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音もなく雪が舞い落ちる季節に

音もなく雪が舞い落ちる季節に

By:  シックCompleted
Language: Japanese
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岡田理仁(おかだ りひと)が金銭的に生活を援助してあげていた、貧困女子大生・久保美咲(くぼ みさき)が、ある日恩を返しにやってきた。 何事にも全力で挑む彼女は、入社数日で6億円もの契約を取り、一躍トップ営業成績を叩き出した。 打ち上げの後、美咲がインスタを更新する。それは、理仁が膝をつきながら、彼女の膝の傷を手当している写真だった。 【これこそが本当に欲しかったご褒美。ボーナスなんて比べ物にならない】 その前後にも、会社の飛躍を祝う投稿が並んでいたのだが、理仁はその投稿だけにしかいいねを押していなかった。 私、岡田加奈子(おかだ かなこ)は散らかった服を片付けた後、酔い潰れて寝入っている理仁を揺り起こす。 「私たち離婚しよう」 信じられないという顔で、理仁は言った。「いいねをしたから?」 「うん。あなたがいいねをしたから」

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Chapter 1

第1話

岡田理仁(おかだ りひと)が金銭的に生活を援助してあげていた、貧困女子大生・久保美咲(くぼ みさき)が、ある日恩を返しにやってきた。

何事にも全力で挑む彼女は、入社数日で6億円もの契約を取り、一躍トップ営業成績を叩き出した。

打ち上げの後、美咲がインスタを更新する。それは、理仁が膝をつきながら、彼女の膝の傷を手当している写真だった。

【これこそが本当に欲しかったご褒美。ボーナスなんて比べ物にならない】

その前後にも、会社の飛躍を祝う投稿が並んでいたのだが、理仁はその投稿だけにしかいいねを押していなかった。

私、岡田加奈子(おかだ かなこ)は散らかった服を片付けた後、酔い潰れて寝入っている理仁を揺り起こす。

「私たち離婚しよう」

信じられないという顔で、理仁は言った。「いいねをしたから?」

「うん。あなたがいいねをしたから」

理仁は状況が飲み込めないのか少し唖然とした後、薔薇の香水の香りをほのかに漂わせながら近づいてきて、私の額にキスをした。

「もう、お前ってやつは。もういい大人なんだから、子供みたいにヤキモチなんか焼くなよ」

理仁はもともと、甘ったるい香りは苦手なはずだったのに。

そして私が知る限り、この香りを纏っているのは美咲だけ。

「美咲はこの契約を取るために、本当に頑張っていたんだよ。今井社長と商談のチャンスが欲しくて、膝をついてまで懇願したんだから。

それに、あの子は純粋でいい子だ。だから、俺に恩返しをしようっていう気持ちを無碍にはできないだろ?

明日の会議で着るスーツにアイロンをかけたら、もうお前は早く寝ろよ。仕事のことは何も分からないんだから、せめて家のことぐらいは完璧にこなしてくれよな。これ以上、俺に余計なことをさせないで」

