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霧の底の約束

霧の底の約束

By:  ミントソーダKumpleto
Language: Japanese
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世界一のお金持ちの一人娘、池田美希(いけだ みき)。彼女が恋に落ちたのは、会社が倒産し、数十億円もの借金を背負った青年、岩崎颯太(いわさき そうた)だった。 身分を隠して颯太のそばにい始めてから3年。ついに彼はすべての借金を完済し、新しい会社を立ち上げて、上場を果たした。 壇上で輝いている颯太の姿を見て、美希は、そろそろ自分の正体を打ち明けるときだと思った。 予約しておいたお祝い用の個室の前まで来ると、ちょうど中から賑やかな声が聞こえてきた。 「颯太、美希さんはこの3年間、ずっとお前のそばを離れなかったじゃないか。ボロアパートにだって、文句も言わずに一緒に住んでくれた。もう借金も返したし、会社も上場したんだ。そろそろプロポーズしてやれよ」 「そうそう。会社を立ち上げたばかりで人を雇う金もなかったとき、美希さんが一人で何人分も働いてくれたんだ。毎日4時間しか寝ないでさ。面倒な交渉はいつも彼女が進んでやってくれた。こんなにいい子、どこ探してもいないって。早くお嫁に来てもらえよな」 ドアノブにかけた美希の手が止まる。心臓がどきんと跳ねて、知らず知らずのうちに緊張していた。 これまでだって、結婚のことを匂わせたことはあった。でもそのたびに、颯太は「まだ君に楽をさせてあげられないから」と、話をかわしてきたのだ。 会社も上場した今、彼は……結婚を考えてくれるかな? 「この3年間、美希が俺にしてくれたことは、全部覚えてる。俺も、この先の人生を共にするのは彼女だけだと思ってた。でも……」颯太はソファに深くもたれかかり、指先にはタバコの赤い火が光っていた。 その場にいた全員の視線が、彼に集中した。 ドアの外に立っていた美希も、ごくりと息を飲んだ。 「菫が、帰ってきたんだ」

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Kabanata 1

第1話

世界一のお金持ちの一人娘、池田美希(いけだ みき)。彼女が恋に落ちたのは、会社が倒産し、数十億円もの借金を背負った青年、岩崎颯太(いわさき そうた)だった。

身分を隠して颯太のそばにい始めてから3年。ついに彼はすべての借金を完済し、新しい会社を立ち上げて、上場を果たした。

壇上で輝いている颯太の姿を見て、美希は、そろそろ自分の正体を打ち明けるときだと思った。

予約しておいたお祝い用の個室の前まで来ると、ちょうど中から賑やかな声が聞こえてきた。

「颯太、美希さんはこの3年間、ずっとお前のそばを離れなかったじゃないか。ボロアパートにだって、文句も言わずに一緒に住んでくれた。もう借金も返したし、会社も上場したんだ。そろそろプロポーズしてやれよ」

「そうそう。会社を立ち上げたばかりで人を雇う金もなかったとき、美希さんが一人で何人分も働いてくれたんだ。毎日4時間しか寝ないでさ。面倒な交渉はいつも彼女が進んでやってくれた。こんなにいい子、どこ探してもいないって。早くお嫁に来てもらえよな」

ドアノブにかけた美希の手が止まる。心臓がどきんと跳ねて、知らず知らずのうちに緊張していた。

これまでだって、結婚のことを匂わせたことはあった。でもそのたびに、颯太は「まだ君に楽をさせてあげられないから」と、話をかわしてきたのだ。

会社も上場した今、彼は……結婚を考えてくれるかな?

「この3年間、美希が俺にしてくれたことは、全部覚えてる。俺も、この先の人生を共にするのは彼女だけだと思ってた。でも……」颯太はソファに深くもたれかかり、指先にはタバコの赤い火が光っていた。

その場にいた全員の視線が、彼に集中した。

ドアの外に立っていた美希も、ごくりと息を飲んだ。

「菫が、帰ってきたんだ」

静まり返った部屋の中で、男の低い声がやけにはっきりと響いた。

「菫だと?!」仲間の一人が、思わず声を上げた。「3年前、お前の家が潰れた途端、あいつはあっさりお前を捨てて海外に行ったじゃないか!お前が雨の中でひざまずいて引き止めても、見向きもしなかったくせに。そんな金目当ての女を、まさかまだ忘れられないなんて言うつもりじゃないよな?!」

