「いいえ、何も」咲は淡々とした様子で言った。「あの人たちが話し合ったことを、私に教えることは絶対にありませんから」彼女は自分の白杖を持ち上げた。あのパーティーの夜、母親から蹴り飛ばされた後、この杖はずっと母親の部屋に横たわっていた。そしてその翌日、使用人が杖を彼女に返しに来た。使用人は咲に、彼女の母親の部屋の前で拾ったと伝えた。咲は母親がこれを外に投げ捨てたのだと思った。彼女はその白杖を辰巳のほうへ差し出した。最初彼は、彼女がこの杖を使って殴りかかってくるのではないかと思い、とっさに彼女の杖を素早く奪おうとしたが、彼女はすぐにその手を離した。この時、辰巳はようやくどういうことなのか気づいた。彼女はただ杖を彼に渡そうとしただけなのだ。「私の杖の中は空洞があって、そこにペン型のボイスレコーダーを仕込んであるんです」咲のその口ぶりも、依然として変わらず感情がこもっていなかった。この時、辰巳の彼女を見る目つきは変わり、からかおうと思っていた気持ちを消した。彼はその杖を受け取り、高くかざして見てみた。そして指で杖をトントンと叩いていき、最後に中が空洞になっているであろう箇所を力を込めてひねり開けた。そして、その開けた空洞を下に向けると、その中から彼女の言う通りペンが出てきたのだ。「柴尾家の邸宅は本来私のものなのです。でも、今の私にはそれをどうすることもできません。あそこは私の家であるのに、安全な場所ではないのです。ブルームインスプリングも私が開いたお店ですが、いろいろな人が行き来する場所ですから、同じく安全とは言えません。よく考えてみれば、結城さんのところが一番安全のようですね」だから辰巳がまた彼女に電話をしてきて、花束の注文を受けた時、咲は恨み言ひとつ言わずに、杖を持ってやってきたのだ。辰巳の前で自分のことを話してきたということは、咲の辰巳に対する信頼が芽生えてきた証拠だろう。どうであれ、辰巳に助けられたことには変わりないのだから。彼女にとって、辰巳は頼りになる存在になったのだ。彼がどのようなつもりで彼女に近づいてきたのかはわからないが、今の彼女にとって、辰巳は、彼女が信用できる二人の人間のうちの一人だ。そして、もう片方の頼りになる人物とは、唯花だ。「ボイスレコーダーに、何が録音されていたんです
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