All Chapters of 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて: Chapter 941 - Chapter 950

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第941話

五彩にきらめく花火が、男の整った顔に映り込み、その深く澄んだ瞳をいっそう魅力的に照らしていた。その姿に、知里は思わず息を呑んだ。胸の鼓動が突然、何の前触れもなく激しく跳ね上がる。誠健の告白と、その優しさに――彼女は抗うことができなかった。いや、むしろ少し、欲してしまっていた。そのせいか、声もかすれてしまいそうになる。「誠健……」彼女はそっと名を呼んだ。誠健は小さく「うん」と答え、熱を帯びた唇で、知里の唇にゆっくりとキスを落とし始める。喉の奥は灼けるように熱く、掠れた声が漏れる。「知里、好きだ。一緒にいてくれないか?」誠健の熱を帯びた吐息に、知里の呼吸は乱れ、両手は彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。彼女には、これから何が起きるのか分かっていた。本来なら、この瞬間はもっと早く訪れるはずだった。けれど、誠健が記憶を失っていたせいで、長く待ち望んでいた再会の時が、ようやく今になってしまったのだ。胸の奥がきゅうっと締めつけられて、目頭も赤く染まる。知里は熱を灯したまなざしで誠健を見つめ、堪えきれない想いをにじませた声で尋ねた。「誠健……また私を置いて行ったりしないよね?」潤んだ瞳の端がほんのり赤く色づいているのを見て、誠健の喉がつんと痛んだ。彼は顔を近づけて唇にキスを落とし、柔らかく囁く。「しないよ。これからは、もう絶対に離さない。生きるも死ぬも一緒、白髪になるまで一緒にいる」その言葉を聞いた瞬間、知里の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。誠健はその涙を、そっと唇で拭うようにキスしながら優しく見つめた。熱を帯びた唇は、彼女の頬を伝いながら徐々に下へ。そして再び、彼女の柔らかな唇を覆う。胸の奥に押し込めていた強い感情が、ついに堰を切ってあふれ出した。狂おしいほどの想いで、けれど優しさを忘れずに、彼は知里の唇を深く求めた。その強い刺激に触れた瞬間、誠健の脳裏にいくつもの映像がよぎった。それは、知里と激しく愛し合った記憶。その一つひとつが、どれほど幸せで美しかったか。彼の胸は締めつけられるように痛んだ。そうか――自分たちは、もうとっくに恋人同士だったんだ。あんなにも深く、あんなにも激しく愛し合っていたんだ。知里が彼に「好き」と言ってくれたこと。彼女が何度も
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第942話

知里は笑いながら誠健の頬をぺちぺち叩いた。「何ヤキモチ焼いてるのよ。玲央は私のこと好きじゃないってば」誠健は不思議そうに彼女を見つめた。「好きじゃないなら、なんで追いかけてくるんだ?宴会までついてきたりして」「ほんとバカね。あの佑くんですら気づいてるのに、あんたは全然わかってないとか、もう救いようがないわ」誠健は言われてもピンと来ず、ぽかんとしていた。しばらくしてようやく理解したのか、目を見開いて尋ねた。「まさか……麗美さんのことが好きってこと?」知里はあいまいに頷いた。「二人は五年前から知り合いよ。でもその時はうまくいかなくてね。玲央はあの時から、ずっとやり直したいって思ってるの」誠健は舌打ちしながら肩をすくめた。「そんな簡単にいくわけないだろ。麗美さんの今の立場、誰でも選べるってもんじゃない。玲央の身分じゃ、その候補にも入らないさ」「そんな考え、壊しちゃえばいいじゃん。自由恋愛って言葉、知らないの?女王様だって人間よ」「女王ってのは、あの資本家連中がコントロールしてる駒なんだよ。結婚だって政治の手段に過ぎない。女王の男になれる家ってのは、いわゆる超上流階級だけ。玲央は明らかにその枠外さ。だから、あの二人が結ばれることはない。君ももう無理にくっつけようとするな。縁がなかったと思って、忘れろ」知里が言い返そうとした瞬間、またもや誠健に唇を塞がれた。彼はそっと唇を噛み、ちょっと怒ったように囁いた。「君は今、俺の彼女だろ。俺のことだけ心配してればいい。他の男のことなんか、気にするなって。いいな?」「じゃあ、もし気にしたら?」「そしたら……三日間ベッドから立ち上がれなくしてやる。信じないなら、試してみな」知里は一瞬で黙り込んだ。なぜなら、彼がやろうと思えば本当にやる人間だと知っていたから。彼は三百回戦っても息切れしない男なのだ。一度、年始の三連休に大雪が三日間降り続いた時、二人はその間ずっとベッドで過ごした。本当に、誠健の言う通り、知里は三日間ベッドから下りられなかった。その時の恐怖を思い出したのか、知里は青ざめていた。そしてそんな知里の様子を見て、誠健は面白そうに目を細めた。「いつも怖いもの知らずの直球娘が、なんでこの程度のセリフで真っ青になるんだ?もしかして……
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第943話