そう言い捨てると、理仁は寝返りを打ち、また深く眠りに落ちた。

私は立ち上がり、口紅がついたシャツを洗濯機へ投げ込むと、なんだか自分が情けなくなった。

結婚して5年が経った。理仁は忘れているのだろうけど、私だって一流大学の金融学科出身なのだ。

創業当時に苦労して胃を壊した彼の食事なんかに気遣わなければ、こんな風に使用人同然の毎日を送ることなどなかったのに。

朝から一日中働き、家に帰れば洗濯、夕飯作り、掃除……

理仁はこれを当たり前だと思っているのか、金銭的に余裕ができてからも、使用人を雇うことなど考えもしてくれなかった。

途方もない疲労感が、私を深く覆い尽くしていく。

私は枕を持ってゲストルームへ行くと、そこで一晩を明かした。

翌朝、早めに会社へ向かい、タイムカードを切る。

いつもは、栄養のある朝ごはんを理仁に用意しているのだが、今日は用意してこなかった。だからか、社長室を通り過ぎた際に見た理仁の顔色は最悪だった。

社長室のドアが閉められてから数分も経たないうちに、美咲がスキップしながら社長室に入っていった。

「ねえ、昨日美咲さんがアップしたインスタ見た?社長が特定の女性にあんな優しいなんて初めじゃない?もしかしたら、もうすぐ社長の結婚発表があったりして」

同僚たちの噂話に、心臓がチクリと痛む。

理仁と私の夫婦関係は、これまでずっと隠し通されてきた。

結婚の写真でさえ、モザイクをかけるよう厳しく言われた。

会社のみんなに余計なことを言わせないため、能力もないのに採用された私を保護するためだ、と。

しかし、昨日、理仁が美咲だけを分かりやすいほど甘やかしているのを見て、ようやくわかった。私は、彼にそこまで愛されていなかっただけなのだ。

深く息を吸い込む。そして、退職願を手に取ると、私は社長室のドアを押し開けた。

すると、視界に入ったのは、露出の激しい服を着た美咲が、理仁の膝の上に乗り掛かっている姿だった。

それでも無表情な私を見て、理仁は慌てて視線をそらし、美咲と距離を置く。

「加奈子。美咲がお茶をこぼしちゃったから、火傷がないか見てただけだから。誤解するなよ」

私は伏し目がちに淡々と答えた。「私たちが夫婦であることを職場に持ち込まないようにって言ったのは、社長ですよね?」

美咲は服を整えると、笑顔で話しかけてきた。「加奈子さん。理仁さんはただあなたがヤキモチをやくんじゃないかって心配してるだけなんですよ。それと、昨日の喧嘩の話は聞きました。すみません。私があんな投稿しちゃったから……気分を害してしまいましたよね。

嫌なら、今すぐ消しますから」

そう言って、美咲はスマホを取り出そうとした。

この状況をやっと理解できた理仁は我に返り、健気な美咲を抱きしめて優しく慰めた。

「消す必要なんてないよ。俺が、会社のみんなにお前を特別扱いしているって教えたいんだから。

お前は俺が育てた自慢の娘みたいなもんだ。それに、会社にも大きな利益をもたらしてくれた。だからお前は何を欲しがったっていいんだよ」

美咲の少しずつ赤らんでいく頬を私は冷たく眺めながら、淡々と退職願を差し出した。

理仁は一瞬呆然としたようだったが、すぐに鼻で笑った。

「別にいいよ。もともと会社じゃ役立たずだったんだ。ちょうどいいじゃないか。家で専業主婦でもしてな。

あ、それと。美咲は眠りが浅くて、社員寮じゃ眠れないらしいんだ。だから、当面はうちに住まわせることにしたよ。

美咲の朝食のことだけど、美咲の好きなレストランは朝食デリバリーをしてないから、朝6時に並ぶのを忘れるな。あと洗濯には薔薇の柔軟剤を使ってあげて。美咲はあの香りが好きだから。今は生理中らしいから、毎晩温かい飲み物も準備しておいてやれよ」

