LOGIN「それで?話はそれだけかい?」
注文したアイスコーヒーを飲みながら、カシュがウルカに問い掛ける。すると彼女は、キュッと口元を引き結び、背筋を正した。
兄はワタシよりも器用で博学だ。
兄ならきっと答えを知っているはず、と彼女は思い、胸の中にある疑問を解消すべく口を開いた。
「倦怠期の解消法を教えて下さい……」
正したはずの背中が、言葉を口にした途端、段々と元気なく前に倒れていく。
最初は『ボクの聞き間違いかな?』と思ったカシュだったが、ウルカが項垂れる様子を見て、『——あ。コレガチでの相談だ』と直ぐに悟った。
「……待って、ウルカが結婚したのはいつなの?」
「昨夜だよ」
「……倦怠期は、いつきたの?」 「結婚して、五分後くらいかな」ウルカの言葉を聞き、カシュは『ヤリ逃げされたかー!』と叫びたい気持ちを胸の中に無理矢理押し込んだ。
額に手を当て、天井を仰ぎ見る。可愛い妹相手にヤリ逃げした犯人を殺したい衝動を抱い
「俺は……お前が、好きだ。だから、ずっと、一緒に婚活してきた、んだ」 水谷が口にした言葉を聞き、ウルカの口が開きっぱなしになった。驚き、焦り、不安といった様々な負の感情が胸の中に入り混じりつつも、オロオロと視線を瀬田と水谷との間で彷徨わせる。ぽっと出の“押し掛け女房”的自分が、学生時代からの付き合いだという友人相手に勝てるとも思えず、瀬田がどういった返答をするのか怖くなってきた。「そうだったのか、ありがとう」 瀬田は少しだけ驚いた顔をしてはいたが、そうとだけ言って、空を見上げた。 言葉の続きをウルカと水谷の二人が待つが、彼からそれが出てくる気配は無い。そわそわと体を揺らし、二人揃って『で?』と心の中では言っているのだが、言葉には出来ない。(続きは?と訊きたい。でも……聞きたくない) そんな複雑な心境になりつつも、度胸のないウルカは黙ったままでいたが、水谷の方は意を決して「へ、返事は?」と瀬田へ問いかけた。「……返事?返事って、何のだ?」 きょとんとした顔をされ、水谷が困惑する。この流れで『返事は?』と言ったら一つしかないだろう!と。「告白の、返事だよ」「あぁ、俺も好きだよ。じゃないとここまで長い事一緒には行動出来ないしな」「……え?じゃ、じゃあ——」 パッと明るい顔になる水谷とは対照的に、ウルカの顔色が曇る。黒い鱗肌が青味のある黒に近い色に感じられる程、血の気が引いた。『え?え?浩二、さん?ちょ、何を言ってるんですか?』 口を開けたまま、涙目になりつつ、小さな頭で何度もウルカが瀬田の耳元に頭突きをする。小さい体でされても、痛いというよりはちょっとくすぐったいだけだった。「で?お前はこの後どうするんだ?バーベキューに戻るのか?あっちは二人も男が抜けて、人数が足りなくなって困ってるだろ」 ウルカの方へ指をやり、子供をあやすようにチョイチョイと動かしてみせる。彼の穏やかな笑顔に、ウルカの視界が埋め尽くされ、否応なしに彼女の心が喜びに震えてしまう。優先して自分をかまってくれ、『浩二さんはいったい何を考えてるの?』とい
