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第15話

Auteur: 皆無
お焚き上げを終えた紗帆は、心音を連れて帰ろうと振り向いた。

すると、少し離れた場所に悠真が立っているのが見えた。胸の奥に怒りがふっと湧き上がる。

ちょうど近所の人もお参りに来ていたため、紗帆は心音をその女性に預け、先に連れて帰ってもらった。

悠真は、一歩、また一歩と紗帆へ近づき、やがて紗帆の父の墓前にたどり着くと、その場に――どすん、と膝をついた。

紗帆は冷ややかな目で見つめていた。彼が三度、深々と頭を下げる様子を。地面に響くその音は、重く痛みを帯びていた。

しかし紗帆は、微動だにしなかった。頭を下げ終えても、悠真は立ち上がらない。

声はひどく掠れ、震えていた。

「紗帆……すまない。本当に……こんなことになるなんて思わなかった。ごめん……ごめん……」

紗帆は父の墓碑を見つめたまま、淡々と返した。

「その三つの礼は、私の父にするべき当然のものよ」

三年前のあの日。彼女は確かに悠真を憎んだ。

何もしなかったことも、信じてくれなかったことも――そして、父を失うことになったあの選択も。

だが、時が経つにつれ、紗帆は気づいた。憎しみすら、もったいないと。

――悠真は、彼
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  • 願いは秋風と共に   第15話

    お焚き上げを終えた紗帆は、心音を連れて帰ろうと振り向いた。すると、少し離れた場所に悠真が立っているのが見えた。胸の奥に怒りがふっと湧き上がる。ちょうど近所の人もお参りに来ていたため、紗帆は心音をその女性に預け、先に連れて帰ってもらった。悠真は、一歩、また一歩と紗帆へ近づき、やがて紗帆の父の墓前にたどり着くと、その場に――どすん、と膝をついた。紗帆は冷ややかな目で見つめていた。彼が三度、深々と頭を下げる様子を。地面に響くその音は、重く痛みを帯びていた。しかし紗帆は、微動だにしなかった。頭を下げ終えても、悠真は立ち上がらない。声はひどく掠れ、震えていた。「紗帆……すまない。本当に……こんなことになるなんて思わなかった。ごめん……ごめん……」紗帆は父の墓碑を見つめたまま、淡々と返した。「その三つの礼は、私の父にするべき当然のものよ」三年前のあの日。彼女は確かに悠真を憎んだ。何もしなかったことも、信じてくれなかったことも――そして、父を失うことになったあの選択も。だが、時が経つにつれ、紗帆は気づいた。憎しみすら、もったいないと。――悠真は、彼女の感情を受け取る資格すらない。悠真は、今までで一番の絶望に沈んでいた。二人の間には、もう何も残っていないように思えた。追いすがるのは自分だけで、彼女はただ、冷たい視線のまま一度も振り返らない。悠真は膝を引きずるようにして紗帆の前へにじり寄り、うつむいたまま、そっと紗帆の手を握った。その声には、祈りの色しかなかった。「紗帆……ごめん。お願いだ。もう一度だけ、チャンスをくれ。本当に悪かった。どうか……どうか、俺を見捨てないでくれ……」手の甲に、ぽたりと熱い滴が落ちた。紗帆はわずかに息をのんだ。――彼が泣くところを見たのは二度だけ。一度は結婚式、あの一番幸せな瞬間。そして二度目が今、二人の終わりの場所で。紗帆は声もなく小さく笑った。運命とは、なんて皮肉なんだろう。あれほど愛し合ったのに、行き着く先はこれなのだ。時間だけが、静かに過ぎていった。紗帆の沈黙が長く続くほど、悠真の表情はゆっくりと崩れていく。そしてついに、紗帆は彼に『終わり』を言い渡した。父の墓碑を見つめたまま、ひとことずつ区切って告げる。「私は……一生あなたを許さない」