理仁が一気に喋る中、私の瞳から涙がこぼれ落ちそうになることには、誰一人として気づいていなかった。
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松坂 美枝
松坂 美枝
えぇ~ここで終わりか クズ夫の後悔とかそこら辺詳しく読みたかったw 女連れ込むだけでも無理なのにその両親まで連れて来られちゃあ離婚だよね
2026-04-02 11:46:14
3
0
ノンスケ
ノンスケ
この女、本当に才能があるの?ただ支援してた学生に花を持たせるためにやらせたんじゃない?浮気されてた妻の身になれば、捨てられても文句は言えないね。
2026-04-02 22:15:53
0
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8 Chapters
第1話
岡田理仁(おかだ りひと)が金銭的に生活を援助してあげていた、貧困女子大生・久保美咲(くぼ みさき)が、ある日恩を返しにやってきた。何事にも全力で挑む彼女は、入社数日で6億円もの契約を取り、一躍トップ営業成績を叩き出した。打ち上げの後、美咲がインスタを更新する。それは、理仁が膝をつきながら、彼女の膝の傷を手当している写真だった。【これこそが本当に欲しかったご褒美。ボーナスなんて比べ物にならない】その前後にも、会社の飛躍を祝う投稿が並んでいたのだが、理仁はその投稿だけにしかいいねを押していなかった。私、岡田加奈子(おかだ かなこ)は散らかった服を片付けた後、酔い潰れて寝入っている理仁を揺り起こす。「私たち離婚しよう」信じられないという顔で、理仁は言った。「いいねをしたから?」「うん。あなたがいいねをしたから」理仁は状況が飲み込めないのか少し唖然とした後、薔薇の香水の香りをほのかに漂わせながら近づいてきて、私の額にキスをした。「もう、お前ってやつは。もういい大人なんだから、子供みたいにヤキモチなんか焼くなよ」理仁はもともと、甘ったるい香りは苦手なはずだったのに。そして私が知る限り、この香りを纏っているのは美咲だけ。「美咲はこの契約を取るために、本当に頑張っていたんだよ。今井社長と商談のチャンスが欲しくて、膝をついてまで懇願したんだから。それに、あの子は純粋でいい子だ。だから、俺に恩返しをしようっていう気持ちを無碍にはできないだろ?明日の会議で着るスーツにアイロンをかけたら、もうお前は早く寝ろよ。仕事のことは何も分からないんだから、せめて家のことぐらいは完璧にこなしてくれよな。これ以上、俺に余計なことをさせないで」そう言い捨てると、理仁は寝返りを打ち、また深く眠りに落ちた。私は立ち上がり、口紅がついたシャツを洗濯機へ投げ込むと、なんだか自分が情けなくなった。結婚して5年が経った。理仁は忘れているのだろうけど、私だって一流大学の金融学科出身なのだ。創業当時に苦労して胃を壊した彼の食事なんかに気遣わなければ、こんな風に使用人同然の毎日を送ることなどなかったのに。朝から一日中働き、家に帰れば洗濯、夕飯作り、掃除……理仁はこれを当たり前だと思っているのか、金銭的に余裕ができてからも、使用人を雇うこ
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第2話
「だめだよ。加奈子さんにそんなことさせるなんて。それに、私はそこまでひ弱じゃないんだから」理仁は愛おしそうに美咲の鼻筋を指で撫でた。「お前には最高のものを与えたいんだよ。加奈子は仕事に関してはいまいちだけど、お前の世話をするっていうならまあ及第点だからな。用事があったら遠慮なく加奈子に言えばいいさ」そう言った彼は、私が渡した書類をしっかり確認せず、さらさらと署名をした。離婚届もその中に混じっていることなど知らずに。震える手で受け取り、私は逃げるように自分の席へ戻った。その瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。「加奈子さん、俺の本気はわかってくれた?