「すまん、待たせたか?」 Tシャツの上にパーカーを羽織っただけのラフな格好で公園のベンチに座る瀬田に声をかけたのは、彼と待ち合わせをした友人の水谷だ。 瀬田の首には黒い蛇に姿を変えたウルカが巻きついているが、上手いこと服に隠れて身を潜めている。たとえ姿が少し見えたとしても、かなり細身のため、『変わったデザインのネックレスだな』くらいにしか思われないだろう。「いや、こっちも寝起きだったから準備に少しかかってな、今さっき来たところだ」「お前が寝坊って、明日は台風でも来るんじゃないのか?……まさか何かあったのか?お前が外で、んなにラフな格好ってのも珍しいし。学生時代以来じゃないか」 髪も一切セットしておらず、前髪が少し目にかかっている。グレーのパーカーにジーンズ、履き潰した感のあるスニーカーという着こなしの瀬田を前にして、水谷はちょっと嬉しそうだ。 ニコニコと笑いながら、水谷が瀬田の隣に腰掛ける。水谷の気持ちはもう、すっかり学生時代に戻っていた。 水谷は瀬田と同じ大学の教育学部の出身で、現在は体育教師をしているが、勤め先の学校は別だ。理系の割には細マッチョタイプの瀬田とは違い、ゴリマッチョ系に入る水谷は、“教師”というよりは“プロレスラー”っぽく見える。硬さのある黒髪は極端に短く、垂れ目の瞳がちょっと可愛い。革製のジャケットを羽織っていてもなお目立つ胸筋は、シャツ越しであってもなかなかの見ものだった。「嫁とすごしていたら朝になっていてな、実はほとんど寝ていないんだ」 座る膝に肘を置き、瀬田があくびをしたせいで少し涙目になった。「ふーん、そっかそっか。……ん?……よめ……——よ、嫁ぇぇ⁉︎」 水谷の笑顔だった表情が、一気に焦りへと変わる。聞いてない!なんだよそれ!と、叫びたい気分だ。「あぁ。結婚したんだよ、俺」 サラッとした報告をされ、水谷の顔色が目に見えて悪くなる。「い
『忘れてただぁ?皆勤賞だったお前が?……じゃあ、具合が悪いとかじゃ、無いんだな?』 電話の奥から聞こえる水谷の声は、口は悪いがとても気遣うような雰囲気で、かなり心配していることが伝わってくる。「あぁ、具合はむしろ良いくらいだから、平気だよ」 そう言って、チラリとウルカの顔を見る。瀬田と目の合った彼女は、『お前のおかげだ』と言われたような気がして、嬉しそうに微笑みを返した。『それならよかった。じゃあ、今日はどうするんだ?途中からでもこっちに来るのか?』 水谷に訊かれ、瀬田が再びカレンダーに視線をやる。そこには週末の予定がビッシリと書かれており、今日の日付には『公園でBBQ』となっている。「すまん、今回は——いや……もう、合コンの類は行くのやめるわ」 “合コン”というワードが聞こえ、ウルカの耳がピクッと動いた。『——え?な、何でだ?待てって、まさかもう、婚活は諦めるのか?あれだけ頑張っていたのに』 動揺していることが電話越しでもわかるほど、水谷の声が震えている。「諦めた訳じゃない。だが——」 そう言ったところで、水谷が瀬田の言葉を遮った。『なら、俺も今日はキャンセルする。今からお前んち行くわ。んで、もう行かないなんて言い出した理由を直接聞かせろ』 「話すのは構わんが、ウチには来るな。お前はそのまま参加してろよ。今回こそ、お前には良い出会いがあるかもしれないだろ?」『お前が居ないと意味がねぇんだよ!』 怒鳴り声が電話越しに聞こえ、二人の肩がビクッと震えた。何を怒っているのかわからず、瀬田が首を傾げる。「……家は困る。外で会おうか。そうだな……ウチの近くにある公園でどうだ?」 ウルカを水谷に会わせることに抵抗があり、瀬田は即座に提案を変えた。『わかった。公園だな?すぐ行く。ちゃんと待ってろよ。絶対に、すぐに飽きて帰るなよ!』 ガタン、バタンと何かにぶつかる音が電話越しに聞こえる。慌て過ぎだなと瀬田は呆れ顔をしながらも、口元だけでちょっと笑って「わかったよ」と答えた。「さて。という訳だ、すまんがちょっと出掛けて来る」 通話の終わったスマートフォンをテーブルに置き、瀬田が椅子から立ち上がった。 外出着に着替える為にクローゼットの方へ移動して行く瀬田の後ろを、ウルカが続く。そわそわとした様子で彼の服の裾を軽く掴むと、小さな声でおそるお
