は、急にすべてが酷く億劫になった。

「駿、式場はキャンセルしたわ」

彼は呆然とした。

「……何だって?」

「だから、式場はもう要らないって言ったの」

彼の顔が完全に凍りついた。

「結婚式を盾にして脅すのはやめろ」

「脅してなんかいないわ」

「じゃあ、どういうことだ?」

私は彼の瞳をまっすぐ見つめた。

この七年間、私は彼の瞳の中に、ほんの少しの動揺でもいいから見つけたいと切望してきた。

しかし、そんなものは一度もなかった。

彼は、私が決して離れていかないと確信しきっているのだ。

「つまり、もう困らなくていいってことよ」

駿は私をじっと見つめ、声を潜めた。

「少し冷静になれ」

「私はいたって冷静よ」

「杏」

彼は弁当を玄関の棚に置いた。

「今日はもう休め。明日、お袋の家へ連れて行くから。会いたがっている」

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