ANMELDEN祖父が遺した一つの昔話――。 「薔薇のように気高く、向日葵のように眩しく、百合のように艶やかな女。彼女に恋をした者は、誰一人生きて幸せになれなかった。」 二十一歳の朔夜は、秋の繁華街で祖父が語った伝説そのものの女性・鞠子と出会う。彼女は初対面のはずなのに、朔夜の名前を知り、「私はあなたをお慕いしております」と微笑む。 惹かれた者は破滅する――その伝説は本当なのか。それとも、彼女には誰にも語れない秘密があるのか。 これは、呪われた恋の始まり。
Mehr anzeigen......昨日...... ... 「ふふっ...うちの顔に、何かついてはります?...」... 「昨日?...昨日は...」 昨日はバイト帰りの途中に寄り道をして、 鞠子と会ってた。 「助けて...朔夜...」 この時、素直に言えてたら... 「一瞬でも、朔夜の女になれたんは嬉しかったよ...」 いや、言えるはずがない。 俺は咄嗟に、嘘をつかずに事実を隠した。 「昨日は、バイト帰りに繁華街を散歩しながら 帰ったよ。」 瑞稀はこちらを真顔で目を見開きながら 詰め寄ってくる... 「本当に!!?本当に何もなかったのですか!?」 「あぁ...普通に散歩して帰ったよ...」 このテンションの時の瑞稀はやばい... どうにかやり過ごさないと... 「あぁ...本当だよ。嘘はついていない」 瑞稀は数秒間、重なるぐらいの距離で俺を覗く。 「嘘...ですよね?フフッ...朔夜さん、今回は詰めが 甘いみたいですよ。」 !?!?...見られていたのか!?... でも、何も悪気は... 「ほっぺた、誰かに殴られたんでしょ? 腫れてますわよ。ほら、手当しますわ。」 「あぁ、ごめん。 瑞稀に心配かけたくなかったからさ」 ため息をつきながら、 「救急箱とってください...」と待つ瑞稀に 焦りを隠しながら、俺は手当をしてもらう。 以前、瑞稀は親との家庭環境のもつれから 精神的な発作を起こして両親を殺めようとした。 両親が世間に知らせてはいけないと、 表だった公表はされていないが... こうやって、瑞稀が自由気ままにできるのは ある意味両親にさえ恐れられている。 「まぁ、よかったですわ...」 ため息混じりに言葉を切り出す瑞稀... 「何がよかった?」と返すと、 「もし、女の子と会っていることを 隠しているのなら... 私......どうなるかわからなかったから...」 ははっ...とリアクションをした俺は そのまま手当を受けた。 そこに、瑞稀の携帯から着信がなる。 「失礼、少しお外で話してくるわ...」 携帯を持ち、外に出る。 俺は深いため息をついた。 危なかった... 今は、鞠子と出会ったことや 祖父の話はするべきじゃない。 鞠子が本当に呪いの類であっても、瑞稀は その相手を消滅させ
俺はそのまま、繁華街を抜けて家路についた。 頭の中で鞠子の声がずっと響いていて、 布団に入ってからもなかなか寝付けなかった。 ——鞠子、言います。 ——一瞬でも、朔夜の女になれたんは嬉しかったよ。 そんな言葉を反芻しているうちに、 いつの間にか意識が沈んでいった。 …… ... . 気づけば、俺の目の前には小さな公園が移る。 祖父の家の近く、 よく砂場で遊んだ場所だ。 その砂場に小さい頃の俺がいる。 夏の匂い... 蝉の声が遠くで鳴いている。 隣には、もう一人——女の子がいた。 顔ははっきり見えないのに、 なぜかその子だとわかる。 そんな感覚だった。 「ねぇ、ねぇ、朔夜くん。大人になったら、なりたいものってある?」 「うーん……よくわからないよ」 砂を掘りながら、俺は上の空で答えている... その反応をからかうように、女の子は続ける。 「朔夜くんはまだまだお子ちゃまだもんねー。私はちゃんとあるんだよ」 「何になりたいの?」 「私は、幸せなお嫁さんになりたいんだ! 恋をして……愛してってやりたい!」 「そうなんだねー。やっぱりよくわかんない」 女の子は俺の手をぎゅっと握って、 まっすぐに目を合わしている。 「朔夜くん! 大人になったら私と結婚しようよ!」 「うん、楽しそう……」 適当に返した俺の手を、 女の子は放さなかった。 「絶対だよ! 約束だからね……」 その声だけが、やけに鮮明に耳へ残った。 …… ... . はっ、と目が覚めた。 天井の模様がぼんやり見える。 汗ばんだ首筋に、朝焼けが眩しく部屋を照らす... なんで今更、あんな昔の夢を見たんだろう。 しかもあの女の子——顔は、最後まで思い出せなかった。 そんな中、玄関のドアから強めのノックが 響く... ドンッ!ドンッ!...ドンドン!! こんな早朝から来るのは、あいつしかいない。 というか、近所迷惑も甚だしい... 苛立ちと焦りと眠気が入り混じる表情で 俺はドアの鍵を開ける。 そこには一人の女性が立っていた。 「朔夜さん!おはようございます。 今日も素敵な朝でございますよ」 こちらの都合など、一切気にする事ない表情... 頭の上からつま先まで気品溢れたハイブランドを 身に纏いながらこちらを見て笑顔