「……美味いな」 「本当ですか?ありがとうございます!」 キッチンスペースにある対面式のカウンターテーブルに並ぶウルカの手料理を口にして、瀬田が驚いた顔をした。“人外”が、それも“悪魔”が作る料理となると、彼が読んだお話の世界ではゲテモノがぐちゃりと盛り付けられているものばかりだったので、見た目がまともだろうとも正直口に入れる瞬間は少し怖かったからだ。人外に会った事などコレが初めての経験だ。比較参照する事例が空想のモノとなるのも、致し方ないだろう。「嬉しいです!お口に合って。好きじゃないならもう死んで詫びようと思っていたので、ホント良かったです」 ウルカがほっと胸を撫で下ろすと、瀬田の箸からボロッとおかずが落ちた。「いやいや、詫び方!ソレはやり過ぎだろ」 「でも、ワタシにはそれくらいしか出来ないので……」 彼の真隣の席に座るウルカがしゅんっと項垂れる。そんな彼女の髪をくしゃりと撫でて、瀬田が優しく微笑んだ。「そんな顔をするな、お前には笑っていて欲しいんだからな」 「……は、はい!」 顔を真っ赤に染め、ウルカが頷く。瀬田の優しい笑顔が深く心に沁みた。(押し掛け女房的行為をしてでも、彼に嫁いできて本当に良かった!) じーんっとウルカが一人感動している隣で、黙々と瀬田が手料理を平らげていく。ウルカはその姿をニコニコと笑いながら見ているだけだったので、「お前は食べないのか?」と瀬田が訊いた。「まぁ、一緒に食べられはしますけど、ワタシは浩二さんの事を喰べられれば、ソレが最高の食事なので」 ウルカはサラッと普通の表情で言ったが、言われた側の瀬田は顔が真っ赤に染まった。「……そ、そうか」 「なので、沢山ご飯を食べて、体力つけて下さいね」 「…………」 ニコニコと微笑むウルカの顔から視線を逸らし、瀬田が食事を再開する。 『喰べるって……“アレ”を、だよなぁ。コイツはサキュバス、なんだし』と考えてしまう。黙々と朝食を咀嚼しながらも彼の顔はまだ赤いままで、カリカリに焼かれたベーコンを頬張りながら、頭の中は卑猥な妄想でいっぱいになっていく。 だがしかし、言った本人は淫猥な妄想を掻き立てる発言をしていた事に全く気が付いていない。そんなウルカが可愛く思え、瀬田は食事を続けながらも小さく笑った。 食事をする瀬田の姿をニコニコ顔で見詰めるウル
「ウルカ、一つ確認してもいいか?」「は、はい!なんなりと」 はぁ……と深くため息をついてから、前髪で目元が少し隠れたままの瀬田が、ウルカの方へ顔を向ける。チラリと見える眉間にはシワが寄っていて、不機嫌なままなのは明らかだった。 そのせいで、訳もわからずウルカの肌に冷や汗が伝う。また急に『出て行け』と言われやしないかと内心気が気じゃないが、ラフな姿をした瀬田から漂う色香にも酔ってしまっている。何も纏っていない上半身のラインは男性らしい筋肉質なものでとても美味しそうだし、脚を隠す掛け布団は、その奥にある痴態はどんな感じなのだろうかとウルカの想像力を掻き立ててしまう。 ウルカの中で、不安よりも興奮の方が上回りそうになった時、やっと瀬田が声を発した。「お前の“本体”は、どれなんだ?」「……と、言いますと?」 きょとんとした顔で、ウルカが小首を傾げた。