All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 1311 - Chapter 1320

「俺には妻と子がいる」「……」春香はひそかに息を吐き、「ええ、お疲れさまでした」と言った。清孝は今回の療養で、紀香がそばにいたおかげで回復がとても良く、しかも早かった。療養中に、彼の計画も徐々に終わりを迎えていった。春香が藤屋家に来たとき、男の子を連れて帰ってきたため、藤屋家の多くの人間が牙を剥いた。ちょうどその機会に片付けることができた。藤屋家全体の型付けが行われた時、深く身を潜めていた人物もついに尻尾を出した。彼は海人と協力し、ついにその人物の隙を見つけ出し、引きずり下ろした。そして彼の顔も次第に元の姿を取り戻していった。紀香が折れて彼と和解したものの、それでも彼は彼女の望むように、あらためて彼女を追いかけていた。真剣そのものだった。まるで攻略でもするかのように。さらに大勢を集めてブレインストーミングまで行った。針谷にとっても意外だった。清孝と会議を開く日が来ても、話す内容は誰を処理するかでも、どんな発展計画を立てるかでもなく、元妻をどう口説くかだったからだ。しかし集まった彼らの多くは独身者。殺しなら得意でも、人を追うとなると……清孝自身も誰かを口説いたことなどなかった。人が人を口説く様子を見たことすらなく、ドラマや本に触れたこともなかった。彼の日常は、常に重大な事柄を処理することだった。「お前はどうやって奥さんを口説いた？」清孝は部下の一人を指名した。その部下は頭をかきながら言った。「いや、別に……あの時お見合いで知り合ったんです。俺は一目惚れでしたけど、向こうはあまり乗り気じゃなくて。だから毎日迎えに行ったんです。相手が別の人とお見合いしてても、俺は変わらず迎えに行きました。それから飯を差し入れました。彼女だけじゃなく、同僚や家族にも。とにかく図々しく、しつこく粘ってたら、最後に折れてくれて、結婚できたんです」それは正攻法。清孝には向いていなかった。だが、仕事帰りを迎えるとか、贈り物をするというのは参考にできそうだった。「針谷、本をもっと集めろ。動画もだ」清孝は立ち上がり、コートを手に取り外へ出た。運転手がついて行こうとしたが、彼は制した。自らハンドルを握り、紀香を迎えに行った。紀香はここ数日、スタジオに詰めていた。実咲がや

家を新しくリフォームさせ、普段から専属のスタッフに掃除をさせている。今日は最初から彼女をここに連れて来て、手料理をふるまうつもりで、食材もすべてそろえていた。この結婚した家に、紀香が来たのは婚姻届を出したあと一度きり。その後は学業や仕事で外に出てしまい、訪れたことはなかった。だから彼女の記憶にある家とはまるで違っていた。さらに、新たにたくさんの二人の写真が飾られていた。結婚前のもの、結婚後のもの、そして最近のものまで。彼女がこの数年で撮った写真もあった。受賞したもの、雑誌に載ったもの、話題になったものまで。「好きに見てて。料理ができたら呼ぶから」紀香は返事をして、家の中を見て回った。そして、一室の暗室を見つけた。写真を現像するための場所だった。そこには多くの写真が吊るされていた。それは、清孝と口を利かなかった三年間、彼女の日常や仕事の写真。だが、その三年の生活や仕事の中で、楓が現れていた場面は多かったのに、一枚もなかった。他の同級生や同僚との写真はあったのに。誰かさんの心中が透けて見えた。暗室を出て、二階へ上がり、主寝室の扉を開けた。その瞬間、彼女の目がぱっと輝いた。それは彼女の好きなブルーで統一されていた。全体が心地よく、色合いも爽やかに調えられていた。だが以前の記憶では、この部屋はシンプルな黒・白・グレーだった。籍を入れた夜――新婚初夜のはずなのに、ベッドに鮮やかな布団すらなかった。空っぽで冷え冷えとした場所。清孝もそこへ足を踏み入れなかった。籍を入れたその足で、彼は別の県へ行ってしまったのだ。彼女はベッドの端に腰を下ろし、シーツを撫でた。まるで前世の感があった。彼は必死で、過去の嫌な記憶を塗りつぶそうとしていた。彼女に残すのは、美しい「今」と「未来」。……清孝が紀香を食事ができたと呼びに行ったとき、彼女は庭で忙しくしていた。近づくと、彼女が穴を掘っているのが見えた。彼は彼女のそばにしゃがみ、「梨の木を植えるのか？」と尋ねた。「そうよ」紀香は言った。「なんだかここ、ちょっと物足りない気がして」清孝は額に手をやった。「同じこと考えてたんだ。人に頼んで梨の苗を取りに行かせたけど、まだ届いてない」紀香は言った。「そんな大げさにしなくて

