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黄色の土俵

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-04-19 11:05:14

 |姐姐《ねえさん》の後ろに隠れた|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、建物から出てくる者を見た。

 そこにいたのは一人の男である。彼は先ほど飛び出してきた|特徴《とくちょう》のない男とは違い、どこか|威厳《いげん》を放っていた。

 男は|漸層《グラデーション》の入った黄色い|漢服《かんふく》に身を包んでいる。

 黒髪を頭の上で一つ縛りし、あまった髪は揺れていた。

 年齢は四十代半ば。目鼻立ちは整ってはいるものの、にこりともしない。そのせいで、作り物めいた雰囲気を生んでいた。

 身長は百八十センチほどで、中肉中背である。伸ばされた背筋にきっちりと服を着こなすことから、男の真面目さが窺えた。

 そんな男は、|眼前《がんぜん》で叫び続けている者を睨む。

「──若、私はあなたの弟子でもなければ、※|家僕《かぼく》ですらありません」

 どれだけ|威嚇《いかく》されようとも、権力を振りかざされようとも、この男性はひれ伏すことはないのだろう。その証拠に、転がっている男へは威圧を含む視線を浴びせていた。

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は、二人の男たちのやり取りを見て呆けてしまう。けれどすぐに警戒心を唇に乗せ、彼らを|凝望《ぎょうぼう》した。

 ──あの|屑《くず》男はいつものことだけど。今日はどうして、この人が来てるんだろう?

 地にひれ伏している者ではなく、背筋の伸びた中年男性について疑問を浮かべる。視線を子供へとやれば、中年男性は彼へ向かって|会釈《えしゃく》をした。

 そして|対峙《たいじ》しているもう一人の男を無理やり起き上がらせ、建物の中へと入っていってしまう。

 目まぐるしく流れる彼らの行動に、|華 閻李《ホゥア イェンリー》たちは目を丸くした。

「……ねえ|閻李《イェンリー》、前から聞きたかったんだけど。あんたをつけ回してる男と今の素敵な方って、どんな人たちなの?」

 |姐姐《ねえさん》が、それとなく|尋《たず》ねる。彼よりも少しだけ背の高い彼女は、風に|靡《なび》く髪を押さえていた。

 ふと、隠れていた|華 閻李《ホゥア イェンリー》が前に|躍《おど》り出る。幼さの残る見た目を裏切る白髪混じりの髪を、頭の|天辺《てっぺん》で軽く結い上げた。ひとつ|縛《しば》りになった髪は|尻尾《しっぽ》のように、ゆらり、ゆらりと揺れる。

 |姐姐《ねえさん》と呼び慕う女性以外
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