「“ソレ”といい、“カフェでの姿”といい、“愛らしい小柄な容姿”といい、会うたびにコロコロと見た目が変わっているが、一体どれが“本当のお前”なんだ?」 指をさされながら言われ、ウルカがうっと喉を詰まらせた。 どの姿もちゃんと“自分”だが、『どれがお前だ?』と訊かれると、『一番小さい姿が本体だ』と答えるのが正しい。だが、ソレを馬鹿正直に言って、嫌われてしまわないかとちょっと怖い。 小柄な女性が好きな瀬田に対し、事実を打ち明ける事を怖がる必要など皆無なのだが、ウルカは全くその点に関して気が付いていない。察する機会は多々あったのに、だ。『男性は魅惑的な女性体に弱い』という刷り込みにも近い程の思い込みが、事実に気が付く機会を邪魔してしまう。「ち……一番小さいのが、ワタシです……」 伴侶に嘘は言いたくない。事実を告げようと決意を固め、ウルカが俯き、ぼそっと答える。小柄な自分はいらないと拒否されやしないかと不安で、少し肩が震えていた。「そうか!じゃあ元に戻っておけ。もう俺の前で無理をするな」 一転して、明るい声で瀬田が言った。「え……」 「早く、今すぐ!」 「は、
優しい日差しを注ぐ太陽が空へと昇り、土曜日の朝がきた。 急ぎの仕事もないため、休日出勤の必要のない瀬田は、一人暮らしには不向きな大きめのベッドでうつ伏せになりながら寝息を立てている。ボクサーパンツ一枚だけの姿で眠っており、髪には少し寝癖がついていてちょっと可愛い。切れ長な瞳が瞼に隠れ、前髪が目元まで落ちているからか、寝顔には少しだけ幼さがあった。 そんな瀬田の眠る姿をウルカは、床にペタンと座りながらニヤニヤした顔で長いこと鑑賞し続けている。視線だけで相手を起こしてしまいそうな程長い時間じっとそうしているのだが、彼が眠った時間がかなり遅かったため、幸いにして瀬田が起きる気配はない。ウルカとの、場所を考える余裕もなくおよんだ二度目の行為に没頭し、酔いしれ、溺れた代償はどうやら大きかったようだ。 台所から香ってくる肉を焼いたような匂いが微かに部屋を満たしているが、疲れの方が強いのか、匂いで目が覚める事もなさそうだ。(『朝食が出来たぞ』と起こすべきか、このまま眼福時間を堪能させて頂くべきか……) ウルカは一秒ほど悩むフリをしたが、勿論後者を選んだ。出来れば作りたての料理を食べさせたい気持ちはもちろんあるが、電子レンジで温め直してもまぁ問題はないだろう。 何と素晴らしいアイテムだ。文明の発展万歳、と思いながら、ウルカはグッと軽く拳を握った。「……可愛いなぁ、カッコイイなぁ、素敵だなぁ」 ポッと火照る頰を両手で冷やしながら、ぼそりと呟く。 こんな見目麗しい人を捕まえる事が出来た自分が誇らしくってしょうがない。優良物件でしかないであろう彼がどうしてだか“初物”だった幸運にも感謝したい気分だが、コロコロと態度が変わってしまうのだけは……今もちょっと怖い。 二度目のおかげでより一層体には魔力が満ちているので、今はまた問題無く生活出来る。だけど貯めておくにも限度がある。他の物に魔力を貯めておいて、不足したらソレを頂くなんて事は無理なので、ウルカは『また、浩二さんとの間に倦怠期がきたらどうしよう』と、顔を見ながら悩み始めてしまった。 への字口のままウルカが軽く唸る。首を傾げたり、金色の柔らかな髪の先を指でくるくると巻いてみたりしながらも、視線だけはずっと瀬田の寝顔に釘付けのままだった。「……また、その姿なのか」 寝起きで機嫌が悪いのか、瀬田の声は不快感に満ち