颯太はふうっと煙を吐き出した。立ちこめる煙の中で、表情はよく見えなかった。

長い沈黙の後、彼がぽつりとつぶやいた。

「ああ」

たった一言。でもその言葉は、毒を塗った刃のように美希の心臓を深く突き刺した。息もできないほどの痛みだった。

まさか。3年間、毎日颯太のそばにいて、どん底から這い上がるのを支えてきたのに。彼の心の中には、ずっと自分を捨てたあの女の人がいたなんて。

3年前、岩崎家はある日突然倒産し、莫大な借金を背負った。

当時の恋人だった谷口菫(たにぐち すみれ)は、颯太をあっさりと捨てて海外へ行ってしまった。

会社と恋人を同時に失うという二重のショック。それでも颯太は挫けず、「俺がいる限り、岩崎家は絶対に倒れません。必ず再起してみせます」と、公の場で宣言したのだ。

そのインタビューを偶然見ていた美希は、彼のその強い意志に一瞬で心を奪われた。

颯太に下心があるなんて思われたくなかったから、美希は自分が世界一のお金持ちの一人娘だという身分を隠した。そして、「昔、岩崎家に援助してもらった孤児」を名乗り、恩返しを口実に彼のそばにいることにしたのだ。

徹夜で仕事を手伝ったり、接待の席でわざと颯太を困らせる相手をうまくかわしたり。何日も休まずに働いて張りつめている彼の心を、そばで癒してきた。

3年間。1000回以上もの昼と夜を、ずっと颯太のそばで過ごしてきた。

そして、すぐそばで彼がどん底の毎日から一歩ずつ這い上がり、今日の成功を手にするまでを見届けてきたのだ。

まわりの誰もが言っていた。苦しい時を支えたのが本当の愛だ。会社が上場したら、颯太は真っ先に美希と結婚するだろう、と。

美希自身も、心のどこかでその日が来るのを期待していた。

それなのに、やっと会社が上場したというのに、颯太の口から出たのは、自分を捨てた菫をまだ忘れられない、という言葉だった。

ドアの前に立ちつくす美希の瞳から、涙がぽろぽろと、とめどなくこぼれ落ちた。

部屋の中では、まだ話が続いていた。

「じゃあ美希さんはどうするんだよ?3年間もお前を支えてきたのに、それでも菫にはかなわないって言うのか?お前の心に自分がいないって知ったら、あの子は絶対にお前の元を去ってくぞ!」

