Beranda / 恋愛 / 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜 / 第3話:急速な成長と、純白のキャンバスに染み込む猛毒

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第3話:急速な成長と、純白のキャンバスに染み込む猛毒

last update Tanggal publikasi: 2026-05-30 17:52:00

アシュを拾ってから、半年が過ぎた。

泥と血にまみれていた路地裏の野良猫は、見違えるように美しい少年へと成長しつつあった。

毎日の十分な食事と、温かいベッド。

そして私という、絶対的な庇護者の存在。

それらが、アシュの本来持っていたポテンシャルを急速に引き出していたのだ。

くすんでいた灰色の髪は、今や月光を吸い込んだような美しい銀色に輝いている。

痩せこけていた体にも適度な筋肉がつきはじめ、背もぐんと伸びた。

まだ十二歳の少年だが、すでに末恐ろしいほどの美貌の片鱗を見せ始めている。

「ヴェラ様」

書斎の扉がノックされ、澄んだ声が響いた。

「入っていいわよ、アシュ」

ガチャリと扉が開き、アシュが一礼して入ってくる。

純白のブラウスに、仕立てのいい黒の細身のパンツ。

その所作は、どこの高位貴族の令息かと見紛うほどに洗練されていた。

「本日の課題、終わりました。確認をお願いできますか」

アシュはそう言って、私に羊皮紙を差し出した。

そこには、流麗で美しい文字で、古代魔法語の翻訳がびっしりと書き込まれていた。

「……すごいわね。たった半年で、ここまで読めるようになるなんて」

私は驚きと共に、アシュの銀髪を撫でた。

「えへへ……」

アシュは嬉しそうに目を細め、私の手にすり寄ってくる。

出会った当初の、あの威嚇するような野良猫の面影はもうない。

今の彼は、私にだけ懐く従順で愛らしい子犬のようだ。

「あなたの学習能力には本当に驚かされるわ。文字の読み書きすらできなかったのに、今では貴族の教養課程をほぼ終えているなんて」

「ヴェラ様が、丁寧に教えてくださるからです」

アシュは私の手を取ると、その甲に恭しく唇を落とした。

これも、私が教えた『紳士の礼儀作法』の一つだ。

完璧な所作。

感情のこもった、熱を帯びた瞳。

うん、素晴らしい。

私の『理想の夫育成計画』は、恐ろしいほど順調に進んでいた。

「ねえ、アシュ。次は剣術と魔法の基礎ね。中庭に行きましょうか」

「はい、ヴェラ様」

私たちは連れ立って、屋敷の中庭へと向かった。

 ◇ ◇ ◇

剣術の指導は、私が直接行っている。

魔女である私は肉弾戦を専門とするわけではないが、三百年の経験から、一流の騎士の太刀筋は完全に把握している。

「姿勢が少し前傾しているわ。もっと重心を後ろに」

「こう、ですか?」

「そう。そのまま踏み込んで」

木剣を振るうアシュの動きは、とてもしなやかだった。

スラムで培った生存本能と、私から教わった洗練された技術が見事に融合しつつある。

「いいわ。次は魔法よ。私の中に流れる魔力を感じて、同じように練り上げてみて」

私はアシュの背後に立ち、彼の手を両手で包み込んだ。

私の肌が触れた瞬間、アシュの体がビクッと震え、体温が急激に上がるのがわかった。

「アシュ? どうしたの、集中して」

「あ、はい……っ」

アシュの耳が真っ赤に染まっている。

年頃の男の子だから、女性に触れられて緊張しているのだろう。

可愛いものだ。

「私の魔力と同調させるのよ。ゆっくりと、深呼吸して」

私が微弱な魔力を流し込むと、アシュの体内で眠っていた魔力が呼応するように膨れ上がった。

バチッ、と空気が鳴る。

「……すごい。アシュ、あなたの魔力量、一般的な人間の枠を遥かに超えているわ」

私という『長命種の魔女』の魔力を直接注ぎ込まれ続けた影響か、アシュの魔力回路は異常なまでの成長を遂げていた。

「ヴェラ様の、おかげです。俺の体には、ヴェラ様の魔力が隅々まで行き渡っていますから」

アシュは振り返り、私を見上げて微笑んだ。

その赤い瞳の奥で、ぞくりとするような暗い光が揺れた気がしたが、気のせいだろうか。

「そうね。私の色に染まっている証拠だわ。とてもいいことよ」

私が満足げに頷くと、アシュはさらに嬉しそうに目を細めた。

彼にとって、「私の色に染まる」という言葉は、何よりの褒め言葉らしい。

 ◇ ◇ ◇

夕暮れ時。

私はテラス席で、アシュが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

「うん、美味しい。温度も抽出時間も完璧ね」

「ありがとうございます。ヴェラ様の好みに合わせて、茶葉のブレンドも少し変えてみました」

