Share

第5話:完璧な防壁と、誰にも言えない秘密の宝箱

last update Tanggal publikasi: 2026-05-31 07:39:05

アシュを拾ってから三年。

十五歳の彼は、私の想像を遥かに超える速度で成長を続けていた。

「――そこまで」

私が声をかけると、中庭に響いていた激しい金属音がピタリと止んだ。

「はっ……はぁっ……」

荒い息を吐きながら木剣を下ろすアシュ。

彼の足元には、私が魔法で創り出した『泥人形(ゴーレム)』が、文字通り木端微塵になって散らばっていた。

ただの泥人形ではない。

大理石ほどの硬度を持たせ、一流の騎士三人分の動きをインプットした、実践用の高度な魔法生物だ。

それを彼は、たった一人で。

しかも魔法を一切使わず、剣術だけで圧倒してみせたのだ。

「素晴らしいわ、アシュ。踏み込みの速度も、太刀筋の鋭さも申し分ない」

私が拍手をしながら近づくと、アシュは額の汗を拭いながら、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。

「ありがとうございます、ヴェラ様! 俺、うまくやれましたか?」

「ええ、完璧よ。王宮騎士団の団長クラスでも、今のあなたと剣だけで打ち合うのは骨が折れるでしょうね」

「ヴェラ様にそう言っていただけるのが、何よりの褒め言葉です」

アシュは嬉しそうに目を細め、私にすり寄ってくる。

十五歳になり、身長はすでに私より高くなったというのに、私に向ける態度は拾った当初の忠犬のままだ。

いや、むしろ私への依存度は年々高まっているようにすら感じる。

「でも、少し無理をしすぎじゃないかしら? 毎日夜遅くまで、魔法と剣の訓練を自主的にやっているでしょう」

私が彼の頬についた泥をハンカチで拭ってやると、アシュは心地よさそうに目を閉じた。

「無理などしていません。ヴェラ様をお守りするためには、もっと、もっと強くならなければ」

「私を守る?」

私は思わずクスリと笑ってしまった。

「嬉しいけれど、私はこれでも三百年生きた魔女なのよ? 自分の身くらい自分で守れるわ」

「ダメです」

アシュの声が、ふいに低くなった。

目を開けた彼の赤い瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。

「ヴェラ様がご自身で手を下すような真似は、させたくありません。ヴェラ様に害をなすものは、すべて俺が排除します。それが、俺の役目ですから」

真剣な眼差し。

私はその言葉を聞いて、胸の奥が温かくなるのを感じた。

あぁ、なんて献身的なのだろう。

これだ。

これこそが、私が求めていた『夫』の姿。

私を恐れることなく、私のためだけに強くなり、私を最優先に考えてくれる存在。

私の婚活は、やはり大成功だったのだ。

「ありがとう、アシュ。あなたは本当に、立派な私の『理想の夫候補』よ」

私が背伸びをして彼の銀髪を撫でると、アシュは頬を染めて、私の手に自分の手を重ねた。

「候補、ではありません。俺は必ず、ヴェラ様のたった一人の夫になります。他の誰にも、その座は譲りません」

力強く宣言するアシュ。

その瞳の奥に宿る感情の重さに、私はただ満足げに頷くことしかできなかった。

◇ ◇ ◇

午後。

私は書斎で、古文書の解読作業をしていた。

コンコン、と控えめなノックの音が鳴る。

「ヴェラ様、お茶の時間です」

ワゴンを押して入ってきたアシュが、手際よくテーブルにティーセットを準備し始めた。