電話一本で6億円の契約を旦那さんの会社に回したんだよ。うちで働くこと、考え直してくれないかな?」私はこみ上げてくる嗚咽をぐっと飲み込み、「はい。お受けさせていただきます」と答えた。受話器の向こうの男は数秒黙ったあと、こう言った。「君は、まだあの男の小さな会社にしがみつくのかと思っていたけど……分かった。まあ、賢明な判断だね。すぐに席を準備させるから。3日後に来て」3日後、私と理仁の縁は完全に終わりを迎える。同僚の噂話を浴びながら、私は抜け殻のように一日を過ごした。疲れ果てて帰宅すると、美咲の両親が当たり前のようにそこにいて、思わず足を止めた。美咲の父親・久保健吾(くぼ けんご)はテーブルに足を投げ出し、みかんの皮を剥いた後の汚い手で、ベタベタとソファを触っている。美咲の母親・久保茜(くぼ あかね)は私の両親の位牌の前で、品のない言葉を吐き散らしていた。私は怒りで体が震えた。今すぐこの人たちを追い出そうと駆け寄る。「誰が入っていいなんて言ったの?!今すぐ出て行って!」「俺が入れたんだ」理仁が私を責めるような目で見てきた。その背後では、美咲がおどおどした様子で立っている。「加奈子、美咲の親は田舎暮らしで大変なんだよ。美咲だって、都会の暮らしを一度体験させてあげたかっただけなんだから、なにもそんな目くじら立てなくたっていいだろ?」しかし、彼らが地面に散らかったゴミと、茜の足元にあった位牌を見た瞬間、理仁も呆然と立ち尽くした。茜はバツが悪そうに言い訳を始めた。「ごめんなさいね、岡田社長。私たちは田舎のやり方しか知らないもんで、つい……迷惑をかけてしまった
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第3話
理仁と私の出会いは、両親を亡くした交通事故から始まった。運転席と助手席に乗っていた両親は即死だった。その時、偶然通りかかった理仁が、車が爆発する寸前に後部座席に乗っていた私を助け出してくれたのだ。炎が吹き上がる中、私は理仁の焦った表情をはっきりと見ていた。「大丈夫だ。怖くない」と彼は繰り返し私に言い聞かせた。もし理仁がいなかったら、私はその時死んでいただろう。その記憶が頭をよぎった私は、もがいていた体を止める。理仁はふっと息をつき、「ようやく分かってくれたか」と言った。「下に降りよう。サプライズがあるんだ」私は少し戸惑った。今日が私の誕生日だということを、理仁がようやく思い出してくれたのかと思ったから。しかし次の瞬間には、理仁が配達員からケーキを受け取り、私の前をさっと通り過ぎると、美咲の両親に話しかけた。「わざわざ遠くから来ていただいて。お疲れ様でした。みんなが揃うから、お祝いだって思ってケーキを用意したんです」美咲が嬉しそうに理仁の頬にキスをする。「理仁さん、本当に優しいんだから」理仁は私と視線が合うと気まずそうにしたが、すぐに優しい笑みを浮かべて言った。「お前は俺に幸運を運んできてくれたんだ。初日でこんなに大きな商談をとってきたらお前に、優しくしないで誰に優しくするって言うんだよ」四人が囲む食卓は、まるで本物の家族のようだった。私は体調不良を言い訳に、自室へと逃げ込んだ。夜になり、理仁がドアをノックしてきた。残りのケーキを手に、すまなそうに言う。「今夜は一緒に寝てあげられないんだ。美咲が慣れないベッドで落ち着かないって言ってさ。側にいてやらなきゃいけないんだよ」私は何も言わず、ただ淡々と頷いた。私がいつものように感情を荒らさないことに違和感を覚えたのか、理仁は眉間にしわを寄せたまま、しばらく無言で私を見つめていたが、やがて黙ってゲストルームへ向かった。私は立ち上がり、ケーキをゴミ箱へ捨てると、スマホで転職先の入社手続きの流れを確認した。確認し終わると、何気なくインスタを開いた。2分前、美咲が投稿していたのは、ベッドの脇で子供向けの物語を読んで聞かせる理仁の横顔だった。二人の間には、とても親密な空気が流れている。その下には同僚からのコメントが並んでいた。【もしかして、そろ