「いや、それはない」颯太はきっぱりと答えた。「美希は孤児だ。あの子にとって、俺はこの世で一番身近な人間なんだ。俺から離れられるはずがない。

でも、この3年間たくさん助けてもらったのは事実だ。望んでいる結婚はしてやれないけど、ちゃんとお金は渡すつもりだよ。一生、生活に困らないくらいにはね」

孤児、結婚はできない、一生困らないだけのお金……

その一つ一つの言葉が、重いハンマーのように美希の心を打ちつけた。目の前がぐにゃりと歪み、何も考えられなくなる。

もうこれ以上は聞いていられなかった。美希はふらつく足で、その場から逃げ出した。

人のいないところまで来ると、彼女は全身の力が抜けて、壁に沿ってずるりと座りこんでしまった。もうこらえられず、涙がただただ流れていく。

そうか、颯太にとってこの3年間は、お金で精算できる程度のものだったんだ。

でもね、颯太。自分は孤児なんかじゃない。世界一のお金持ちの一人娘なのよ。

そして自分は、心に他の女がいるような男のそばに、いつまでもいるほど落ちぶれてはいない。

あなたがくれるっていう一生困らないお金なんて、これっぽっちもいらない。

美希は顔の涙をぐいっと拭うと、スマホを取り出して母親の池田洋子(いけだ ようこ)に電話をかけた。

「お母さん?私は決めた。家に帰って、会社を継ぐ」
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さぶさぶ
さぶさぶ
感情はどうにもならないから、尽くしてくれから愛せる訳ではないし女主が見切りつけるの早くてよかった 結婚隠して、女主騙してそばに置くからよりはお金で関係を清算しようとするだけ他のクズ男より少しはましに見えた
2026-01-05 15:11:03
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ノンスケ
ノンスケ
一緒に3年も苦労して、自分を成功に導いてくれた人でも、3年間逃げるように去った初恋の前では尊重されないのか。今回はお互いあっさり別れたからよかったけど、菫のあざとさが際立ってたかな。
2026-01-04 14:14:20
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松坂 美枝
松坂 美枝
やたら動画に出てくる身分を隠して好きな男を富豪にしてやったら追い出された世界一のお嬢様みたいなやつ 今回のクズ男は自分の過ちに気づいて去ってくれた 3年の献身も元カノを前に霞んだんだから仕方ない
2026-01-04 11:55:30
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15 Kabanata
第1話
世界一のお金持ちの一人娘、池田美希(いけだ みき)。彼女が恋に落ちたのは、会社が倒産し、数十億円もの借金を背負った青年、岩崎颯太(いわさき そうた)だった。身分を隠して颯太のそばにい始めてから3年。ついに彼はすべての借金を完済し、新しい会社を立ち上げて、上場を果たした。壇上で輝いている颯太の姿を見て、美希は、そろそろ自分の正体を打ち明けるときだと思った。予約しておいたお祝い用の個室の前まで来ると、ちょうど中から賑やかな声が聞こえてきた。「颯太、美希さんはこの3年間、ずっとお前のそばを離れなかったじゃないか。ボロアパートにだって、文句も言わずに一緒に住んでくれた。もう借金も返したし、会社も上場したんだ。そろそろプロポーズしてやれよ」「そうそう。会社を立ち上げたばかりで人を雇う金もなかったとき、美希さんが一人で何人分も働いてくれたんだ。毎日4時間しか寝ないでさ。面倒な交渉はいつも彼女が進んでやってくれた。こんなにいい子、どこ探してもいないって。早くお嫁に来てもらえよな」ドアノブにかけた美希の手が止まる。心臓がどきんと跳ねて、知らず知らずのうちに緊張していた。これまでだって、結婚のことを匂わせたことはあった。でもそのたびに、颯太は「まだ君に楽をさせてあげられないから」と、話をかわしてきたのだ。会社も上場した今、彼は……結婚を考えてくれるかな?「この3年間、美希が俺にしてくれたことは、全部覚えてる。俺も、この先の人生を共にするのは彼女だけだと思ってた。でも……」颯太はソファに深くもたれかかり、指先にはタバコの赤い火が光っていた。