  • 願いは秋風と共に   第14話

    あの日のあと、悠真はしばらく紗帆の前に姿を見せなかった。もう彼は諦めて戻っていったのかもしれない——そう思い始めたころ、時は紗帆の誕生日になった。その夜、紗帆は母と心音を迎えに行き、そのまま外で夕食を済ませた。食事を終えて帰ろうとしたとき、彼女の家の前に、じっと待っている悠真の姿があった。手には何かを持っている。紗帆を見つけた瞬間、ぱっと表情が明るくなる。だが、母と心音が一緒なので、簡単には近づけないようだった。紗帆はわずかに眉を寄せ、母に向き直る。「お母さん、心音を連れて先に上がってて」紗帆の母は躊躇した。また娘が傷つくのではと心配したのだろう。紗帆がそっと腕に触れ、「大丈夫」と目で伝えてようやく、紗帆の母は心音の手を引いて階段を上がっていった。二人の姿が消え、紗帆がまだその場に残っているのを見ると、悠真の胸に小さな喜びが灯った。——近づいていい、という意味だと受け取ったのだ。彼は一歩、また一歩と近づき、手に持っていたものを紗帆の前に差し出した。「紗帆……誕生日、おめでとう」その声が落ちた瞬間、遠くの夜空に大きな花火が咲いた。同時に、近くの空には無数のドローンが浮かび上がり、『紗帆』という名前と、『誕生日おめでとう』の文字を描き出す。この小さな町には似つかわしくない豪奢な光景だ。人々は足を止め、空を見上げていた。紗帆もその一人だった。けれど——悠真の視線は、ただ紗帆一人に注がれていた。紗帆は数秒だけ花火を見つめ、すぐに視線を戻した。古い団地には街灯がない。周囲は真っ暗だが、花火の光が二人の間をぼんやり照らしていた。その明かりで、紗帆はようやく彼の手にしているものに気づいた。豪華なネックレスだった。今まで悠真が贈ってきた物を思い返す。きっとこれも、また高額のオークション品に違いない。昔から好きではなかったし、今もやはり好きではない。悠真はその箱を持ったまま、下ろす気配がない。不安げに目を細め、紗帆が受け取るのを必死に待っていた。紗帆は長いあいだ黙っていた。花火がすべて消えるまで——そしてようやく口を開いた。「悠真。あなたが私にくれた『最後の誕生日プレゼント』……覚えてる?」その瞬間、悠真の身体がぴたりと硬直した。呼吸まで止まったように見えた。その反応だけで、紗帆に

  • 願いは秋風と共に   第13話

    それからというもの、毎朝、紗帆は心音を学校へ送った帰り道、必ず悠真の姿を見るようになった。最初の頃、彼は遠くからただじっと彼女を見つめているだけだった。けれど日が経つにつれ、徐々に距離を縮め、ついには声をかけてくるようになった。口を開けば、聞こえてくるのは謝罪ばかり。卑屈で、必死で、しがみつくような謝罪。初めてその言葉を聞いた時、紗帆は一瞬だけ戸惑った。だがすぐに無視することを覚えた。この日、紗帆は用事でお迎えが十分ほど遅れてしまった。急いで幼稚園へ向かうと、門の前で悠真がしゃがみ込み、心音と話しているのが見えた。三年前の記憶は、今も鮮明だった。あの時、彼らの子を失った瞬間の恐怖と痛みが、胸の奥で一気に蘇る。紗帆の身体が反射的に強張った。彼女は駆け寄り、力任せに悠真を押しのけ、心音を抱き寄せた。「心音、大丈夫?この人、何かしてきてない?」心音はきょとんとした顔で首を横に振った。地面に尻もちをついた悠真は、紗帆の言葉を聞いた瞬間、心臓が深く沈んでいくのを感じた。——彼女は、自分がその子を傷つけると思っている。その原因が、すべて自分にあることを、痛いほどわかっていた。胸が握りつぶされるように痛み、苦い笑みが浮かんだ。「紗帆……俺が、君の子を傷つけるわけないだろ……」しぼり出すように言う悠真の声は、かすかに震えていた。だが紗帆の耳には届かなかった。彼女は心音を背にかばいながら、警戒に満ちた目で悠真をにらむ。「……で?何が目的なの?」悠真はその問いに答えず、ぽつりと口を開いた。「……もし、俺たちの子が生きてたら……今頃、二歳半くらいなんだよな……」「『もし』なんてないわ。あの子はあなたが殺したの。そんな口を利く資格は、あなたにはない」冷たく遮られた言葉に、悠真の瞳孔が収縮した。喉につかえたものが動かず、息が苦しい。しばらく沈黙してから、彼は震える声で言った。「……ごめん。紗帆、本当に……ごめん。君にも……あの子にも……俺は、取り返しのつかないことをした……」延々と繰り返される謝罪の意味がわからず、紗帆の胸には苛立ちだけが募る。「悠真。謝罪の言葉ならもう十分聞いたわ。だから、帰って。今後二度と私の前に現れないで」三年ぶりに再会してからというもの、悠真が耳にしたのは拒絶の言葉ばか