「今日の紅茶は、ヴェラ様がお疲れのようでしたので、リラックス効果のあるカモミールをブレンドしました。お茶菓子は、新作のレモンタルトです」

「まぁ、美味しそう」

私はペンを置き、テーブルについた。

アシュが淹れてくれた紅茶を一口飲む。

……完璧だ。

香りの立ち方も、温度も、私の好みを完全に把握している。

レモンタルトも、王都の高級洋菓子店顔負けの味だった。

「本当に美味しいわ。アシュ、あなた魔法や剣術だけじゃなく、料理の腕も一流ね。どこのお嫁さんにもらわれても恥ずかしくないわ」

私が冗談めかして言うと。

ピキッ、と。

アシュが持っていた銀のトレイが、わずかにひしゃげた。

「……ヴェラ様」

「ん?」

「俺は、どこにも行きません。俺が料理をするのも、お茶を淹れるのも、すべてヴェラ様のためだけです」

アシュの赤い瞳が、どこか暗い光を帯びて私を見つめている。

「もし、俺の手料理を他の誰かが口にするようなことがあれば……その者の喉を、この手で掻き切ってしまうかもしれません」

「もう、冗談が過ぎるわよ」

私は笑い飛ばした。

思春期特有の、極端な独占欲だろう。

私という絶対的な保護者に対する、執着。

普通の人間なら「重い」「怖い」と逃げ出すかもしれない。

だが、私は違う。

三百年間、誰からも求められなかった私にとって、この重すぎる愛情は心地よいものでしかなかった。

「わかっているわ。あなたはずっと、私のそばにいてくれるのよね」

「はい。永遠に」

アシュは美しい微笑みを浮かべ、私の横顔をじっと見つめていた。

その視線が、まるで獲物を逃さない蛇のようにねっとりとしたものであることに、私はまだ気づいていなかった。

◇ ◇ ◇

数日後。

珍しく、森の奥の洋館に客がやってきた。

「ごきげんよう、ヴェラ殿」

応接室に通されたのは、派手な装飾の服を着た、恰幅の良い中年男性だった。

王都の貴族、バルバトス伯爵。

彼の背後には、護衛の騎士が二名控えている。

「何の用かしら、バルバトス伯爵。私は人間との関わりを絶っているはずだけれど」

私が冷たく言い放つと、伯爵は脂ぎった顔に下品な笑みを浮かべた。

「冷たいことをおっしゃる。実は、隣国との国境付近で少しばかり紛争の火種がありましてな。我が国としては、是が非でも『黒夜の魔女』殿のお力をお借りしたいのですよ」

「断るわ。私は戦争には加担しないと、国王にも伝えてあるはずよ」

「まぁそう言わずに。報酬は弾みますぞ? それに、魔女殿もそろそろ人間の後ろ盾が必要ではありませんかな?」

伯爵はニヤニヤと笑いながら、私に顔を近づけてきた。

「美貌は衰えておられんようだが、いつまでも孤独に森に引きこもっていては気が狂いましょう。どうです、私があなたのパトロンになって――」

伯爵が私の手に触れようとした、その瞬間。

「――お下がりください」

氷のように冷たい声が、応接室に響き渡った。

私の背後に控えていたアシュが、音もなく私の前に立ち塞がっていた。

「な、なんだお前は!」

伯爵が驚いて手を引っ込める。

アシュは完璧な礼装を身にまとい、表情一つ変えずに伯爵を見下ろしていた。

「申し訳ありませんが、ヴェラ様はお疲れなのです。不躾な接触はご遠慮願えますか」

「平民のガキが、貴族に向かってなんという口の利き方だ! おい、つまみ出せ!」

伯爵が怒鳴ると、背後の護衛騎士二人が剣の柄に手をかけた。

だが。

「……動くな」

アシュが、ぽつりと呟いた。

たった一言。

しかし、その言葉には、空気を凍らせるほどの凄まじい殺気と魔力が込められていた。

「ガッ……!?」

「な、体が……っ!」

剣を抜こうとした二人の騎士が、その場に縫い止められたように硬直する。

