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第5話

Author: 水無月ねこ
二時間後、心羽はようやく部屋のドアを開けた。

小さな腕にはぬいぐるみのクマをしっかり抱きしめ、目は泣き腫らして真っ赤に膨らんでいた。

そのクマは、真澄が彼女に贈った、たった一つのプレゼント。

心羽にとって、それは大切な「証」だった。

「ママ、もういらない」

無理に口角を上げて、笑顔を作りながら、それを柚希に差し出す。

「叔父さんには、あと二回しかチャンスないの」

「……うん」

柚希は、受け取ったクマをそっと抱きしめたまま、言葉を見つけられずにいた。

「ママ、誕生日パーティーをしたい。お友だちを呼んで……みんなでお祝いしたいの。いい?」

心羽が顔を上げて言うその声は、わずかに震えていた——けれど、どこか、希望を託すような響きがあった。

「……もちろんよ」

そう答えながら、柚希は知っていた。

それは、娘が真澄に残した「二つのうちの一つ」最後のチャンスなのだと。

これまで、誕生日はいつもふたりきり。飾り付けも、ケーキのロウソクも、歌も拍手も、全部ママ一人。そして真澄は、一度たりとも姿を見せたことがない。気にしたこともなかったのだ。

心羽はまだ咳が残っていたため、数日学校を休ませることにした。

週末。

ふたりは遊園地へ出かけた。柚希はベンチに座り、スマホでパーティー会場を調べていた。

そんな折、不意に耳に飛び込んできたのは——

心羽の泣き声だった。

顔を上げると、大翔が心羽の持っていたおもちゃを無理に奪おうとしていた。

心羽が渡さなかったことで、大翔は力任せに彼女を突き飛ばした。

小さな体が地面に転がる。

柚希は反射的に立ち上がり、娘を抱き上げる。

「謝りなさい」

低く、はっきりとした声で大翔を見据えた。

だが大翔は目を逸らし、口を尖らせて言った。

「なんでぼくが謝んなきゃいけないの?あの子、自分で転んだくせに」

「私は見てた。あなたが押したの。謝って!」柚希の声は静かだったが、決して揺るがなかった。

その瞬間、誰かの足音を察した大翔は突然その場に座り込み、大きな声で泣き出した。

「大翔!」

駆け寄ってきたのは真澄。彼は大翔のそばにしゃがみ込み、体を確認するように手を伸ばした。

その焦り、その優しさ——そのすべてを、心羽は一度も受け取ったことがなかった。

柚希は、喉の奥で苦笑が漏れるのを感じた。

大翔は彼の腕にしがみつき、泣きながら言った。

「真澄パパ、この人たちがいじめたんだ!おもちゃ取って、叩いたんだよ!」

真澄は目を細め、ゆっくりと顔を上げた。

その視線の先に、柚希と心羽の姿が映る。

一瞬だけ、表情が止まる。

けれど——次の瞬間には、氷のような冷たさがその瞳に宿っていた。

「どういうことだ?」

「叔父さん……この子が私を押したの。ママはただ、謝ってほしいって言っただけ……」

心羽は涙を止めて、懸命に訴えた。彼の顔を見た瞬間、泣くことすらやめた。

少しでも、関心を向けてほしかった。

「……ケガは?」

「ないよ」心羽は小さく首を振り、微笑む。たった一言の問いかけを、「愛情」だと信じた。

「……そうか、ならいい」

それだけを言い残し、彼は心羽の頭に触れることもなく、大翔の手を引いて歩き出した。

光を失った心羽の瞳が、ぽつりと沈む。

柚希は、無音のまま胸を締めつけられていた。

彼女たちを愛さないことを責めるつもりはなかった。

だが、これ以上——

心羽の「心」を壊すことだけは、もう許さない。

「待って」柚希の声が、はっきりと響いた。

「彼に、謝ってもらうわ」

真澄は振り向き、その表情に明らかな苛立ちが浮かんだ。

「……いい加減にしろ。子どものことで騒ぎ立てるな」

「橘さん、子どもだからこそ、大事なことがあります。彼が押したのは事実。店には防犯カメラもある。必要なら確認してもらっても構いません」

柚希は、初めて真正面から彼に言い返した。

真澄は驚いたように目を細めた。

だが、彼女は一歩も引かなかった。

もう、譲らない。

これ以上、心羽に「我慢させる側」でいたくなかった。

「……じゃあ、俺が代わりに謝る」

大翔がうつむいたまま黙っているのを見て、真澄は冷たく言った。

「わざとじゃなかったんだ」

「ねえ……」柚希の胸に、静かに氷が降り積もるような感覚が広がった。

最後まで、あの子の味方なのね。

「もういいよ。わたし、怒ってないから」心羽がそっと柚希の手を引き、小さく微笑んだ。

その笑顔は、どこまでも静かで、どこまでも苦しかった。

「ママ、帰ろう」

その幼い顔を見つめながら、柚希はただ頷いた。

「……うん」
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