知里の父は目を細めて笑いながら言った。 「ちょっと散歩がてら待ってたんだ。今夜は楽しかったか?」誠健は知里の手を握りしめ、大きくうなずいた。 「楽しかったです。俺たち、もう付き合うことになりました」その言葉を聞いた瞬間、知里の父と知里の母は同時に顔を輝かせて笑い出した。 「いいぞ、付き合うってのはいいことだ。近いうちにお前たちのじいさんとも話し合って、この話を決めようじゃないか。あの二人とも待ちきれないだろうからな」知里は慌てて制した。 「お父さん、そんなに嫁に出したいんですか。私たちやっと付き合い始めたばっかりですよ。もっと時間をかけて見極めないと、そんな急ぐことないでしょ?」「何を見極めるっていうんだ。俺は二十年以上も君のために見てきたんだぞ。それに、君たち二人はとっくに一緒になるべきだった。邪魔さえなければ、今ごろ俺はもうおじいちゃんになってたんだ」誠健もそれに合わせて言った。 「お義父さん、焦らないでください。来年にはきっと願いをかなえてみせますから」その「お義父さん」という呼び方に、知里の父の心は一気に満たされ、豪快に笑い声を上げた。 「ははは、いいぞ!じゃあ俺はじいさんに話をしてくる。お前たちはそのまま抱き合ってろ」そう言うと、知里の母の手を取って急ぎ足で家に戻っていった。 去っていく背中を見送りながら、知里は誠健を睨んだ。 「何を勝手に言ってるのよ。誰があんたと結婚するって?仮に結婚したとしても、そんなすぐに子どもなんて無理だからね」誠健は笑いながら彼女を抱き寄せた。 「わかってるよ。ただお義父さんたちを喜ばせてあげたかっただけだろ?」二人はそのまましばらく抱き合い、やがて知里は家に戻った。 玄関を入ると、父がすでに祖父と一緒に婚約の日取りについて話し合っているのが見えた。 彼女は肩を落として首を振り、階段を上がっていった。 少し歩いたところで、執事が声をかけてきた。 「お嬢様、お荷物が届いております」知里は何も考えずにそれを受け取った。化粧品を注文していたことを思い出し、それだと思ったのだ。 部屋に戻り、すぐに梱包を解いた。 だが、箱を開けた瞬間、彼女は悲鳴を上げた。 手にしていた物を放り出し、転げるように階段を駆け降りた。 物音を聞きつけた
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第944話