その場にいた全員の視線が、彼に集中した。ドアの外に立っていた美希も、ごくりと息を飲んだ。「菫が、帰ってきたんだ」静まり返った部屋の中で、男の低い声がやけにはっきりと響いた。「菫だと?!」仲間の一人が、思わず声を上げた。「3年前、お前の家が潰れた途端、あいつはあっさりお前を捨てて海外に行ったじゃないか!お前が雨の中でひざまずいて引き止めても、見向きもしなかったくせに。そんな金目当ての女を、まさかまだ忘れられないなんて言うつもりじゃないよな?!」颯太はふうっと煙を吐き出した。立ちこめる煙の中で、表情はよく見えなかった。長い沈黙の後、彼がぽつりとつぶやいた。「ああ」たった一言。でもその
Magbasa pa
第2話
3年も離れて暮らしていた娘がついに帰ってくると聞いて、洋子はとても喜んだ。「よかったわ!池田家の会社も、そろそろあなたに引き継いでもらわないとね。そういえばこの間、私とお父さんに紹介したい人がいるって言ってたわよね。彼氏さんでしょ?今回は、彼も一緒に帰ってくるのかしら?」颯太の会社が上場すると知った時、美希は決めていたんだ。上場日に、自分の本当の身分を明かして、彼を両親に紹介するって。だけど、今は……美希はスマホを握る手に力を込めて、こみ上げてくる感情を必死で抑えつけた。「彼氏なんていないわ。勘違いよ」電話の向こうで洋子は一瞬言葉を失った。でも、結局なにも聞かずに、ため息まじりにこう言った。「わかったわ。じゃあ、5日後にうちの会社が国内で記者会見をするの。美希、あなた会社の代表として出席してちょうだい。あなたが後継者だって、みんなにお披露目する良い機会だから」美希は「うん」とだけ答えて、母親と少しだけ言葉をかわしてから電話を切って、部屋の前まで戻った。「美希、いつ来たんだ?」ちょうど誰かが個室のドアを開けて、美希の姿に気づき、驚いたように声をかけた。その瞬間、がやがやしていた個室がしんと静まり返った。美希は、どこか熱を帯びたような、緊張したような視線が自分に突き刺さるのを感じた。彼女はきゅっと唇を結ぶと、胸に広がる苦い思いを飲み込んだ。そして、なるべくいつもと同じ声で話せるように努めた。「今、来たところ」個室の奥で、颯太がほっと息を吐くと、笑顔で美希に声をかけた。「ほら、早く入ってきなよ。このお祝いの席は、君がいないと始まらないんだから」彼の言葉に、周りの仲間たちも口々にはやしたてた。「だよな。もし美希さんがずっと颯太のそばにいてくれなかったら、会社もこんなに早く上場できなかっただろ」「美希さんは颯太の仕事も手伝って契約を取ってくるし、プライベートでも彼の面倒を見てるだろ。マジで俺らからしたら羨ましいよな」「お前さ、ちゃんと大切にしなきゃだめだぞ」……ここにいるのは、颯太と一緒に会社を立ち上げた気心の知れた仲間たちだ。そして彼らは、この3年間、美希がどんな時も颯太のそばを離れなかったのを見てきた。美希には分かっていた。みんな、颯太に昔彼を振った菫を諦めさせようとしているんだ。
Magbasa pa
第3話
その言葉を聞いたとたん、颯太はぴたりと固まった。彼の瞳が、わずかに揺れる。「美希、会社が上場したばかりで、今は本当に忙しい時期なんだ」本当に仕事が忙しいの?それとも、愛していないことの言い訳?美希はふっと軽く笑って、静かにうなずいた。「ええ、わかったわ」質問をはぐらかすなんて、それがもう答えみたいなものだ。彼女はそれ以上何も聞かず、まっすぐ駐車場に向かった。でも、数歩も進まないうちに、隣を歩いていた男の足が不意に止まった。彼の視線の先を見ると、遠くの道端に、薄暗い街灯の光に照らされながら、膝に顔をうずめてしゃがみ込んでいる人影が見えた。それは、菫だった。颯太はその人影に釘付けになり、かすれた声で言った。「ごめん、用事ができた。先に帰っててくれ」そう言うと、彼は菫の方へ大股で歩いていった。美希の足は、その場に縫い付けられたように動かなくなった。颯太が菫の腕をつかんで、隅っこへと連れていくのを、彼女はただ見つめていることしかできなかった。菫はよろめいたけど、颯太は支えようとはしなかった。でも、歩く速度はわずかに落としていた。美希は知らず知らずのうちに拳を握りしめると、結局二人の後を追うことにした。廊下の曲がり角で、颯太は菫の手首を掴んでいた。その目は赤く充血している。「もう行くって言ってただろ。なんでまだこんな所にいるんだ?」菫は目を赤くして彼を見つめた。