アシュは私の向かいに座り、私が紅茶を飲む姿をじっと見つめている。

最近、彼は料理や家事にも強い興味を示し始めた。

私が「家庭的な男性も素敵よね」とポロリとこぼした翌日から、厨房にこもって猛特訓を始めたのだ。

「あなたって本当に優秀ね。頭も良くて、剣も魔法も使えて、おまけに家事まで完璧だなんて」

私は感心しながら、アシュが焼いたクッキーをかじった。

これも絶品だった。

「これなら、将来どんなお見合いでも完璧にこなせるわね」

私が無邪気にそう言うと。

ピシリ、と。

アシュの笑顔が、凍りついた。

「……お見合い?」

声のトーンが、一瞬で地を這うような低さに変わった。

「ええ。あなたが将来、立派な大人になったときのための練習よ。これだけ完璧なら、どんな令嬢もイチコロね」

私は冗談めかして笑った。

あくまで『理想の夫』に育てるための、モチベーション維持のつもりだった。

だが。

ガタンッ!

アシュが勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。

「アシュ……?」

私が驚いて顔を上げると、アシュは俯いたまま、ワナワナと肩を震わせていた。

「俺は……」

「え?」

「俺は、ヴェラ様のものですよね……?」

絞り出すような声だった。

アシュが顔を上げる。

その赤い瞳には、私が今までに見たことのないような、強烈な焦燥と、どす黒い感情が渦巻いていた。

「他の女になんて、死んでも会いません。俺が淹れる紅茶も、俺が作る料理も、俺の剣も魔法も、全部……全部、ヴェラ様のためだけのものです!」

アシュはテーブルに身を乗り出し、私の両手を取った。

その力は、子供とは思えないほど強かった。

「俺を、捨てないでください。他の女のところに行けなんて、言わないでください。俺には、あなたしかいないのに……ッ!」

必死に訴えかけるアシュの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

あぁ、なるほど。

彼は勘違いしてしまったのだ。

私が「お見合い」と言ったのを、「屋敷から追い出される」という意味に捉えてしまったらしい。

孤児としてのトラウマが、まだ根強く残っているのだ。

私は少し反省し、アシュの手を優しく握り返した。

「ごめんなさい、アシュ。意地悪を言うつもりはなかったのよ」

私は立ち上がり、泣いているアシュを抱きしめた。

「あなたは私の理想の夫候補よ。手放すわけないじゃない。ずっと、私のそばにいていいのよ」

「……ほんとう、ですか……?」

「ええ、本当よ」

私が背中を撫でてやると、アシュは私の胸に顔を埋め、子供のようにしゃくり上げた。

「ずっと……ずっと一緒です。俺の全部は、ヴェラ様のものですから……」

「ええ、そうね。あなたは私のものよ」

私は満足げに微笑んだ。

彼のこの重すぎるほどの依存心こそ、私が求めていた『絶対に裏切らない愛』の形だった。

何も間違っていない。

私の育成は、完璧に成功している。

そう、確信していた。

 ◇ ◇ ◇

その日の深夜。

屋敷は静寂に包まれていた。

私の寝室の扉の前に、一つの影が立っていた。

アシュだ。

彼は音も立てず、ただじっと、私の部屋の扉を見つめていた。

その手には、私が昼間に使っていたハンカチが握られている。

「……ヴェラ様」

アシュは、そのハンカチに顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。

私の匂いを肺の奥底まで刻み込むように。

「あぁ……いい匂い……」

昼間に見せた、子供のように泣きじゃくる姿はそこにはなかった。

あるのは、熱に浮かされたような、常軌を逸した恍惚の表情。

「俺のものだ。俺だけの神様。俺だけの、ヴェラ様……」

アシュはハンカチに口づけを落としながら、暗闇の中で赤い瞳を怪しく光らせた。

「他の誰にも、指一本触れさせない。たとえ何があっても」

『他の女のところに行けなんて、言わないでください』

それは、捨てられることへの恐怖などではなかった。

『あなたを他の誰にも渡さない』という、強烈な独占欲の裏返し。

純白だったキャンバスは、すでに私が注ぎ込んだ愛情という名の『猛毒』によって、真っ黒に染まり上がっていたのだ。

「早く、大人になりたい……。早く、あなたを完全に俺の檻に閉じ込めてしまいたい……」

静かな廊下に、狂気に満ちた愛の囁きが溶けていく。

私が無邪気に『理想の夫』を育てている間に。

愛情が重すぎる、恐ろしいバケモノが産声を上げようとしていた。

 

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