車が地下駐車場に入ろうとした時、紀香は再び口を開いた。「地下は道がややこしいから、私のマンションの前で降ろして、そこでUターンして帰っていいわ」だが清孝はそのまま地下駐車場へと入り、彼女が契約している車庫に車を停めた。「……」紀香はシートベルトを外して降り、彼も車を降りたのを見たが、深く考えはしなかった。「ここまででいいから」清孝は落ち着いた声で言った。「部屋まで送る。君が中に入るのを見届けたい」「ここは安全よ」結局、彼女は彼に押し切られ、部屋まで送られることになった。指紋認証で玄関を開けながら、紀香は言った。「もういいでしょ」「君が入るのを見てからだ」彼の執念に根負けし、鍵を開けて中に入った。振り返って別れを告げようとした瞬間、背中を軽く押され、扉が閉まる音がした。次の瞬間、背後から彼に強く抱きしめられていた。「……」その時ようやく彼女は気づいた。彼がここまで送ってきたのは、最初から計画していたことなのだと。「清孝、やめて。まだそういう関係じゃないでしょ」清孝は彼女の耳元に軽く口づけ、囁いた。「君が『過去はもう水に流す』って言ったんじゃないか。なら、今の俺たちは恋人同士だろう？」「……」紀香は顔を青ざめさせ、必死に言い返した。「恋人だからって、必ずそういうことをするわけじゃない」耳元で、低くくすぐるような笑い声が響いた。彼女の耳を掠めるようにして、心をくすぐる。実のところ、紀香には彼を拒む力がなかった。かつての反発は、彼の行いが嫌悪感を抱かせたから。そして、彼と二度と関わりたくなかったからだ。だが今は、互いに腹を割って話し合い、復縁を控えている。確かに今は「恋人同士」。ほんの少し彼に翻弄されただけで、彼女は崩れ落ちそうになる。だめだ！まだ簡単に許してはいけない。「清孝、私……怒ってるから」耳元にため息が落ちた。仕方なさを含みながらも、甘やかな響きだった。「わかった、君の言う通りにする。ただ、俺には泊まる場所がない。この大阪にいる間、ここで世話になってもいいか？」「？」紀香は耳を疑った。「さっき、あなたの家から来たばかりじゃない！」「それは俺の家じゃない」彼の堂々とした声に、紀香は思わず苦笑いした