「私は、もう一度だけ、あなたに会いたくて……」颯太は冷たく笑うと、歯を食いしばるように言った。「あの時、あんなにあっさり俺を捨てていったくせに。今さら何しに戻ってきたんだ?」菫は彼の手を振りほどくと、その腰に勢いよく抱きついた。肩に顔をうずめ、声を詰まらせる。「あなたから離れたかったわけじゃないの。父に、別れろって……もし言うことを聞かなかったら、あなたが潰れるように手を回すって、脅されたの」颯太は菫を突き放さなかった。ただ、両手を固く握りしめ、何かをこらえるように呟く。「どんな事情があったにしろ、俺に話してくれればよかったんだ。そうすれば二人で何とかできたのに。それをお前は、黙っていなくなることを選んだ。そして3年も経った今ごろ、戻ってきたっていうのか。俺が、かつて自分を見捨てた女なんか、今さら要ると思うか
Magbasa pa
第4話
その日の夜、颯太は帰ってこなかった。夜も更けたころ、美希がショート動画を見ていると、近所で撮られたらしい投稿が流れてきた。動画のなかで、男の人が屈みこんで、ごつごつした大きな手で病院のベッドの布団をかけ直している。添えられたキャプションは、たった二文字。【再会】とだけ書かれていた。男の顔は映っていなかった。でも、美希にはそれが颯太だとすぐにわかった。日の当たらない部屋で暮らしたあのころ、自分は何度もあの手に抱きしめられて眠ったのだ。見間違えるはずがない。ということは、つまり……彼と菫は、もうよりを戻したんだ。スマホの画面をずっと見ていたせいだろうか、なんだか目の奥がじんわりと熱くなった。美希はスマホの電源を落とすと、布団を頭までかぶって、無理やり眠りについた。翌朝、美希は階下からの騒がしい声で目を覚ました。階段をおりると、リビングには颯太と菫が座っていた。そばにはスーツケースがいくつか置かれている。美希の姿に気づくと、颯太は小さく咳払いをした。「菫が国内に戻ってきたんだが、行くあてがないそうで。しばらく、ここで暮らすことになった」菫が彼の背後からひょっこり顔を出し、申し訳なさそうに尋ねてきた。「池田さん、私がここに住んだら、ご迷惑じゃないでしょうか?」美希は気にしていない、と首を横に振る。そして、そのままキッチンへ向かい、朝食のトーストを焼いた。この別荘は、颯太の会社が軌道に乗りはじめた頃に買ったものだ。だから彼が誰を住ませようと、自分には関係ない。それに、自分だってここをもうすぐ出ていくのだから。菫はスーツケースを手に、二階へ上がっていった。その直後、二階から甲高い声が聞こえた。菫が腕時計を手に階段をおりてくると、それを颯太の目の前にかかげた。「颯太、これって昔私があげた誕生日プレゼントの。まさか、まだ持っていてくれたなんて」美希は、思わずその腕時計に目をやった。借金の取り立てが一番ひどかった時期のことを、ふと思い出したからだ。あの頃、彼は別荘や高級車、骨董品といった金目のものを、すべて銀行の担保に入れたというのに、この腕時計だけは迷った末に手放さなかった。「これは、まだ持っておこう」と言って。あのときの颯太の目には、何かを懐かしむような、惜しむような色が浮かんでい
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第5話
記者会見の前の日、偶然にも颯太の母親・岩崎理恵(いわさき りえ)の誕生日だった。岩崎家が再起してから初めてのパーティーだから、すごく盛大に開かれた。午後に、颯太はわざわざヘアメイクを呼んだ。さらに、秘書にオークションで高級ジュエリーをたくさん落札させて、持ってこさせた。菫はヘアメイクに指示して、ジュエリーをつけさせ始めた。一方、美希は箱の中のジュエリーを見て、首を横に振るだけだった。「私は、こういうのはつけない」颯太は一瞬きょとんとして、それから笑って言った。「美希、もう会社も上場したんだ。もう俺のために節約しなくていいんだよ」菫は、わざと気遣うふりをして口をひらいた。「颯太、池田さんがつけたくないなら、無理強いはよくないわ。池田さんはご両親がいないって聞いたから、こういうのに慣れてないのかも」美希は冷静に言った。「ええ、たしかに慣れていませんね」なにしろ彼女のアクセサリーは、いつも何億円、何十億円もするものばかり。数千万円レベルのジュエリーなんて、たしかにつけ慣れない。美希がそう言い張るので、颯太もそれ以上は無理強いしなかった。