誠健はギュッと拳を握りしめた。 冷たい声で言う。 「直樹?」 直樹は高らかに笑った。 「そうだよ、俺だ。ずっと俺を探してただろ?今日は思う存分会ってやろうじゃないか」 「彼女に指一本でも触れたら……お前の母親にお前の死体を引き取らせてやるからな」 直樹の笑いは陰湿に変わった。 「そんなに知里と離れるのが惜しいか?結衣があんなにお前を愛しているのに。今日という日は、お前がどれだけ知里を愛しているのか、見せてもらおうじゃないか 今から住所を送る。一人で来い。警察呼んだら……お前の可愛い子ちゃんを木っ端微塵にしてやる」 そう言うと、電話は一方的に切られ、位置情報と共に、知里の写真が誠健のもとに届いた。 写真を見た瞬間、誠健の背筋に冷たい汗が流れた。 知里は爆薬を身体に巻かれ、柱に縛り付けられていた。 彼は直樹の過去を調べていた。 幼い頃に自作の爆薬で実家を吹き飛ばした、正真正銘の化学の天才。 今は化学企業の研究部マネージャーに就いている。 だが結衣が死んでからというもの、直樹は姿を消し、まるで蒸発したかのようだった。 誠健は、何組も人を送り出して捜させたが、彼の行方は分からなかった。それが、まさかの不意打ち。どんなに備えても、知里を人質に取られるとは。 ――三十分後。 誠健は廃工場のボロ扉を蹴破り、一身黒ずくめで中に立った。 知里の姿を目にした瞬間、胸に何本もの刃が突き立てられたような痛みが走る。 「知里!」 目を覚ましたばかりの知里は、誠健を見ると恐怖に呑み込まれた。 だが直樹がどんな狂人かを誰より知っている。 必死に首を振る。 「誠健、来ちゃダメ!あいつの手にリモコンがある!」 誠健の足は止まらず、むしろ速さを増していた。 そこへ、柱の影から直樹が現れる。 邪悪な笑みを浮かべながら。 「あと一歩でも動いてみろ。今すぐお前ら二人まとめて吹き飛ばして、結衣の供養にしてやる」 誠健は即座に動きを止め、鋭い眼光で睨みつける。 「彼女を放せ。代わりに俺を人質にしろ。結衣の死は彼女とは無関係、責任は全部俺にある」 「ふざけるな!結衣が偽物だと疑ったのはこいつだ。だから石井家を追い出され、あんな惨めに死んだんだ。全部この女のせいなんだよ! こいつがお
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第945話

匕首は寸分違わず直樹の腕に突き刺さった。 彼の手からリモコンが床に落ちる。 誠健は電光石火で身を躍らせ、そのリモコンを拾い上げた。 すぐに直樹へと襲いかかろうとしたが、その前に直樹が狂ったように笑い声をあげた。 「ハハハ、さすがだな誠健。結衣から聞いてたよ、お前は子供の頃からケンカ上手だってな。だからこうして備えておいたんだ。こっちにももう一つリモコンがあるんだぜ。試してみるか?俺たちが持ってる二つのうち、本物はどっちだと思う?」 その言葉に、誠健は思わず身を固くした。 これほど多くの人間を送り込んでも直樹を捕まえられなかったことから、彼の追跡回避能力がいかに優れているかがわかる。今、手にあるリモコンが偽物とは限らない。両方とも本物の可能性もある。 知里の命がかかっている以上、下手な賭けはできなかった。 誠健は必死に自分を落ち着かせ、直樹を睨みながら口を開く。 「直樹、今ならまだ引き返せる。外は特殊部隊で包囲されてる。逃げ道なんてないんだ」 直樹の表情が暗く歪んだ。 「俺は最初から逃げるつもりなんてねぇ。ただ結衣の仇を討ちたいだけだ。あいつが手に入れられなかったなら、この女だって手に入れさせねぇ。あいつを死なせたのはこの女だ。だから俺はお前にも同じ痛みを味あわせてやる。誠健、三十秒やる。それまでに動かなきゃ容赦しねぇぞ」 そう言うと、直樹は腕から匕首を抜き、痛みを感じる素振りも見せずに血の滴る刃を誠健へと放り投げた。 そしてリモコンを掲げ、高らかに告げる。 「今から三十数える。俺が1まで数え切っても何もしなけりゃ、お前はこの女が粉々に吹き飛ぶのを見届けることになる」 「30、29、28……」 一つ一つの数字が進むごとに、知里の胸は締め付けられるように苦しくなっていった。 彼女は必死に首を振り、涙に濡れた顔で誠健に訴える。 「誠健、お願い、死んじゃダメ。私、あなたが死ぬなんて絶対に見たくない」 彼女の涙だらけの顔を見た瞬間、誠健の頭に鋭い痛みが走った。 堰を切ったように、過去の記憶が次から次へと押し寄せてくる。 知里とふざけ合った日々。 知里が罠にはめられ重傷を負い、昏睡した姿。 恋愛番組で二人が絡み合った場面。 薬を盛られた自分を見て、知里が怒りにまかせて結衣を殴
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第946話

