LOGIN不気味な脈動を打つ黒ずんだ石壁と、鼻を突く腐敗した魔力の匂い。
マルタが開けた隠し通路を抜け、ルシエラ、ライネル、エルミナの三人は、王都の地下深くに広がる古結界ラインの「中層」へと足を踏み入れていた。「来るぞ……ッ!」ライネルの鋭い警告と同時に、闇の奥から凄惨な威圧感が一気に膨れ上がった。――グガァァァッ!石造りの天井や壁面から滲み出るように現れたのは、肉塊と黒い怨念がドロドロに溶け合ったような異形の悪魔――『地脈の喰骸者』の群れだった。王都の地下水道と結界ラインを這い回り、過剰な神聖エネルギーを食い荒らしていた悪魔の残滓たちだ。「エルミナ、下がっていて!」ライネルが前に躍り出ると、腰の聖剣『アルヴァ=クレイド』を閃かせた。白銀の剣光が暗闇を切り裂き、群がる悪魔の肉塊を一刀両断にする。「ルシエラちゃん、ライネル様! 私も……っ!」エルミナもまた胸元のロザリオを握り締め不気味な脈動を打つ黒ずんだ石壁と、鼻を突く腐敗した魔力の匂い。マルタが開けた隠し通路を抜け、ルシエラ、ライネル、エルミナの三人は、王都の地下深くに広がる古結界ラインの「中層」へと足を踏み入れていた。「来るぞ……ッ!」ライネルの鋭い警告と同時に、闇の奥から凄惨な威圧感が一気に膨れ上がった。――グガァァァッ!石造りの天井や壁面から滲み出るように現れたのは、肉塊と黒い怨念がドロドロに溶け合ったような異形の悪魔――『地脈の喰骸者』の群れだった。王都の地下水道と結界ラインを這い回り、過剰な神聖エネルギーを食い荒らしていた悪魔の残滓たちだ。「エルミナ、下がっていて!」ライネルが前に躍り出ると、腰の聖剣『アルヴァ=クレイド』を閃かせた。白銀の剣光が暗闇を切り裂き、群がる悪魔の肉塊を一刀両断にする。「ルシエラちゃん、ライネル様! 私も……っ!」エルミナもまた胸元のロザリオを握り締め、可憐な手をかざして純白の神聖光を放つ。悪魔たちはその光に触れた先から凄まじい悲鳴を上げ、黒い煙となって消滅していった。けれど――敵の数は底知れなかった。「……しつこいわねッ!」ルシエラは果敢に踏み込み、掌から放つ凛烈な魔力塊で接近する悪魔を打ち払う。その時だった。弾け飛んだ悪魔の核――濃縮された「悪魔の魔力の断片」が、黒い火花となってルシエラの胸元へと飛び散った。「ルシエラ!?」「あ……く、あぁぁぁっ……!?」皮膚に触れた瞬間、激しい熱量とともに黒い断片がルシエラの体内に吸い込まれていく。それと同時に、彼女の脳裏に稲妻のような衝撃が走った。――封印されていた『前世の記憶』の一片が、強烈な濁流となって溢れ出してきたのだ。(これは……前世の私……天界の光を背負い、天上の玉座で降り注ぐ闇の軍勢を一人で薙ぎ払っていた、あの日……!)視界
「……失礼いたします、お嬢様方、ライネル殿下」闇に包まれた客室へ、再び静かに足を踏み入れたのはマルタだった。その手には、湯気を立てる銀のトレイと、温かな香りを漂わせるハーブティーのカップが人数分載せられている。「緊張のお気持ちは察するに余りありますが、明日の大一番を前に、少しでもお心を落ち着けていただくため、淹れ直してまいりました」「ありがとう、マルタ。配慮に感謝するよ」ライネルは労うように微笑み、差し出されたカップを手に取った。ルシエラとエルミナもまた、マルタの温かな心遣いに礼を言い、その澄んだ琥珀色のハーブティーを口へと運んだ。一口飲めば、花のような柔らかい香りと心地よいぬくもりが全身に染み渡っていく。「マルタ、近衛たちの動きや抜け道の確認は大丈夫そうかしら?」ルシエラが尋ねると、マルタは胸の前で恭しく手を組み、申し訳なさそうに、けれど完璧なメイドとしての笑みを浮かべた。「はい。見張りについている近衛兵の方々には……少々夜寒が身に染みる頃合いでございましたので、先ほど眠り薬を忍ばせた温かいハーブティーを差し入れさせていただきました。すでに廊下で心地よい夢の中においでになります」「えっ……監視の近衛兵を眠らせたのかい!?」ライネルが驚きに目を見開くと、マルタは静かに目伏せ、完璧な所作で頭を下げた。「私のような者には、剣を振るうような野蛮な真似は到底できません。……ですが、このように静かに道を開けるような簡単な手配であれば、お任せくださいませ」マルタはふっと微笑み、地下へと続く隠し扉の鍵をトレイから取り出して見せた。「地下深層で待ち受ける魔導の罠や、異形の悪魔どもを退けるといった過酷な戦いにつきましては、私などでは力不足にございます。そこからはどうか、お嬢様方とライネル殿下のお力をお示しくださいませ」「ふふ……十分すぎるくらいの見事な手際だわ。ありがとう、マルタ」ルシエラは感嘆の吐息を漏らすと、深紅の瞳に凛とした光を宿した。「ライネル君、エルミナ。マルタが作ってくれたこの千載一遇の機会……無駄にはできないわ。今すぐ、地下の最深部へ向かいましょう」「ああ、そう
