LOGIN岡田理仁(おかだ りひと)が金銭的に生活を援助してあげていた、貧困女子大生・久保美咲(くぼ みさき)が、ある日恩を返しにやってきた。 何事にも全力で挑む彼女は、入社数日で6億円もの契約を取り、一躍トップ営業成績を叩き出した。 打ち上げの後、美咲がインスタを更新する。それは、理仁が膝をつきながら、彼女の膝の傷を手当している写真だった。 【これこそが本当に欲しかったご褒美。ボーナスなんて比べ物にならない】 その前後にも、会社の飛躍を祝う投稿が並んでいたのだが、理仁はその投稿だけにしかいいねを押していなかった。 私、岡田加奈子(おかだ かなこ)は散らかった服を片付けた後、酔い潰れて寝入っている理仁を揺り起こす。 「私たち離婚しよう」 信じられないという顔で、理仁は言った。「いいねをしたから?」 「うん。あなたがいいねをしたから」
View More理仁が大勢の人前で人を殴り、「いかがわしいの写真」がネット中に拡散された動画が、ネットに上がった頃――ちょうど私は、その日の仕事を終えたところだった。「加奈子さん、晩飯でもどう?」周りに人がいるのもお構いなしにドアにもたれかかった聡が、いたずらな笑みを浮かべながら、私に言ってきた。私は慌ててカーテンを閉め、聡を中へ引っ張り込む。「いい加減にしてください。ここ、会社ですよ?」聡はうつむいて、デスクの鉢植えを指で弄っている。その伏せられたまつげのせいで、妙に同情を誘われた。仕方なく、私はため息をつくと帰り支度をした。同僚たちの好奇の目に晒されながら、聡と一緒にオフィスを出る。聡は学生時代の先輩だった。彼のような力のある味方がいてくれたからこそ、私は思い切り理仁に復讐できたのだ。動画の中で理仁と健吾が殴り合っていたあの無様な姿を思い出すと、吹き出しそうになる。ここ数日、連日の残業に追われる私にとって、それが唯一の息抜きだった。その後しばらくして、私は理仁の動向を特に知ろうともしていなかったが、彼の会社は資金繰りに詰まり、破産寸前だという噂を耳にした。その知らせを聞いたのは、ちょうど顧客との打ち合わせを終え、車に乗り込もうとしたときだった。足を踏み出した瞬間、曲がり角から突然現れた理仁に、腕をぐいっとつかまれた。聡が眉をひそめて警備員を呼ぼうとしたが、私は首を振って制止した。私は理仁を人気のない場所に連れて行き、彼が話すのを静かに待つ。理仁は真っ赤に充血した目で、瞬きもせずじっと私を見つめてくる。「加奈子、ようやく見つけた……一緒に家に戻ろう」私は笑って答える。「あれはあなたと久保家の家であって、私の家じゃないの」「違うんだ!」理仁は焦った様子で言った。「美咲は妹のようなもんでしかなかったんだ。偶然、山の中で苦労している姿を見た時に、親を早くに亡くしたお前を思い出して……だから、誰かが助けてやれば、救われるんじゃないかと思ったんだ。加奈子。俺と美咲の距離感は間違っていたって反省してる。でも、もう美咲は解雇にしたし、名誉毀損で美咲の父親を訴える準備もしてるんだ。あの写真だって誤解なんだよ。酒を飲みすぎた時に、美咲がわざとあんな……」ひどく疲れていた私は、こんなお決まりの言い訳など聞きたくもなか
「もしもし、山下社長。もう少しだけ待っていただけますか。今井グループとの提携は間違いなく……もしもし?」半日、理仁の電話は鳴りっぱなしだった。彼は突き刺すような胃の痛みを堪えながら、無意識に加奈子とのチャット画面を開き、何か胃に優しいものでも作ってくれないかとメッセージを打とうとした。しかし昨日から、加奈子は彼をブロックし、離婚届の証明書だけを残していたことを思い出す。理仁は今も、状況が飲み込めず立ち尽くすしかなかった。また別の取引先からも着信があった。理仁は激昂し、スマホを床に叩きつけた。経理室へ向かい、今の手元にある現金の額を聞いた。「1円もありませんよ……それと、先ほど美咲さんが来て、ボーナスを振り込むようにと言っていました。社長が許可したと……」「いつそんな許可を出したんだ?!会社の金を勝手に動かして、報告もないのか!」理仁は怒鳴った。「でも、以前社長がおっしゃってたじゃないですか。美咲さんは6億円の大口契約を取ってきたから、好きなだけボーナスを出してやれって……」理仁は凍りついた。当時、加奈子と喧嘩をして苛立っていた自分は、周囲に見せつけるように美咲を甘やかし、無責任な約束をしたのだった。廊下をぼう然と歩いていると、美咲が同僚に自慢している声が聞こえた。「理仁さんとは知り合って長いんだけど、身内びいきなんて全くないよ。6億円の案件を取ってきたから、ご褒美をもらっただけで」同僚が羨ましがる。「いいなあ。もし、私も同じ立場だったら、さっさと会社を辞めて社長夫人になるかも」「美咲さん、結婚しても私たちのこと忘れないでね」同僚の羨望の眼差しを受け、満足げに微笑みながら、実際には入ってきていない6億円の話をする美咲を見て、理仁は頭に血が上るのを感じた。「お前たちは暇なのか?仕事は?美咲とはただの上司と部下の関係だ。それに、俺はもう結婚している。妻は加奈子だ!それと、今井グループとの契約書はまだしていない。早く経理室に戻って、受け取ったボーナスを全て返してこい」怒りに満ちた瞳で皆を睨みつけ、最後に美咲を冷たく見下ろす。美咲は顔を真っ赤にし、涙を浮かべると、「分かった」と呟いて、逃げるように走っていった。理仁は疲れ果てて椅子に沈んだ。しばらくすると、オフィスの電話が鳴った。「
