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第5話

Author: ミントソーダ
記者会見の前の日、偶然にも颯太の母親・岩崎理恵(いわさき りえ)の誕生日だった。

岩崎家が再起してから初めてのパーティーだから、すごく盛大に開かれた。

午後に、颯太はわざわざヘアメイクを呼んだ。さらに、秘書にオークションで高級ジュエリーをたくさん落札させて、持ってこさせた。

菫はヘアメイクに指示して、ジュエリーをつけさせ始めた。

一方、美希は箱の中のジュエリーを見て、首を横に振るだけだった。

「私は、こういうのはつけない」

颯太は一瞬きょとんとして、それから笑って言った。

「美希、もう会社も上場したんだ。もう俺のために節約しなくていいんだよ」

菫は、わざと気遣うふりをして口をひらいた。

「颯太、池田さんがつけたくないなら、無理強いはよくないわ。池田さんはご両親がいないって聞いたから、こういうのに慣れてないのかも」

美希は冷静に言った。

「ええ、たしかに慣れていませんね」

なにしろ彼女のアクセサリーは、いつも何億円、何十億円もするものばかり。数千万円レベルのジュエリーなんて、たしかにつけ慣れない。

美希がそう言い張るので、颯太もそれ以上は無理強いしなかった。

パーティー会場に着くと、ほとんどの招待客はもう集まっていた。

颯太は取引先の人たちに囲まれて、別の場所で話し込んでしまった。その場には美希と菫だけが残された。

美希は知らない人と一緒にいるのが好きじゃない。だから、まっすぐそばにあったデザートのテーブルに向かった。

彼女が離れると、令嬢たちがみんな菫の周りに集まってきた。

「菫さん、すごいわね。帰国してすぐ、また岩崎社長の隣にいられるなんて」

「そうそう!3年も離れてたのに、また一緒になれるなんて。岩崎社長は、ずっとあなたのことが忘れられなかったのね」

「そりゃそうよ。昔、岩崎社長がどれだけ菫さんのことを大事にしてたか、有名だったじゃない」

それを聞いて、菫は口元を上げた。目には得意げな色が浮かんでいる。こっそり美希に視線を送ってから、わざと照れたように言った。

「やだ、変なこと言わないで。私は帰国したばかりで、少しだけ颯太の家に住まわせてもらってるだけよ。この3年間、颯太のそばにいたのは池田さんなんだから。彼の心にもう私はいないわ。今はただの友達よ」

そう言いながら、彼女は少しだけ目を赤くした。

周りの人たちはその言葉を聞いて、みんな軽蔑するような目で美希を上から下までじろじろ見た。

この誕生日パーティーに来られるのは、お金持ちか、地位のある人ばかり。だから、親のいない美希のことを見下すのも当然だった。

彼女たちは特に声をひそめるわけでもなく、美希にはその会話が全部はっきりと聞こえていた。

「岩崎家は今や再起して、岩崎社長はいまや引く手あまたの新星よ。親もいない女が、自分の立場もわきまえないで」

「ほんとそう。岩崎家が落ちぶれたときに取り入っただけでしょ。岩崎社長がこの数年の恩を考えてそばに置いてあげてるだけ。今の彼に、あんな身分の人が釣り合うわけないわ」

彼女たちの見下した言葉を聞いて、美希はふっと笑った。

たしかに、自分と颯太の身分は釣り合わない。

でも、それは自分が彼に釣り合わないという意味じゃない。

彼の方が、自分に釣り合わないのだ。

誕生日パーティーが本格的に始まると、みんな次々に持ってきたプレゼントを理恵に手渡した。

美希も、用意していた最高級の真珠のペンダントを贈った。

理恵はプレゼントを受け取ると、箱を開けて中を見ようともせず、すぐ後ろの使用人に渡してしまった。

そして、美希の手を取って、にこやかに言った。

「美希ちゃん、この3年間、颯太のそばを離れずにいてくれて本当にありがとう。あなたが来てくれただけで、私は嬉しいのよ。プレゼントなんてよかったのに。

颯太の会社も上場したし、あなたのこの恩には、私たち岩崎家は必ず報いないと。何が欲しいか言ってちょうだい。たとえば、別荘なんてどう?」

子供のころから裕福な名家で育った美希が、理恵のやさしそうな顔の裏にある本当の目的に気づかないはずがなかった。

これは遠回しな警告だ。この3年間そばにいたことへの見返りは、お金や物だけ。それ以外はありえないと。

岩崎家が破産したとき、自分が来てくれたことに理恵は感動して涙を流した。この3年間、ずっと自分によくしてくれていたのに。

でも今は、岩崎家が再起したとたん、理恵は自分と距離を置き始めたのだ。

これまで人の心の移ろいやすさを何度も見てきた美希でさえ、さすがに心の中で嘲笑わずにはいられなかった。

もともと、この誕生日パーティーに来たのは理恵に別れを告げるためだった。でも、もうその必要もなさそうだ。

そのとき、菫が理恵の前に箱を差し出した。

「おばさん、これは私からのプレゼントです。気に入ってくださると嬉しいのですが」

箱が開けられると、色とりどりの宝石をちりばめたネックレスがみんなの前に現れた。

理恵は、かつて息子を捨てた菫のことを内心恨んでいた。でも、このきらびやかなネックレスを見ると、思わず感嘆の声をあげてしまった。

菫はその反応を見逃さず、口元をつり上げた。

「これはE国王室のネックレスなんです。海外で落札したんですけど、一目見たときから、おばさんの雰囲気にぴったりだと思います」

理恵はたしかにこのネックレスがとても気に入ったようで、待ちきれない様子で手に取り、自分の首にあててみていた。

周りからは、感心する声と社交辞令の褒め言葉が飛び交った。

美希は部屋の空気が息苦しく感じられて、その場を離れようと背を向けた。

けれど、菫はわざと彼女を呼び止めた。

「私がおばさんに贈ったこのプレゼント、どう思いますか?」

美希は理恵の手にあるネックレスに視線を移した。一瞬、目を見張り、それから落ち着いた声で言った。

「デザインはきれいだし、作りも上等です」

その評価を聞いて、菫の目に浮かぶ得意げな色がさらに濃くなった。でも、次の瞬間――

「よくできた偽物ですね」
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