決行の夜を明日に控えた王城は、気味の悪いほどの静寂に包まれていた。窓の外では、王都を包むどんよりとした雲から再び深々と雪が舞い降り始めている。遠く街の明かりは途切れがちで、全滅した教会がもたらした防壁の綻びが、人々の生活に暗い影を落としていることが窺えた。客室の小さな机の前で、ルシエラはオーガスト枢機卿から託された『精巧な箱』の上にそっと指先を滑らせていた。重厚な金属の質感と、そこに施された繊細な神聖文字の刻印。箱の奥からは、ルシエラ自身のものでありながら、どこか禍々しくすら感じられる不完全な波動が微かに伝わってくる。(この中に眠るのは、大天使としての私の威光……そして、堕天の記憶)ルシエラはそっと目を閉じた。もしこの箱を開ければ、絶大な力を取り戻し、目の前の恐怖や悪魔を容易に退けられるかもしれない。しかし――ライネルの言う通り、今の自分にはあまりにも危険すぎる。悪魔が狙う「堕天の完成」という筋書きに、自ら飛び込むようなものだ。「ルシエラ」静かな呼び声とともに、ライネルが傍らに立った。その手には一本の温かいハーブティーが握られている。「まだ起きていたのかい? 明日に備えて、少しでも休んだ方がいい」「……ええ。ありがとう、ライネル君」ルシエラは手元から箱を引き出しへとしまい、湯気の立つカップを受け取った。「ライネル君……明日、地下の最深部へ向かえば、もう引き返せなくなるかもしれないわ。レオンハルト陛下との対立も、免れないでしょうね」「覚悟の上さ」ライネルは少しの迷いもなく答えた。「父上が国王として王都を守ろうとしているのは真実かもしれない。だが、もし父上のやり方が悪魔の罠に誘導されているのだとしたら、一国の王子として……そして君を守る一人の剣士として、それを止めるのが僕の義務だ」そう言ってライネルは、腰に下げた『アルヴァ=クレイド』の鍔をそっと撫でた。白銀の聖剣は、まるで彼の覚悟に応えるかのように、暗闇の中で静かな光を放っている。「ライネル君は、本当に強いわね……」「君が僕に、強さを教えてくれたんだよ。あの日、洗脳の霧の中で君の手を握った時から、僕の誓いは変わっていない」二人が静かに見つめ合う中、部屋の隅のベッドから、小さな衣擦れの音が聞こえた。「……ルシエラちゃん、ライネル様……」
月明かりすらも不吉な暗雲に遮られ、王城全体が深い闇に沈み込んでいく。「――失礼いたします、お嬢様」扉の外の近衛騎士たちを巧みな言動であしらい、音もなく客室の影から滑り込んできたのは、マルタだった。その完璧な仕草の裏には、いつになく色濃い警戒の色が漂っている。「マルタ。外の様子はどうなっているの?」ルシエラが問いかけると、マルタは静かに頭を下げ、低く凛とした声で報告を始めた。「王城内の不穏な空気は最高潮に達しております。レオンハルト陛下はエルミナ様の四枚羽の顕現を受け、神聖騎士団および秘密情報部に対し、王都全域の警戒レベルを『最上級』へと引き上げられました。表向きは防犯のためとされておりますが……実質的には、エルミナ様およびルシエラお嬢様に対する監視の目を強化するための措置でございます」「やっぱり……父上は僕たちを本格的に疑い、封じ込めるつもりか」ライネルが苦い顔で呟く。「それだけではございません」マルタは静かに視線を落とし、言葉を継いだ。「王城の地下深層……先ほどお嬢様方がお戻りになられた古結界ラインの周辺に、レオンハルト陛下の直属部隊が極秘裏に派遣された模様です。地下に潜む『何か』の存在を、陛下ご自身もまた、前々から把握されていた節がございます」「何ですって……!?」ルシエラの深紅の瞳が大きく見開かれた。国王レオンハルト。一国の指導者として国を守ろうとする厳格な王。……しかし、もし彼自身もまた、地下の悪魔や巨大な企みの全貌を知りながら、エルミナやルシエラを「盤上の駒」として利用しようとしているのだとしたら――。「ルシエラちゃん……」エルミナが不安そうにルシエラの袖を小さく引っ張った。「私……やっぱり、私がここにいるから、みんなを危険に巻き込んじゃってるのかな……? 私の過去も、この力も……本当は何なのか、すごく怖いの……」震えるエルミナの手を、ルシエラは優しく包み込んだ。「いいえ、エルミナ。貴女のせいではないわ。私たちが真実に近づけば近づくほど、周囲の闇が牙を剥いてくる……それだけのことよ」ルシエラはライネルと目を合わせた。「ライネル君。レオンハルト陛下が地下の調査を進めているのなら、残された時間は少ないわ。悪魔の『根』がこの王都を完全に蝕み、私の『堕天の力』やエルミナの『天使の威