パーティー会場に着くと、ほとんどの招待客はもう集まっていた。颯太は取引先の人たちに囲まれて、別の場所で話し込んでしまった。その場には美希と菫だけが残された。美希は知らない人と一緒にいるのが好きじゃない。だから、まっすぐそばにあったデザートのテーブルに向かった。彼女が離れると、令嬢たちがみんな菫の周りに集まってきた。「菫さん、すごいわね。帰国してすぐ、また岩崎社長の隣にいられるなんて」「そうそう!3年も離れてたのに、また一緒になれるなんて。岩崎社長は、ずっとあなたのことが忘れられなかったのね」「そりゃそうよ。昔、岩崎社長がどれだけ菫さんのことを大事にしてたか、有名だったじゃない」それを聞いて、菫は口元を上げた。目には得意げな色が浮かんでいる。こっそり美希に視線を送ってから、わざと照れたように言った。「やだ、変なこと言わないで。私は帰国したばかりで、少しだけ颯太の家に住まわせてもらってるだけよ。この3年間、颯太のそばにいたのは池田さんなんだから。彼の心にもう私はいないわ。今はただの友達よ」そう言いながら、彼女は少しだけ目を赤くした。周りの人たちはその
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第6話
「偽物」という言葉に、菫は頭を殴られたような衝撃を受けた。瞳の奥に一瞬だけ焦りが浮かんだが、すぐに信じられないという表情を作る。「池田さん、これは私がオークションで手に入れたものですよ。偽物なわけないじゃないですか?」理恵の顔も、少し曇っていた。そのとき、周りにいた誰かがからかうように言った。「あんな身寄りのない子に、宝石の価値なんてわかるわけないでしょ。きっと、でたらめを言ってるのよ!」その一言をきっかけに、周りの人たちも口々に同意し始める。「そうよそうよ、谷口さんが偽物をプレゼントするわけないわ」「宝石のことなんて何も知らないくせに、本物か偽物かなんて偉そうに。ほんと、笑っちゃうわ」嘲笑う声はどんどん大きくなり、菫も落ち着きを取り戻した。そして、美希を軽蔑した目で見つめる。ちょうど話を終えた颯太がやってきて、その会話を耳にした。彼は申し訳なさそうに皆に軽く頭を下げる。「すみません、みなさん。彼女は、こういうことには詳しくないもので」そう言ってから、颯太は美希の方へ向き直り、少しとがめるような口調で言った。「美希、こんな大事な場所で、でたらめを言うもんじゃない」美希はひるむことなく、彼の目をまっすぐに見つめ返した。「私は、本当のことを言っただけよ」あのネックレスは、ずっと前に母が落札したものだった。だから、これは偽物に決まっている。菫は颯太の袖をくっと引き、悲しそうな声で言った。「もしかして池田さんは、私のこと嫌いなの?だから、こんなことを言って、おばさんに私の悪い印象を植え付けようと……」それを聞いて、颯太の瞳に怒りの色が宿った。「菫は君に何もしていないだろう。どうしてそんなひどいことをするんだ。彼女はただ、母のお祝いに来てくれただけなのに」颯太の迷いのない言葉に、美希はじっと彼を見つめた。ふと、会社を立ち上げたばかりの頃を思い出す。あの頃、理不尽な取引先に責められたとき、颯太は大事な契約を投げうってでも、ためらわずに自分を信じて守ってくれたのに。でも今は、颯太が本当に愛する人が帰ってきた。だから彼が守る相手も、当然のように自分から菫になった。結局、美希は何も言わなかった。息が詰まりそうなパーティ会場に、もういたくなかった。彼女は静かに背を向けて、その場を去った。上の
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第7話
気がつくと、病院のベッドで寝かされていた。颯太がベッドのそばに立っていた。その顔はいつもの優しさとはうってかわって、氷のように冷たかった。「美希、岩崎家がどん底だったころにそばにいてくれて、すごく感謝してる。でも、だからって菫に手を出していいわけじゃない。あの子に謝ってほしい」美希は彼を見つめて、ふっと笑みをこぼした。なるほど。颯太が病室にいてくれたのは、自分のことを心配してたからじゃない。目が覚めたらすぐに、菫に謝らせるためだったんだ。そりゃそうか。自分を階段から突き落とすよう命じた人が、怪我の心配なんてするわけない。「謝らないわ。だって、突き落としたのは私じゃないもの」まだ言い訳をする美希を見て、颯太はじっとりと彼女を見つめた。