この世には、我が子を愛せない母親などいくらでもいる。愛せないことに、理由などない場合も多い。だが……そういう母親は、大抵自分自身しか愛せない自己中心的な人間であり、他人の子を愛するなどということはまず有り得ない。だからこそ、実の娘を疎み、養女を愛するという歪な関係には、必ず何か理由があるはずだ。薬で意識が混濁した今日子は、慎也の問いに素直に答えた。だが、その答えは。これまで幾度となく人の世の奇妙な出来事を目にしてきた慎也でさえ、思わず絶句するほど常軌を逸したものだった。夜。一葉は祖母の身体を拭き終え、紗江子が穏やかな寝息を立て始めたのを見届けると、デスクに積まれた研究資料に目を通そうとしていた。その時、スマートフォンが短く震え、慎也からのメッセージを知らせる。病院の階下にある庭園で待っている、と。おそらく、青山家で聞き出した結果を伝えに来てくれたのだろう。そう直感した一葉の心は逸った。ダウンジャケットを慌ただしく羽織ると、彼女は病室を飛び出した。結果が気になって仕方がなかった。庭園に佇む慎也の姿を見つけると、一葉は駆け寄り、はやる気持ちを抑えきれずに問いかけた。「父は、何と?やはり、優花の身体で薬の実験を……?」尋ねられた慎也は、すぐには答えなかった。いつもは何を考えているか窺い知れない深い光を宿すその瞳が、今は、はっきりと憐憫の色を湛えて一葉を見つめている。彼は人間の本性をよく知っていた。人は、自分に無いものほど、強く求めてしまう生き物だということを。両親に愛されなかった一葉が、心のどこかで今もその愛を渇望していることを見抜いていた。慎也はそっと手を伸ばすと、一葉の頭を優しく撫でた。「これから先、あの両親のことはもう考えるな。奴らにその価値はない」一葉は虚を突かれた。優花の話をしていたはずなのに、なぜ、急にそんなことを言うのだろうか。「お前はずっと知りたかったんじゃないのか。お前の母親が、なぜ実の娘であるお前を愛さず、養女の優花ばかりを溺愛するのか」とうに両親には失望しきっており、今さら彼らの言動で傷つくことはない。そう一葉は自分に言い聞かせてきた。だが、正直なところ、その理由は知りたいとずっと思っていた。十月十日、お腹を痛めて産んだ我が子を、母親は誰よりも愛おしく
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