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第1000話

作者: 龍之介
綿という人間は、誰の前に立とうとも、常に自分の意思を貫いてきた。

どんな挫折や困難にも、彼女の心を揺るがすことはできなかった。

輝明はそんな綿を思い出しながら、胸の奥が痛んだ。

あの、愛にまっすぐで、他人の目など気にせず、陽だまりのように明るかった少女を——

自分が、今のように冷たく閉ざされた存在に変えてしまったのだと。

人を愛するのは、まるで花を育てるようなものだ。

彼は、あの可憐なチューリップを、棘だらけのバラに変えてしまった。

「……輝明?」

耳元で綿の声がした。

我に返った輝明は、顔を向けた。

綿は眉をひそめていた。

「何考えてたの?行かない?」

「もう少し見たくないのか?」

輝明は柔らかく問い返した。

綿はちらりと噴水を見た。

「もう何度も見たわ。今さら見るものでもないでしょ」

彼女の声は澄んでいて、少し冷たかった。

輝明は苦笑しただけだった。

昔は、いつも「もっと見たい」「もう少しだけ」と彼を引き留めたのに。

本当に、女は愛している時と、愛が冷めた時で、こんなにも違うものなのだ。

装うことすら、しない。

だからこそ、彼は痛感した。もっと、大事にしなきゃいけなかった。

「……なら、少しだけ、俺に付き合ってくれないか?」

輝明は綿を見つめ、低く囁いた。

綿は立ち止まった。

ぱちぱちと瞬きをし、噴水の方へ目を向けた。

「噴水、そんなに好きだった?」

「俺が嫌いだなんて、言ったことあったか?」

彼は戸惑ったように訊き返した。

「前に、いつも言ってたじゃない。噴水なんて興味ないって」

綿は眉を寄せた。

輝明の目が、ふと曇った。彼は綿をじっと見つめ、複雑な思いが胸に広がった。

「少しだけ、付き合ってくれ」

彼は綿の腕を取った。

綿は肩をすくめた。「……わかった」

二人は近くのベンチに腰を下ろした。

一月の雲城は、底冷えする寒さだった。

校内は、まだ人影がちらほらとあった。

綿は手を擦り合わせ、吐く息で手を温めながら、噴水を眺めた。

冬場は水を抜かれているため、噴水は静まり返っていた。

殺風景で、少し物寂しかった。

綿はじっとしていられなくなった。動かないと、どんどん寒さが堪えてくる。

ふと思った。

彼女はふと、昔に戻ったような気がした。

そういえば、あの頃はよく輝明を無理やり引っ
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