その瞳には、失望と怒りが宿っていた。「じゃあ、病院で一人で反省してろ。自分の非を認めるまで、岩崎家に戻ることは許さない」そう言い捨てると、彼は病室のドアを乱暴に閉めて出て行った。颯太は急いでいたから、美希のつぶやきが聞こえるはずもなかった。「颯太、私は自分の家に帰るから。岩崎家にはもう二度と戻らない」そのとき、スマホがヴーッと鳴った。母親の洋子からだった。【美希、記者会見は3時間後に始まるわよ。場所はここね】手短に返事をすると、美希は腕の点滴を引き抜き、退院手続きを済ませた。そして、母親から教えられた住所へと急いだ。……一方、そのころ。颯太は、菫の容態について医師から詳しく話を聞いていた。彼女に大事はなく、かすり傷だけだと聞いて、颯太はほっと胸をなでおろした。「菫、安心して。必ず美希に謝らせるから」菫は一瞬、目をきらめかせたが、すぐに寛大なふりをして口を開いた。「いいの。池田さんは3年もあなたのそばにいてくれた人よ。私のせいで二人の仲が壊れるのは嫌。今回は、私が自分で転んだってことにしておく」しかし、颯太は譲らなかった。「だめだ。悪いのはあっちなんだから。謝るのが当然だろ」菫はかすかに口元を上げたが、すぐに心配そうな顔に戻り、ためらいがちに言った。「でも、もし池田さんが怒って、機嫌を損ねちゃったらどうするの?」颯太の脳裏に、ベッドに横たわっていた美希の、何の感情も映さない瞳が浮かんだ。なぜか、妙な胸騒ぎがした。今まで、美希が
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第8話
颯太は雷に打たれたような衝撃を受け、目には信じられないという色が浮かんでいた。美希が……世界一のお金持ち、池田家の令嬢?彼女は、身寄りがない子じゃなかったのか。とてつもない衝撃の後、彼の心は収拾のつかない混乱に覆われた。美希が池田家の令嬢なら、なぜ3年前に、身寄りがないふりをして自分のそばにいたんだ?もしかして、岩崎家が目的だったのか?でもあの頃、岩崎家はもう破産して、数十億円の借金もあった。彼女が欲しがるものなんて、何もなかったはずだ。それにこの3年間、美希は自分とボロアパートで暮らし、借金取りから隠れ、飲みの場では酒まで代わりに飲んでくれた……そのどれもが、嘘ではなかったはずだ。だから……彼女が正体を隠してまで、一番つらい3年間を一緒に過ごしてくれたのは、ただ……自分のことが好きだったから。じゃあ、今池田家の令嬢に戻ったのに、自分に何も教えてくれないのは……もう、自分の前からいなくなるつもりなのか?そう思ったとたん、颯太は息が苦しくなった。実は、この3年間ではっきり分かってはいたんだ。美希が自分に気があることには。でも菫に去られてからは、恋愛なんてものに期待できなくなっていた。美希の存在は本当にありがたくて、感動もした。会社の株が上場したら、彼女と結婚しようと考えたことさえあった。でも、まさか菫が帰ってくるとは、思ってもみなかった。株式市場で上場の鐘を鳴らす、その前日の夜、菫から連絡が来たんだ。【颯太、私、帰国したの】たったそれだけの短いメッセージだったのに、自分は一睡もできなかった。ベランダに立って、一晩中タバコを吸い続けた。頭の中では、いろんな思いがせめぎ合っていた。3年前に迷わず去っていった菫の後ろ姿と、付き合っていた頃の甘い記憶が、頭の中で交互に浮かんできた。翌朝、空に朝陽が差し込み始める頃、床に散らばった吸い殻を見て、自分は認めざるを得なかった。まだ菫を完全に忘れられずにいることを。だから、美希に結婚してくれるかと聞かれた時、自分は逃げてしまったんだ。でも、美希と結婚するつもりはなくても、彼女がいなくなるとは考えたこともなかった。あの子には行くあてなんてなくて、ずっと自分のそばにいるものだと、そう思い込んでいたんだ……その頃、菫は画面に映る、髪の一筋まで
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第9話