冷や汗を滝のように流し、ガチガチと歯を鳴らして震え始めたのだ。

「ひぃっ……!?」

伯爵もまた、アシュの赤い瞳に見つめられ、腰を抜かしてソファーにへたり込んだ。

「ヴェラ様の大切なお時間を、これ以上奪うことは許しません。お引き取りを」

アシュの顔には、完璧で美しい、けれど全く笑っていない微笑みが張り付いている。

「わ、わかった……! 帰る! 帰るから、その化け物をどうにかしろっ!」

伯爵は護衛たちに抱えられるようにして、逃げるように屋敷を出て行った。

応接室に、再び静寂が戻る。

「……やりすぎよ、アシュ」

私がため息をつきながら言うと、アシュはすぐに振り返り、困ったような子犬の表情を作った。

「申し訳ありません、ヴェラ様。ですが、あの男の目……ヴェラ様を汚らわしい欲望の目で見ているのが、どうしても許せなくて」

「まあ、気持ちはわかるけれど。あまり威嚇ばかりしていると、あなたが悪者にされてしまうわ」

「ヴェラ様のためなら、俺は悪魔にでもなります」

アシュは私の前で跪き、私の手を取って恭しく口づけた。

「俺の使命は、ヴェラ様をすべての害意からお守りすること。あの程度の塵芥に、ヴェラ様の美しい手を煩わせるわけにはいきません」

「ふふ、頼もしいわね」

私は彼の忠誠心に満足し、その銀髪を優しく撫でた。

彼が私を守ろうとしてくれる気持ちは、痛いほど伝わってくる。

少し過保護すぎる気もするが、男の子というのはこういうものなのだろう。

私は彼を、心から信頼していた。

――そう、信頼しきっていたのだ。

◇ ◇ ◇

その日の深夜。

アシュの自室。

鍵がかけられた部屋の奥には、さらに隠し扉が存在していた。

彼が自分の魔法で巧妙に偽装し、私にすら存在を隠している『秘密の部屋』。

冷たい石造りの小部屋の中は、異様な空気に包まれていた。

壁一面に貼られているのは、私の姿を描いた無数のスケッチ。

本を読んでいる私、紅茶を飲んでいる私、眠っている私。

どれも、狂気的なほどの執念で精密に描かれている。

そして、部屋の中央に置かれた豪奢なガラスケース。

アシュはうっとりとした表情で、そのガラスケースを開けた。

中に入っているのは、宝石でも金貨でもない。

私が使って古くなったリボン。

欠けてしまったティーカップ。

私が落とした、数本の黒い髪の毛。

そして、私が三年前のあの日、彼の血を拭ってあげたハンカチ。

「あぁ……ヴェラ様……」

アシュはガラスケースの中から、黒い髪の毛の一本を指で摘み上げ、愛おしそうに頬擦りをした。

「今日も、あなたは美しかった。あの豚のような貴族があなたに触れようとした時、俺は本当に……あの男の腕を切り落として、目玉を潰してやりたかった」

アシュの赤い瞳が、暗闇の中でらんらんと輝く。

「でもダメだ。ヴェラ様は賢くて優しい方だから、俺が残虐な真似をすれば、きっと悲しまれる。俺は、ヴェラ様にとっての『完璧な理想の夫』であり続けなければならない」

彼は、私の抜け毛にそっと口づけを落とした。

「裏の仕事は、誰にも見つからないように、完璧にこなさなければ」

アシュはクスクスと笑いながら、一枚の紙を取り出した。

そこには、今日やってきたバルバトス伯爵の屋敷の見取り図と、護衛の巡回ルートが詳細に記されていた。

「ヴェラ様を不快にさせた罪は、命で償ってもらわないとね」

狂気に歪んだ笑顔。

「あぁ、ヴェラ様。俺の神様。俺のすべて。早く、もっと早く大人になりたい。俺のこの手で、あなたを完全に囲い込み、他の誰一人としてあなたを見ることができない世界を作りたい」