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第4話
そう言った途端、久保家三人の瞳に怪しい光が宿る。理仁は、私がこれほど軽々しく離婚を口にすると考えていなかったのだろう。途端に言葉を失っていた。彼がずっと黙ったままで何の反応もないので、私は肩をすくめると、まだ寝足りなかったので2階へと戻った。再び目を覚ました私は、連絡していた不動産業者と会って賃貸契約を済ませ、引越しの手配を終えた。気づけばもう夕方になっていた。ショッピングモールを通りかかったとき、ちょうど美咲が理仁の腕に抱きつきながらビルから出てくるのが見えた。並んだ二人は本当にお似合いで、通りすがりの人々からも羨望の眼差しを浴びている。私に気づいた理仁は、とっさに美咲の手を離そうとしたが、一瞬立ち止まると今度は逆に、彼女の指をきつく絡めるように繋ぎ、私の様子をそれとなく窺ってきた。私は冷めた目で視線をそらし、二人を避けて歩き出す。「加奈子!自分の夫が他の……」という鋭い叱責の声が聞こえかけたその時、周囲の壁に亀裂が入り、地面までが揺れ出した。まさかの地震だった。群衆からは悲鳴が上がり、ビルからも我先にと人がなだれ出してきた。混乱の中、誰かに押された私は転倒してしまった。大勢の足が容赦なく私の体を踏み越えていく。「加奈子!大丈夫か!」理仁が押し寄せる人混みをかき分け、焦りきった顔で私の方へ必死に向かってくるのが見えた。「きゃっ!理仁さん、助けて!」しかし、美咲のか弱そうな声を聞いた途端、理仁は動きを止めた。助けを求めて涙を浮かべる美咲と、無表情で立ち尽くす私を交互に見比べ、彼はそのまま美咲の方へと戻り去っていってしまった。揺れが収まった後、通行人に助け起こしてもらった私は、足を引きずりながら自宅へ戻った。リビングでは、茜が美咲の手の甲にできたたった2センチほどの擦り傷を大げさに持ち上げ、騒ぎ立てていた。「まあ、なんてこと!こんなひどい傷!早く病院へ連れていかなきゃ!」健吾が理仁を見て言う。「岡田社長、美咲の怪我は労災がおりますよね?お見舞い金はいただけますか?」と言った。理仁の瞳に一瞬嫌悪がよぎったが、私が彼を見ていることに気づき、すかさず表情を作り変えて優しげに微笑んだ。「うーん、労災を下ろすことはできませんね」健吾が落胆する前に、理仁は続けた。「ですが、美咲は弊社の売上
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第5話
個室で、理仁は一向に返信が来ないチャット画面を見つめ、言いようのない苛立ちを覚えていた。ここ数日の加奈子の冷え切った態度を思い出し、彼は疲れ果てて眉間を揉んだ。「理仁さん。今井社長がもうすぐ来ちゃうよ。加奈子さん、まだ起きてないのかな?もしかして、昨日のことで拗ねてて、わざと契約書を送ってこないんじゃ?」理仁は反射的に反論した。「加奈子はそんな人間じゃない。もしお前が事前に紙の契約書を用意していれば、何の問題もなかったのに」美咲は肩を震わせ、たちまち目を赤くした。「ごめんなさい、理仁さん……私のミスで、こんなことに……」理仁は溜息をついた。この大きな案件を勝ち取るために、プライドを捨て、膝までついてチャンスを懇願していた美咲の姿を思い出すと、それ以上は責められなかった。しかし、泣き止ませようと振り向いた彼の目に入ったのは、露出度の高いピンクのレースのキャミソールを着た美咲の姿だった。美咲は鼻をすすり、健気に振る舞う。「理仁さん、この服どう?今日契約書にサインしてもらうために、特別に選んだんだけど」理仁はこめかみに青筋を立てた。「今すぐ着替えてこい!今日は正式な場だ。それに、これから会うのは東都随一の富豪、今井社長だぞ。そんな格好でどうするつも……」その後の言葉は、到底口に出せるものではなかった。納得のいかない様子で退室する美咲の背中を見つめ、理仁は心底疲れたように感じた。かつて加奈子とクライアントの元を訪れた際には、契約の細部から顧客の好みのお茶の温度まで、彼女は完璧にこなしていた。