颯太は、記者会見の会場へ車を飛ばした。彼が着いたとき、会見はちょうど終わったところだった。美希は大勢の人に囲まれていた。普段のラフな格好とは違い、きりっとしたポニーテールに、仕立てのいい紺色のスーツを着こなしている。その姿は、クールで気品に満ちあふれていた。颯太は一瞬、彼女に見とれてしまった。ボディーガードに守られた美希がその場を去ろうとしたとき、颯太は我に返って、慌てて彼女を引き止めた。「美希、待ってくれ!」見知らぬ男が近づいてきたので、ボディーガードは警戒して彼を引き離そうとした。しかし、美希は手でそれを制した。彼女はわかっていた。公の場に姿を現せば、颯太が会いに来ることくらい。ちょうどいい。彼女も、この3年間に完全にけりをつけたかったから。「岩崎社長」あまりによそよそしく冷たい呼び方に、颯太は戸惑い、苦笑いを浮かべた。「美希、君が池田家のお嬢様だってことはわかった。でも、俺がどん底だったときに3年間もそばにいてくれたじゃないか。今さら、そんな他人行儀なことないだろ?」美希は一瞬黙り、そして静かに口を開いた。「あの3年間は、もう過去のこと。今こうして再開した私たちの関係は、ただの岩崎社長と池田家の跡継ぎにすぎない」美希があっさりと過去を切り捨てるのを聞いて、どういうわけか、颯太は胸が詰まるような感じがした。「美希、君は……どうしてあのとき、身分を隠して俺のそばに来たんだ」「岩崎家が倒産したとき、あなたはマスコミの前で必ず再起すると約束した。私はその気迫に惹かれた。でも、私の身分を知ったら警戒されるかもしれない。だから、身寄りのない孤児という身の上をでっちあげたの。それに今は、谷口さんが戻ってきた。あなたが彼女を忘れられないことはわかっている。だから、私がこれ以上岩崎家にいる理由もない」池田家の令嬢として、美希は潔かった。かつて彼を好きだったという事実を、ことさら隠そうとはしない。その答えを聞いて、颯太は無意識に拳を握りしめた。彼は複雑な表情で美希を見つめていた。まさか、彼女がそんなに前から自分を見ていてくれたなんて。「じゃあ……池田家に帰るのか?」たった一言が、颯太にはひどく言いづらかった。喉からやっと絞り出したような声だった。美希はまったく動じることなく、淡々と「え
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第10話
そのとき、スマホの着信音が鳴り、颯太は我に返った。菫からの電話だった。「颯太、どうだった?池田さんは……なにか言ってた?」その声は、なにかを探るようで、少しおびえているようにも聞こえた。美希にうしろめたいことがないなら、彼女が怖がる理由なんてないはずだ。颯太はスマホを握る手に思わず力がこもった。心の中で、ある予感が芽生え始めていた。でも、証拠を見るまでは信じたくなかった。記憶の中の、あの優しくて素敵な菫が、嘘をついて人を陥れるなんてありえない。「彼女は……なにも言わなかったよ」颯太は、美希が秘書にホテルの防犯カメラの映像を送らせたことを、ひとまず黙っておくことにした。電話の向こうで、相手がほっと息をつくのが分かった。「じゃあ颯太、いつ戻ってきてくれるの?病院にひとりなんて、すごく退屈だよ」彼は一瞬黙ってから、こう言った。「今夜は会社で用事があって、残業しないといけないんだ。明日また顔を出すよ」菫が帰国してから、颯太が彼女のお願いを断ったのは、これが初めてだった。電話を切ると、颯太は行きつけのクラブに向かった。連絡を受けて駆けつけた仲間たちが見たのは、黙々とグラスを空ける颯太の姿だった。みんなは顔を見合わせ、どう声をかけたらいいか分からずにいた。池田家の後継者が初めて公の場に姿を現したあの会見は、彼らも見ていた。だから、美希が池田家の令嬢だったことも、当然知っている。颯太の落ち込んだ様子に、仲間の一人が見かねて肩を叩いた。「颯太、どうしたんだよ。ひとりでやけ酒なんて。美希さんが正体を隠してたからか?」颯太はグラスに伸ばした手を止め、しばらくして、かすれた声で口を開いた。「美希が……池田家に帰るんだ」それを聞いて、仲間たちはやっと合点がいった。颯太が落ち込んでいるのは、美希に正体を隠されていたからじゃない。彼女が自分の元を去っていくからだったんだ。仲間の一人が、不思議そうに尋ねた。「彼女が池田家のお嬢様なら、いつかは実家に帰るだろ。でも颯太、なんでそんなに落ち込んでるんだ?菫とはもうヨリを戻したんだろ。だったら美希さんがいなくなるのは、お前にとって好都合じゃないか」別の仲間がひじでそいつをつつき、「おい、何言ってんだよ」とささやいた。言われた方は、ぽりぽりと頭
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