All Chapters of 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています: Chapter 1381 - Chapter 1390

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第1381話

「いいえ、何も」咲は淡々とした様子で言った。「あの人たちが話し合ったことを、私に教えることは絶対にありませんから」彼女は自分の白杖を持ち上げた。あのパーティーの夜、母親から蹴り飛ばされた後、この杖はずっと母親の部屋に横たわっていた。そしてその翌日、使用人が杖を彼女に返しに来た。使用人は咲に、彼女の母親の部屋の前で拾ったと伝えた。咲は母親がこれを外に投げ捨てたのだと思った。彼女はその白杖を辰巳のほうへ差し出した。最初彼は、彼女がこの杖を使って殴りかかってくるのではないかと思い、とっさに彼女の杖を素早く奪おうとしたが、彼女はすぐにその手を離した。この時、辰巳はようやくどういうことなのか気づいた。彼女はただ杖を彼に渡そうとしただけなのだ。「私の杖の中は空洞があって、そこにペン型のボイスレコーダーを仕込んであるんです」咲のその口ぶりも、依然として変わらず感情がこもっていなかった。この時、辰巳の彼女を見る目つきは変わり、からかおうと思っていた気持ちを消した。彼はその杖を受け取り、高くかざして見てみた。そして指で杖をトントンと叩いていき、最後に中が空洞になっているであろう箇所を力を込めてひねり開けた。そして、その開けた空洞を下に向けると、その中から彼女の言う通りペンが出てきたのだ。「柴尾家の邸宅は本来私のものなのです。でも、今の私にはそれをどうすることもできません。あそこは私の家であるのに、安全な場所ではないのです。ブルームインスプリングも私が開いたお店ですが、いろいろな人が行き来する場所ですから、同じく安全とは言えません。よく考えてみれば、結城さんのところが一番安全のようですね」だから辰巳がまた彼女に電話をしてきて、花束の注文を受けた時、咲は恨み言ひとつ言わずに、杖を持ってやってきたのだ。辰巳の前で自分のことを話してきたということは、咲の辰巳に対する信頼が芽生えてきた証拠だろう。どうであれ、辰巳に助けられたことには変わりないのだから。彼女にとって、辰巳は頼りになる存在になったのだ。彼がどのようなつもりで彼女に近づいてきたのかはわからないが、今の彼女にとって、辰巳は、彼女が信用できる二人の人間のうちの一人だ。そして、もう片方の頼りになる人物とは、唯花だ。「ボイスレコーダーに、何が録音されていたんです
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第1382話

咲が自分の父親の死に疑念を抱くようになったせいで、加奈子と正一は彼女を殺してしまおうと思い始めた。どのみち、柴尾家では、このお嬢様は透明人間と化している。病気で死んだとしても、誰一人としてその死を疑うことなどないのだ。もし、咲のおばが突然実家に家族や親戚を訪ねに来て、彼女の重症化した病気に気づいて病院に連れて行っていなければ、十年前に実の母親の手で、とっくに死んでしまっていたはずだ。もちろん、柴尾夫妻が結城辰巳に咲の責任を取らせようという会話も、辰巳と咲はしっかりと耳にした。辰巳は何も言わずに咲をじっと見つめていた。咲は両手をぎゅっと握りしめて、長い間ひとことも言葉を発することはなかった。確かに彼女は昔から父親の死が彼らと何か関係しているのではないかと疑っていたが、苦しいことに証拠を見つけることができず、ただ疑うことしかできなかったのだ。直接、彼らの会話を聞き、彼女はただ頭の中が真っ白になり、手足がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。咲はどうしても理解できなかった。母親は当時、父親の妻であり、伯父は父親の実の兄だった。そんな二人がどうして彼女の父親を死に追いやってしまったのか。彼らが早くから男女の関係にあったからなのだろうか。もしそうであったのなら、離婚してしまえばよかったではないか。「これから、どうするつもりですか?」この時、辰巳が突然口を開いて尋ねた。咲の血の気が引いた顔を見て、彼は見ていられなくなり、彼女に温かいお茶を入れて持って来た。咲は一気にそのお茶を飲み干した。「結城さん、このボイスレコーダーがあれば、証拠になり、彼らの罪が確定するでしょうか?」それに対し辰巳は言った。「かなり難しいでしょう。彼らは狡猾で口が達者、怒りに任せて何でも言ってしまう。きっとあなたの録音が偽物だと疑ってかかるでしょうね。だけど、他の証拠と合わせれば。この録音が大きな効果を発揮するはずです。そして、彼らの犯罪を証明できる。他に何か証拠はありませんか?」咲は首を横に振った。父親が亡くなった当時、彼女はまだ二歳だったのだ。彼女には何もわからない。咲が大人になる過程で、母と妹から嫌がらせを受け、それがなぜなのか全く理解ができなかった。どうして彼女自身も母親にとって娘であることに変わりないのに、こんなことをす
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第1383話

