輝が英国へ発ってから、もう一ヶ月が経っていた。年の瀬が迫っても、帰国の知らせはない。瑠璃は迷いながらも、何度か電話をかけてみた。だが繋がらず、代わりに会合の席で秘書の白川と顔を合わせた。「帰ってくるのは……年明け半ば頃ですね」あと半月——細かく詮索するのも気が引けて、瑠璃は軽く世間話をしてその場を離れた。会所の廊下は明るく、煌びやかな光に包まれていた。背後で、白川がふっとため息を洩らしたのに、瑠璃は気づかなかった。……個室に戻ると、場の空気はちょうど良く温まっており、岸本が二人の投資家を上手くもてなしてくれていた。酒はすべて岸本が引き受けている。「いやぁ、今日は飲みすぎた。でも価値はあったさ。女は守られるべき生き物だ。この借りは周防輝に返してもらう。今度から接待じゃ、あいつが俺の分も飲め」「私のこと、彼には関係ないわ」「惚けるなって。西原社長が吹聴してるぞ。お前らの仲、もう業界じゃ知らない奴はいない。うまくいったら招待状でも寄こせよ。俺がでっかい祝儀を持って行ってやる」——いい夫とは言えなかったが、岸本は確かに友人としては頼もしい。しかし、まだ先の見えない話を公にする気はなかった。朱音に促して岸本を立たせる。家には子どもが二人もいるのだから、あまり遅くならないほうがいい。岸本は苦笑しながら、「お前は何でも完璧だが、少し口が固すぎるな」と言った。瑠璃が何か言おうとしたそのとき、胸の奥から突然こみ上げる吐き気に襲われた。胸元を押さえ、洗面所へ駆け込むと、激しい嘔吐が続く。ようやく収まった頃には、全身から力が抜け、流し台に手をつきながら鏡の中の自分をぼんやりと見つめていた。出産の経験があるからこそ、これが何を意味するのかは、よく分かっている。——妊娠している。鏡の中に、もうひとつの人影が映り込んだ。岸本だった。彼もまた、呆然としたまま彼女を見つめる。「妊娠、してるのか?」瑠璃は否定しなかった。あの夜——ホテルでの輝とのこと。避妊はせず、薬も飲まなかった。後悔しているか、と問われれば……そうでもない。この一ヶ月、心は揺れ続けた。結局、自分は彼と一緒になるつもりでいる。ならば、子どもがいるのはむしろ喜ばしい。お互いもう若くはないのだから。そう思うと、瑠璃
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