...??...どうしてだ?... 関わらないように、通り過ぎようとしたのに... 「なんだ?テメェ...ヒーローぶってんじゃ...」 若者の一人が拳を握り、俺の顔面に向かって 振りかぶってきた。 俺は、その拳を受けながら... もう一度、若者を睨み返す。 「...これで、満足ですかね?... もう、連れて行って良いですか?」 その態度に怯む若者たち。 俺は彼女の手を取り、後にする...。 ...こんなキャラじゃないのに... 俺たちは人混みを縫うように走った。 何度も角を曲がり... 細い路地へ入り... ようやく人気のない雑居ビルの陰へ身を隠した。 息が上がる。 若者たちの姿は、もう見えなかった。 「よし、追ってこない。 夜は危ないから気をつけてくだっ...!?」 女の子の方を振り向くと... その子は俺を抱きしめるように 口付けをしようとしてきた。 「...!?!?...なっ!何してるんすか!?」 俺は、女の子を剥がすように距離を少し離して 静止をさせた。 その子は、唇を舐めながら笑顔で言った。 「助けてくれるって信じとりました。 朔夜さんが言う通り...私はあなたの女や」 俺は言葉が出なかった。 心臓がうるさいくらい騒ぐ... さっきの声が、耳の奥にまだ残っていた。 ——助けて……朔夜…… 俺の名前を、この子は知っていた。 会ったことなど、一度もないのに... 祖父の声が、頭の中で蘇った。 ——惹かれた男が、死んでいったんや。 ネオンの光の中で、 その女は少しも変わらない顔をしていた。 怖いほど綺麗で、怖いほど穏やかな顔で、 ただ俺を見ていた。 惹かれた者が死んでいく... そして今—— 「……あなた、誰ですか?」 俺がそう聞くと、女はもう一度微笑んだ。 「鞠子、言います」 その名前を聞いた瞬間、 俺の背筋を何かが走った。 ...いや、でも... ...俺の思い違いかもしれないし... と少しながらに、現状を正当化しようとする 不安も打ち砕かれた。 秋の夜の繁華街で、俺は確信した。 じいちゃんの昔話は、作り話じゃなかった。 「まっ……鞠子さん……どうして俺の名前を?」 俺は、咄嗟に頭に浮かんだ疑問をぶつけた。 鞠子はクスッと笑いながら、 「あら
「嫉妬で人が死ぬの?」「死ぬ」祖父は断言した。「嫉妬は毒や。自分の中で育てすぎたら、自分を殺す」二人目に死んだのは、鍛冶屋の息子に嫁いだばかりの娘だった。夫が鞠子に惹かれていることを知り、ある夜、鞠子の家に乗り込んだ。翌朝、娘は村外れの崖の下で見つかった。崖から落ちたのか、落とされたのか、自分で飛んだのか、誰にもわからなかった。鞠子は最初から最後まで、何も言わなかった。ただ悲しそうな顔で...「気の毒なことをした」とだけ言った。その顔が本当に悲しそうで、嘘をついているようには見えなかったと、周りはそう話してたらしい。三人目は行方不明だった。鞠子に激しく嫉妬していた中年女が、ある秋の夜を境に姿を消した。山を探しても...川を探しても...見つかることはなかった。ただ一つだけ残されたものがあった。鞠子の家の前に、女の下駄が一足、揃えて置かれていた。女たちが死んでいく一方で、男たちも消えていった。最初の男は、妻が死んで半年後に心の臓をやられた。畑の真ん中で倒れているのを朝一番に仕事に出た隣人が見つけた。まだ息はあったが、そのまま三日後に逝った。死ぬ前に一度だけ意識が戻ったとき、男は一言だけ言ったという。「鞠子さんを愛していた...」それが最後の言葉だった。 鍛冶屋の息子は、妻が崖で死んでから一月ほど後に失踪した。仕事場に道具を残したまま出ていったきり戻らなかった。何年か後に...山の奥で白骨が見つかったが、それが息子のものかどうかは最後まで確認できなかった。五十の顔役は、一番最後まで生き残った男だった。だがやはり、最後は死んだ。年が明けてすぐの夜、川に落ちた。遺体は三日後に下流で見つかった。顔は、何故か、穏やかだったという。男たちが死んでいく間、鞠子は変わらなかった。季節が巡っても、村人が減っても、鞠子だけは変わらなかった。皺が増えることもなく、髪が白くなることもなく、ただそこにいた。「じいちゃん」俺は聞いた。「なんでその人たちは死んだの。鞠子さんが殺したの?」祖父は少し間を置いた。「殺したんとは違う」「じゃあなんでさ」「惹かれたからや」祖父は静かに言った。「惹かれすぎたんや。あの女に惹かれると、他のもんが全部霞んでしまう。飯も、仕事も、家族も、全部どう