秘密の部屋に、甘く、重く、狂おしい愛の囁きが反響する。

私が無邪気に「順調な育成」を喜んでいる間にも。

アシュの愛は、私という存在を核にして、世界を焼き尽くすほどの毒を孕みながら、恐ろしいバケモノへと羽化しようとしていた。

――そして、彼が本格的に『排除』を始める日は、すぐそこまで迫っていた。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第104話:【冷や汗の茶会】壮大なる勘違いと、限界寸前の疼き

    「……あ、あれ? シルヴィア……? アシュ……? 国を飲み込む凶悪な怪物との、血で血を洗う死闘は……?」 もうもうと湯気を上げる巨大な寸胴鍋を抱えたまま、私は目をパチクリとさせて部屋の中を見回した。 血飛沫も、暴れ狂う触手も、崩壊した壁もない。 そこにあったのは、窓の外に広がるいつも通りの美しい白銀の雪景色と、心地よいハーブの香り漂う、完璧に整理整頓された執務室だった。「ヴェラ様。ご安心ください、危ない魔獣など初めからおりませんでしたよ」 部屋の入り口に立っていたアシュが、天使のように柔らかな笑みを浮かべ、私の手から重たい寸胴鍋をふわりと受け取ってくれた。「俺が空間跳躍で到着した時には、すでに事態は収束しておりました。 シルヴィア様が展開された新魔術の規模があまりに巨大だったため、周辺の観測網が『未知の巨大生物の出現』と誤認して、大騒ぎしてしまっただけのようです」「まあ! そうなの!?」 私は胸を撫で下ろし、執務机の革張り椅子に腰掛けているシルヴィアへと駆け寄った。「よかったぁ……! 本当に心配したのよ、シルヴィア! あなた真面目だから、一人で怪物を抱え込んで倒れちゃったんじゃないかって……!」「あ……、あぁ……。ヴ、ヴェラ……か……」 机の前でカチコチに固まっていたシルヴィアが、ぎこちなく顔を上げた。 その姿を見た瞬間、私は「あっ」と小さく声を漏らした。 軍服ドレスこそ乱れなく着こなしているものの、シルヴィアの顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まり、額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。 眼鏡の奥の青い瞳は熱っぽく潤んで焦点が定まらず、机の下で組まれた両足が、小刻みにガタガタと震えていたのだ。「シルヴィア……! あなた、顔が真っ赤よ!? 息も荒いし……ものすごい高熱じゃない!」「

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第103話:【突撃】手料理を抱えた大魔女と、超特急の隠蔽工作

    「待っててシルヴィアぁぁぁー! 今、特製スタミナ滋養強壮薬膳スープを持って駆けつけるわよぉぉぉーっ!!」 空間の裂け目の向こうから、元気ハツラツとした、そして呑気極まりない愛妻の声が響き渡った。 その空間震動の規模から察するに、ヴェラ様は自らの莫大な魔力を惜しげもなく注ぎ込み、アシュが開いた極細の空間航路を力任せに押し広げながら、超高速でこちらへ突進してきている。 到達まで――残り、およそ三十秒。「…………」 アシュの美しい貌(かお)から、一切の表情が抜け落ちた。 それは先ほど怪物の核を握り潰そうとしていた時の冷酷さなど足元にも及ばない、底知れぬ漆黒の威圧感。 アシュはゆっくりと首を巡らせ、床に倒れ伏すルミナと、腰を抜かして涎を垂らしているシルヴィアを冷然と見下ろした。「……おい、肉塊。そしてそこの雌豚」 その声は低く、寝室の空気を絶対零度まで凍りつかせた。「貴様らに与えられた時間は二十五秒だ。 二十五秒以内に、この塔を、この街を、そして貴様ら自身の成り果てた姿を、完璧に『何事もなかった状態』へ偽装しろ。 もしヴェラ様が一ミリでも不審感を抱かれたり、この部屋の淫靡な臭気で眉をひそめられたりした瞬間……貴様ら二人を、魂の素粒子ごと次元の彼方へ消し飛ばす」「ヒッ……!?」「――――ッ!?」 シルヴィアが恐怖で悲鳴を上げ、ルミナの全身の毛穴から冷や汗ならぬ体液が吹き飛んだ。 魔王アシュの脅迫は、冗談などではない。本当にコンマ一秒の躊躇もなく実行される絶対の死刑宣告だ。 残り二十秒。 ルミナの思考ルーチンが、かつてない超オーバードライブを起こした。 主(シルヴィア)との甘美な触手生活を守るため、そして何より生き残るため、人外の怪物はその神話級の質量を限界までフル回転させた。 ドバババババ

