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再会

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-04-19 16:57:24

 |爛 春犂《ばく しゅんれい》が帰った後、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は|妓楼《ぎろう》の裏手へと向かう。そこは表の華やかさとは裏腹に、雑草が生い茂るだけの荒れ地だった。

 建物の壁に背をつけ、服の|口袋《ポケット》から白い何かを取り出す。それは薄汚れた|勾玉《まがたま》だ。それでも気にすることなく、|勾玉《まがたま》を優しく撫でる。

 すると、周囲にたくさんの花が落ちてきた。|山茶花《さざんか》や|睡蓮《すいれん》などが、美しい花びらを|伴《ともな》って彼の全身を包み始めたのだ。

 彼の姿が見えなくなるまで深く、|濃《こ》い|蜜《みつ》の香りに|包容《ほうよう》される。

 しばらくするとそれは|収《おさ》まり、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は再び姿を現した。

 けれど花に包まれる前の彼とは違っていた。

 幼さを残す顔立ちはそのままだが、|白髪《しらが》の混じっていた黒髪は色素をなくしている。一見すると白のよう。けれど太陽の光が当たった瞬間、美しい|白金《プラチナ》の輝きを放つ。

 足元まで届きそうなほどに長い髪は、|蜘蛛《くも》の糸のように細かった。

 彼は慣れた様子で髪を払いのけ、落ちている|睡蓮《すいれん》を拾った。それを右の手のひらに乗せ、左手で素早く|印《いん》を結んでいく。

「──花びらは耳、|蜜《みつ》は息。花粉は|蜂《はち》を誘い、|蝶《ちょう》を|誘惑《ゆうわく》する。花の役目は我を導くこと」

 |空《くう》に描くは術。先ほど|華 閻李《ホゥア イェンリー》を包んでいた花が、今度は彼の力に囲まれる番だった。

「|我《われ》、|先々《せんせん》の主なり。そして|我《わ》が声に答えよ。目を開き、全てを知らせよ!」

 彼の中性的な|見目《みめ》に負けぬのは、男性にも女性にも聞こえる声である。どちらともとれる|声音《こわね》は花たちを美しく踊らせた。

 まるでそれは妓女のよう。花の正体が女性ならば、世の男たちは虜になっていただろう。

 そう思えるほどに美しく、丁寧に踊り続ける花は意思を持つかのように、とある場所へと向かった。

 町を出て、河の上流へと進む。途中にあるつり橋では、男たちが魚釣りをしていた。

 そこからさらに山の方へと向かう。次第に霧が立ちこめ、どんどん濃くなっていった。それでも花たちは風向きに逆らいながら飛び続ける。

 空中を散歩す
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