相手に文句の付け入る隙すら与えないほどに。もしかすると、加奈子が家で身につけたああいう世話焼きなところは、職場で案外役に立つのかもしれない。そうであれば、数日後に加奈子を会社に呼び戻そうか?理仁はそう考えながら、加奈子に電話をかけた。しかし、何度かけても無機質な留守電音声しか聞こえてこず、彼は焦りを感じ始めた。【どこにいるんだ?すぐ電話に出ろ】【加奈子?まだ怒ってるのか?悪かったって。だから、いつまでも意地を張るな。早く契約書を送ってくれよ】10通近く送っても返信はない。痺れを切らして、【返事をしないなら離婚するぞ】と送ったが、その後既読のマークがつくことは無かった。もしかして、加奈子は俺のことをブロックしたのか
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第6話
「加奈子?!」理仁は大きく目を見開き、自分の耳を疑った。ただの偶然に違いない……加奈子が、こんな東都の大物と関わりがあるわけがない。いや、しかし以前、美咲が今井グループで2時間も跪いていた時、誰一人として相手にしていなかった。だが、それを聞きつけた加奈子が一本電話を入れた途端、聡は部下を向かわせ、美咲との面会を承諾していた。まさか、本当に加奈子が……いや、きっと偶然だろう。落ち着かない様子の理仁に、渉は深く一礼して立ち去ろうとした。しかし、スマホに届いた連絡を見た渉は足を止め、微笑を浮かべる。「そういえば、社長から一言お伝えしておくよう言われていました。意思決定を行う立場なら、相手から差し出された資料がどんなものであれ、熟読してからサインすべき。そうでなければ、一生後悔することになる、と」理仁がその真意を悟る間もなく、渉は足早に立ち去っていった。「ねえ理仁さん、さっき彼が言ってた今井社長の奥さんって、加奈子さんのこと?でも……どうして……」理仁は顔色を真っ青にすると、何かに取り憑かれたように車を走らせ、邸宅へと戻った。家に入るやいなや、ソファには健吾と茜がふんぞり返って座っており、手には札束を握っていた。それになんと、家の家具のほとんどが姿を消しているではないか。気だるげにまぶたを上げる茜の顔には、いつもの媚を売るような笑顔は一切なかった。「岡田社長、おかえりなさい。私たち年寄り二人、ちょっと体の具合が悪くて、お金が急に必要になったんです。だから、あなたが使っていない家具をいくつか先に売らせてもらいました。どうせもう家族なんだし……気にしませんよね?」理仁は奥歯を噛みしめる。「誰が家族だって?」やっとの思いで追いかけてきた美咲も、空っぽになったリビングを見て呆然とした。「父さん、母さん。一体何をしたの?」健吾は娘を引き寄せ、得意げに笑う。「美咲、岡田社長はあの女ともう離婚したんだ。てことは、岡田社長はお前の旦那になるし、お前も未来の岡田夫人だ。だから、俺たちは好きにさせてもらったんだよ!この邸宅、見た目は立派だけど、結局、離婚したあの『訳あり女』が住んでた家だろ?なんだか、縁起が悪い。もし、お前が住むなら、新築がいいに決まってるって思ってさ」理仁は頭の中が真っ白になった。健吾の襟首を掴み上げ
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第7話
「もしもし、山下社長。もう少しだけ待っていただけますか。今井グループとの提携は間違いなく……もしもし?」半日、理仁の電話は鳴りっぱなしだった。彼は突き刺すような胃の痛みを堪えながら、無意識に加奈子とのチャット画面を開き、何か胃に優しいものでも作ってくれないかとメッセージを打とうとした。しかし昨日から、加奈子は彼をブロックし、離婚届の証明書だけを残していたことを思い出す。理仁は今も、状況が飲み込めず立ち尽くすしかなかった。また別の取引先からも着信があった。理仁は激昂し、スマホを床に叩きつけた。経理室へ向かい、今の手元にある現金の額を聞いた。「1円もありませんよ……それと、先ほど美咲さんが来て、ボーナスを振り込むようにと言っていました。