辰巳は暫くの間彼女の目をじっと見つめた後、言った。「唯花姉さんが言うのも正しい。あなたが証拠を集めたいなら、まずは目を治すことが先決でしょう。このボイスレコーダーはとりあえずここに置いておいて、俺が保管しておきます。あいつらの手に落ちたら、あなたの命すら危険ですからね」「ありがとうございます、結城さん」咲もボイスレコーダーを持って帰るつもりはなかった。辰巳も言っていたが、彼女がこれを持ち帰って、万が一きちんと隠しておけなければ、このことで命すら危険に晒されてしまうのだ。「もし、あいつらが引き続き、俺を利用してあなたの妹を助けようとするなら、その流れに従って、俺もちょっと策を練ろうと思いますが、それに関して何か反対意見はありますか?」咲はそれがどういう意味なのか理解できない顔をしていた。「結城さんのおっしゃる、その策を練るとはどういう意味ですか?」「あなたの、あの継父は俺に責任を取らせようとしているでしょう。彼らは絶対に俺が拒否すると思っている。それで責任を取らないのであれば、あなたの妹を助けてほしいと言ってくるつもりですよ。まあ、確かに賢い考えではありますが、あいつらが計算したその答えは間違っているんです」結城家の人間がたやすく他人の手のひらで転がされるわけがないだろう?柴尾夫妻も追いつめられてしまえば、どんな極端な方法でも思いついてしまう。鈴のことが本気で可愛くて可愛くて仕方がないらしい。「だったら俺が責任を持って、あなたと結婚します。どう思いますか?」その言葉が出た瞬間、咲は完全に呆けてしまって、「は?」と口に出してしまった。「あなた一人でも証拠集めはなかなか難しいでしょう。結婚すれば、俺は晴れて柴尾家の娘婿となりますから、自由に柴尾邸宅には出入りできるようになります。そうすれば証拠集めを手伝うことができる。いつの日かあいつらに刑事責任を負わせて、義父さんの仇を討ち、恨みを晴らしてみせます」自分の妻が兄に取られ、娘も兄からひどい扱いを受けてきた。辰巳は義父が黄泉の国から、墓から這い出て、夜中に化けて出て兄に復讐したいほど怒っているだろうと思った。辰巳は咲の夫として、その義父の仇を討つ力が自分にあるのであれば、もちろん全身全霊でその責務を全うしようとするのだ。咲「……」彼女はこの時、それにどう返事
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第1384話