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    一か月後、時雨の妊娠が判明した。悠真は、紗帆の写真で壁一面が埋め尽くされた部屋の中央に座り、無表情のまま電話口の秘書に告げた。「一か月後、中絶させろ。そのあと……また妊娠させろ」通話を切ると、部屋に残ったのは写真を照らす淡い灯りだけ。悠真はその中心で、静かに闇に沈んでいった。——紗帆がいなくなってから、どこにいても暗闇の中にいるようだった。夜は酒に溺れてやっと眠りにつき、夢の中でだけ彼女に会える。目を覚ませば、そこには狂わせるほどの虚無だけが広がっている。そうして三年が過ぎた。その三年の間、紗帆の消息は一度も掴めず、悠真は何度も自分が壊れてしまいそうだと感じた。それでも狂わなかったのは——彼女を見つけるという執念だけが、まだ彼を繋ぎ止めていたからだ。――ある日。家で何日も泥酔していた悠真は、山積みになった書類を前にようやく仕事に取りかかっていた。数枚目を通したところで、秘書が勢いよく扉を開ける。「久藤社長!奥様の行方が分かりました!」紗帆は父の葬儀を終えたその日に、母を連れて家を出た。翌日、近所の人が母に電話を寄こし、「家の前に、見たことない男が立っていた」と知らせてくれた。紗帆はすぐに悟った。——悠真だ、と。間一髪で逃げられたことに胸を撫で下ろし、彼に会いたくないのはもちろん、母にも会わせたくなかった。小さな町を離れ、紗帆は海外へ出た。一年の終わり頃、道端でひとりの幼い子どもを拾った。失った我が子への想いもあったのだろう。紗帆はその子を養子に迎え、「小林心音(こばやし ここね)」と名付けた。海外生活も三年目に入り、心音は幼稚園に通える年齢になり、紗帆は、心音には自分の生まれ育った国の教育を受けさせたいと考えた。——三年が経った。さすがに悠真も諦めているだろう。そう信じて、母と心音を連れ、そっと帰国した。だが悠真は一瞬たりとも捜索を止めていなかった。帰国して数日で、その情報は彼の元に届いた。知らせを受けた悠真は、書類を放り出し即座に航空券を取り、紗帆の故郷へ向かった。着いたとき、ちょうど幼稚園の下園時間だった。門の前には、紗帆が立っていた。その姿を目にした瞬間——悠真の目が赤く染まった。三年の歳月は確かに彼女を変えた。だが、変わっていないところもたくさんあった。遠

  • 願いは秋風と共に   第11話

    時雨は一瞬ぽかんとしたが、すでに二人の男が近づき、彼女の両腕をつかんで地下室へ引きずっていった。我に返った時雨は必死にもがきながら、弱々しい声を上げた。「悠真さん、違うの!本当に違うの!きっと何かの間違いなんだって!」しかし、悠真の目には一片のぬくもりもなかった。「お前は紗帆にホオズキを混ぜた。わざと大量出血するまで待ってから助けを呼んだ。俺が一生気づかないとでも思ったのか?」細かく言い当てられ、時雨は悟った。——彼はすべて知った。それでも口だけは否定する。「わざとじゃないの!あのとき私、ただパニックになってただけなの!」時雨を拘束する護衛たちが腕力を強めて地下室へ引きずると、彼女はとうとう怯えの色を隠しきれなかった。「悠真さん、ごめんなさい!私が悪かったから!そんなことしないで!」悠真は動かない。時雨は叫ぶ。「もし私にこんなことしたら、お父さんが黙ってないから!」悠真は冷たく鼻で笑った。「見てろよ」リビングには静けさが戻った。どれほど時雨を罰したところで、紗帆の目には届かない。――夕方。助手が紗帆のスマホを持って戻ってきた。「久藤社長、調べました。紗帆さんのスマホにはウイルスが仕込まれていました。痕跡から追ったところ、時雨さんの部下が仕掛けたものでした」悠真の胸に冷たい何かが落ちる。頭に浮かぶのは、あのパーティーで紗帆を疑い、彼女が必死に訴えていた姿。あのとき、どれほど傷ついたのか。思うだけで胃が捩れる。――そして彼は想像した。家に閉じ込められた紗帆の、ひとりきりの恐怖と絶望を。痛みは限界を越え、悠真は自分の頬を勢いよく叩いた。だが皮膚の痛みでは、胸の奥の苦しみには到底届かない。時雨は地下室に閉じ込められた最初の数時間、まだ希望を持っていた。悠真は本気ではない。父親と悠真は提携している。自分には後ろ盾がある——そう信じ込んでいた。だが一日が過ぎ、ようやく不安が胸を締め付け始めた。二日目。彼女は扉を叩いた。「悠真!悠真、開けて!ここから出してよ!」二度ほど叩いたところで、扉は自動的に開いた。驚いて息をのむより早く——彼女の視線は、獣のように血走った悠真の目に飲み込まれた。真紅に染まった瞳。底に満ちる憎悪。長く見つめるほど、呑み込まれてしまいそう

