茉莉はベッドから起き上がり、裸足のまま大きな窓辺のソファへ駆け寄った。掌をガラスに当て、外の夜景を見つめる。ふと、頭に浮かんだのは幾つかの曖昧な記憶。頬が赤らみ、そっと手を離した。その時、琢真が部屋に入ってきた。足取りは静かで、少女は気づかない。背後から抱き寄せ、髪に顔を寄せて香りを吸い込み、優しい声で囁いた。「顔を洗っておいで。ルームサービスがちょうど届いたから」茉莉はその腕の中で、ひとときの温もりを名残惜しそうに味わった。胸の奥には秘密がある。イギリスの建築学院への留学申請が、正月の後に承認されたのだ。だが、まだ琢真には言えずにいた。こんな柔らかな瞬間だからこそ、今こそ告げたいと思ったのに——口を開く前に、彼は茉莉を抱き上げた。スイートのリビングには灯りがなく、長いダイニングテーブルの上には銀のローソク立てが置かれ、五本の蝋燭が静かに揺れていた。傍らには口の広い花瓶に、白い長茎の薔薇が挿してある。茉莉は一瞬、息を呑んだ。次の瞬間、椅子にそっと座らされ、琢真は視線を注ぎながら片膝をつく。ポケットから取り出したのは、上質なビロードの小箱だった。片手で開けると、そこには緑色のダイヤの指輪が輝いている。琢真は見上げ、声をわずかに震わせた。「ずっと探していた。ようやく見つけたんだ、プロポーズにふさわしい指輪を」「この指輪の名は【青梅】同じように、茉莉、お前をずっと探して、ずっと待っていた。一生を共にしたい。子どもを授かってもいい、望まなくてもいい。美羽や夕梨もいる。どんな未来でも、毎朝お前と目覚めたい。貧しくても、富んでいても、健康でも病でも、必ずそばにいる。お前を幸せな嫁にする。子どもが生まれたなら、その命も大切にする。俺は永遠にお前に忠実であり続ける。この愛と、この婚姻に。茉莉、俺と結婚してくれ!」……手を伸ばせば、彼にも、その緑のダイヤにも触れられる距離。若くして結婚する未来が、すぐそこにある。承諾すれば、一生安泰だろう。琢真は全ての風雨から守り、妹を支え、両親の面倒も見てくれる。幸福は約束されている。茉莉は心から頷きたかった。彼を深く愛しているから。だが、夢もあった。妻であるだけではなく、優れた建築家になりたい。世界を巡り、琢真が学んだ地にも立ちたい。彼の隣に立ちながらも、自分自身
続きを読む