俊介は今、唯月の暮らしがどんどん良い方向に向かっているのを見て、だんだんおもしろくなくなっていた。それで唯月を不愉快にさせたくなっているのだ。今回の件に関しては、実際息子に子供用のスーツを買って来れば済む話だ。しかし、莉奈にそそのかされて、唯月はわざと息子に彼を近づけさせたくない、息子に会わせないようにしていると思うようになったのだ。それで今、どうしても陽に試着させに行くと意地になっている。唯月が拒否するので、彼は騒いでいるのだ。「陽は?あいつをどこに隠しやがったんだ?」俊介が店の中を見まわしてみても、息子の姿が見あたらなかった。「もしかして、陽を妹のところにやったのか?」違う、唯花の本屋はここ二日店を開けていない。彼は本屋にも行ったのだ。「陽は授業に行ったから、暫くここへは戻って来ないわよ」唯月は感情をまじえずに話し始めた。「佐々木さん、私は別にあなたと陽を会わせないようにしてるわけじゃない。もし、陽を試着に連れて行きたいのであれば、それもいいわ。どうせもうすぐ店の片付けが終わるもの。陽が授業を終えて帰って来たら、私が陽を連れてあなた達と一緒に行くわ」俊介はまだ何か言いたそうにしたが、莉奈がこっそり彼の服を引っ張って阻止し、口を開いた。「唯月、あなたも一緒に行くって、本気なの?私のウェディングドレスもまだ決めていないから、それなら後であなたから意見をもらいたいわ」唯月に自分が綺麗なウェディングドレスを着て佐々木俊介の最も美しい新婦になるのを見せつけてやるのだ。そうすれば、唯月はきっと不愉快になるはずだ。「私は息子の服の見立てしかしないわよ」唯月は莉奈に構うのが面倒臭かった。莉奈のその心のうちを唯月もわかっていて、もはや笑ってしまいたいくらいだ。佐々木俊介のようなクズな男とは、さっさと離婚して正解だった。成瀬莉奈は現在、佐々木俊介とその家族たちの本性を知らないわけがないが、それでも頑なに彼と結婚式を挙げようとしている。しかし、いつかは泣きを見る羽目になるだろう。「陽はなんの授業だって?幼稚園に上がったのか?」この時、俊介が尋ねた。唯月は引き続き片付けをしていた。「結城さんが陽のために武術の先生を紹介してくれたのよ。陽は今、その先生の道場に行って学んでるところよ。幼稚園に上がるには
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第1385話

「ママ」陽は南雲の道場で習う生徒たちが着用する道着を着て、小走りに店に入ってきた。「陽、おかえりなさい」唯月は笑顔で息子のほうへ近寄り抱き上げた。「どうだった?大変だった?泣いたりしてない?」陽は首を横に振った。「泣いてないよ。だけどとっても疲れた」「とても疲れたのね。ママがキスしてあげるから疲れも飛んでいっちゃうわよ。陽、大変だろうけど頑張って続けるのよ」唯月は息子が途中で諦めてしまうのではないかと思い、息子にキスをした後、引き続き頑張るよう注意しておいた。理仁の厚意を無駄にしてはいけない。陽はとても疲れるから、もう行きたくないと思っていた。しかし、彼は理仁おじさんから、もし武道をしっかり学べば、今後悪い人間を恐れることもなく、母親を守ってあげられると言われた言葉を覚えていたのだ。彼は母親を守れる強い男になりたいと思っていた。そして母親の言葉を聞いた後、彼は力強く頷いた。「ママ、ぼく、がんばるよ」そして七瀬も店に入ってきた。「内海さん、お疲れ様です」彼は唯月に挨拶した。「七瀬さん、ありがとうございました」七瀬は微笑んだ。「内海さん、そんなお礼なんて必要ないですよ」彼の今の仕事は、陽を道場へ送り迎えすることだ。彼は俊介夫妻も店にいるのに気づき、警戒心を高めた。本来陽を無事に送り届けたら、彼は理仁のところへ戻ってもいい。しかしこの時、彼は急いで理仁のところへは戻らず、この夫婦二人に目を光らせていた。「陽」俊介はこの時ようやく立ち上がって息子のほうへやって来た。そして笑顔を作り息子のほうへ手を伸ばした。「陽、おいで、パパが抱っこしてやるぞ」唯月は陽を下に降ろしてやった。俊介は陽を抱き上げた。「パパ、ぼくに会いに来てくれたの?今日ね、おけいこに行ってたんだよ。なぐも先生がぶじゅつを教えてくれるんだ。いっしょうけんめい学んだよ。だけど、すっごく疲れちゃった」この小さなお子様は大人顔向けにそう話した。それを聞いた俊介は思わず嬉しくなった。以前、俊介は息子は泣いてばかりで、煩いとさえ思っていたのだ。泣く以外には、おもちゃを家中に散らかすばかりだった。それが今や、息子はどんどん大人になり、どんどん物分かりが良くなっていっている。俊介は息子がとても可愛く、賢いと思った。すると本気で陽
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第1386話