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第102話:【格付け】魔王と怪物、そして堕ちた魔女

     ゴオオオオオオッ……!! 極北の大地を埋め尽くす赤黒い肉塊の海から、天を衝くほどの質量を持った数万本の触手が、音速の壁を突破しながらアシュへと殺到していた。 一本一本が城壁を丸ごと薙ぎ倒す太さを持ち、先端からは触れた空間すら腐食させるような超高濃度の麻痺毒と溶解液がドロドロと撒き散らされている。 国家一つを丸ごと捕食・同化し、神話級の怪物へと成り果てたルミナの全力の迎撃。 いかなる英雄であろうと、いかなる大賢者であろうと、肉片一つ残さずに押し潰され、融解させられるはずの絶対の暴力。 しかし――。「……目障りだ」 アシュは、冷徹極まる声でただ一言、そう吐き捨てた。 彼が右手を掲げ、白くしなやかな指先を軽く一閃させた、その刹那。 ――ズバッ、ズズズズズズズズッ!!!! 音すら遅れて届くほどの、神速の次元断裂。 アシュを中心とした半径数キロメートルの空間そのものが、まるで精密な刃物で薄切りにされたガラスのように、数億枚の断片へと寸断された。 ギュルルルルッ……!?!? 四方八方から迫っていた数万本の触手は、アシュの身体に触れることすら叶わず、一瞬にして細胞単位、分子単位の微塵へと解体された。 斬り飛ばされた肉塊の雨が黒い炭となって虚空に消え失せ、甘ったるい紫色の霧ごと、極北の空が巨大な円形状にくり抜かれて晴れ渡る。 ただの一振り。 国家を呑み込んだ怪物の攻撃を、アシュは呼吸をするよりも容易く、無へと還したのだ。「我が主の心を乱したノイズの源は……塔の最上階か」 アシュは一歩を踏み出した。 足元には階段も床もない。だが、彼が歩く先々で空間が自動的に足場を形成し、彼はまるで平地を歩くように優雅な足取りで、触手に覆われた白亜の研究塔『氷嶺の牙』の最上階へと踏み込んだ。 ◇ ◇ ◇

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第101話:【北の異変】消えた北方国家と、心配する大魔女