  • 願いは秋風と共に   第10話

    悠真は一秒も待てず、すぐに車を走らせた。着いたのは、地方の小さな町にある古びた団地だった。ここは――紗帆の父親に自分の脚を折られた場所でもある。それでも彼は、恨んだことは一度もなかった。後悔したこともなかった。棟の前に立ったとき、参列者の足元に舞い散ったお布施袋の紙片と線香の灰が目に入る。その瞬間、紗帆が言っていた父親の病気の話が頭をよぎった。胸の奥で、不吉な予感が一気に膨れ上がる。悠真は記憶を頼りに紗帆の家のドアの前へ向かった。コンコンコン。だが中からは何の気配もない。焦りはどんどん膨らみ、ノックはいつしか拳で叩きつけるように変わっていた。「紗帆!紗帆!中にいるのか?」派手な音に驚いたのか、向かいの部屋の住人が顔を出した。「向こうの人ならもう出ていきましたよ。昨日のうちにね。どこか遠くへ行ったみたいですが」悠真の呼吸が止まった。振り下ろした拳が、ドアの前で力なく落ちた。――来るのが遅すぎた。住人はドアを閉めようとした。だが悠真は思わず手を伸ばし、それを止め、震える声で聞いた。「すみません……ここで、どなたか亡くなったんですか。風でお布施袋の紙片が舞っていたので……」どうか違ってほしい。もうこれ以上、背負える罪はない。願いは祈りに近かった。住人は一転、興味深そうに口を開いた。「ええ、向かいの家ですよ。ご主人が病気になってね。お金がなくて治せなかったそうです。結局、そのまま……亡くなりました」淡々と、無情に続く。「娘さんがですね、昔、男と一緒に出て行って八年も戻らなかったらしいのですよ。この前戻ってきましたたけども……お父さんにはもう会えなかったみたいです。そりゃあ泣き崩れて、それはもう見てられなかったんですよ……」ぐらりと世界が傾いたようだった。――紗帆は、嘘なんてついていなかった。父が倒れ、急いで送金しようとしていただけ。なのに自分は……彼女のスマホを奪い、懇願を聞かず、信じず、結果として――紗帆の父親を死なせた。胸をえぐる痛みが、肉体まで裂くように広がった。紗帆は本当に出ていった。そしてもう、戻らない。決して、自分を許さない。後悔と自責が押し寄せ、悠真の心臓を内側から引き裂く。呼吸さえできないほどだった。どうやって帰ったのか

  • 願いは秋風と共に   第9話

    婚約披露宴の会場は、精巧で気品に満ちていた。婚約式というより、まるで結婚式そのもののような華やかさだった。重い扉が押し開けられ、悠真は豪奢なドレスをまとった時雨の手を取り、ゆっくりと会場へ歩み入る。四方から称賛の声が湧き起こり、そのひとつひとつが耳に届く。だが悠真は、目の前の光景に心を奪われることはなかった。脳裏にあるのは、昔、紗帆と挙げたささやかな結婚式の記憶ばかり。あの頃、二人にはお金がほとんどなかった。だから式は簡素でさっと終わってしまった。それでも紗帆は笑っていた。「お金がないならないでいいの。あなたが私を愛してくれているってわかっていれば、形式なん

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