夜深まる客室の中、重厚な絨毯の上に落ちる月光が、三人を取り巻く複雑な思考を白く照らし出していた。ルシエラは窓辺に立ち、深紅の瞳をじっと見つめながら、己の内に渦巻く過去の記憶と現状を突き合わせるように呟いた。「……ねえ、ライネル君。ずっと引っかかっていたの」「どうしたんだい、ルシエラ?」「もしも悪魔が……神聖なる天の力そのものを渇望していたのだとしたら。奴らにとっては、私からあらかじめ奪い取った大天使としての記憶の大部分と、突如現れたエルミナの破格の力……それだけでも、目的を果たすには十分すぎるはずでしょう?」ルシエラは胸元にそっと手を置いた。「それなのに、なぜ奴らは執拗に私を狙い続けるのか……。あの学園で私に歩み寄り、無垢な顔をして油断させていたあの一角獣(ユニコーン)の悪魔すらも、結局のところ真の標的は私自身だった……。奴らは、私という存在の『何か』を、まだ諦めていないのだわ」息をのむエルミナを横目に、ルシエラは静かにその本質へと踏み込んでいく。「私は……ただの大天使の転生者ではない。かつて一度堕ち、地に塗れた『堕天の力』をその魂に宿している。……私が今持っているこの不完全で禍々しい力こそ、あの日、悪魔が私に残していった残照の影響……そして奴らが今なお欲してやまない『最悪の芽』なのではないかしら?」「……鋭い洞察だな、ルシエラ」ライネルの瞳に、極めて鋭利な光が宿った。神聖剣『アルヴァ=クレイド』の柄に置かれた彼の指に、力が入る。「僕もずっと同じ危険性を考えていた。悪魔の真の狙いは、単なる強大な魔力や記憶の奪取ではない。君の中に残された『堕天の刻印』を完全に開花させ、君という存在そのものを天に対抗し得る最悪の魔王として完成させること……それこそが、奴らの真の企みなのかもしれない」「やはり……ライネル君もそう思っていたのね」ルシエラは視線を落とし、自らのスカートの裾を固く握りしめた。その脳裏に浮かんだのは、亡きオーガスト枢機卿から託された、重々しい金属の箱――
王城の深部に位置する「第一客室」。豪奢な調度品が揃えられたその部屋の扉の前には、全身を重装甲で固めた近衛騎士たちが立ち並び、静まり返った廊下に張り詰めた圧力を生み出していた。「開けなさい。ルシエラ・ヴァルハイトとライネル殿下だ」「はっ……! お通りください!」騎士たちが解錠し、重厚な扉が開かれる。部屋の奥、カーテンが閉め切られた暗がりの中で、エルミナはベッドの端に膝を抱えて小さく丸まっていた。まだどこか青ざめた顔で、怯えたように肩を震わせている。「ルシエラちゃん……! ライネル様……!」二人の姿を認めた瞬間、エルミナの瞳に安堵の光が宿った。「エルミナ、気分はどう? 体調は辛くないかしら?」ルシエラは足早に寄り添い、ベッドの脇に腰を下ろしてエルミナの震える手を温かく包み込んだ。「うん……体の痛みはもうないの。でも……すごく怖いよ。私、自分の背中からあんな大きな羽が生えるなんて思わなくて……。それに、あの地下で感じた恐ろしい気配が、ずっと耳の奥で渦巻いているの」エルミナはそう言うと、ぽろぽろと涙を零した。「私、やっぱりおかしいのかな……? 生まれた時のことも覚えていないし……急に大きな力が目覚めて、みんなを怖がらせちゃって……。レオンハルト陛下が私を見る目も、すごく冷たかった……」「そんなことはないわ、エルミナ」ルシエラは優しく、けれど力強く告げた。「貴女の力がどれほど異質に見えようと、その光が多くの人を救ってきた事実は変わりないわ。陛下のご警戒は一国の主としてのもの……貴女が自分を責める必要など、どこにもないのよ」「……ルシエラちゃん……」隣に立つライネルも、静かに腕を組みながら語りかけた。「エルミナ。君の過去がどうであれ、君が学園で見せた真摯な思いを僕たちは信じている。だが……あの地下で君の羽が顕現した時、君は『奴の目が、もうそこまで来ている』と言ったね。あの時の言葉、覚