澪安は、胸を引き裂くような泣き声を聞いた。思わず扉を開ける。次の瞬間、彼は言葉を失った。慕美の足もとには血が広がり、ズボンの片脚が真紅に染まっていた。その血がどこから流れているのか――鈍感な彼でも、すぐに理解できた。「慕美」澪安は震える声で名前を呼び、彼女に歩み寄る。抱き上げようとしたが、慕美はかすかに手を伸ばして彼を押しのけた。冷たい床に身体を丸め、両腕で自分を抱きしめる――まるで、失われた幼い命を、最後まで守ろうとするかのように。澪安の喉仏が、ごくりと上下する。それでも彼は、彼女の身体を気遣いながら、強引に抱き上げた。慕美は腕の中で必死に抵抗する。だが、女の力では男に敵わない。彼の胸に閉じ込められ、まるであの夜、雪の中で逃れられなかった時のように――慕美は、嗚咽混じりに泣き叫びながら、澪安の首筋に噛みついた。その痛みに似た哀しみの声が、静かな部屋に響く。澪安は、ただ黙って彼女を抱き締めていた。――この瞬間、彼は後悔した。あの夜、怒りに任せて扉を叩きつけ、彼女を置き去りにしたこと。もしあの時、傍にいてやれたなら……彼女はこんなにも孤独に怯えることはなかった。病にも、絶望にも、そして――あの子の喪失にも。生まれようとした命は、あまりにも小さく、二人の手のひらにも、まだその存在の重みさえ感じられなかった。やがて医師が来て、慕美に鎮静剤を打った。そのまま急ぎ救急室へ運ばれ、検査の結果、子宮内に残留があるため掻爬手術が必要だと告げられる。澪安は、かすれた声で問う。「痛い、ですか?」産科医は、皮肉めいた笑みを浮かべて言った。「もちろん痛いですよ。でも、麻酔はしますから」澪安は何も言えず、喉の奥で息を飲んだ。しばらくして慕美は手術室へ運ばれ、澪安は廊下に取り残された。わずか三十分ほどの手術。だが、彼にとっては永遠にも感じられる時間だ。手術室の前の窓辺に立ち、外を見やる。新芽をつけた一本の枝が、夜明け前の光を受けてわずかに揺れていた。――新しい命の始まり。もし、あの子が生まれていたら。きっと母親のように、可愛くて、綺麗な子だったのだろうか。もし、生まれていたなら……慕美の心も少しは癒えただろうか。そんなことばかりが、頭の中をぐるぐる
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