彼女の泣き声を聞き、その涙を見て、誠健はゆっくりと地面に倒れ込み、目を閉じた。 その光景を目にした直樹は、ほとんど狂ったように天を仰ぎ笑い出した。 「結衣、俺が復讐してやった。君が手に入れられないなら、あいつにも手に入れさせやしない。今、誠健がそっちへ行った。もう一人ぼっちじゃない。俺もすぐに行くからな」 そう言い残すと、彼は口に錠剤を放り込んだ。 数秒も経たないうちに白い泡を吹き、地面に崩れ落ちた。 物音に気づいた警察がすぐに突入してきた。 防爆班が知里の爆薬を取り外す。 知里はその瞬間、誠健に向かって飛び込んだ。 胸から鮮血が絶え間なく溢れ出しているのを見て、知里の全身は震え止まらなかった。 彼女はゆっくりと誠健の傍らにしゃがみ込み、大きな手を握りしめ、泣きながら訴えた。 「誠健、あなたさっき約束してくれたじゃない。もう二度と私を置いていかないって。どうして守ってくれないの、どうしてまた私一人にさせるの」 彼女は地面に崩れ落ち、涙で声にならなかった。 背後から知里の父親が駆け寄り、知里を抱えて慰めた。 「知里、泣くな。医者に任せるんだ。誠健を信じろ。彼は心臓内科医だ、心臓を直撃するはずがない」 その言葉を聞いて、知里の涙はさらに激しくなった。 「お父さん、彼は記憶を失ってるの。昔の医学の知識、全部忘れてしまったの」 父が抱いた希望は、瞬く間に消え去った。 顔色が一気に青ざめ、彼はかろうじて知里を抱き上げた。 「どうであれ、俺たちは信じるしかない。気をしっかり持って、救急車について行くんだ」 30分後、誠健は救急室へと運び込まれた。 石井家と大森家の人々が全員病院に集まり、智哉や誠治たちも駆けつけた。 廊下は人で埋め尽くされていた。 誰もが言葉にできないほどの重苦しい表情をしていた。 昔なら智哉は絶対に信じただろう。誠健は死なないと。 なぜなら彼は心臓内科の医師であり、心臓を避けるはずだから。 しかし今の彼は記憶を失っている。 智哉は救急室の前で拳を固く握りしめた。 数時間後、手術室の扉が開いた。 医者が出てくると、誰もが一斉に駆け寄った。 知里はその手を掴み、切迫した声で尋ねた。 「先生、彼はどうなんですか?」 医者はマスクを外し、重々しく
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第947話

この知らせを聞いた知里は、すぐに立ち上がって外へ駆け出した。 佑くんは短い足をバタバタさせながら後を追い、「石井おじさんと僕のお嫁さんを産むつもりなの?」と走りながら言った。 佳奈はその姿に思わず吹き出し、智哉の方を見て言った。 「今回の件が落ち着いたら、本当にうちのお嫁さんが決まっちゃうかもね。 もし知里の娘さんがうちのお嫁さんになったら、あなたの娘が『お義姉さん』って呼ぶことになるのよ」 「娘が嫌だと言ったら、誰だって強制はできない」 「まだ生まれてもいないのに、もう娘に甘すぎて心配だわ」 智哉は笑いながら佳奈に口づけし、「どれだけ甘やかしても、君の次だよ。世の中で一番大事なのは俺の妻だからな」と言った。 「はいはい、もういいでしょ。誠健のところへ行きましょう」 智哉は佳奈の肩を抱き、二人で誠健の病室に入っていった。 部屋に入ると、泣きじゃくる知里の姿が目に飛び込んできた。 そして横でせっせとティッシュを差し出す佑くん。二人の息はぴったり合っていた。知里が一枚捨てると、すぐに佑くんが次を渡す。 誠健は血の気のない唇を動かし、しわがれた声で言った。 「知里、もう泣くな。俺はちゃんと生きてるんだ。そんなに泣いたら、本当に死んだみたいじゃないか」 知里は怒りの涙のまま睨みつけた。 「どうしてあんな無茶をするの!あれがどれほど危険だったか分かってるの?医者だって、あと数ミリずれてたら死んでたって言ってたのよ。 誠健、もしあんたが死んだら、私はどうすればいいの?どうして仲直りしようとすると、毎回こんなことになるの……」 誠健は大きな手で知里の涙を拭い、苦笑した。 「今回は俺の油断で君が巻き込まれてしまった。あの瞬間、俺にできる選択は君を守ることしかなかったんだ。爆薬が爆発すれば終わりだったけど、この一刀ならまだ生きられる可能性がある。 俺は君を二度と傷つけないって約束した。裏切れないんだ」 「でも、あなたは『置いていかない』って言ったでしょ。本当に死んだら、私はどうすればいいの?」 その言葉に、佑くんがティッシュを差し出しながら口を挟んだ。 「そうだよ。石井おじさんが死んだら、僕のお嫁さんはどうするの?だから二人とも、これからはずっと無事でいなくちゃダメなんだよ」 知里は泣き顔のま
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第948話