「あなたがやりたいならしたらいいわよ。したくないなら、はっきりそう言っていいわ」唯月は息子に強制したりしないし、息子の選択を尊重するつもりだ。陽は首を傾げて父親を見つめ、暫くしてから尋ねた。「ママも行くの?」「もちろんだよ、パパはこの間、お前の母さんに招待状を持ってったんだからな」陽は「そっか」と言って頷いた。「パパ、ぼくやるよ」俊介はそれを見て笑顔になった。息子はやはり自分にとても懐いているとわかっていた。喜んでブライズメイドになってくれると言うのだから。「じゃ、今から礼服を選びに行こうか?」陽はこの時、また母親のほうを伺った。俊介はしかたなく唯月に言った。「お前も来るなら、急いでくれよな」唯月は彼に構わず先に店のブレーカーや、ガスの元栓を締めて、全て安全かどうかを確認してから、二人の店員を先に帰らせて七瀬に言った。「七瀬さん、私は陽について礼服を選びに行ってきますから、あなたはお帰りください」陽は午前だけ授業があって、午後はない。彼はまだ小さいから、南雲がいきなり彼に一日の授業を設定することはなかった。陽が耐え入れずに泣き出して途中でやめてしまうのを恐れてのことだ。一歩一歩、進めていけばいいのだ。陽は武術の才があるわけではないが、努力して続けさえすれば、ある程度形になり、自分の身を守れるようになるだろう。七瀬は唯月も一緒について行くと言うので、それに安心し「はい」とひとこと返事をしてまんぷく亭を離れた。莉奈は唯月親子の周りに、腕の立つ人間が同行しないのを見て、ホッと安心した。今日の計画はきっと順調にいき、成功するだろうと思っていた。唯月は店を閉じた後、元夫から息子を抱き上げて、淡々と言った。「あなた達二人は先に行って。私は車で陽と一緒に後ろからついて行くわ」俊介が来た時、店の前に新車が止まっているのに気づいたが、それは他の誰かの車だと思っていた。この時、それが唯月の車だと知ったのだった。「いつ車なんて買ったんだよ?」「最近のことよ」俊介はちらりと唯月の新車に目をやった。それはとても安い車で、そこでようやく自尊心が保たれた。もし、唯月が何千万もする車に乗っていたら、俊介は嫉妬のあまり狂ってしまうところだ。そして、唯月の言うとおり、俊介夫妻が先に走り、唯月はその後ろに続いた。
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第1387話

後悔といえば、実はこの時すでに俊介はもう後悔していた。莉奈と堂々と一緒にいるようになってから、彼は以前自分が想像していたほど良いものではないと気づき始め、すでに少し後悔したのだ。特に自分の家族が事あるごとに莉奈に突っかかっていき、莉奈とひたすら喧嘩を繰り返すので、それをとても煩わしく思っていた。そのせいでもうどうしようもないほどに後悔していた。不倫相手が妻になるとは、こういうことなのだ。もし彼が以前、唯月に対して優しくし、ダイエットさせ時間があれば化粧させていれば、不倫相手の女に劣ることはなかったのに……「ねえ、なにぼうっとしてるの?」莉奈は俊介が唯月が駐車している様子を見て呆然としているのに気づき、彼に触り意識を呼び戻させた。「なんでもないよ」俊介は自分がもっと早く正しい判断をしなかったことを後悔していると認めたくなかった。認めてしまえば、莉奈がこの公の場で彼をズタズタに引き裂いてしまうことだろう。それに彼にも面子というものがある。こんなところで醜態をさらすわけにはいかない。そうなれば、唯月に馬鹿にされてしまう。彼は唯月の車に近づいて、息子を抱きかかえて車から降ろした。唯月が降りてくると、彼は陽を下に降ろし小さな手を繋いで唯月に言った。「このドレスショップだ」唯月はその店を見ても何も言わなかった。彼女はこのショップは、俊介と結婚することになった時に、ドレスをレンタルした店だということを覚えていた。成瀬莉奈は本当に何から何まで唯月と張り合おうとする。唯月は心の中で冷たく笑っていた。この成瀬莉奈という女はどうしてここまで自信がないのか?莉奈は俊介と唯月が一緒に歩いていくのは見ていられなかった。彼らは陽の手を引いて、まるで三人家族のようだ。確かに以前はこの三人が一家であったのだが。莉奈は速足で近づき、唯月のほうへ向かうと彼女を一番端へと追いやった。そして親し気に俊介の腕を組んだ。唯月はそれが滑稽でたまらなかった。彼女はちょうど二人を通り過ぎて陽のもう片方の小さな手を繋ぎに行こうとした。すると、黒服に黒マスクをつけた大柄の男がものすごい勢いで突っ込んで来て、腰を屈め、俊介と手を繋いでいた陽を抱き上げた。俊介は突然のことに驚き、それに反応するまえに、その男がすでに陽を抱きかかえ勢いよく走
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第1388話