     王都が恐怖と胃痛の夜会から立ち直る間もなく。 大陸全土を揺るがす未曾有の凶報が、世界中を駆け巡った。 ――極北の防衛要塞国家『フロストヘイム』の完全沈黙。 永久凍土の過酷な環境にありながら、屈強な北方騎士団と堅牢な氷壁に守られていた小国家。 それが、ある一夜を境に、外部との一切の魔導通信を途絶させたのだ。 異変を察知した周辺国が放った先遣調査隊が目にしたのは。 国家の滅亡などという言葉では到底言い表せない、あまりにもおぞましい『世界の変貌』だった。 白銀の雪原は消え去り。 城壁も、民家も、針葉樹の森も、すべてが原形を留めぬほどに溶解。 見渡す限りの大地が、まるで巨大な生物の内臓のように赤黒く脈打ち、天を突く無数の半透明な触手がうねり狂う――地獄の繭と化していたという。 人間も、魔獣も、誰一人として生きて戻ってこない。 ただ、巨大な肉塊の海が、呼吸をするようにドクン、ドクンと音を立てて広がり続けている――。 大陸中の国家が「古代の邪神が復活したのではないか」と恐慌に陥る中。 その凶報は、我がノクス辺境伯爵邸のリビングにも届いていた。 ◇ ◇ ◇「……そ、そんな……! シルヴィアが……!?」 私は、アルファが差し出してきた最新の魔導通信の記録用紙を取り落としそうになりながら、青ざめた顔で叫んでいた。 フロストヘイム。 そこは、私の旧友であり、『絶対独身同盟』の盟友でもある『白銀の魔女』シルヴィアの研究塔――『氷嶺の牙』がそびえ立つ地だ。「ヴェラ様、落ち着いてください。お体に障ります」 私の背後から、温かい両手がそっと伸びてきた。 アシュが私の肩を優しく抱きしめ、心地よい魔力のぬくもりで私の強張った身体を包み込んでくれる。 けれど、今の私にはその温もりを呑気に楽しむ余裕すら

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第100話:媚薬漬けの氷魔女と、泥濘の極楽

    「あ、あぁっ……はぁっ……。 ルミナ……ルミナぁっ……。もっと……っ、もっとそれを、私に……っ」 かつて『氷嶺の牙』と呼ばれ、絶対零度の理性を誇った研究塔の最上階。 今、その部屋を満たしているのは、むせ返るような甘い媚薬の匂いと、あられもない水音、そして魔女の堕落しきった喘ぎ声だけだった。「んっ……あむっ……ちゅ、じゅるるるるっ……!!」 私は、シーツの上で四つん這いになりながら。 目の前に差し出された、ルミナの腕から伸びる太い触手の先端に、まるで飢えた獣のようにしゃぶりついていた。 触手の先端の亀裂から、トロトロと溢れ出してくるのは、極彩色に輝く高濃度の【神経溶解媚薬】。 それを一滴たりとも逃すまいと、私は自ら舌を絡ませ、喉を鳴らして飲み込んでいるのだ。「んぐっ……んく……っ、ぷはっ……! あ、ああぁ……っ、これ……っ、これだ……っ。 脳髄が……ドロドロに溶ける……っ、最高だ……っ!」 媚薬が食道を通って胃の腑に落ちた瞬間、爆発的な熱が全身の血管を駆け巡る。 視界がチカチカと明滅し、指先から足の先まで、すべての神経が『快楽を受信するだけの器官』へと強制的に書き換えられていく。 陥落の朝から、どれだけの日数が経ったのか。 もはや私には、時間の概念すら曖昧になっていた。 ただ一つ確かなのは、今の私が、この無口なメイド――ルミナの分泌する『体液』なしでは、一秒たりとも正気を保てない身体になってしまったということだ。「…………(ニコニコ)」 私の口内に媚薬を注ぎ込みながら、ルミナは恍惚とした表情で微笑んでいる。 彼女のメイド服はすでに脱ぎ捨てられ、白く滑らかな素肌の至る所から、無数の触手がうねり、私の身体に絡みついていた。 じゅちゅ……、ぬちゃ……っ。「ひゃあぁんッ!? あ、ああっ、ルミナ……っ