これは、彼女に対して、かつてしてしまったこと全部に対する謝罪。彼女が希望に満ちていた時に彼女を忘れてしまったことに対する謝罪。 知里は深く考えることもなく、誠健が無理にキスしたことを謝っているのだと思っていた。 彼女は素直に口を開き、そのキスを受け入れる。 二人の胸の中には、言葉にできない感情が渦巻いていた。 喜びもあれば、切なさもある。けれど何より強く溢れていたのは「幸運」という想いだった。 いくつもの出来事を乗り越えた末に、こうして再び一緒になれた幸運。 このキスは、長く続かざるをえなかった。 理性を溶かすほどに。 繰り返し、貪るように。 どれだけ時間が経ったのか分からない頃、病室のドアが開き、中の光景を目にした咲良は思わず口を押さえる。 眉目には驚きから喜びへと変わった色が浮かんでいた。 「お母さん、お兄ちゃんと知里姉が仲直りしたよ」 誠健の母はすぐに黙ってと手振りする。咲良の手を引いて出ようとした瞬間、知里が声をかけた。 「おばさん、咲良」 呼ばれた咲良は駆け寄り、知里を抱きしめて興奮気味に言う。 「知里姉、私いつになったらお義姉さんって呼べるの?」 その言葉に知里の頬は一瞬で真っ赤になる。 誠健は横で茶化すように笑った。 「呼びたけりゃ、今すぐにでも呼んでいいぞ」 「本当に?……お義姉さん」 咲良のその一声は、澄んでいてよく通る声だった。 その響きが知里の頭皮まで痺れさせる。 知里は笑いながら咲良の頭を撫でた。 「今日は学校じゃないの?」 「お兄ちゃんのことが心配だったの!お義姉さん、お兄ちゃんと結婚したら、私が花嫁の付き添いしてもいい?一度もやったことないんだよ」 その言葉に誠健は小さく笑った。 「バカな娘だな。君は兄側の人間だろ。義姉さんの付き添いはできないさ。でも一緒に嫁を迎えに行くことはできる」 「やったー!お母さん、早く日取りを決めようよ、待ちきれない!」 誠健の母はすでに顔がほころびっぱなしで、知里の手をぎゅっと握った。 「知里、この間本当に大変だったね。誠健は記憶を失っても、やっぱりあなたを好きになったんだもの。もしそうじゃなかったら、こんなに素敵なお嫁さんを失うところだったわ」 誠健は意地悪く笑った。 「母さん、もう
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第949話