陽は叫び声をあげながら、必死にもがいて男の腕の中から逃れようとしていた。彼はまた相手を蹴ったり叩いたりしていたが、相手は大柄の男だから、子供の彼ではただもぞもぞ痒いと思う程度の力でしかなかったのだ。それで抵抗しても意味がなかった。陽は自分が蹴ったり叩いたりしても通用しないのがわかり、突然、黒服の男の目を叩き始めた。するとそれは効果があった。黒服の男は陽から目を叩かれて、視界を遮られ、よろけてしまい走るスピードが落ちてしまった。唯月はその様子を見て、さらに力を振り絞って走るスピードを早め前方に駆けていった。残り十メートル、五メートル、一メートル……黒服の男がイライラして陽に手刀を入れて気を失わせようとした瞬間、唯月が彼のほうへ突進していき、必死に陽を抱き上げ奪い返した。しかし、その勢いで彼女はそのまま地面に倒れ込んでしまった。倒れても彼女はしっかりと息子を抱きしめて放そうとせず、陽が上に覆いかぶさる形で抱きしめていた。危険が訪れた時、母親というものは子供が怪我をしないように本能的に守ろうとするものだ。男はここまで来て諦めるつもりはないらしく、唯月が倒れた時、まだ陽を奪おうとしてきた。しかし、唯月は何が何でも手を放そうとせず、ぎゅっと陽を抱きしめたままだった。陽も必死に男の手を叩き、また男に抱きかかえられて連れ去られるのを拒み、相手を噛みつきまでし始めた。すると多くの足音がどんどん近くなってきた。大勢が追ってきたのだ。男はその大勢の中には自分の仲間がいるのに気づいたが、しかしそれ以外はしっかりと訓練された警備員が多数だった。「早くしろ!その子供を抱き上げて、さっさと走れよ!」仲間が男に向かってそう叫んだ。黒服の男が焦って、陽を奪おうとしたが、唯月はやはり息子を抱きしめる手を緩めることはなかった。すると男は怒りで唯月の体を力強く蹴った。唯月は激痛を感じたが、息子を絶対に放すことはなかった。彼女はたとえ自分が死んだとしても、陽から手を緩めることなどないのだ。「ママを叩くな、ママを叩くな!」陽は母親を守ろうとしていたが、まだ幼過ぎる。それに母親が彼をしっかりと抱きしめているので、彼も何もすることはできない。男が力を込めて蹴りを入れても、唯月は手を放さなかった。それで彼は身につけていた鋭いナイフを取り出
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第1389話