社長が許可したと……」「いつそんな許可を出したんだ?!会社の金を勝手に動かして、報告もないのか!」理仁は怒鳴った。「でも、以前社長がおっしゃってたじゃないですか。美咲さんは6億円の大口契約を取ってきたから、好きなだけボーナスを出してやれって……」理仁は凍りついた。当時、加奈子と喧嘩をして苛立っていた自分は、周囲に見せつけるように美咲を甘やかし、無責任な約束をしたのだった。廊下をぼう然と歩いていると、美咲が同僚に自慢している声が聞こえた。「理仁さんとは知り合って長いんだけど、身内びいきなんて全くないよ。6億円の案件を取ってきたから、ご褒美をもらっただけで」同僚が羨ましがる。「いいなあ。もし、私も同じ立場だったら、さっさと会社を辞めて社長夫人になるかも」「美咲さん、結婚しても私たちのこと忘れないでね」同僚の羨望の眼差しを受け、満足げに微笑みながら、実際には入ってきていない6億円の話をする美咲を見て、理仁は頭に血が上るのを感じた。「お前たちは暇なのか?仕事は?美咲とはただの上司と部下の関係だ。それに、俺はもう結婚している。妻は加奈子だ!それと、今井グループとの契約書はまだしていない。早く経理室に戻って、受け取ったボーナスを全て返してこい」怒りに満ちた瞳で皆を睨みつけ、最後に美咲を冷たく見下ろす。美咲は顔を真っ赤にし、涙を浮かべると、「分かった」と呟いて、逃げるように走っていった。理仁は疲れ果てて椅子に沈んだ。しばらくすると、オフィスの電話が鳴った。「
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第8話
理仁が大勢の人前で人を殴り、「いかがわしいの写真」がネット中に拡散された動画が、ネットに上がった頃――ちょうど私は、その日の仕事を終えたところだった。「加奈子さん、晩飯でもどう?」周りに人がいるのもお構いなしにドアにもたれかかった聡が、いたずらな笑みを浮かべながら、私に言ってきた。私は慌ててカーテンを閉め、聡を中へ引っ張り込む。「いい加減にしてください。ここ、会社ですよ?」聡はうつむいて、デスクの鉢植えを指で弄っている。その伏せられたまつげのせいで、妙に同情を誘われた。仕方なく、私はため息をつくと帰り支度をした。同僚たちの好奇の目に晒されながら、聡と一緒にオフィスを出る。聡は学生時代の先輩だった。彼のような力のある味方がいてくれたからこそ、私は思い切り理仁に復讐できたのだ。動画の中で理仁と健吾が殴り合っていたあの無様な姿を思い出すと、吹き出しそうになる。ここ数日、連日の残業に追われる私にとって、それが唯一の息抜きだった。その後しばらくして、私は理仁の動向を特に知ろうともしていなかったが、彼の会社は資金繰りに詰まり、破産寸前だという噂を耳にした。その知らせを聞いたのは、ちょうど顧客との打ち合わせを終え、車に乗り込もうとしたときだった。足を踏み出した瞬間、曲がり角から突然現れた理仁に、腕をぐいっとつかまれた。聡が眉をひそめて警備員を呼ぼうとしたが、私は首を振って制止した。私は理仁を人気のない場所に連れて行き、彼が話すのを静かに待つ。理仁は真っ赤に充血した目で、瞬きもせずじっと私を見つめてくる。「加奈子、ようやく見つけた……一緒に家に戻ろう」私は笑って答える。「あれはあなたと久保家の家であって、私の家じゃないの」「違うんだ!」理仁は焦った様子で言った。「美咲は妹のようなもんでしかなかったんだ。偶然、山の中で苦労している姿を見た時に、親を早くに亡くしたお前を思い出して……だから、誰かが助けてやれば、救われるんじゃないかと思ったんだ。加奈子。俺と美咲の距離感は間違っていたって反省してる。でも、もう美咲は解雇にしたし、名誉毀損で美咲の父親を訴える準備もしてるんだ。あの写真だって誤解なんだよ。酒を飲みすぎた時に、美咲がわざとあんな……」ひどく疲れていた私は、こんなお決まりの言い訳など聞きたくもなか
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