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第99話:【陥落の朝】バグに侵食された日常

     ピピッ、ピピッ、と。 研究用の魔導時計が、無機質なアラーム音で朝の六時を告げた。「…………っ」 いつもなら、この音が鳴る三分前には完璧に意識を覚醒させ、冷徹な思考回路を再起動させていたはずの私。 だが、今朝は違った。 ベッドから上体を起こそうと腕に力を込めた瞬間、ビキリと全身の筋肉が軋み、力が入らずにシーツの上へと崩れ落ちたのだ。「はぁっ……、あ……」 口から漏れたのは、自分でも信じられないほど熱っぽく、だらしない吐息だった。 全身の骨の髄まで、ドロドロに溶かされてしまったかのような極度の倦怠感。 腰から下は完全に感覚が麻痺し、微動だにさせることすら難しい。 そして何より――私の下腹部の最奥が、まるで内側から熱病に侵されたかのように、ジンジンと狂おしく疼き続けている。 重い瞼をこじ開け、自らの身体を見下ろした。「……っ!」 息を呑む。 月光の下で見た光景は、決して夢などではなかったのだと、白日の下に晒された私の肉体が何よりも雄弁に物語っていた。 透き通るようだった白銀の素肌には、赤黒い斑点――いや、無数の『吸盤の痕』が、首筋から胸元、太ももの内側に至るまで、びっしりと刻み込まれていた。 シーツには、私の愛液と、あの半透明の触手が分泌していた高粘度の『快楽体液』が混ざり合い、生々しく乾いた染みを広げている。 溶かされてしまった軍服ドレスの残骸が、床の片隅に無惨に散らばっていた。「あれは……現実だったのか……」 震える両手で顔を覆う。 昨夜の光景が、脳裏にフラッシュバックした。 ベッド全体を飲み込むような、不定形の肉塊と触手。 私の強固な魔力結界を一切意に介さず、絶対零度の氷槍すらも吸収してしまった、圧倒的なまでのバケモノ。 そして――その触手を生やし、私に覆い

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第1話:理想の夫がいないなら、ゼロから育てればいい

    「愛」というものが、私にはよくわからない。三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。合理的ではない。手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。けれど。「……とても、暖かそうね」カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れてい

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第6話:社交界デビューの提案と、完璧な鳥籠の設計図

    朝。 さんさんと降り注ぐ陽光が、ダイニングルームを明るく照らしていた。 私は淹れたてのミルクティーを片手に、王都から取り寄せた新聞に目を通していた。 「……あら」 一面の大きな見出しを見て、私は思わず声を漏らした。 そこには、先日この屋敷にやってきて、私に不躾な態度をとった男の名前が踊っていた。 『バルバトス伯爵、深夜の屋敷で突如発狂! 当主の座を退き幽閉へ』 『不正蓄財と密輸の証拠も多数発見! バルバトス家、取り潰しの危機か』 記事には、伯爵が何かに酷く怯えた様子で「化け物が来る」「俺の目を潰しに来る」とうわ言を繰り返し、精神を病んでしまったと書かれてい

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第4話:成長した狂犬と、初めての『お出かけ』

    朝の陽ざしが、大きな窓から寝室に差し込んでくる。 「……ん」 私が微かに身じろぎすると、待っていたかのように優しい声が降ってきた。 「おはようございます、ヴェラ様。よく眠れましたか?」 目を開けると、ベッドの脇に一人の青年が立っていた。 銀色に輝く髪。 透き通るような白い肌。 そして、私のすべてを映し込むような、深く美しい赤い瞳。 「おはよう、アシュ。……ええ、とても良い目覚めよ」 私が体を起こすと、彼は流れるような動作で温かいタオルを差し出し、私の顔を優しく拭ってくれる。 アシュをあの路地裏で拾ってから、三年が経過していた。 十二歳だった彼は

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第3話:急速な成長と、純白のキャンバスに染み込む猛毒

    アシュを拾ってから、半年が過ぎた。泥と血にまみれていた路地裏の野良猫は、見違えるように美しい少年へと成長しつつあった。毎日の十分な食事と、温かいベッド。そして私という、絶対的な庇護者の存在。それらが、アシュの本来持っていたポテンシャルを急速に引き出していたのだ。くすんでいた灰色の髪は、今や月光を吸い込んだような美しい銀色に輝いている。痩せこけていた体にも適度な筋肉がつきはじめ、背もぐんと伸びた。まだ十二歳の少年だが、すでに末恐ろし

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status