「わたし……」紀香は彼の肩に身を預け、声を柔らかくした。「直接言ってくれない？」「いいよ」清孝は素直にうなずいた。「君はあの時こう言った――よく考えたら、清孝を好きだって気持ちは勘違いで、兄妹の情を恋だと思い込んだだけ。本当は、私は彼のことを好きじゃないのかもしれない――」「……」「だいたいそんな意味だったな。細かいところは、時間が経ちすぎて覚えてないけど」紀香は、彼が忘れているわけがないと確信していた。もし本当に気にしていなかったなら、あの後の彼の態度は説明できない。一通のメッセージすら寄こさず、藤屋家に呼び戻す時でさえ部下を通じて連絡してきた。「あなた、本当に根に持つんだから」清孝はふっと笑い、彼女をさらに引き寄せた。唇の端にキスを落とし、「ああ、俺は根に持つ」と囁いた。「君に悪かったことは謝って償う。でも君に対して正しかったことは全部覚えてる。それは必ず君から取り返す」紀香は慌てて彼の手首を掴み、早口になった。「清孝、あの言葉にはちゃんと説明があるの！」「うん、話してごらん。聞いてる」「……」紀香は彼の膝から降りようと身をよじった。けれど彼に低い声で制された。「香りん、これ以上動かないほうがいい」紀香は硬直したまま、必死に説明した。「だって、あの時のあなたの態度が……私のことを好きじゃないって思わせたの。それで、おばさんが無理にでも私と結婚させようとしたら、あなたがもっと怒るんじゃないかって怖くて。だから、あんな嘘をついて誤魔化したの」そこまで言うと、ふとひらめいたように目を見開いた。「じゃあ……あなたが結婚に応じたのは、私がその言葉を言ったからで？その後、三年間も冷たくしたのも、あの言葉のせい？」「清孝、あなたの器は針の穴よりも小さいわ」清孝は笑った。「俺は確かに怒ってた。だって、ついさっき『好きだ』と断言しておきながら、次の瞬間には『勘違いだった』なんて言う奴がいるか？それに、俺が連絡しなければ、君は自分からもしない。そんなの、本当に好きって言えるのか？」「……」紀香の混乱した頭は、ますます混乱していった。「違うの、私は……私はただ、あなたを怒らせるのが怖かったの。あなたから連絡が来なければ、きっと私を嫌ってるんだ

「あなたが泊まる場所なんてないはずがないよ」清孝は彼女の体をくるりと向かせ、目を閉じているのを見て吹き出した。「前は必死になって見ようとしてたくせに、今はどうした？」「……」紀香はかつて、ドラマや小説の影響を強く受けていた。藤屋家に守られ、清孝に見張られていた彼女の周りには、彼以外に男はいなかった。仮にいたとしても、腹筋なんて見られるはずもない。だから当時は、彼が訓練をしている時や服を脱ぐ場面でしか、こっそりと覗くことができなかった。春香もそんな彼女を何度か助けてくれた。若い頃、清孝が彼女を助けて肩を怪我し、入院した時。薬を塗るのに服を脱がざるを得ず、その数日間、彼女はどうしても世話をしたがって、少なからず目にしたものだった。だがそれも十八歳までの話。子供の遊びのようなもので、大人が深刻に取り上げることではなかった。それ以降、彼女にはそんな機会は訪れなかった。今は……見てはいけない。心を乱すだけだった。「清孝、あなたって最低」清孝は苦笑して、「うん、どうせ全部俺のせいにするんだろ。だったらもう言い争わない。何もかも俺が悪いってことでいい」と言った。「でも一つだけ聞く。あの雲海の写真が賞を取ったら、俺と復縁するって言ったのは本当か？」紀香はまた彼の仕掛けに乗せられるのを恐れて、答えなかった。「ちゃんと録音してある」彼女は慌てて目を開け、流れるような筋肉の線を見てしまい、すぐにまた目を閉じた。閉じるのが遅れていたら、視線がどこに落ちていたか分からない。「変態！」清孝は弁解した。「また雲海を見逃すと困るから、たくさん機材を設置しただけだ。あんなサプライズが撮れるとは思わなかった」「……」紀香は、やっぱり彼の術中に落ちているのを感じた。「そう言ったのは確かよ。でも、まだ賞を取ってないでしょ」「ならつまり、君は俺と復縁したい――つまり俺を好きってことだろ」清孝は畳みかけた。「俺も君が好きだ。なら今の俺たちは恋人同士、そういうことでいいな」「……」紀香は黙り込んだ。何も言わなければ、間違いを言うこともない。彼に振り回されることもない。けれど彼女は清孝を甘く見ていた。彼は相手が降参するまで決して攻める手を緩めない。相手を膝から崩れ落ち