誠健は笑いながら彼女の唇に軽く口づけした。 「まだ嫁いでもないのに、こんなに尽くしてくれるのか。これじゃ、俺も抑えきれなくなるじゃないか」 そう言いながら、両手で知里の頬を包み込み、身を屈めて唇を重ねた。 知里は抵抗して、指で上を指さした。 「カメラがあるわよ。お医者さんに全部見られてもいいの?」 「見られたっていいだろ。どうせ初めてじゃないし」 そう言い切ると、誠健は知里の唇をこじ開けるように深く貪り、その呼吸を奪った。 大病からようやく回復したはずなのに、その体は力が有り余っているように見えた。 まるで全身に火がついたみたいだった。 肌は熱を帯び、血は逆流するように騒ぎ、呼吸は乱れ、心臓が高鳴る。 どれだけ時間が経ったのか分からない。 ようやく誠健は唇を離し、細かな口づけを知里の頬に散らした。 声には押し殺した欲情が滲み出る。 「さとっち、俺はもう完全に治ったよ」 知里はうなずいた。 「分かってるわ。検査の数値も全部合格。そして?」 誠健は彼女の耳元に顔を寄せ、湿った唇で耳殻をなぞった。 低い声で囁く。 「そして……君を食いたい」 その一言で、知里が抑え込んでいた熱が再び荒れ狂った。 彼女は視線を誠健に絡め、彼の整った顔立ちを指先でなぞりながら、口元を弧にした。 「残念ね。ちょっと期待外れかも……私、今ちょうど生理中なの」 誠健は信じられないという顔をした。 「今月こんなに早いのか?いつも月末だったろ?」 冗談で焦らしたつもりだった知里だが、その言葉を聞いた瞬間、頭の中に電流が走った。 ――彼は記憶を失ったはずじゃなかったの? どうして自分の周期を覚えている? 知里の脳裏に、この数日間の出来事が次々とよみがえる。 誠健は記憶を失ってから、ずっと彼女を「知里」と呼んでいた。 しかしあの日の事故以降、目覚めた彼は急に「さとっち」と呼ぶようになった。 さらに、ここのところ笑い方が以前の彼そのもので、どこか色気を含んでいた。 それを最初は、骨の髄まで染みついた性格が自然に出ているだけと考えていた。 だが今は違う――自分は単純に考えすぎていたのだ。 知里はその黒い瞳で誠健をまっすぐ見据え、低い声で問いかけた。 「記憶……戻ったの?」
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第950話

知里は慌てて身を引いた。 「じゃ、やっぱり当てないでおくわ」 彼女と誠健が別れてから、もう二年以上。誠健も二年近く禁欲生活を送っている。長く禁欲した男は獣みたいになるって聞いたことがある。命が惜しい彼女としては、そんなのに関わりたくなかった。 誠健はだらしなく笑った。 「そんなにビビんなよ。俺が前みたいにしつこくやると思ってんのか?もう歳だ、あんなに張り切れねぇよ」 口ではそう言うものの、知里の瞳を映すその目には火が灯ったような光が揺れていた。 大きな手が彼女のお腹の柔らかい部分を軽くつまむ。 知里の頬はみるみる熱くなった。 「ちょ、やめてよ。前に人がいるでしょ」 誠健は彼女の耳に顔を寄せ、火照った耳の先に唇を触れさせる。掠れる声で囁いた。 「二年ぶりに触れたらさ……うちのさとっち、ますます敏感になってるみてぇだな。なぁ、今夜はフルコースで大サービスしてやろうか?」 知里には「大サービス」が何を意味するか、よく分かっていた。 外から内まで、全身を余すところなく……前に受けたときは、二日間ベッドから起きられなかったくらいだ。 彼女はカッと目を吊り上げて睨んだ。 「先生に言われたでしょ。無理しちゃダメだって。体を壊すわよ」 誠健はおかしそうに笑った。 「君が頑張ればいいじゃん」 その一言で、知里はますます恥ずかしさに押し潰されそうになった。 このクソ男、記憶が戻ったあとも相変わらずのスケベっぷりで、全く変わらない。 腹立たしくて、彼女は相手にするのをやめ、顔を外の窓へ向けた。 外の空はだんだん暗くなり、街灯がぽつぽつと灯り出す。 車は遊園地に着いた。二人がかつて乗った観覧車の下で停まった。 園内はしんと静まり返り、他には人影ひとつない。 言うまでもなく、誠健が貸し切ったのだと知里は分かった。 車を降りた彼女は、見上げる観覧車を見つめた。そこは彼女と誠健の縁が始まった場所。 二年前、本当は二人で観覧車に乗る約束をしていた。 だが誠健は、美琴の「患者が危篤」という呼び出しで来られなくなった。 ひとりで観覧車に乗り、そのままやけ酒をあおった彼女。 酒に酔った勢いか、あるいはあまりに孤独に耐えていたのか――その夜、誠健と初めて関係を持った。 家中の隅
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