走り続けて疲れてしまったせいか、それともこの状況に驚いたせいか、俊介の足はがくがくと力なく、唯月を抱き上げることもできなかった。「彼女を今動かしてはいけない!」結城家のボディーガードがこの時俊介を押し退け、唯月に触れさせないようにした。下手に動かせば出血が増えてしまうからだ。彼は救急車に電話をかけた後、どうにかして唯月の血を止めようとしていた。それと同時に理仁たちに連絡を入れた。理仁は義姉がナイフで何回も刺されたと聞いて、我慢できずに怒鳴りつけた。「あんなに多くの人間が見張っていて、後を追っていたというのに、義姉さんに怪我を負わせただと!」こんなことになってしまい、彼は唯花にどう顔向けすればいいのだ?ボディーガードは返事ができなかった。彼らは大勢で見張ってはいたが、相手側の人数もかなり多かったのだ。それで彼らは唯月に追いつくのが数分遅れてしまい、そのたった数分の間に唯月がナイフで刺されてしまったのだ。事件が起きた付近にある病院の救急車が最短で現場に駆けつけてきた。唯月は病院に救急搬送されて、救命措置が取られた。「ママ……」陽は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。彼自身の体も血まみれだった。それは全部母親の血だ。「陽」この時、俊介は自分の不甲斐なさに自分の顔を殴った。どうして息子を抱き上げて歩かなかったのだろうか?もし彼が息子を抱いて歩いていれば、彼がさらわれることもなかったはずだ。唯月も息子を助け出すために、何度もナイフで刺されることはなかった。万が一、唯月に何かあったら……その続きは、あまりの恐怖に俊介は考えることができなかった。きっと大丈夫だ!唯月は善良な人間だ。彼女は神様に見守られているはずだから、最悪の事態になどなるはずがない!俊介は息子を抱きかかえて、救急車に乗り込んだ。救急隊員が車の中で急いで唯月の傷口の止血をしていた。彼女は数か所刺されてはいるが、致命傷になるところはなかった。しかし、止血をきちんとしないと、失血により死亡してしまう可能性がある。陽が全身血まみれなのを見て、陽も怪我をしたのだと勘違いし、救急隊員が包帯で処置しようとした。「ママの血なの」陽は泣きながらそう言った。それでも救急隊員は彼を抱き上げてきて、傷がないか全身検査し、陽は傷がないこ
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第1390話

「お姉ちゃん」唯花がその電話に出た時、まだ実家の近くの村の中で事業の進捗状況を確認していた。この時、姉が電話をかけてきたのだと思い、笑顔で気分よく姉を呼んだのだ。理仁は病院に駆けつけている途中で、彼も唯花に電話をしたのだが、陽のほうが一歩先にかけたので、電話が繋がらなかった。「おばたん……」陽は叔母の声が聞こえたとたん、わあっと泣き出してしまった。唯花はそれを聞いて慌てて甥をなだめた。「陽ちゃん、どうしたの?なんで泣いているの?お稽古が大変だったの?泣かないで、大丈夫よ。陽ちゃんは強い子なんだからね。血が流れたって涙は流さないの。陽ちゃん、泣かないでね、おばちゃんが帰ったら一緒にショッピングに連れていってあげるわ。何か欲しいものがあったら、なんだって買ってあげるから」「おばたん、ママの血が、血がたくさん出たんだよ……おばたん、早くきて、ママが死んじゃうよ……わあっ!」陽は泣きながら話していて、途切れ途切れにその声が聞こえてきた。電話の向こうの唯花はその言葉を聞いて、顔を真っ青にし、携帯が思わず手から地面に滑り落ちた。隣にいた姫華がかがんで唯花の携帯を拾った。唯花は奪うように急いでその携帯を再び手にすると、電話の向こうにいる甥に大きな声で尋ねた。「陽ちゃん、なに?もっとはっきり言ってくれる?ママがどうしたの?陽ちゃん、陽ちゃんってば、どうしたの、陽ちゃん!」この時、陽はただ泣くばかりだった。俊介は急いで携帯を陽から受け取り、唯花に言った。「唯花、お前の姉さんが事件に巻き込まれた。また陽がさらわれそうになって、唯月が陽を守ろうとナイフで刺されたんだよ。今病院で救命措置が行われてる。今どこにいるんだ?早く来てくれ、もしお前の姉さんが……もしかしたら最期に一度会えるかもしれない」それを聞いて唯花は再び携帯を地面に落としてしまった。彼女は全身から血の気が引くのを感じ、眩暈がしてしっかり立っていられなくなった。「唯花」「唯花、どうしたの?」明凛と姫華が慌てて彼女を支えた。「……お姉ちゃんが……」唯花はこの時、何も話せなかった。「お姉さんがどうしたの?」姫華は心配し、焦って尋ねた。「帰らないと……さあ、すぐに帰るわよ!」唯花はなんとか持ちこたえ、そう大声をあげた。今すぐ帰らなければ。
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