「加奈子?!」理仁は大きく目を見開き、自分の耳を疑った。ただの偶然に違いない……加奈子が、こんな東都の大物と関わりがあるわけがない。いや、しかし以前、美咲が今井グループで2時間も跪いていた時、誰一人として相手にしていなかった。だが、それを聞きつけた加奈子が一本電話を入れた途端、聡は部下を向かわせ、美咲との面会を承諾していた。まさか、本当に加奈子が……いや、きっと偶然だろう。落ち着かない様子の理仁に、渉は深く一礼して立ち去ろうとした。しかし、スマホに届いた連絡を見た渉は足を止め、微笑を浮かべる。「そういえば、社長から一言お伝えしておくよう言われていました。意思決定を行う立場なら、相手から差し出された資料がどんなものであれ、熟読してからサインすべき。そうでなければ、一生後悔することになる、と」理仁がその真意を悟る間もなく、渉は足早に立ち去っていった。「ねえ理仁さん、さっき彼が言ってた今井社長の奥さんって、加奈子さんのこと?でも……どうして……」理仁は顔色を真っ青にすると、何かに取り憑かれたように車を走らせ、邸宅へと戻った。家に入るやいなや、ソファには健吾と茜がふんぞり返って座っており、手には札束を握っていた。それになんと、家の家具のほとんどが姿を消しているではないか。気だるげにまぶたを上げる茜の顔には、いつもの媚を売るような笑顔は一切なかった。「岡田社長、おかえりなさい。私たち年寄り二人、ちょっと体の具合が悪くて、お金が急に必要になったんです。だから、あなたが使っていない家具をいくつか先に売らせてもらいました。どうせもう家族なんだし……気にしませんよね?」理仁は奥歯を噛みしめる。「誰が家族だって?」やっとの思いで追いかけてきた美咲も、空っぽになったリビングを見て呆然とした。「父さん、母さん。一体何をしたの?」健吾は娘を引き寄せ、得意げに笑う。「美咲、岡田社長はあの女ともう離婚したんだ。てことは、岡田社長はお前の旦那になるし、お前も未来の岡田夫人だ。だから、俺たちは好きにさせてもらったんだよ!この邸宅、見た目は立派だけど、結局、離婚したあの『訳あり女』が住んでた家だろ?なんだか、縁起が悪い。もし、お前が住むなら、新築がいいに決まってるって思ってさ」理仁は頭の中が真っ白になった。健吾の襟首を掴み上げ
個室で、理仁は一向に返信が来ないチャット画面を見つめ、言いようのない苛立ちを覚えていた。ここ数日の加奈子の冷え切った態度を思い出し、彼は疲れ果てて眉間を揉んだ。「理仁さん。今井社長がもうすぐ来ちゃうよ。加奈子さん、まだ起きてないのかな?もしかして、昨日のことで拗ねてて、わざと契約書を送ってこないんじゃ?」理仁は反射的に反論した。「加奈子はそんな人間じゃない。もしお前が事前に紙の契約書を用意していれば、何の問題もなかったのに」美咲は肩を震わせ、たちまち目を赤くした。「ごめんなさい、理仁さん……私のミスで、こんなことに……」理仁は溜息をついた。この大きな案件を勝ち取るために、プライドを捨て、膝までついてチャンスを懇願していた美咲の姿を思い出すと、それ以上は責められなかった。しかし、泣き止ませようと振り向いた彼の目に入ったのは、露出度の高いピンクのレースのキャミソールを着た美咲の姿だった。美咲は鼻をすすり、健気に振る舞う。「理仁さん、この服どう?今日契約書にサインしてもらうために、特別に選んだんだけど」理仁はこめかみに青筋を立てた。「今すぐ着替えてこい!今日は正式な場だ。それに、これから会うのは東都随一の富豪、今井社長だぞ。そんな格好でどうするつも……」その後の言葉は、到底口に出せるものではなかった。納得のいかない様子で退室する美咲の背中を見つめ、理仁は心底疲れたように感じた。かつて加奈子とクライアントの元を訪れた際には、契約の細部から顧客の好みのお茶の温度まで、彼女は完璧にこなしていた。相手に文句の付け入る隙すら与えないほどに。もしかすると、加奈子が家で身につけたああいう世話焼きなところは、職場で案外役に立つのかもしれない。そうであれば、数日後に加奈子を会社に呼び戻そうか?理仁はそう考えながら、加奈子に電話をかけた。しかし、何度かけても無機質な留守電音声しか聞こえてこず、彼は焦りを感じ始めた。【どこにいるんだ?すぐ電話に出ろ】【加奈子?まだ怒ってるのか?悪かったって。だから、いつまでも意地を張るな。早く契約書を送ってくれよ】10通近く送っても返信はない。痺れを切らして、【返事をしないなら離婚するぞ】と送ったが、その後既読のマークがつくことは無かった。もしかして、加奈子は俺のことをブロックしたのか
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